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第3話:秘湯ハナムキアの化学反応(ケミカル・リアクション)とウサギ騎士


「ケンジ! 貴様が提供した『MOCHI』のエネルギー効率は異常だ! 我が体内リアクターが臨界点クリティカルを超えそうだぞ!」

納屋(兼・王族用DX居住ユニット)の中で、アリーシャが全身から金色の粒子を噴き出しながら叫んだ。

餅の複合摂取により、アリーシャのATP魔力変換回路はオーバーフローを起こしていたのだ。

アリーシャの魔道具、腕輪が『警告、警告。魔力濃度過多。爆発まであと10分』と無機質に告げる。

「んだから言ったべ! 餅は腹持ちがいいんだって! しょうがねぇな、一回放出してクールダウンすっぺ!」

ケンジは軽トラックのエンジンを吹かすと、アリーシャを、助手席に乗せた。

「どこへ行くのだ!?」


「ハナムキア温泉だ! あそこは山奥の秘湯で、泉質は『炭酸水素ナトリウム泉』だ。お前のその暴走した魔力を中和するには、アルカリ性の湯っこに浸かるしかねぇ!」

「ナトリウム・タンサン……? つまり、上級ポーションの泉か!?」

こうして、二人は花巻の奥地、ハナムキア温泉のひなびた秘湯へと向かった。

ハナムキア温泉は、渓流沿いにある露天風呂が自慢の、知る人ぞ知る名湯である。

幸い、平日の昼間ということもあり、客は誰もいなかった。


「ふぅ……。これが岩手の『ONSEN』か。地球の地熱エネルギーを直接、経皮吸収するシステムなのだな」

アリーシャは、旅館の年老いた女将が用意した花柄の浴衣を脱ぎ捨て湯気を上げる露天風呂へと足を踏み入れた。

女将は、「あんらまあ、めんこい外人の娘っ子連れて。あんだの恋人さんがなあ。笑笑」

「そ、そ、そんなんじゃねえでがんす」

とケンジは真っ赤になった。

「ケンジよ、しばらく、貴様の恋人のフリをしてやっても良いのだぞ。」と、高笑いをした。


アリーシャが湯船に浸かった瞬間、シュワシュワと肌に気泡がまとわりつく。

「おお……! 肌の表面で化学反応が起きている! 暴走した魔力が、気泡となって大気中に揮発していくぞ!」

「んだべ。重曹泉じゅうそうせんってのは、皮膚の表面を軟化させて、老廃物を流すんだ。お前の魔力も『汚れ』みたいなもんだから、さっぱり流れるはずだ」

男湯との仕切り壁の向こうから、ケンジののんきな声が聞こえる。

アリーシャは湯船で手足を伸ばし、はしゃいだ。

「極楽であるな、この『ヌルヌル・テクスチャ』が、魔力回路の摩擦係数をゼロに近づけているようだ」


岩場の奥、雪が残る林の陰から、何かがこちらを覗いている。

真っ白な毛並みの、可愛らしい雪うさぎだった。

すると、そのうさぎは逃げるどころか、つぶらな赤い瞳でアリ-シャを見つめ、前足を揃えて礼をしたではないか

アリ-シャの脳内に、念話テレパスが響いた。聞き覚えのある、凛とした声だ。

「えっ!? こ、この声は……まさか!」


『左様でございます。近衛隊副長の、ラパンでございます』

うさぎはピョコリと頭を下げた。

『私もあの時、呪術師の呪いを受け、この姿に変えられたまま時空の裂け目に飲み込まれ……気がつけば、この極寒の雪山で草の根をかじって王女様を探しておりました』

「ラパン! 生きていたのね! いえ、うさぎになっていたのね!」


アリーシャは驚愕し、雪うさぎを抱き上げた。

「アリーシャ様、私の呪いは、バルバロの呪術師団の団長

ゲオグマにかけられたものです。呪いを解くのは難しいかと思いますが」

「よし、事情は読めた。任せておけ。我がATP魔力は今、餅パワーと岩手の秘湯温泉の化学反応で最高潮にある。

アリーシャは立ち上がると、左腕にはめた魔道具の腕輪(スマートウォッチ型)を操作した。

アリーシャは右手を天にかざし、詠唱を開始した。

「炭酸水素ナトリウムの泡よ、呪いをすすげ! ATP魔力解呪プロセス起動セット

――『変身解除ディスペル・トランスフォームスペシャル』ッ!!」

カッ!!

露天風呂が眩い金色の光に包まれる。

温泉の湯が渦を巻き、雪うさぎを包み込んだ。

光が収まると、そこには一人の少女が立っていた。

鮮やかなピンク色のショートカット。青い近衛隊の隊服をビシッと着込んでいる。凛々しくも愛らしい顔立ちの美少女だ。

「成功か!?」

アリーシャが身を乗り出す。

少女――ラパンは、自分の手足を確認し、感涙にむせんだ。

「ああ……戻った。半年ぶりに人間の姿に! ありがとうございます、アリーシャ様!」

ラパンは敬礼しようとして、頭の違和感に気づいた。

彼女の手が、頭頂部に触れる。

そこには、長く、白く、フワフワとした――立派な『うさぎの耳』が生えていた。

「……アリーシャ様? 耳が、残っておりますが」

「む。……計算違いか? 温泉の成分が、うさぎのDNAとキレート結合してしまったようだな」

アリーシャは誤魔化すように視線を逸らした。「だが、可愛いから問題ないであろう!」

「そ、そんな……威厳ある近衛隊副長が、うさ耳だなんて……」

ラパンが落ち込もうとしたその時、彼女の感情に呼応するように、周囲の気温が急激に低下した。

露天風呂の湯気が、一瞬にしてダイヤモンドダストへと変わる。

「うおっ!? なんだ、急に寒くなったぞ!?」

男湯からケンジの悲鳴が上がった。「風呂の湯が凍りかけてるぞ!?」

アリーシャは分析アイ(ただの目視)を光らせた。

「ふむ。ラパンよ、貴様、雪山でうさぎとして生き延びる間に、環境適応アダプテーションして『雪女』の形質を獲得したようだな。感情が高ぶると冷気を発する体質になったようだ」

「ええっ!?」

ラパンが驚くと、さらに吹雪が舞う。

「おいアリーシャ! 早くなんとかしろ! 湯船の表面がシャーベットになってきた! 凍死する!」

壁越しにケンジが叫ぶ。

「ええい、騒がしい! ラパン、まずはその冷気を制御せよ! 貴様のその能力があれば、夏場のエアコン代を節約できる! ケンジも喜ぶはずだ!」

「は、はい! 善処します!」

ラパンはピッと背筋を伸ばし(うさ耳もピンと立った)、吹雪を止めた。

しかし、その目はまだ赤く輝き、どこか野生の鋭さを残している。

こうして、納屋の住人に、うさ耳雪女の近衛騎士が新たに加わった。

餅のエネルギーと温泉の化学反応、そして雪山のサバイバルが生んだ、奇跡(と余計なオプション)であった。

「それにしても……」

アリーシャは、うさ耳をピコピコ動かすラパンを見ながら、満足げに頷いた。

「この国は退屈せぬな。次は、ラパンの冷気を使って『永久機関アイスクリーム製造機』を作るぞ、ケンジ!」

「もう勘弁してくれ……湯冷めするわ……」

ハナムキアの秘湯に、ケンジの疲れ切ったツッコミが木霊するのだった。

(続く)

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