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第8話 二柱の神像

 旅が始まってから四十日が経った。


 ルシルは朝食前に祈ろうと、昨日泊まった教会の敷地の中、世話係のクロエと一緒に礼拝堂へ歩いていた。


 教会の敷地内では、護衛隊とは基本別行動になる。

 彼らは客間に通されるか、部屋が足りない場合は別途宿屋に泊まることになる。


 どこの教会も主だった建物の配置は大体同じなので、初めての場所でも礼拝堂を探して迷うことは滅多にない。

 それでも今回は、礼拝堂と思われる場所に新旧二つの建物が並んでいた。

 こういう場合は、先に主神像を祀っている方へ行く必要がある。

 大抵は古い建物が正解だけれど、たまに新しい方へ主神像を移動させている場合もあるのだった。


「私が先に行って見て参りましょうか?」


 クロエの申し出に、ルシルは首を横に振る。


「古い方に人が集まっている気配があるわ。一緒にそっちへ行ってみましょう」


 そうして古い堂に入ってみると、数人の神官たちが焦った様子で集まっていた。


「やはり我らは、女神様の御心を汲み取れていないのではないか?」

「涙が悲嘆のあらわれとも限らんだろう」

「頻度が高くなってきている。もう三日連続だ」


 奥には座した主神像が見える。こちらで正解だった。

 昨晩、挨拶をした神官もいる。

 会釈をしながら彼らの横を通り過ぎ、主神像に跪いて祈りを捧げた。


 頭の中が綺麗になり、時間の感覚は曖昧になる。

 祈りの最中さなか、閉じた瞼の外が明るくなったので薄目を開けると、像からは眩しい光が発せられていた。

 最近は割とこんな感じである。


 ひとしきり祈りを終えると、それに合わせて光も収まった。

 胸の前で組み合わせていた手を解き、立ち上がって振り返ると、神官たちがこちらじっとを見ている。


「あの……私になにか、ご用ですか?」


 神官たちにじりじりと距離を詰められ、最後は囲まれるようにして半ば無理やりに事情を説明された。




 ここのところ夜な夜な、こちらの古い礼拝堂に祀られている女神像が涙を流すのだそうだ。


 豊穣と酒を司り、主神の娘でもある女神セラフェスレシス。

 神官たちに強く請われ、彼女の像の前へと立つ。

 豊満な肢体を薄衣で隠し、肩には小さなかめを担いでいる。

 なるほど、両目の下には濡れて乾いたような跡がある。


 ルシルが跪いて女神像に祈ると、すぐに何かと繋がる感覚があった。


『――――――――――――』


 頭に直接、声が届く。

 確かにこの女神像には、人格――のようなものが宿っている。

 だけれどそれは、どこか違和感があるような……。


 祈りを終えると、神官たちに再度ぐるりと囲まれた。

 クロエが抗議の声を上げているが、彼らの必死さも伝わってくる。


「聖女様、女神様から何か……お言葉はありましたでしょうか?」


 固唾を呑む神官たちの、とても距離が近い輪をかい潜る。


「クレトラースという言葉が伝わってきました。何か分かりますか?」


 神官たちが驚いた表情で顔を見合わせる。

 その中で年嵩の一人がこちらを見た。


「クレトラース様は、第二礼拝堂にいらっしゃる男神様ですな」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ルシルやクロエ、教会の神官たちは、新しい第二礼拝堂へと移動していた。

 途中で司祭のシメオンも合流している。

 皆の前に立つのは、クレトラース神像。


 壮年の堂々たる偉丈夫像。

 今から八十年ほど前、この地方を戦乱から守った、実在したかつての英雄。

 短髪を荒々しく逆立たせ、鋭い双眸が前方を睨みつける。

 剣先を下に向けた大剣の柄を、胸の前で両手で握っている。


「実在の人を、神様とすることもあるんですね」


 そんなルシルの素朴な問いに、先ほどの年嵩の神官が答えてくれる。


「珍しいことでもないですな。祀る神はその地の歴史や風土によって様々です。穀倉地帯では天気を司る神が喜ばれますし、学術都市のようなところでは、生前に名を成した碩学せきがくの学者が望まれて神になったりもします」


 ほうほうと頷くルシルに神官が続ける。


「まあ、難しいところもあるのですが。例えばクレトラース様はこの国では戦争の英雄ですが、それは敵対していた国からするとまた異なり……」


(かたき)として恨まれていると?」


「そうですな。ですので時が怨嗟を薄れさせるまで待つ必要があったりもします」


「へえ、そうなんですね」


 そんなやり取りをした後、跪いて男神像に祈りを捧げる。


 そうしてしばらくすると、脳裏へ英雄と呼ばれた男の人生が断片的に流れてきた。

 ――時に彼の目を通し、時に宙から客観して。




 子供の頃から、周りに比べて身体が大きく力も強かったこと。

 気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るう乱暴者で、村で威張り散らしていたこと。

 やがて隣国との間で戦争が起こり、戦場でたくさんの敵を殺したこと。

 気付いたら英雄と持て囃され、みやこの貴族に招かれて贅沢な暮らしをしたこと。


 そんな生活に飽きて帰ろうとしたら、故郷の村は戦争で焼かれてもうなかったこと。

 しばらくぼんやり過ごした後、村を少しずつ復興させたこと。

 散り散りに逃げていた村民たちが、徐々に戻ってきたこと。

 力で従わせるより、黙々と仕事をする背中を見せた方が、人はついてきてくれるのだと知ったこと。


 最後は英雄には似つかわしくない、小さな村の粗末な村長宅、村人たちに囲まれて満足気に逝った――。




 そこでぷつりと繋がりが切れ、ルシルが自身を取り戻す。

 いつのまにか涙が溢れ、堂の床にポタポタと落ちていた。

 立ち上がって振り返ると、皆が緊張した面持ちでこちらを見ている。

 涙を流すなど、一体どんな神託があったのかと。


 恐らく、クレトラースは伝えたいのだろう。

 自らがその生涯で最も誇ることは、戦争で活躍し英雄と呼ばれたことではなく、故郷の小さな村を立て直したことであると。

 声高に主張したいわけでなく、一部の伝わる者だけが知っていればいい。

 ルシルから見た彼はそんな気質の男だった。


 そして男神像と繋がった際、別の想念の流れも感じた。


「このクレトラース様の像は、前は主神様の像がある方の礼拝堂に置かれていたのではないでしょうか?」


 そう問うと、神官たちが驚いた顔をする。


「は、はい。以前は本堂にて、セラフェスレシス様の隣に祀っておりました。三月みつきほど前、こちらの新しい堂が完成したので、広々と寛いでいただけるよう、ご移動頂いたのです」


「女神様の像が涙を流すようになったのは、それからなのでは?」


「確かに、その通りですな……一体どのような因果があるのでしょう?」


 神官たちが心底分からんと、眉を下げ困り顔をする。


「女神様は、英雄神様に心を寄せているようです。場所を離されて悲しんでいるのかもしれません」


「なんと……そのようなことが……」


 神官たちが、愕然と口を開ける。


「試しに移動させてみては? 像の移動というのは大変なものなのでしょうか?」


「そうですな、簡単ではありませんが……隣の堂への移動であれば、人手を集めればそれほどかからずできるでしょう」


 そうして英雄神の像を、元々置かれていた本堂へと移動させることになった。

 教会の人々が忙しそうに動き出す。

 手伝えることもなさそうなので、ルシルたちは朝食をいただこうと食堂へ向かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 食堂でのんびり朝食を採っていたルシルたちのところに、慌てた神官たちがバタバタとやってきた。


「聖女様、ど、どうか今すぐ礼拝堂にお越し下さい。大変なことが起きているのです!」


 なんとなくこうなることを予想していたので、残りのパンを口に入れ、モグモグと行儀悪く席を立つ。


 急かされ古い方の礼拝堂に着くと、そこへはクレトラースの神像が移動してきていた。


 問題はその隣、セラフェスレシスの女神像である。

 涙の跡はすでに乾いて消えていたが、その代わり、肩の瓶から無色透明な液体が流れ出ている。

 勢いよく、といった感じではなく、静かにこんこんと湧き出る聖なる水。

 酒を司る女神だから、水ではなく酒だろうか。

 教会の人々は目の前で起きている奇跡に興奮しながら走り回り、大盤や深皿、瓶などを持ってきて、一滴も漏らすまいとその液体を受け止めていた。


 瓶からの湧き出しは、それから三十分ほどして止まった。

 礼拝堂の床には、波々と中身を満たした様々な入れ物が並んでいる。

 その中にはバケツや洗濯用のタライすらあった。


 誰も何も言わないけれど、神官たちのその表情は大変分かりやすい。


 ――この液体は、一体何なのだろう? どう扱ったら良いのだろう?


 そしてちらちらと、こちらの顔を伺ってくるのだ。


 ――この人たち、ちょっと私に頼り過ぎじゃない?


 まだ朝なのに、なんだか疲れてしまった。

 小さくため息を吐き、並んでいる入れ物の中から杯を一つ手に取る。

 顔を近づけてみると、草原に寝転んだ時のような、草の匂いに近いものが鼻をくすぐった。


 少量を指ですくって舐めてみる。

 周りがギョッとして見てくるが、体に悪いものでないのは分かっている。

 酷く苦い――が、滋養は抜群なのだろう。

 すぐに分かるくらい体が活性化し、内側からカッカと熱が沸いてくる。


 酒精はないけれど、酒を司る女神様から賜ったものだ。

 神酒と呼んでいいのだろうか。


「とても苦いけど、体には凄く良いものですね」


 そう告げると、周りも恐る恐る神酒を口にしはじめ、オエッとなったりしている。


「少しもらいますね」


 誰にともなくそう言って、制止の声がないのをいいことに、懐から水筒を取り出した。

 水筒に残っていた水を飲み干し、空になったそこへ杯を傾け神酒を注いでいく。

 こっそりと失敬するルシルに気付かず、神官たちは興奮気味だ。


「中央教会への貢物にしよう」

「科学班に成分を調べてもらうのはどうか?」

「それは女神様から賜った奇跡への冒涜ではないか?」


 神官たちは額を合わせ、ああだこうだと言い合っている。


 そろそろ次の地へ、旅立ちの時間である。

 むしろ、出発の時間を早めた方が良い気が強くしている。


 ルシルはせかせかと身支度を終え、旅の同行者たちに少しでも早い出立を急かす。


「英雄神様の像の方でも何かあれば、月の半分は新しい堂に移すとか、色々と試してみてくださいね……」


 そして、目を泳がせながら教会の神官たちにそう告げた。


 世の中には、黙っておいた方がいいこともあるのである。

 今回は、きっとそういったものの一つだろう。


 女神と英雄神、二柱の神像が並んだ礼拝堂の一角。

 祈らずとも、先ほどから英雄神の強いメッセージをひしひしと感じていた。


『――おいおい、せっかく一人で清々してたのに、勘弁してくれよ』


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