第9話 魔法クッション王選手権
旅が始まってから四十五日が経った。
日中は順調に距離を稼ぎ、日が落ちる前には宿場町の宿へと入る。
今日の宿屋は大きく、幸いに部屋は空いており、いくつかに分かれずとも旅の一行が全員同じ建物に泊まれるとのことだった。
さらに夕食は宴会場なるステージがある大部屋で、皆が一緒にとれるそうだ。
――丁度いいわ。
宿の受付手続きを待っている間、近くのソファに座っていたクロードたち魔術師の方を見ると、考えていることが通じたようで、彼ら三人は揃って頷いた。
そうしてルシルはステージの使用許可を求めたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第一回、魔法クッション王選手権を開催します!」
宴会場の奥にあるステージ上、司会進行の男性が溌剌とした声を出す。
彼は護衛騎士の中でも若手で、軽くて明るい気質をしており、今回の司会役を頼むと快く応じてくれた。
夕食を終えた皆が、ステージの前へと集まってくる。
予め、食後に催しがあることは伝えておいた。
自腹なのだろうけれど、酒を頼んでいる人もそれなりにいて、「うぇーい」などと適当な酔っ払いの調子で場を盛り上げてくれる。
ステージ上には司会の他、三人の魔術師が揃い踏み。それと審査員席のルシル。
司会が趣旨を説明する。
三人の魔術師が同じ事柄に対し、その魔法技術と着想を競うというもの。
そして今回のお題は、ルシルが馬車に乗っているときに使うクッション。
しばらく前の休憩中、馬車旅は楽だけれどお尻が痛いと零していたら、それを聞いたクロードたち魔術師が、ならば魔法を使ったクッションを進呈すると言ってきた。
魔術師は魔法を使い、店では買えない特別な一点物を作れるのだそうだ。
どうせなら勝者に賞品がでる勝負の形にして、他の人にも楽しんでもらおうと機会を伺っていた。
規定は、素材や工程に一部でも魔法を使用していること。
カバーなどは既製品を使用しても構わない。ただし高価すぎるものは減点対象。
順位はルシルが独断で決めるけれど、座り心地や長く使えるかなど、重視する点は事前に伝えてある。
そして勝者に贈られるのは、ルシルが刺繍したハンカチ。
木綿のハンカチの一隅に、知の象徴である蛇が、魔術師の象徴である杖に巻き付いている図案が銀色の糸で紡いである。
司会の説明を受け、観衆から「おおぉ」と期待をはらんだざわめきが起こった。
「一人目は大地を愛し、大地に愛される土魔法の申し子、オーギュスト!」
司会の軽妙な紹介のもと、最初の魔術師がやや緊張した面持ちで前に出る。
オーギュスト、二十代後半で土属性の魔術師。
趣味は、二歳の息子と近所の公園で遊ぶこと。
最近の悩みは、旅から戻ったら顔を忘れられていないか心配なのだそうだ。
出してきたクッションは既製のカバーを使っており、やや細長いが一見すると普通のもの。
「どうぞ、座ってみてください」
床に置かれたそれに体を預けてみると、グニッと全身が優しく包みこまれた。
指で突いてみると、へこんだ部分がゆっくりと元に戻る。
「中には土魔法で成形した極小の玉が詰まっています。座った人それぞれにぴったりと合うものを目指しました」
「素晴らしい座り心地……もはや抱かれ心地ですね。 ――これは人をダメにするやつっ!」
と、ルシルは評した。
「二人目は水の精霊に加護を賜りし瀑布の魔術師、セザール!」
セザール、四十代の水属性を得意とする魔術師。
片眼鏡を付け、学者といった風貌である。
彼はこの場で即興でクッションを作るのだそうだ。
落ち着いた様子で手を上げ合図をすると、水の入った広い桶が運ばれてきた。
しゃがんだ彼が桶に手をかざし、集中するように目を閉じると、薄く張った水が中央に寄り、凝ってくる。
やがて完成したプルプルと揺れるそれを、セザールは恭しくルシルに差し出した。
不思議な形状のそれは触れてみると、少しひんやりとしている。
表と裏でそれぞれ、ハチの巣のように六角形の穴が隙間なく並んでいた。
薄いそれをペタリと椅子に敷き、そろりと座ってみる。
――おぉっ!
柔らかさと弾力性を両立したこれまでにない、なんとも不思議な感覚。
安定した座り心地なので、長時間座っても疲れにくいのだろう。
「魔法で水を変質し、ゲル化させました。表と裏で二重のハニカム構造をしていますので、通気性が良く、体圧も分散し座って快適かと思います」
「これも素晴らしいですね。なにせゲルでハニカムですし」
ルシルはゲルやハニカムがどういうものか知らなかったが、確かに座り心地は良かったので物知り顔で乗っかることにした。
「三人目、最後は天才、森羅万象のクロードだ!」
最後の挑戦者はクロードである。
複数属性の魔法が使えるからだろうか、森羅万象の二つ名があるようだ。
「あんたたちは何も分かっていない。悪いがハンカチは俺のものだ」
不遜な態度で先輩の魔術師たちをねめつける。
そうして出してきたクッションは、真ん中に穴が空いたドーナツ型だった。
「最高ランクの水鳥の羽毛と羽根を最適な割合で合わせたものを洗浄、脱水後、熱と風の混合魔法で急速乾燥させ、空気をたっぷりと含ませた。最高品質のカバーはダブルスキンで底付きしにくく、しっかりと尻を支えるものだ。ククク……どこの王侯貴族だってこれより上等なものを持ってやしない。何より長旅ではこの形が肝要だろう。学校で尻の下には穴をあけろと習わなかったのか――」
「最下位です」
「えっ?」
ルシルの一言を受け、クロードが驚いた声をあげる。
「ものは良いのでしょう。ですが、高級な材料を使えばそれは当然です。研鑽してきた魔法技術と創意工夫によって、お金をかけなくても良いものができる。そんな趣旨をまったく理解していないのが致命的で、説明にデリカシーが欠けているのがダメ押しでした」
クロードが絶望の表情で崩れ落ちた。床を相手にぶつぶつと呟いている。
「……俺は……どこで間違えて……」
「それでは聖女様より、優勝者を発表していただきます!」
司会がそう告げると、オーギュストとセザールがそれぞれ緊張した面持ちとなる。
すでに最下位が決定したクロードは、ステージの隅で虚無の表情をしていた。
「それでは……魔法クッション王選手権、栄えある初代王者は――」
自分の声のテンポや抑揚につられ、会場全体が息を呑む。
――なんだかとても気持ちが良い。
協力を申し出てくれた宿の従業員が、会場の端に据えられたドラムセットのドラムを細かく叩く。
ドゥルルルルルルル……シャーン――
シンバルの高い音の余韻が収まるのを待って――
「――土魔法クッションのオーギュストさんです!」
わあと会場が湧いて、拍手と歓声、指笛の音が響く。
オーギュストが驚いたような顔をしながらも、両手を上げる。
逆にセザールは肩を落とし、残念そうに下を向いた。
「オーギュストさん、おめでとうございます。聖女様、勝敗を分けたのはどういったところでしょうか?」
「お二人の作品はどちらもすばらしく、甲乙つけがたいものでした。好みにもよりますし、私はその日の気分で両方を使い分けたいですね。ただし、長く使い続けられるオーギュストさんの土魔法クッションに対し、セザールさんの水魔法クッションはしばらくして魔力が抜けると元の水に戻ってしまうとのことでした。長く使えるかという点も評価の基準だったので、今回は僅差でオーギュストさんの勝ちとさせてもらいました」
なんだかペラペラと、舌が滑らかに回る。
ルシルから優勝賞品であるハンカチを受け取ったオーギュストが、それを高らかに上げる。
思っていたよりすごいものをもらってしまったので、全く釣り合っておらず、申し訳ない気持ちになる。
「オーギュストさん、優勝した今のお気持ちはどうでしょうか?」
司会の質問に、彼は高揚を抑えられないといった様子で、
「正直、魔法の難易度はセザール先輩の方がずっと上だったと思います。だけど、俺、聖女様の旅を、少しでも快適にしたいって思って……どうすればいいかってずっと考えて……そんな思いが今回は通じたんだと思います」
そう言って、少し泣いている。
えっ、そんなに重くとらえてたの? と、ちょっと引いた。
「セザールさん、今回は残念な結果になってしまいました。一言いただけますでしょうか」
司会が優勝を逃したセザールに話を振る。
「そうですな……自分はいかに魔法を上手く使うかという点にばかり囚われ、大事なことを忘れていたようです。どうすれば笑顔になってもらえるか、心地よくなってもらえるか、長く愛用してもらえるか。クッションを使う人のことをまず第一に考える。残念ながら敗れてしまいましたが、そんな当たり前の初心を取り戻せました。また一からやっていきたいと思います」
どこかすっきりとした表情でそんなことを言っているが、迷走していると思う。
初心から間違っているのだから深刻である。
彼は一からどこへ向かおうとしているのだろうか……?。
どうか魔術師としての正しい道に立ち返って欲しい。
両者がステージ中央でお互いの健闘を称え合い、握手をすると、会場には万雷の拍手が鳴り響いた。
そして誰一人として、ステージ端で穴開きクッションを抱き、虚ろな目でぼんやりと立つクロードに触れるものはいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かくして魔法クッション王選手権はその幕を下ろした。
それからの道中、ルシルは土と水の魔法クッションを日によって巧みに使い分け、使わなかった方にはクロエが座ったりした。
水のクッションは時間が経ちヘタってくると、セザールに魔力を充填してもらうことでピンと角を立て復活した。
クロード作の穴開きクッションはシメオンの専用となった。
「やはり円座とはよいものですな」
そう言った壮年の司祭は、どこか遠い目をして微笑むのだった。




