【終わりと始まりの創星神話 0巻 第三章2話】
「ーーここが【グレンツシュタット】か。帝都から遠く離れた辺境の田舎町と聞いていたが……」
街道の主導路を、背後に部下を数名引き連れて歩くクルスは、街道沿いにある民家や商店、通りを歩く人々を見ながら呟く。
東西の主となる門を貫くように舗装された道路を枝分かれするように従道路が幾重にも伸びていき、その先に民家などの家屋があった。
道行く人々は活気に溢れており、比例して通りを歩く人の数も多い。
すれ違い様にこちらを伺うように見つめる人も多い。今は商隊に扮しているが、いつどこで素性が露呈するか分からない為、注意深く住民を注視していると、側にいたカトリアが独り言に答えるように口を開く。
「潜らせておいた斥候から聞いたところによると、交易路の中継地点としてある程度栄えているそうですよ。また、町の周囲は肥沃ではないものの、畜産や農業も盛んであると。ーー私たちの国とは大違いですね」
町への潜入。とは言え、カトリアのその振る舞いは堂々としていた。
「ーー姉上あまりそのような事を口に出さないで下さい。ーー確かに我らの国は年々土地は痩せる一方で、民共は常に飢餓や貧困に耐えているのですから」
本来であれば、任務中のーーそれも部下の前で姉と呼ぶ弟に小言の一つでも言いたかったカトリアだが、ここは潜入地。一応の敵国である。そんな所で『団長』と呼ぶには些か憚れる事から、カトリアはクルスの二人称には触れずにいた。
「教義に殉じるのであれば、それも本望ではないのですか?」
「いやーーそう……ですね、姉上」
「しかし、民草を真に救うのであれば、それには、先ず教団での私の発言権を強めねばなりません。あの分不相応の椅子に座り続ける老人共を黙らせる為には、十分な功績が必要です」
「それ故の、『亡霊』調査ですか?」
「その通りです。今回の『亡霊』調査は聖王から直々の勅命なのです。聖王家には今の内に恩を売っておくのも、悪くはないでしょう」
「姉上、その言い方は流石に不敬ですよ」
「ここは聖王の膝的でもなければ、『魔王』の治める異国の地ですよ。それに、私の信ずるは『四法』です。偶像でもなければ、聖王家の血筋でもないのですよ」
隣を歩く弟ーークルスが何やら複雑な顔付きをしていた事に気付いたカトリアは問いかける。
「おやおや、どうかしましたか? 大主教補佐ともあろう肩書きを持つと言うのに、その程度で動揺してはいけませんよ」
「ーーッ⁉︎ ……我々は潜入中なのです。あまり、公にその名を呼ばないでいただきたい……!」
「うふふふ、それもそうですね。しかし、教団中枢への出向とは言え、貴方の席は私の騎士団にあるとお忘れなく」
その言葉にクルスは渋面をする。
「ええ……分かって、おりますとも……」
「それならば良いのです。ーーおや、何やらあちらが騒がしいようですね」
通りが騒がしく、ある方向を指差していた。
そこには、もうもうと煙が立ち上っていた。周囲は火事でも起きたのだろうかと話しているが、あれは違う。
「火薬の煙のようですね。それも、視界を眩ます煙幕のもののようですね」
「まさか、我らに気付かれたのですか?」
「いえ、それにしては離れています。陽動にしては目的が理解出来ません。ーーとりあえずは、斥候からの報告を待ちましょう」
すると、丁度駆け寄ってきた斥候の一人がカトリアの前に現れる。
「どうしましたか?」
「報告です。『亡霊』と思しき者を発見したとの事です」
「ほほう、それはそれは潜入早々に朗報ですね。しかし、私たちが潜入してすぐとは、どこかで察知でもされていましたかね? その者の姿や人相などの詳細は分かりますか?」
「は、はっ! 確認しておりますがーーしかしですね、その……何と申し上げれば宜しいのか……」
「構いませんよ。有りのままを報告なさい」
「それがーー白髪の少年と黒髪の幼子の少女の二人組の子供でして……」
「確かに我らが追っているの『亡霊』の特徴は白髪の男と黒髪の女とされるがーー貴様、似姿だけで惑わされているのではないか?」
「い、いえ……それが、その子供二人がこの町に移住したのが丁度『バルバロッサの悲劇』の直後らしく、聞けば我が国から移住して来たと聞き及んでおります」
「成程ですね。確かに、状況だけは限りなく黒に近いですね。ーーその少年の所在は?」
「それがーー今騒ぎになっている煙幕を街道で発生させ、どこかに逃亡しました」
「何だと⁉︎ ーーここまで『亡霊』の足取りを掴んでおいてみすみす逃したとでも言うのか!」
「はっ、申し訳御座いません……!」
「まあまあ、部下をあまり責めれは出来ませんよ。何せ相手は正体不明の『亡霊』です。もしかしたら、その少年と少女も偽りの姿かも知れませんからね。ーーしかし、もし仮に私らの存在に気付かれ、逃亡を図ったとするのであれば、まだこの町に潜伏しているかも知れません。クルス副団長は直ちに町の入り口に駐屯させている中隊を率いてこの町を包囲しなさい」
「宜しいのですかーーカトリア団長。場合によっては、魔導帝国と更なる軋轢を産みかねませんが……?」
「それに関しては私どもの仕事ではありません。折角なので、よからぬ企みに腐心する貴方の上司に任せるとしましょう」
「ーーッ! ……承知しました、カトリア団長」
クルスはそう言うと、部下を連れて来た道を引き返していく。
「あとそれと、もう一つ重大な報告が御座います……!」
「何ですか? 『亡霊』に関する事柄であれば、委細報告しなさい」
「い、いえ……それが、その『亡霊』が逃亡する直前まで会話をしていたとされる人物がですねーー」
斥候の一人が確認した、ある人物の名を告げると、カトリアは目を見開いて驚愕する。
「何、ですって……⁉︎ それは間違いない、のですね?」
「はい、間違いないかと……」
「ふ、うふふ……これは、面白くなってきましたね。『亡霊』を追っていたつもりが、そうですかーー思わぬ大物に当たったものですね」
「如何なさいますか……?」
「そちらにはこの私が赴くとしましょう。うふふふ、あわよくばですが、かの御首を首級に挙げたのであれば、大主教もさぞ驚きになる事でしょうね」
「それと、どうやら目的は不明ですが、『亡霊』らしき少年と少女の後を追ってるとの事です」
「ならば、そちらへの案内は任せました。直ちにその後を追いますよ」
「はっ!」
斥候を先に行かせて、カトリアはその後ろに続いた。
もう、素性を偽る必要はないと思い、自らの格納空間からある物を引き摺り出す。
それは、救世教団の擁する騎士団の隊服ーーその外套だった。その隊服には糸状にした錬金鋼を編み込んであり、これ一着で頑強な鎧に匹敵する。
この服を着る事で、カトリアは臨戦態勢に入る。しかし、進むその先で行かせたばかりの斥候が地面に倒れ伏している事に気付いた。
「これはーーいつの間に……」
倒れた斥候の意識はなく、ただ眠っているだけのように見える。が、それがただ突然意識を失ったとは当然カトリアは思わない。
「魔法の痕跡が全くないとは。やりますね……」
魔法を使えば、それに見合った魔力の気配を察するものである。
しかし、歴戦を経験したカトリアですら、魔法の発動に気付かせずに斥候を気絶させたとある人物を想像して身震いをした。




