第2話 王女の無理難題 その2 納屋のリフォーム:『岩手の餅は異世界のチートアイテム』
白米の力で悪大臣バルバロの追って、紫ゴブリンを退けた翌日の朝。アリーシャは納屋の薄暗い片隅に設置された、粗末な寝床を前に、仁王立ちになった。
「ケンジ! この環境は非衛生的である! 魔法国シャンドリラの王族に許される居住空間ではないぞ!」
「そったなこと言われてもな。ここは、もともとトラクターの道具入れだもの。稲わらと毛布で一晩寝れただけで御の字だべ」
ケンジは、昨日の非日常が嘘のように、平穏な農家のおっさんに戻っていた。
アリーシャは腕組みをし、足元のホコリを蹴り上げた。
「わかった。では、貴様が持つイハトプ国の『科学的知識』で、この空間を我が満足できるレベルまで改修するのだ! 換気、給排水、内装の全てをだ!」
「はぁ……リフォームか」
ケンジはスマホを取り出し、リフォーム業者や資材のネット通販サイトのカタログを検索し、それをアリーシャに見せた。
「いいか、お姫様。快適な部屋っつうのは、金がかがるんだよ。壁を剥がして、トイレとシャワーを新設して、断熱材入れて、ベッドや箪笥まで揃えるとな……ざっと見積もって、これだ」
画面に表示された金額を見て、アリーシャは目を丸くした。
「この国の金の価値などは分からぬが?」
「ざっと五百万円だ」
アリーシャはすぐにニヤリと笑った。彼女は、腰の魔法アイテム(空間収納ポーチ)に手を突っ込むと、ゴロゴロと手のひらに転がる複数の透明な塊を取り出した。
「これで足りるであろう? 貴様の世界の『金』とは、こういうものであろう?」
それは、太陽の光を浴びて虹色に輝く、大ぶりのサファイアやエメラルドだった。間違いなく本物で、宝石としての純度は極めて高い。宝石鑑定士が見たら卒倒するレベルだ。
「……へえ、こういう展開は、異世界モノのテンプレみたいに、金の問題が簡単に解決すんだよなあ」
ケンジは乾いた笑いを漏らしながら、ため息を一つ。
「たぶん、五百万円どころじゃねぇな。数千万円はいくだろ、これ。ははは」
「うむ。では、この納屋の改装費用はこれで賄えるであろう。
我を助けてくれた御礼に、ケンジの家もリフォームして
やろうではないか」
「それはありがたい話だべ。オラの家は、築30年の木造平屋建てで、ボロボロだがらなあ。
金はいいとして、問題は『大工』だ。こんな急な注文を受けてくれる腕のいい大工なんか、すぐには見つからねぇぞ」
ケンジの懸念を聞いたアリーシャは、再び魔法アイテムに手を突っ込んだ。
「大工か。我が世界では、こういう技術を要する作業は彼らに任せるのが常であった」
彼女が取り出したのは、高さ30センチほどの、小人型の甲冑を着た人形だった。
「出てこい! ドワーフども! 納屋を至高の居住空間に変えるのだ!」
アリーシャがそう叫ぶと、人形はバチバチと音を立てて実体化し、たくましい体躯と長い髭を持つ、五人の小人ドワーフへと姿を変えた。彼らの瞳はルビーのように赤く輝いている。
「我ら、土木建築の専門家、ドワーフの『ビルド隊』、推参!」
ドワーフたちは納屋の床に降り立つと、ケンジとアリーシャに向かって深く頭を下げた。
「依頼内容は承知した。我らドワーフの誇りにかけて、最速、最高品質で仕上げよう!」
「マジかよ……」
ケンジは、スマホを落としそうになりながら呟いた。「なんで、ドワーフまで召喚できんだ。どこまでも非科学的すぎるべ……」
しかし、宝石は本物、ドワーフもやる気満々だ。ケンジは覚悟を決めた。
「わかった。やるならとことんやっぺ。お前らドワーフども! 換気と断熱はしっかり頼むぞ! あと、トイレの構造は『日本式』で、静音設計にするんだ!」
「日本式? 承知した! 異世界の技術を学ぶのも、職人の務め!」
数日後、建築資材&工具機械等はケンジの家に搬入され、納屋の改装作業に取り掛かった。
ケンジの家は、花巻山地の山奥にある為、ドワーフが建築作業をしても近隣の住人にはわからないのだ。ケンジがスマホのAI Gemini proで、建築技術、換気、給排水、内装、電気工事技術をドワーフに教えると、彼らはすぐに理解し、覚えた。
彼らの手にかかると、解体、組み立てもベテラン大工のように迅速で、納屋とケンジの家屋は数日で見事に生まれ変わっていた。
内壁には最新の断熱材が施され、床は温もりのあるフローリング。天井には間接照明が取り付けられ、湿気の多い納屋の面影はない。奥にはシャワー室と、ケンジの要求通りの日本式静音トイレが完備されている。
まだ残暑で蒸し暑いので、エアコンのクーラーも完備され、常に快適な室温を維持している。
部屋の中央には、ふかふかのベッド、壁際には、アリーシャの大量の衣装(派手な王族風の服をネット通販で購入)が収まった衣装箪笥が鎮座している。
「フフフハハハ! 素晴らしい! これぞ王女の住まい! ドワーフたちよ、感謝する!」
アリーシャは満面の笑みで部屋をくるくると回り、ベッドに飛び込んだ。
ケンジも仕上がりの速さと品質に驚きを隠せない。
「お見事だ、ドワーフ! だが、お前らの人件費は、どう計算すんだ?」
「フン。我らは、主人への奉仕と、異世界の技術を学べた喜びで十分だ! それに……」
ドワーフの一人が、ケンジの足元にある空になった炊飯器を指さした。
「……あの白い力の塊を、我らにも少し分けてもらえれば、言うことはない!」
「結局、コメかよ!」
ケンジはドワーフの意外なリクエストに笑いながら、「わかった、わかった。炊いてやるから待ってろ」と応じた。
リフォーム完成祝いの夜。
ケンジは、地元の特産品である「餅」を振る舞うことにした。
あんこ餅、ずんだ餅、そして郷土料理の豆腐餅。三種類が、畳の上に並んだ。
「さあ、お祝いだ。岩手では、祝いはお餅と決まってんだ。食え、アリーシャ」
「これは……先日食べた『KOME』を、さらに濃縮したような物質ではないか!」
アリーシャは餅を前に目を輝かせた。
ケンジは、理科の授業のように解説を始めた。
「大正解だ。餅米はもち米ほぼ100%がアミロペクチンで構成され分子構造が枝分かれしており、複雑な網目状になっているんだべ。この粘り気の強い構造のため、消化酵素であるアミラーゼがデンプンに浸透しにくく、分解に時間がかかる。消化に時間がかかるということは、それだけ胃腸に長くとどまる時間が長くなるということだべじゃ。このため、白米と比較してゆっくりと吸収され、結果として腹持ちが良くなるんだべ。
この餅米のを蒸して杵で叩くことで、構造を緻密にして吸収速度を遅らせ、持続性エネルギーになるんだなや」
「なんと! 戦闘後の疲労回復に最適ではないか!」
アリーシャはまず、あんこ餅に手をつけた。
「これは、甘い物質と合体しているな。ATP魔力変換への起爆剤か?」
「あんこの主成分は小豆と砂糖だ。小豆のデンプンも長期エネルギー源だが、砂糖(ショ糖)は即効性ブドウ糖を補給する。そして小豆の皮に含まれる『ポリフェノール』は、抗酸化作用で疲労による力の乱れを整える」
「むむ! エネルギーの供給と、力の安定化を両立する完璧な組み合わせ!」
次にアリーシャは、ずんだ餅を口に運んだ。緑色のペーストが餅を覆っている。
「この緑のペーストは? まさか毒物ではあるまいな」
「毒じゃねぇよ。枝豆をすり潰したもんだ。これにはな、高品質な『タンパク質』が豊富だ。そしてビタミンB1。これが『グルコース変換体』である炭水化物(餅)を、効率よくエネルギーに変える、言わば魔力変換の触媒だ」
「触媒だと!? 変換効率が向上するのか!」
最後に、豆腐餅。砕いた豆腐に味噌や砂糖を混ぜた、岩手の家庭料理だ。
「これは……甘いのに、食感が重い。謎の物質であるな」
「豆腐は、大豆の良質なタンパク質と、植物性の脂質が主だ。筋肉や細胞の材料になり、基礎体力を底上げする。特に夜食としては、ゆっくりと持続的にエネルギーを供給し続ける体力の回復に優れている」
「あんこ餅で即効性+安定、ずんだ餅で変換効率ブースト、そして豆腐餅で基礎体力回復……」
アリーシャは、三種類の餅をすべて完食し、深く息を吸い込んだ。
「ケンジ! 貴様の栄養学的知識と、このイハトブ国の食文化は、我がATP魔力の理論体系を完全に覆した!」
その瞬間、アリーシャの体から、前とは比べ物にならないほどの巨大なATP魔力の波動が噴き出した。
納屋全体を覆っていた結界の光が、金色に輝き始める!
「くそっ、魔力の暴走か!」アリーシャはため息をついた。
ガガガギギギギ!
納屋のリフォームされた部屋の壁から、急に奇妙な金属音が鳴り響き始めた。
「な、なんだ!?」
アリーシャが慌てて腕輪の魔力測定器を確認すると、「急激な魔力増大により、魔力制御システムが暴走!」と表示されていた。




