【終わりと始まりの創星神話 0巻 第三章1話】
「ーー先生、逃げられました」
煙幕の発生源だった火薬の塊を踏み潰して乱暴に消化し、次第に視界が晴れるとレイスはヨミに謝る。
「仕方があるまいよ。ゼロは私の眼にも映らないのでな。あのように煙幕を張られれば仕方もあるまい」
伏せた目で読みは頭を振るう。
対してヨミの言葉にレイスは信じられない様子で目を見開いた。
「先生の【眼】でもですか……⁉︎」
まるで先ほどまでの出来事がまやかしだったかのようだった。
呆然とするレイスを他所にヨミは地面に落ちていた赤色の布を拾い上げる。
確かめると、発煙性の火薬を火の元素魔力を染み込ませた発火布で巻いていたようだ。
強い衝撃や摩擦で急速に燃焼して火薬を燃やして発煙筒としているのだろう。
「うむ。薬屋でゼロが薬師に声をかけるまで、私は彼の気配を感じなかった。まるで、彼の周囲にだけ真白な空白があったかのようだ。レイスも初め、ゼロには気が付かなかったのであろう?」
「はい。警戒は怠るつもりはなかったのですがーー薬屋の扉が勝手に開いたのかと錯覚したほどでした。あれは、気配を絶つとかそういう次元ではありませんでした……」
「初めからそこに居ない。ーーふむ、まるで幽霊にでも化かされたかのようであるな」
一人で考え込むヨミの様子に、レイスは軽く溜息を吐く。
「俺は先生の指示に従いますがーーでも先ほどの対応は先生が悪いですよ」
「む、そうなのかね?」
「ふぅ……。俺じゃなくて、カイやユウキならもっと上手く立ち回れただろうに……」
「ふむ、そう言えば、彼らは何処で何をしているのかね?」
「先生のお守りを俺に押し付けて観光ですよ。ーー久しぶりの帝都の外なので、町の様子を見て回りたいそうです」
「ふふ、私の警護をお守りと言うのかね」
レイスは肩を落として呆れたように両手を広げた。
「ええそうですよ。好奇心と興味だけで周囲を振り回す厄介な御人です」
そこで、煙幕で騒ぎになる住民の中から掻き分けるように衛士姿の男が現れた。
「これは一体何の騒ぎだ⁉︎」
簡素な槍を掲げた男は、この町の衛士らしい。こちらを上から下まで見やると、警戒した様子で槍を担ぐ。
「ーーあ、あんたら、帝都の人のようだが……」
「案ずる事はない。騒ぎになってしまったのはこちらとしても本意ではない」
「本意ではないって言ってもなあ、こんな騒ぎになったのはあんたらのせいだろ?」
「ふむ、そうだな。ところで、君は先程逃亡した少年ーーゼロという子供を知っているかね?」
「あ、ああーー勿論知ってるさ。それにしてもあんたら何をしたんだ? あいつのあんな様子初めて見たぞ」
「ほう、奇しくも多少なりと詳しいようだ。ーーそれならば、私の眼を見給え」
ヨミの眼が妖しく光る。魔力が瞳を彩り、魔法の力を発揮する。
「はあ? 何で野郎の眼を見つめなきゃならんのだ。事情聴取しにゃならんから、詰所まで……来て……貰う……」
人は、見ろと言われると思わずそれを無意識に見てしまう傾向がある。
抗うという意志がそこにない限り、意識はーー心や精神が、それに見惚れるように吸い込まれるように注視してしまうものだ。
ーーそれが、魔眼の力である。特に、ヨミの持つ魔眼は別格のものだった。
視線を合わせるのみで、相手の意識を混濁させ、一種の洗脳状態にしてしまう。
たちまち衛士は呂律が回らなくなり、呆けたような表情へと変わっていった。
「私の言葉が分かるかね?」
「はい……」
「では、私の質問に答え給え。ゼロという少年について知っている事を話し給え」
「あ……ああ。あいつらは去年ぐらいにこの町に移り住んだガキ共だな……。ちょっと変わった奴だが……ゼロは良い奴だよ……。金にうるさいが面倒な依頼をこなしてくれるしな……」
「ほう、町の住人には好感触を得ているのだな。ーー他に知っている事はあるかね?」
「ゼロの親父さんが……腕の良い錬金術師だな……。田舎町では貴重な……錬金鋼を作ってくれている……俺の家の鍋も……」
「錬金術師? 成程、先程の煙幕も錬成した道具か。その錬金術師の特徴は分かるかね?」
「いや……俺も詳しくは知らない……。この町の薬師が身元を証明しているから、危険人物ではない……筈だ……」
「その錬金術師とやら、怪しいですねーー先生? どうされたのですか?」
「む? 少し考え事を、な。ーー町の住人が騒ぎ始めたな。鎮める為に私たちは安全だと伝え給え」
「はい……」
「先生、これからどうしますか?」
「うむ、私はゼロの足取りを追うとしよう。もしかしたら、誤解も解かねばならんようであるしな。一先ずは私だけで行くつもりだ。レイスは、二人と合流して私からの指示を待ち給え」
「……一人で大丈夫ですか?」
「なに、問題あるまい。私としても、これ以上争うつもりはないさ」
「分かり、ました。でも、御身に何かあれば後で怒られるのは俺なので、あまり無茶な事はしないでくださいよ?」
「私も随分と信用されていないのだな」
「俺たちの関係は立場上は上司と部下のようなものですが、実際は違うでしょう?」
「そうであるな。ならば、私の大事な生徒からの信頼と受け取っておこう」
「そういう事ですよ、先生。ーーでは、カイとユウキを探して来ます」
足早に立ち去るレイスの後姿を見送って、ヨミは見知らぬ道を歩き始める。
しかし、その足先はまるで決まっているかのように迷いがない。
「ーーさて。ゼロの姿はーーやはり見えない、か。全くもって驚いたものだ。未だ私の眼に映らない存在がいようとは」
未知なるものに対する好奇心が、自然と口元を笑みの形とさせる。
「だが、所持している物はどうであろうな」
ヨミの魔眼には、遠視も透視も可能であった。加えて、凡ゆる魔法を内包し、視線だけでそれらを操る事も可能である。
だが、そんな万能な眼にも、ゼロの姿は見えていなかった。
しかし、ある一点を注視すると、その先に金色に輝く小さな光が見えた。




