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第7話 忘れられない味

 旅が始まってから三十と五日が経った。


 タスマール王国を後にして、聖女の一行は三つ目の国であるハーリナルト王国へと入っている。


 昼飯時をいくらか過ぎたあたりで、目的の町へと到着した。

 ここはルシルが教会にかけあい、元々の旅程に追加してもらった町である。


 入口の門で馬車を降り、通りを歩きながら、なるべく昔からやっていそうな食堂を探す。


 しばらく歩くと、長く続いてきたと一目で分かる外観の食堂が見えてきた。

 『山犬亭』――ルシルには読めない文字の下に、共通語でそう書き足されている。

 古くて重い両開きの木戸を押し、中を覗く。

 中途半端な時間なので、常連客はすでに済ましてしまったのだろう。広い店内は八割方空いていた。

 こういった場合は数名を外に残し、距離をとっていた護衛騎士たちも一緒に店へ入る。


 壁に掛かった日替わりの定食などが書かれているメニュー版に、目当てのものはない。

 一斉に入ってきた大柄な男たちに驚いた顔をしている、女将と思しき恰幅の良い中年女性に聞いてみる。


「『イラジェラ』というものを食べてみたいのですが、ありますか?」


 そう尋ねると、女性は少し困ったような顔をした。


「……あるけど、あれは昔からこの辺に住んでる人間が食べるもんだよ。外から来た人の口には、合わないと思うけどねぇ……」


「せっかくなので、ここでしか食べられないものを食べてみたいんです」


「……まあ、構わないけどね」


 皆が席に着くと、女性がくたびれたメニュー表を持ってくる。

 酒の値段が壁のメニュー板よりも、だいぶ安い。

 外の人間に対するぼったくりというわけではなく、常連向けの安酒なのだろう。

 こちらには目当ての料理の名前がばっちりと載っていた。


「イラジェラと煮込み三種セットをお願いします」


 メニュー表の左上に載っていた、一番シンプルなものを頼んでみる。

 冒険はしつつもその枠の中で定番をおさえる、ルシルが自負する絶妙のバランス感覚であった。


「じゃあ俺も同じもので」


 対面の席に座ったクロードがそう言った。

 おそらく、量が一番少ないと思ったのだろう。


「じゃあせっかくなんで俺も。大盛りで」

「煮込み五種セットでお願いします」

「俺はこのスペシャルにする!」


 周りの騎士たちからも次々にイラジェラの注文が入り、女性が目を丸くする。


「本当に、期待しない方がいいですよ……」


 そう言って女性が注文を伝えるため奥へ姿を消すと、クロードが話しかけてきた。


「珍しいから頼んでみたけど、イラジェラだっけか、どういうものなんだ?」


「この地方の旅行記で紹介されてたの。この辺りでしか食べられない珍しい料理みたいよ」


「ふーん、それは楽しみだ」


 小鳥ほどしか食べないくせに、味にはうるさいクロードである。


 客が少なくて暇なのだろう。注文を通し戻ってきた、やはり店の女将だった女性が説明をしてくれた。


 イラジェラは、この地方で昔から食べられている郷土料理。

 イネ科の植物の実を挽き粉にして、水を加え冷暗所に置いておく。

 そうすると勝手に発酵が進み、三週間経つころには食べごろになるそうだ。


 発酵の具合は季節や天候によっても変わるため、様子を見て水を取り替えるなど、毎日の細かな世話も必要になるとのこと。

 前回のタネを少し残しておいて、新しく作るときに加えるのがコツなのだと教えてもらった。


 そうしてできた生地を丸い鉄板で薄焼きにし、途中で蓋をし蒸らして完成。

 家庭で作る場合は、そこからさらに冷まして馴染んでから食べるのだそうだ。

 作り始めてから食べるまで三週間、なんとも気が長いことだとルシルはその過程に思いを馳せた。




「お待たせしたねえ」


 女将が両手に盆を持ち、調理場とテーブル席を何度も往復しながら、皆の前に料理を置いていく。

 これまで調理をしていたのだろう、店主と思しき厳つい男性も最後は奥から料理を運んできて、一気にテーブルの上が賑やかになった。


 木皿の上、小麦粉を水に溶き、丸く薄焼きにした様な見た目の生地。

 表面にはポコポコと小さな穴が無数に空いている。

 そして生地を皿として、その上には三種類の惣菜が載せられていた。


「皿になってるイラジェラをちぎりながら、上の具を載せて一緒に食べてみとくれ」


 女将の親切な助言を無視スルーし、まずは上の具材のみをフォークですくって一口ずつ食べてみる。

 メニューには煮込みと書いてあったが、水分は少なく全体的にドロリとしていた。


 ほうれん草と蒸した芋を合わせたもの。

 数種類の豆を唐辛子と一緒に煮込んだもの。

 肉を炒めて甘辛く味付けたもの。

 

 ――美味しい。


 三種それぞれ、とても美味しかった。

 やや塩気が強いけれど、生地と一緒に食べた際のバランスを考えてあるのだろう。


 いよいよ生地を小さくちぎり、まだ温かいそれを顔の高さに上げてみる。

 料理が届いたときから充満している、酸っぱい匂いがさらに強くなった。


 ちぎった欠片をポイと口にいれる。


「………………」


 無言で飲み込み、次は上の具材と一緒に食べてみる。


 ――うん、不味いわ。


 三種の具材を受け止める生地のイラジェラ。

 外はサク、中はモチッとした食感で、これがとんでもなく不味い。

 腐っている、食べたら危険であると、本能が警鐘を鳴らすような酸っぱくて雑味の強い味だった。

 周りにいる屈強な男たちから次々と、少女のような高い悲鳴があがる。


 ルシルは水をちびりと啜って唇を濡らし、覚悟を決めた。

 一切の妄念から解放された忘我の境地へと至り、一心不乱に食べ進めていく。


 ――大事なのは途中で止まらず、ペースを維持すること。


 こういった珍味や色物の類も、たまになら悪くない。

 この土地の人たちが昔から食べてきたものを、そう評するのは相当に失礼なので言葉には出さないけれど。


 なにせ世界中、ここでしか食べられないのだ。

 この味を忘れることは絶対にないだろう。

 そんな風に自分を慰めながらひたすらに顎を動かし、ごくりと飲み下していく。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ルシルたちが座っている食堂の一角は、異様なありさまとなっていた。

 国から選ばれるほど精強な男たちが、(かたき)のように年季が入った皿を睨みつけている。

 一口豪快に食べた後は、手を伸ばしては引っ込めたりしている。

 体が資本の騎士が、自分で注文したあげく適量で供された料理を残すなど、許されることではない。


 中でも『イラジェラ・スペシャル』――生地としてのイラジェラの上に、巻いたイラジェラをさらに具として載せた完全に玄人向けの一品。

 安易にそれを頼んだ者たちは、皆一様に引き攣った表情で固まっていた。


 女将は口に合わないだろうと何度も言っていた。

 それでも頼んだのだから、後は自己責任の範疇だろう。

 対面のクロードは、静かに泣いていた。


「ふぅ……」


 最後の一口を水で流し込んだルシルは阿鼻叫喚の渦に囲まれながら、一人穏やかな心境で旅行記でのイラジェラの記載を思い出していた。


『素人オススメ度 ★☆☆☆☆ 見た目と臭いは雑巾で、味はゲロ――』




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