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【終わりと始まりの創星神話 0巻 第二章2話】

 【土竜熊ボーデンベーア】と言うのは、地中に巣を作る熊型の魔物だ。

 冬眠期になると地面の下に潜り、木の根を食い荒らすので根腐れした木の近くには近寄らないのが登山の鉄則とも言われている。

 大きい個体となると、2Mメターを越し、地面を掘り進める為の鋭利な爪は、一度襲われれば必殺の一撃ともなる危険な魔物だ。

 しかし、ここらの火酒杏は根腐れしている様子は無い。恐らくだが、冬眠から起きてすぐに食料を得るために木の根を食べず残しておいたのだろう。

 硬直した身体をゆっくりと動かす。恐る恐る忍足でここから離れようとしたが、空いた大穴からのそりとその姿を現した。

 土竜熊特有の長い鼻を細かく震え動かしながら、一見可愛らしくも見えるつぶらな瞳が僕を捉える。

「嘘でしょ……うん?」

 見れば、土竜熊は怪我をしているようだった。

 その傷は切り傷のようで、脇腹辺りから出血していた。どろりとした赤黒い血を滴らせ、土竜熊もそれで興奮している様子である。

 恐らくだが、この場所を発見した先駆者と冬眠明けの土竜熊と接触し戦闘になったのだろう。

 更に観察すると、土竜熊の爪にはべっとりと血液が着いた跡が残っており、その者の末路はあの穴蔵の奥で眠っているに違いない。

 しかし、その次の犠牲者は僕だろうか。

 流石に僕では土竜熊の対応は手に余る。こんな時こそ、クロネが近くにいないのが悔やまれる。

 だが、悠長に構えていれば、長い爪に切り裂かれてしまうのは明白だ。

 どうしたものかと考えている暇もない。すぐさま僕は腰帯に手を伸ばす。

 その瞬間、土竜熊の巨躯が揺れる。

 大きく腕を振り上げ、鋭い鉤爪を横凪に振るう。すぐさま僕はしゃがみながら横っ飛びし、転がり込む。

 即座に立ち上がり、土竜熊を見据えながら、腰帯に差し込まれた四色の液体が入った試験管に手を伸ばす。それは、黄青赤緑――色の順番で、四色の液体が入っていた。

 そこから、黄色と赤色ーーそして緑色の液体が入った試験管を指の間に挟んで取り出す。

「土と火とーーそして風。元素よ、混じり合って反発しろ」

 その瞬間、土竜熊は駆け出す。僕の胴体ぐらいはありそうな四足で地面を抉りながら蹴り上げ、こちらへと猛突進する。

 すぐに僕は、三本の試験管の蓋を外し、中身の液体を空中に撒き散らした。

 それは、僅かに滞空すると、急速に三色の液体が混ざり合う。そして、時に反発する反応を示しながら、それは急速に光を放ち始め、瞬く閃光フラッシュを起こした。

「義父さんに錬金術を習っておいて正解だったね……!」

 魔法が使えない僕にでも扱える、数少ない魔法の一つ。それが、【錬金術】だ。ーーただ、これは錬金術という魔法が起こす現象を再現しているだけに過ぎない。

 万物の根源となる魔力。それに、地水火風の元素を含ませ、後は組み合わせ次第で勝手に作用し合った結果を得ているだけで、僕自身の能力でも魔法でもない。

 ましてや、魔物相手に咄嗟に使うものでも本来の用途ではない。

 この世界全体で見れば、錬金術は割りとありふれた魔法だ。しかしそれは、生産系ーー物作りをする魔法である。

 だが、ひとえに錬金術といっても、派生は多い。その内、僕が主に再現出来るのは【錬金術魔法アルヒミック・マギ】と呼ばれるものだ。

 錬金術に派生があるように、錬金術師にも色々と人種がある。例えば僕が簡単な薬学や錬金術魔法系を扱うのに対し、義父さんの主な専門は冶金術や鍛冶系の錬金術である。

「オオオオオオオッッッッ⁉︎」

 土竜熊が雄叫びを上げて足を止めた。

 それは、激しい閃光を浴びせられた困惑によるものである。土竜熊は、普段の生活を地中に置いているせいか、眩しい光に弱い。それも、目も覆うほどの光ともなれば尚更だ。

 目を閉じていた僕の瞼越しにも感じる光は、数秒瞬いたところで消え、土竜熊が一時的に視界を失い、その剛腕を振り回して暴れている。近くにあった火酒杏の木に鉤爪が当たり大きく抉れて木片を散らした。

 今の内に僕は土竜熊に背を向けて走り出す。一刻も早く逃げ出さなければ、視界を取り戻した土竜熊に襲われたらひとたまりもない。

「くそうーーとんだ出費だよ……!」

 走り出した僕の背を追ってくる気配は今の所ない。しかし、振り向いて確かめている余裕もない。

 兎に角、必死になってこの場を離脱する事だけ考えて薮道に飛び込もうとした瞬間だ。

 大きな影が、前方からも現れた。

 それは、今しがた遭遇した土竜熊ーーその二匹目である。

 つがいの土竜熊なのか、巣の異変を嗅ぎ付けてこちらへと来ていたらしい。

 退路を塞いだ土竜熊は臨戦態勢で丸太のような腕を振り上げて威嚇しており、いつでもその鉤爪を振り下ろせるといった状態だ。

「不味いーーッ⁉︎」

 どうするか考える間も無く土竜熊はその剛腕を振り下ろす。目の前に迫る鉤爪は、糸も容易く僕の身体を引き裂く事だろう。身構えた僕は咄嗟に短刀を取り出そうとするが、それよりも早く鉤爪が眼前に迫った。

 やられるーーそう思った瞬間には、土竜熊の姿が消えた。

 一瞬、呆気に取られた僕だったが、同時に僕の視界を横切って行く黒い影が見えた。

 それは、土竜熊の巨体を物ともせずに蹴り飛ばしたクロネの姿だった。

 蹴り飛ばされた土竜熊は山道を転がり落ちて、崖にでも落ちたのか見えなくなった。

「クロネ……‼︎ ーー助かったよ!」

 蹴り飛ばした反動で着地したクロネは、何事もなかったかのように僕へと近付き、頭を僕のお腹に擦り付ける。

 僕はそれがクロネの褒めて欲しいという仕草だと知っているので、クロネの頭に手を置き優しく撫でる。

 嬉しそうに喉を鳴らして喜ぶクロネを見て、僕もほっと胸を撫で下ろす。

 取り敢えず、目先の脅威は消えたーーが、しかし背後から草を掻き分ける音が聞こえた。

 恐る恐る振り向くと、鼻をひくつかせて興奮した様子を見せる土竜熊の姿が在った。

 それは、先程、閃光を浴びせられた土竜熊で、今も目は見えていないようだが匂いを追ってこちらまで来たのだろう。

「くっ、しつこいね。ーークロネ、やれそう?」

 撫でる手を止めると、クロネはじとりとした半目で土竜熊をめつけ、そして視線を僕に戻す。

「ごほうび、ほしい……」

「分かった分かった。後でご褒美に美味しいもの買ってあげるから」

「うにゅ……わかった……」

 そう言うと、クロネはするりと僕から離れて土竜熊と対峙する。

 子供と大人ーーどころの体格差ではない。三倍はあるだろう、土竜熊相手にクロネは物怖一つしていない。

 誰かがこの光景を見ていれば、少女を凶暴な魔物に押し付けるなんてとんでもないと思う事だろう。

 しかし、彼女は……クロネは僕よりも強いのだ。

 ーーそれも、土竜熊よりも遥かに。

 土竜熊が鉤爪を振り上げると、クロネは身を低くして駆け出す。振り下ろす剛腕をするりと擦り抜けて懐に潜り込むと、手を貫手の形にして突き出す。

 すると小さな手が、土竜熊の身体を貫いた。厚い毛皮や分厚い肉体を物ともせずずぶりと突き刺さると、その手からずるりと何かを力任せに取り出す。

 それは、土竜熊の心臓だった。握り潰されて変形したそれは夥しい血を滴り落とし、土竜熊は悲鳴を上げる間も無く絶命して倒れ伏した。

「ふう……クロネを連れて来て正解だったね。血の匂いに他の魔物が寄ってくる前に下山するよ。ーークロネ?」

 こんな危ない場所にいつまでも居られない。

 早めの離脱をしようと歩き出そうとするが、クロネは動こうとしない。

 何やら屈み込んで頭を動かしているクロネの姿を見て、何をしているか瞬時に察した僕は急いでクロネに駆け寄る。

 クロネはーー引き摺り出したばかりの土竜熊の心臓を頬張っていたのだ。

「ああ、やっぱり! こらクロネ! ばっちいからぺっしなさい‼︎」

 魔物の肉など、大凡おおよそ人の食べ物ではない。味もそうだが、澱んで穢れた魔力を含んだ魔物の肉は食用に向かないからだ。

 ましてや生で食べるなんてと、見当違いな考えをしていると、クロネはあっという間に土竜熊の心臓を全て平らげていた。

 もごもごと口を動かしながら飲み込むと、しかし何かを口から吐き出した。地面に転がり落ちるそれは、魔物の核となる魔石であった。

「はぁ……もう、お腹壊しても知らないからね……?」

 僕は溜息を吐きながら、血だらけとなったクロネの口元を手拭き布で拭き取ると、その布で地面に転がった涎だらけの魔石を拾い上げる。

 それを布に包んだまま腰嚢に仕舞い込んで、僕どっと疲れた僕はクロネの手を引いてこの場を後にする。




 ゼロがその場から離れてしばらくすると、倒れ伏した土竜熊の亡骸の元に集まる人影があった。

 それは、登山をするには大凡向いていない鎧姿で、中には大剣や大盾を持つ者もいた。

 それらは土竜熊を囲んで何やら言い合いをしており、一人が頷くと土竜熊の傷口を確かめる。

「ーー間違いない。報告にあった土竜熊だ。団員を食い殺したのもこいつだろうな」

「あいつも可哀想にな。故郷の地で救世主の膝下に眠らせてやれないのが残念だ」

「我らの任務はこの国への潜入だ。こんな所で油を売っている暇はない」

 すると、一際身なりの良い格好をした男が口を開いた。

「待て。ーーこの傷、見たことがある」

 その男は、何やら考えた素振りで顎に手をやり傷口を見詰める。

「この傷跡ーー剣や槍のものではないな。素手でやった、のか? それに、心臓が抜き取られている」

「心臓が……ですか⁉︎ ーーそれでは、例の『亡霊』の仕業ですか⁉︎」

「ああ、その線が高いだろう。ーー『バルバロッサの悲劇』。その火中にいたとされる、正体不明の『亡霊』ーーその足取りを追ってここまで来たが、漸く手掛かりを見つけたぞ。まだ傷口が真新しい。すぐに団長を呼べ!」

 伝令を出した瞬間、木陰から一人の女性が現れ、その場に居た全員の姿が固まる。

「ーークルス副長。騒がしいようですが、どうかしましたか?」

「あ、姉上⁉︎」

「今は任務中ですよ、クルス副長。私の事は団長と呼びなさいと言っているでしょう?」

「はっ。失礼しました、カトリア団長。ーーそれで、その手に持っているのは……?」

 皆の動きが固まったのは、カトリアが現れたからではなかった。

 その手に持つ、正方形になった肉塊を持っていたからだった。

「ああ、『コレ』ですか? 野営地に転がり落ちて来たものですから。暴れていましたのでーー潰しておきました」

「そ、そうですか……。それと、報告があります。ーーくだんの亡霊、その手がかりを発見しました」

「ほう、そうですか。ーーその姿は白髪の老人とも、黒髪の美女とも言われた姿無き亡霊。ふふふ、やっと、かたきを討てそうですね」

「しかし、本当に良いのですか? ここは他国ーー【魔導帝国】の領内ですが、事を起こせば戦争になりかねません」

「それについては、先に手を出してきたのは帝国からという疑惑がある以上、調査はしなければなりません。その証拠を掴む為にも、我々の教義にかけて何としてでも亡霊を捕縛しなければならないのは、貴方も重々承知でしょう?」

 その手に持つ肉塊を落とし、ぐしゃりと踏み潰す。

 皆が青褪めて引いているが、カトリアはそれに構わず笑みを強くする。

「承知しました……。ーーおい、聞いたな。我々は急いで野営地に戻り、装備を整え次第山を降りて跡を追うぞ」

「そういえば、最寄りの町は何て言いましたかね」

「辺境の町ーーグレンツシュタットという町です。我が国との交易に中継となる町だと聞いております」

「そうですか。ーーならば、手筈通り、商人を装い町に潜入しましょう」

「はっ!」

 皆が一斉に走り出すのをカトリアは見届けて、物言わぬ骸になった土竜熊を見つめて笑みを浮かべる。

「ふふ、楽しみですね。亡霊をこの手で潰す感触はどのようなものでしょうか……」

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