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【終わりと始まりの創星神話 0巻 第二章3話】

 土竜熊に襲われるという事態が起きたが、無事火酒杏の採取を終えた僕はその足でそのままミュラーの元に向かった。

 途中、クロネがお腹を空かせて鳴いていたが、今のところ無一文なので、先ずは火酒杏を売ったお金がなければ何も買えないのだ。

「ミュラーさんこんにちはー。頼まれてた火酒杏採って来たよー」

 薬屋に入ると、そこには店主のミュラー以外に人がいた。先客だろうか、何やら話し込んでいるようで、僕に気が付いたミュラーがぎくりと眉根を動かしながら、バツが悪そうに顔を背ける。

 怪訝に思っていると、ミュラーと話していた人が、女性かと見間違うほどの長い髪を揺らし、こちらへと振り向く。

 その男はじっとこちらを見つめると独り言を溢す。

「ふむ。妙な気配であるな」

 長い髪もそうだが、異様な雰囲気を纏う男だった。

 そして、その服装もそうである。

 この辺ではまず見ない整った服だった。その男の格好は、合わせが閉じた長外套オーバーコートを羽織り、その下にはこの辺境の町には不釣り合いなほど綺麗な胴着ベストが覗かせている。黒と焦げ茶を基調とした意匠は、恐らく帝都製の物だろう。しかも、革製の長靴ブーツには汚れが少なく、旅の人間ではないことが見て取れる。

 まるで、人間の形をした美術品のようだ。そして、十人が彼を見れば、十人とも美形だと断言するだろう。

 僕を見つめる感情を思わせない彼の双眸は赤にも青に見える。まるで夕暮れの空を映し取ったかのような瞳だ。

 初めは薬品を作る魔術師かと思った。

 だが、それならば何故自らこんな辺境の町にまで本人が届けるのか、その理由が分からない。

 ただの客――という訳でも無さそうだ。帝都からの運び屋か。いや、それでは服が綺麗過ぎる。ならば、貴族だろうか? それならば、その身なりの良さに説明がつく。しかし、それではミュラーには悪いが何故こんな場末の薬屋に居る?

「ゼローー今は都合が悪いのでな。出直してくれるか?」

「う、うん。ーーじゃあ、取り敢えず採ってきた火酒杏だけ置いてくね」

 何やら複雑な事情があるようだと僕も察したので、背嚢から瓶を取り出して置いて行く事にする。

 しかし、瓶を取り出して僕は固まった。

 瓶の蓋が開いており、中身が半分ぐらい無いのである。

 脳裏でクロネが盗み食いしたかとよぎるが、ここまで来るのにその様子はなかった。ならば、土竜熊と遭遇した時に落としてきたのだろう。

 どうしたものかと思案していると、クロネが僕の袖を引っ張る。

「あーどうしたのクロネ? お兄ちゃん、今考え事をーー」

 クロネは無言で服の裾を引っ張る。

 すると、そこから火酒杏がどこからか幾つも現れて瓶の中に落ちる。

 山盛りになるまで火酒杏で満たすと、クロネは服の裾から手を離して僕に擦り寄る。

 どうやら、一人で探している間にクロネも火酒杏を見つけていたようだった。

「ほう、今のはーー魔法かね?」

 興味深そうにこちらを見ていた男が、こちらへと疑問の言葉を投げかける。

 しかし、どうしてそんな事を気にするのか疑問に思ったが、僕は答える。

「あーうん、そうーーですよ。これは、まあ……妹の能力みたいなものでしてーー」

 慣れていないぎこちない敬語で僕は答えると、興味を持ったのか男はこちらに歩み寄り、僕らをじっと凝視める。

「ふむ……」

 目の前に立つ男は何やら考え込むような素振りで僕らを凝視する。

 流石にずっと見続けられるのは気分が悪い。だから僕は背中にクロネを隠すようにして、謎の男の脇を通りミュラーの前に火酒杏の入った瓶を置いていく。

「じゃあーー依頼の物はこれで。報酬はまた今度にでも取りに来るよ」

 お金が欲しいのは山々だが、一刻も早くこの場を立ち去りたい。

 何故だが分からないが、あの男に見られるのは不味い気がする。

「君はーーゼロと言うのかね?」

 しかし、そんな僕の警戒を知らずか、その男は僕に問いかける。

「え? あ、ああ……はい。ゼローーアーベントです。こっちは妹のクロネ……」

「ふむ。私は帝都で商いをしているヨミという者だ」

 やはり、帝都から来た人らしい。

 ヨミと名乗るその男は読めぬ表情でこちらを見る。

「は、はあ……」

「君たちは、見たところ狩人や山師といった様子ではないようであるがーーこの町の組合傭兵ギルド・ゼルドナーかね?」

 何故そのような事を聞くのだろうかと思う。僕のような子供が魔物が出没するかもしれない山に潜って、火酒杏を採ってきたのを不思議に考えているのだろうか。

 ーーしかし、組合傭兵なのかと聞くのか。『組合傭兵』とは組合に所属する傭兵の総称である。

 その名の通り、組合の要請に従い、魔物の討伐や薬草の採取ーー町や都市間を行き交う商人の護衛と多岐に渡る。ここみたいな小さい町では、兵士や衛士では手が回らない仕事を引き受ける便利屋のようなものだ。

 組合に所属している僕も、定住権はあるもののある意味では半分くらい組合傭兵と変わらない。

「ええまあ、組合には所属してますけど、一応この町の住人です」

「そうかね。では、この町の案内を頼みたいのだがーー可能かね?」

「へ? 誰がーーって、僕が⁉︎」

「うむ、左様である。組合に所用があるのだがーー道が分からなくてね。案内を頼める者を探していたのだ」

「は、はあ……」

「勿論、謝礼は払おう。手持ちはーーふむ、これしかないのだが、頼めるかね?」

 そう言って男ーーヨミは懐から、ある一枚の硬貨を取り出す。

 それは、存在は認知しているもののほとんどお目にかかった事のないーー共通貨幣の中で最上の価値を持つ共通貨幣ゴルドだった。

「はーーはあっ⁉︎」

 ヨミの指に摘まれた、金色の眩い光沢を放つ金貨を目にして僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 それも仕方のない事だと思いたい。共通貨幣ゴルドの価値は共通貨幣ジルバの百倍の価値がある。あの一枚だけで、一年は楽して暮らせるだろう。

「どうかね? 引き受けてくれるだろうか」

 頭の中で、帝国の商人と名乗るヨミに対する警戒と、それを上回るほどの魅力的な報酬との間で逡巡する。

 ーーしかし、ただの道案内に金貨を報酬に普通差し出すのだろうか? 帝国の商人はそこまで金銭感覚がおかしいのだろうか?

 そもそも、帝国の商人というのが疑わしいと僕は思っている。何かやんごとなき理由でもあって身分を隠しているのだろうか? しかし、それを隠す理由と、僕を道案内に選ぶ理由との関連性が全く掴めない。

 だがーーしかし、うーん……金貨ゴルド、金貨かあ……。

 もっと慎ましい生活が出来るのなら、あの一枚だけで数年は過ごせるだろう。しかし、クロネという無限の食欲を持つ妹の食費の為に、日々汗を流してあくせく働いても足りないぐらいなのに、あの金貨はそれを解決してくれる。

 ヨミの素性が不明な点と、凝視める視線に違和感を感じるがーーそれを上回る利点が大き過ぎる。

「……分かった。良いよ、その依頼引き受ける」

 その目的も思惑も意図も何もかも不明だが、ヨミが変な素振りを見せたらいつでも逃げれる算段だけは立てておこう。

「うむ、それは良かった。ーーでは、こちらは先に渡しておこう」

 僕が意を決して答えると、ヨミはあっさりと頷いて僕に共通貨幣ゴルドを手渡す。

 僕もそれを自然と受け取ってしまい、しかしその瞬間汗がぶわりと噴き出る。

「えっーー? い、いやいやいや、先になんか渡して、もし僕が逃げたらどうするつもりなのさ⁉︎」

「ほう? 逃げるつもりだったのかね? しかし、それには及ばんよ」

 ヨミは背後に視線を向ける。

 しかし、そこには何もなく、出入り口の扉と、硝子の窓があるだけだったーーが、すると黒い繭のような形をした靄が現れた。

 それは、次第に空気に溶けるように消えて、一人の少年の姿を現した。

「紹介しよう。私の側付きーーレイス・モノロイドだ」

 その少年は背を壁に持たれかけ、腕を組む手には鈍色の手甲を両手に付けていた。

 側付きーーつまり護衛だろう。しかし、それにしては若く、僕と同じか変わらないぐらいの年齢に見える。

 彼は無言で頭を下げて挨拶すると、じっとこちらを見つめている。

 どれくらいの実力があるかは計り知れないが、どうやらもし逃げ出しても追って来れる自信があるのだろう。現に今、この状況では退路を塞がれてしまっている。

「まあーー前払いでお金を受け取っちゃってるし、逃げるつもりなんてないけれどさ……」

 しかし、共通貨幣ゴルドを前払いで渡すなど不用心にもほどがある。

 この世の中には、たった数枚の硬貨を奪う為に殺人だって起こり得るのだから。

「うむ、それは殊勝な心掛けであるな。ーーでは、早速だが行こうか。ミュラーよ、邪魔をしたのである」

 何かを言いかけていたミュラーだったが、既に店から出ようとするヨミの後ろ姿に何も声をかける事が出来ずにいた。

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