第11話 1月のゴブリンキングと炎の森岡冷麺、そして終わらない宴
季節は1月末になっていた。
アリーシャの館周辺は、すっかり一面の銀世界となっていた。
岩手の冬は長い。そして厳しい。
しかし、その雪原の真っ只中で、奇妙な熱気が渦巻いていた。
「ぬんっ!!」
気合一閃。雪に埋もれた畑から、巨大な白い物体が引っこ抜かれ、空高く舞い上がった。
「見事だ、シャノン隊長! その脊柱起立筋の使い方、まさにドワーフ顔負けじゃ!」
ドワーフの棟梁が手を叩いて絶賛する中、シャノンは額の汗を拭った。彼女の頭の上の猫耳がピクリと動く。
「ふぅ……。この『雪下大根』、なかなかの強敵でした。寒さで糖分を蓄えている分、大地への執着(根の張り方)が凄まじい」
シャノンは近衛隊長の制服の上に、ケンジの母ちゃんが残していった「ドテラ」を羽織っている姿だ。だが、その身のこなしは戦場のそれである。
「よし、次はあっちの白菜部隊を殲滅(収穫)するぞ! 我が軍の冬の兵糧を確保せよ!」
「「「オオゥ!!」」」
シャノンは完全に現場監督としてドワーフたちを掌握していた。
リビングからその様子を見ていたアリーシャが、こたつで蜜柑を剥きながら呟く。
「馴染んでいるな……。あやつ、騎士団にいた頃より生き生きしておらぬか?」
「んだな。真面目な性格が、農作業の『段取り』と相性バッチリなんだべ」
ケンジはお茶を啜りながら頷いた。
「来年は、ビニールハウスを新築して、冬でも食べられる。野菜とか、いちごを収穫するべな。」
その日の夕食。
ケンジは腕まくりをして、大量の「小さな椀」と、茹で上がった蕎麦を用意していた。
「今日はシャノンの就労祝いだ。岩手の魂エンターテインメント、**『わんこそば』**をやるぞ!」
「わんこそば……? 奇妙な名の料理ですね」
シャノンが首を傾げると、ケンジはニヤリと笑った。
「これはただの食事じゃねぇ。給仕(俺)が入れる蕎麦を、満腹になるまで食い続ける、己の限界への挑戦だ。ちなみに岩手の最高記録は200杯を超える」
「ほう……戦場における補給戦ということか。望むところです!」
「じゃあ行くぞ! はい、じゃんじゃん! はい、どんどん!」
ケンジの掛け声と共に、シャノンの手元の椀に一口分の蕎麦が投げ込まれる。
シュッ! ツルッ!
シャノンは猫のような瞬発力で蕎麦を飲み込むと、即座に椀を突き出した。
「おかわり!」
「はい、もっと!」
ツルッ! カッ!
「次!」
開始から10分。シャノンの目が変わった。
瞳孔が縦に開き、野性の本能が覚醒する。
「フシューッ!!」
もはや箸など使わない。椀が空になる速度が、ケンジの給仕速度を上回り始めた。
「は、速ぇ! 喉越しを楽しむとかそういうレベルじゃねぇ! 吸引だべ!」
「まだだ! まだ足りぬ! この程度の炭水化物で、我が肉体のエネルギー回路を鎮められると思うな!」
アリーシャの腕輪の警戒音が、けたたましくなった。
その時である。
ドォォォォン!!
アリーシャの結界を破って、凄まじい轟音とともに侵入してきたのは、身長2メートルを超える筋肉隆々の緑色の怪物。
頭には巨大な王冠を戴いている。
「見つけたぞ……我が配下、紫ゴブリンを葬り去った忌々しき人間どもよ!」
ゴブリンキングだ。手には巨大な棍棒を持っている。
「我こそはゴブリンキング。貴様らに真の恐怖と、絶望を与えに来た!」
「食事の邪魔をするとは……無粋な!」
シャノンが立ち上がった。口元には蕎麦のつゆがついているが、その殺気は本物だ。
「ケンジ殿、アリーシャ様は下がっていてください。ここは私が!」
シャノンは獣人化し、黒豹の脚力でキングに肉薄した。
しかし――。
「ふんっ!」
キングが棍棒を振るうと、猛吹雪のような冷気が発生した。
「うっ!?」
シャノンは空中で凍りつきそうになり、慌ててバックステップを踏む。
「我が棍棒は『魔氷河の樹氷』から削り出したもの。寒さに弱い猫科の獣人など、動きを封じるのは造作もないわ!」
「くっ……身体が、動かない……!」
シャノンはガタガタと震え出した。猫の特性か、急激な寒さに筋肉が硬直している。
「終わりだ!」
キングが棍棒を振り上げる。
その時、ケンジが叫んだ。
「シャノン! 口を開けろ! これを食って体温を強制点火するんだ!」
ケンジが投げたのは、真っ赤なスープが入ったどんぶりだった。
シャノンは空中でそれを受け止め、本能のままに流し込んだ。
「ぐっ……!? か、辛い!? 冷たいのに、熱い!?」
シャノンが食べたのは、氷水で締められた麺と、真っ赤なキムチスープ。
**『盛岡冷麺(激辛・別辛10倍)』**である。
ケンジが解説モードに入る!
「そいつは盛岡冷麺! コシの強さはゴム並みだが、今のポイントはそこじゃねぇ! スープに溶け込んだ大量の**『カプサイシン』**だ!」
ケンジはホワイトボード(どこから出した?)を叩いた。
「カプサイシンは舌の痛覚受容体『TRPV1』を刺激し、脳に『火傷した』と錯覚させる! すると脳はアドレナリンを大量放出し、心拍数を上昇させ、脂肪燃焼と発熱を一気に引き起こすんだ! つまり――」
「体内暖房のスイッチを、強制連打した状態だべ!!」
ボッ!!!
黒豹に変身したシャノンの全身から、赤い湯気が噴き出した。
「にゃぁぁぁぁあああ!! 熱い! 身体中が燃えるようです!!」
寒さによる硬直は一瞬で消え失せた。カプサイシンによる興奮状態で、シャノンの瞳は真紅に輝く。
「力が……溢れて止まらない! いざ!!」
シャノンは残像が見えるほどの速度でキングの懐に潜り込んだ。
「なっ、なんだその熱量は!?」
「食らえ! 岩手の辛味と獣の怒り! 必殺・『ホット・スパイシー・肉球百烈拳)』!!」
にゃあタタ、にゃんタタタ、にゃあオラオラオラ ドガガガガガガッ!!
目にも止まらぬ連打がキングの腹部に炸裂する。その一撃ごとに、カプサイシンの熱気が衝撃波となって突き抜けた。
「ぐわぁぁぁ! 熱いぃぃぃ!」
キングはきりもみ回転しながら吹き飛び、消滅した。
「はぁ、はぁ……。勝った……」
シャノンは人間の姿に戻ると、その場にへたり込んだ。
「見事だシャノン! まさか冷麺の辛さをエネルギーに変えるとはな」
アリーシャが称賛するが、シャノンは涙目になって舌を出している。
「ケンジ殿……勝ったのはいいですが、口の中が火事です……。何か、甘いものを……」
ケンジはため息をつきつつ、冷蔵庫を開けた。
「まったく、世話の焼ける騎士様だ。……ほれ、食後のデザートだ」
ケンジが出したのは、ずんだ餅とバニラアイスのパフェだた
「……うまい!!」
シャノンとアリーシャが同時に叫ぶ。
「辛味の後の甘味、そしてコタツ。これぞ岩手の冬の永久機関だべ」




