表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

第2話   王女の無理難題 その2 納屋のリフォーム:『岩手の餅は異世界のチートアイテム』


白米の力で悪大臣バルバロの追って、紫ゴブリンを退けた翌日の朝。アリーシャは納屋の薄暗い片隅に設置された、粗末な寝床を前に、仁王立ちになった。

「ケンジ! この環境は非衛生的である! 魔法国シャンドリラの王族に許される居住空間ではないぞ!」

「そったなこと言われてもな。ここは、もともとトラクターの道具入れだもの。稲わらと毛布で一晩寝れただけで御の字だべ」

ケンジは、昨日の非日常が嘘のように、平穏な農家のおっさんに戻っていた。


アリーシャは腕組みをし、足元のホコリを蹴り上げた。

「わかった。では、貴様が持つイハトプ国の『科学的知識』で、この空間を我が満足できるレベルまで改修するのだ! 換気、給排水、内装の全てをだ!」

「はぁ……リフォームか」

ケンジはスマホを取り出し、リフォーム業者や資材のネット通販サイトのカタログを検索し、それをアリーシャに見せた。

「いいか、お姫様。快適な部屋っつうのは、金がかがるんだよ。壁を剥がして、トイレとシャワーを新設して、断熱材入れて、ベッドや箪笥たんすまで揃えるとな……ざっと見積もって、これだ」

画面に表示された金額を見て、アリーシャは目を丸くした。

「この国の金の価値などは分からぬが?」

「ざっと五百万円だ」

アリーシャはすぐにニヤリと笑った。彼女は、腰の魔法アイテム(空間収納ポーチ)に手を突っ込むと、ゴロゴロと手のひらに転がる複数の透明な塊を取り出した。

「これで足りるであろう? 貴様の世界の『金』とは、こういうものであろう?」

それは、太陽の光を浴びて虹色に輝く、大ぶりのサファイアやエメラルドだった。間違いなく本物で、宝石としての純度は極めて高い。宝石鑑定士が見たら卒倒するレベルだ。

「……へえ、こういう展開は、異世界モノのテンプレみたいに、金の問題が簡単に解決すんだよなあ」


ケンジは乾いた笑いを漏らしながら、ため息を一つ。

「たぶん、五百万円どころじゃねぇな。数千万円はいくだろ、これ。ははは」

「うむ。では、この納屋の改装費用はこれで賄えるであろう。

我を助けてくれた御礼に、ケンジの家もリフォームして

やろうではないか」

「それはありがたい話だべ。オラの家は、築30年の木造平屋建てで、ボロボロだがらなあ。

金はいいとして、問題は『大工』だ。こんな急な注文を受けてくれる腕のいい大工なんか、すぐには見つからねぇぞ」


ケンジの懸念を聞いたアリーシャは、再び魔法アイテムに手を突っ込んだ。

「大工か。我が世界では、こういう技術を要する作業は彼らに任せるのが常であった」

彼女が取り出したのは、高さ30センチほどの、小人型の甲冑を着た人形だった。

「出てこい! ドワーフども! 納屋を至高の居住空間に変えるのだ!」

アリーシャがそう叫ぶと、人形はバチバチと音を立てて実体化し、たくましい体躯と長い髭を持つ、五人の小人ドワーフへと姿を変えた。彼らの瞳はルビーのように赤く輝いている。

「我ら、土木建築の専門家、ドワーフの『ビルド隊』、推参!」

ドワーフたちは納屋の床に降り立つと、ケンジとアリーシャに向かって深く頭を下げた。

「依頼内容は承知した。我らドワーフの誇りにかけて、最速、最高品質で仕上げよう!」


「マジかよ……」

ケンジは、スマホを落としそうになりながら呟いた。「なんで、ドワーフまで召喚できんだ。どこまでも非科学的すぎるべ……」

しかし、宝石は本物、ドワーフもやる気満々だ。ケンジは覚悟を決めた。

「わかった。やるならとことんやっぺ。お前らドワーフども! 換気と断熱はしっかり頼むぞ! あと、トイレの構造は『日本式』で、静音設計にするんだ!」

「日本式? 承知した! 異世界の技術を学ぶのも、職人の務め!」


数日後、建築資材&工具機械等はケンジの家に搬入され、納屋の改装作業に取り掛かった。

ケンジの家は、花巻山地の山奥にある為、ドワーフが建築作業をしても近隣の住人にはわからないのだ。ケンジがスマホのAI Gemini proで、建築技術、換気、給排水、内装、電気工事技術をドワーフに教えると、彼らはすぐに理解し、覚えた。


彼らの手にかかると、解体、組み立てもベテラン大工のように迅速で、納屋とケンジの家屋は数日で見事に生まれ変わっていた。

内壁には最新の断熱材が施され、床は温もりのあるフローリング。天井には間接照明が取り付けられ、湿気の多い納屋の面影はない。奥にはシャワー室と、ケンジの要求通りの日本式静音トイレが完備されている。

まだ残暑で蒸し暑いので、エアコンのクーラーも完備され、常に快適な室温を維持している。

部屋の中央には、ふかふかのベッド、壁際には、アリーシャの大量の衣装(派手な王族風の服をネット通販で購入)が収まった衣装箪笥が鎮座している。


「フフフハハハ! 素晴らしい! これぞ王女の住まい! ドワーフたちよ、感謝する!」

アリーシャは満面の笑みで部屋をくるくると回り、ベッドに飛び込んだ。

ケンジも仕上がりの速さと品質に驚きを隠せない。

「お見事だ、ドワーフ! だが、お前らの人件費は、どう計算すんだ?」

「フン。我らは、主人への奉仕と、異世界の技術を学べた喜びで十分だ! それに……」

ドワーフの一人が、ケンジの足元にある空になった炊飯器を指さした。

「……あの白い力の塊を、我らにも少し分けてもらえれば、言うことはない!」

「結局、コメかよ!」

ケンジはドワーフの意外なリクエストに笑いながら、「わかった、わかった。炊いてやるから待ってろ」と応じた。


リフォーム完成祝いの夜。

ケンジは、地元の特産品である「もち」を振る舞うことにした。

あんこ餅、ずんだ餅、そして郷土料理の豆腐餅。三種類が、畳の上に並んだ。

「さあ、お祝いだ。岩手では、祝いはお餅と決まってんだ。食え、アリーシャ」

「これは……先日食べた『KOME』を、さらに濃縮したような物質ではないか!」

アリーシャは餅を前に目を輝かせた。


ケンジは、理科の授業のように解説を始めた。

「大正解だ。餅米はもち米ほぼ100%がアミロペクチンで構成され分子構造が枝分かれしており、複雑な網目状になっているんだべ。この粘り気の強い構造のため、消化酵素であるアミラーゼがデンプンに浸透しにくく、分解に時間がかかる。消化に時間がかかるということは、それだけ胃腸に長くとどまる時間が長くなるということだべじゃ。このため、白米と比較してゆっくりと吸収され、結果として腹持ちが良くなるんだべ。

この餅米のを蒸してきねで叩くことで、構造を緻密にして吸収速度を遅らせ、持続性エネルギーになるんだなや」


「なんと! 戦闘後の疲労回復に最適ではないか!」

アリーシャはまず、あんこ餅に手をつけた。

「これは、甘い物質と合体しているな。ATP魔力変換への起爆剤か?」

「あんこの主成分は小豆と砂糖だ。小豆のデンプンも長期エネルギー源だが、砂糖(ショ糖)は即効性ブドウ糖を補給する。そして小豆の皮に含まれる『ポリフェノール』は、抗酸化作用で疲労による力の乱れを整える」

「むむ! エネルギーの供給と、力の安定化を両立する完璧な組み合わせ!」

次にアリーシャは、ずんだ餅を口に運んだ。緑色のペーストが餅を覆っている。

「この緑のペーストは? まさか毒物ではあるまいな」

「毒じゃねぇよ。枝豆えだまめをすり潰したもんだ。これにはな、高品質な『タンパク質』が豊富だ。そしてビタミンB1。これが『グルコース変換体』である炭水化物(餅)を、効率よくエネルギーに変える、言わば魔力変換の触媒だ」

「触媒だと!? 変換効率が向上するのか!」


最後に、豆腐餅。砕いた豆腐に味噌や砂糖を混ぜた、岩手の家庭料理だ。

「これは……甘いのに、食感が重い。謎の物質であるな」

「豆腐は、大豆の良質なタンパク質と、植物性の脂質が主だ。筋肉や細胞の材料になり、基礎体力を底上げする。特に夜食としては、ゆっくりと持続的にエネルギーを供給し続ける体力の回復に優れている」

「あんこ餅で即効性+安定、ずんだ餅で変換効率ブースト、そして豆腐餅で基礎体力回復……」

アリーシャは、三種類の餅をすべて完食し、深く息を吸い込んだ。

「ケンジ! 貴様の栄養学的知識と、このイハトブ国の食文化は、我がATP魔力の理論体系を完全に覆した!」


その瞬間、アリーシャの体から、前とは比べ物にならないほどの巨大なATP魔力の波動が噴き出した。

納屋全体を覆っていた結界の光が、金色に輝き始める!


「くそっ、魔力の暴走か!」アリーシャはため息をついた。

ガガガギギギギ!

納屋のリフォームされた部屋の壁から、急に奇妙な金属音が鳴り響き始めた。

「な、なんだ!?」

アリーシャが慌てて腕輪の魔力測定器を確認すると、「急激な魔力増大により、魔力制御システムが暴走!」と表示されていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ