【終わりと始まりの創星神話 0巻 第二章1話】
町から出て歩く事数時間。
目的の山に到着するまでは、特にこれといった異常は見受けられなかった。
昨日、【癒蘭】を採取した山の麓より今日は少し高いーー中腹ぐらいまで登って来た。
というのも、道中で火酒杏の木を見付けはしたが実は一つも残っていなかったからだ。山の浅い所では、他の人が採っていってしまったのだろう。
「にゅ……ねむい……」
背後でクロネの眠たげな声が聞こえて来る。
いつまでも抱えて歩くわけにはいかなかったので、途中で起こして自分の足で歩いて貰っている。
朝ご飯の代わりに渡した干し肉を口に咥えて、ふらふらと歩いていた。
道中、何度かこっそり木陰で寝ようとしている所をその度に叱りながら連れて来れた。
本当はクロネが本調子になる夜中に行きたかったのだがーー夜は魔物も活発になるし、何より明かりのない夜中の方が危険である。
「もう、誰の食費でこんなに苦労していると思ってるのさ……」
クロネは小柄ながら、その食欲は止まる事を知らないぐらいに良く食べる。特に肉類をこよなく好んで食べるのだがーー昨日買ってきた食料も、主に肉ばかりだが、隠しておいた干し肉以外、その殆どが食べられていた。
家計が常に火の車なのはこのクロネの食欲に原因がある。腹を空かせて放っておけば、勝手に外に出て野にいる獣を襲うほどだ。流石に問題になりそうなので、その都度肉類を買って与えないといけない。
「にゅ……もっと、ほしい……」
噛み締めた干し肉をごくりと飲み込んで、次の干し肉を催促される。
さっきあげた干し肉も本来は非常食なのだが、その残りも後一切ればかりである。
まあ、僕も朝食に贅沢をしていたから後ろめたさもあって干し肉をあげていたが、これは帰る頃には空腹で暴れそうだ。
「……にゅーん」
擦り寄ってきて僕の手を取り、頬を撫で付け、甘えた声で喉を鳴らす。
愛しい妹のおねだりに心が揺らぐがーーしかし、ここで甘やかし過ぎるのも良くない。
「うん、じゃあクロネ、交換条件だよ。火酒杏ーーこれぐらいの赤い杏なんだけど、それを見つけて来たら干し肉をあげよう」
そう言うと、クロネはあからさまに嫌そうな顔をした。
「えー……めんどくさい」
「そう言わないの。ほら、探して来てくれたら後で一杯よしよししてあげるからさ」
ピクリと、目線を上げるクロネはいつもより少しだけ開けた目で僕を見上げる。
「にゅ……やくそく」
「はいはい、分かってるよ。火酒杏はお酒っぽい匂いがして分かりやすいからーーあ、それと魔物の気配がしたらすぐに知らせるんだよ?」
「うにゅ……わかった……」
そう言うとクロネはするりと僕の手離して、一度身体を伸ばしてから屈み込む。
そして、身体を発条のように伸ばして勢い良く跳躍した。
5Mほど跳躍すると、近くの木に飛び移り、枝から枝へ伝い別の木に飛び移って行く。途中、羽を休めていたであろう野鳥が慌てて飛び立って行った。
あっという間にクロネの姿が見えなくなると、僕も首を鳴らして火酒杏を探しに行く。
癒蘭のように、群生している場所があれば良いのだが、そこまで僕も詳しくはない。
地道に探していれば、その内クロネが見つけてくれるのを期待しながら、僕の方でも見つければ御の字だろう。
そう思い、おもむろに山道から獣道へ入って行く。崖に気を付けながら進んで行き、苔生した岩に足を取られながら時には木をよじ登り進んで行く。
しかし、中々目当ての火酒杏は見つからなかった。
疲れたので岩に腰掛け、頬を伝う汗を袖で拭う。
「うん……一度引き返すか」
渇いた喉を、水筒の水を飲んで潤す。
しかし、膝に手を当てて立ち上がると、山風が吹き荒び髪を揺らす。瞬間ーー何処かから甘い匂いが漂ってるのに気が付いた。
クロネほど鼻は良くないが、そんな僕にも気付くの甘ったるい匂いである。
匂いの元へ、鼻を頼りに山中を進んで行く。
すると、少し開けたところに火酒杏の木が何本かあった。高い所には大きく実ったものも幾つか見受けられた。
「へえ……こんな所があったなんて。ここは穴場だね」
早速、背嚢を開けて瓶の蓋を外す。
しかし、そこである事に気が付いた。地面に生えている草の一部が、誰かが踏み荒らした跡があったのだ。
見れば、低い位置に実っている火酒杏の数が少ないように思える。
と言う事は、最近誰かがここで火酒杏を採取したのだろうか?
まあ、残っている実だけでも十分に足りる量である。
「細い幹だけどーー登れない事はないかな」
僕はそこまで気にせずに火酒杏の木に登り、野鳥に食べられていない綺麗な実を選んで採っていく。
火酒杏に近付いて気が付いたのだが、確かに酒のような香りがする。ずっと嗅いでいると、変に酔いそうだと思い、軽く息を止めながら背中に手を回して瓶の中に火酒杏を放り込んでは、次々と採取していく。
背に重みを充分感じ始めた所で背中の瓶を見ると、一杯になったのを確かめて蓋を閉める。これで、ミュラーの依頼は達成だろう。
木から降りると、凝った肩を回して解す。
ーーだが、何気なく周りを見渡すと、ある物を見付けて固まった。
木の影になって気が付かなかったが、そこには大の大人が二人分は入れそうな大穴がぽっかりと空いていたのだ。
ぶわりと冷や汗が湧き出る。
何故この場所がそこまで荒らされていないのな瞬時に察した。
ここはーー【土竜熊】の縄張りなのだ。




