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【終わりと始まりの創星神話 0巻 第一章1話】

 整備のされていない剥き出しの山道にある岩に腰掛けながら、木々の間から差し込む太陽からの光を、僕は手で翳して目を覆う。

 そのまま額から伝わる汗を手で拭い、携行食の干し肉を齧って咀嚼する。しかし、その硬さのあまりにいつまでも口の中で解れず、水筒から一口水を含んでまとめて嚥下する。干し肉は塩気が効き過ぎていた為、もう一口飲んで口の中を清涼にした。

「ふう……そろそろ行こうかな」

 早めの昼食を簡単に済ませると、僕は腰掛けていた岩から立ち上がった。

 そして、おもむろに山道から敢えて離れた獣道を進み出す。なるべく平坦な草藪の生えた道を進み、足を踏み外さないように気を配りながら木々の間を進んでいく。

 その先に、目的のものがあった。

 若木のような、細い枝を持つ植物ーー【癒蘭ハイレンマグノーリエ】である。その新芽には薬効成分を多量に含み、錬成すれば【傷薬ザルべ】となる。

 ここは、恐らく他の誰も知らない癒蘭の群生地である。その癒蘭の新芽を手で摘み取り、保存液を入れた硝子の瓶に入れていく。瓶を満たしたら木の蓋を嵌めて封をし、それを腰嚢に仕舞い、新しい瓶を取り出して次々と新芽を入れていく。

 数十分ほど時間かけて、持って来ていた五つの瓶の全てを癒蘭の新芽で満たし、すぐに僕はその場を後にする。

 一つの瓶で、傷薬が二つほど作れる。だから、本当は一度に多く回収したいのだが、持ち運べる瓶の数にも限界がある。

 それに、もし魔物が出れば、それが重荷となって逃げ遅れる可能性があるからだ。

 山道や街道で襲われるならまだしも、こんな山中で襲われたら一溜まりもない。

 一応、魔物が居ないかどうか、警戒は常に怠らない。だが、この辺りに良く出る魔物の、独特の腐ったような匂いと、酒気を帯びたかのような獣臭はしない。

 魔力の残滓を見ても、最近この近くを魔物が通ってないのは確認済みだ。

 ーーだが、そんな慢心しかけた僕の耳に草むらをかき分ける音が微かに聞こえた。

 一瞬、足を止めて振り返る。

 静寂に耳を傾けると、どこかでガサガサと音が聞こえて来る。それも、こちらへと近寄るように。

 不味いなと思い、僕は即座に走り出した。

 足元を捕られないように、気を付けながら、しかし全速で駆けていく。

 背後では徐々に迫る気配を感じながら、目の前には元いた山道が見えて来た。

 暗がりから陽の元へ躍り出ると、すぐに腰帯に佩く短刀を抜く。握り込んだ短刀を逆手に持って構える。独特の刃紋を持つ刀身に陽の光が当たり輝いているように見えた。

 その瞬間、僕の通った後から一匹の獣が飛び出す。

 それは、飛び出すや否や、僕に向かって飛びかかって来た。大きく開けた顎を前面に、僕の首元へ噛み掛かろうとする。

 それを身を回して回避して避け、その正体に対して悪態をつく。

「ぐっ……! 何だよ【デミヴォルフ】か……脅かせて!」

 鋭い牙を持った、30Zmセルチメターほどの大きさの魔物ーー【デミヴォルフ】だ。

 唸る牙の間からはぬらぬらとした涎が垂れ、そこから腐臭ような匂いを放っている。

 動物ーー特に獣と魔物の主な違いは実はそこまで無い。しかし、魔力が生物の体内で濁り、澱んで結晶化した魔石と呼ばれる物を持つ獣を【魔物】と呼んでいる。

 その内、デミヴォルフは魔物としては小物の部類だ。

 油断しなければ、遅れを取るような相手では無い。

 腰帯に装着した、短刀を佩く方とは反対にある色の着いた液体が入った試験管を頭の片隅に意識する。しかし、コレを使うまでもないな。

 見たところ、デミヴォルフは弱っているようだ。それに、今しがた切りつけた傷口から、うっすらと血を流している。

 今のうちに攻めるかーー?

 いや、デミヴォルフは知性は低いが狡猾である。過去にトドメを刺そうと油断した瞬間に噛みつかれた経験から、容易に手を出さない判断を下す。

 そして、痺れを切らしたデミヴォルフは再び駆け出した。素早い動きだが、見切れないほどでもない。それに、普通より動きが鈍ってもいるようだった。飛び込んでくる動作に合わせて、開けた口に対して水平になるように短刀を滑り込ませる。

 すれ違いながら口から腹までを裂くと、べしゃりとデミヴォルフは地面に落ちて、身悶えしている。

 それを、慎重に頭を足で押さえながら、胸辺りに短刀を刺し込む。

 くぐもった断末魔が一つ鳴き声を上げると、少しの間身体を震わせて痙攣し、その内動かなくなった。

「ふぅ……。一匹だけで良かったな……」

 胸に刺した短刀をそのままに、ぐっと力を入れて腹を裂く。溢れ出るドス黒い血がより一層匂いを濃くするのを顔を顰めながら我慢して、目的の物を取り出す。

 それは、デミヴォルフの心臓ーーその内にある魔石だ。

 汚れた短刀を拭布で綺麗にして仕舞う。そして、魔石を飲み水で洗い流して、同じ様に拭布で磨くように拭き取ってからそれを腰嚢の小物入れに放り込む。水筒に残った水を渇いた口に入れて飲み、残った水で手を洗って使い切った水筒を腰嚢に仕舞っ た。

 小石程度の大きさの魔石も、売れば僅かながらお金になる。生きていくためには、何よりもお金がいるのだ。薬草を採取するのも、こういった魔石を回収するのも、それに尽きる。

 デミヴォルフの死骸をそのままに、僕は帰り支度を終える。本当は死骸を荼毘に付した方が良いのだが、血や屍臭に他の魔物が寄って来る可能性もある。山道にそのままにしておけば、その内他の魔物が掃除してくれるだろう。

 それに、今は火打ち石や薪を持って来ていない。

 魔法が使えればーーと思わない日はない。それは、生まれ持った僕の特性だからだ。


 突然の戦闘を終え、疲れを感じる足に怠さを感じながら、僕はこの世界に対してもう何回目になるか分からない不満を漏らす。

「これだからーー魔法ってのは……」

 この、魔法が全てを占めるこの世界で、魔法を使えない僕は恐らく異端なのだろう。

 魔法さえ使えれば、デミヴォルフのような小物に対してでも警戒をする必要はない。

 一般的に攻撃手段として用いられるのは、真っ先に思い付くのが火の魔法ーー例えば、【火球フォイア】である。

 それは、基本的な魔法の一種である。それこそ、子供の放つものでも一撃で仕留めることが出来るだろう。

 そして、疲れを感じるのであれば、【疲労回復】や【身体強化】があれば魔力がある限り楽に事が運ぶと言うのに……。

 次々と浮かんでは消えるたらればの思考を延々と巡らせながら、僕は帰路につくのだった。

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