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第5話 街の観光

 旅が始まってから二十日が経った。


 教会の宿泊施設に泊めてもらった翌日。

 今日は移動せず、この街にもう一泊するとのことだ。馬を休ませ、消耗品の補充などに一日を充てる。

 役割がある者以外は、各々自由な休日となる。


 魔術師のクロードと女性騎士のジャンヌ、それと大柄で強面の騎士を一人連れ、ルシルは朝早くから街を散策することにした。

 タイミング良く、今日は三日に一度の朝市が立っているそうだ。


 良い天気の下、表通りをぶらついて青空市場を見て回る。

 それぞれの露店が扱うのは肉や野菜に果物、種々様々な香辛料スパイス、服や布生地、革や鉄製品、装飾品に土産物など。


「朝採れの野菜だよ〜! どれも新鮮さはピカイチだ!」

「この果物を見てくれ、表面に水の膜が張るほどの瑞々しさだろう!」

「五つ買うから、端数をまけてくれないか?」


 雑踏の中、呼び込みや値切りの声があちこちから聞こえてくる。


「おぉ〜〜」


 その賑わいに圧倒され、感嘆の声が出た。

 沸き立つ人々の熱気や活気につられて、とてもワクワクとしてしまう。


「ルシル様、どうか気を抜かれませんよう。人が多いということは、それだけ悪漢も多くいるやもしれません」


 ジャンヌが諌めるように言う。

 彼女は旅の護衛騎士の中で唯一の女性であり、これまでの道中、数少ない同性として何かとルシルを気にかけてくれた。

 二十代半ばくらいだろうか、長い茶色の髪を後ろで一つに纏め、いつも凛々しい表情をしている。


「今日は変なのに絡まれたりしないと思うけどな」


 そんなことを言いながら、クロードが隣を歩く男性の強面こわもてを見上げる。


「身命を賭して、聖女様をお守りいたします」


 太い声で応えるのは今日の近衛を務める、ディオンという名の騎士である。

 とにかく大きくて顔が(いか)つい。上背は護衛騎士の中で隊長のレナルドに次ぐ二番目なのだそうだ。

 筋肉に覆われたぶ厚い胸板は、ルシルが全力でパンチをしても軽々と弾き返されてしまうかもしれない。

 彼が隣にいれば、喧嘩を売ってくる輩もそうそういないだろう。


「よろしくお願いしますね、ディオンさん」


 そう言うと、彼は「お任せを!」と嬉しそうだった。


 そうして四人で通りを巡る。

 周りにも護衛騎士たちが紛れているのだそうで、たまに知った顔を見かけたりもする。




 ここタスマール王国はルシルが住んでいたイスマルファ王国の隣国であり、並んでいる品にそれほど目新しいものはない。


 前世で生きた百年前と比べても、人々の生活はあまり大きく代わり映えしていない気がする。

 それでも確かな変化を感じるのは、掲げられている札の字が共通語になったこと。

 あとは砂糖や胡椒など、前世では平民にはとても手が出なかった調味料や香辛料が、それなりに身近になったことだろうか。日々の食事で気兼ねなく好きなだけ使うのは(はばか)られる値段ではあるけれど。


 百年という時間は人の寿命を超えるものだが、人々の営みを大きく変えるほどの力はないのだろうか。

 それとも時代によって緩急があったり、起こった戦争が関係しているのだろうか。

 百年前にも生きた博識のクロードに聞けば、答えがもらえるのかもしれない。


 一通り端まで市を見て、思いつきでそこから一つ横の道に入ってみると、雰囲気ががらりと変わった。

 大きな建物はなくなり、小さく店舗を構えた落ち着いた店が多くなる。

 このあたりは、ルシルが住んでいた街と同じだ。


「聖女様、ここより奥は、いささか治安が悪うございます」


 さらに奥の往来へ繋がる小路を覗いていると、ディオンに注意された。

 もう二本か三本くらいは大丈夫だと思うけれど、さらに奥は、その日をぎりぎりで生きているような貧民層が住む区画なのだろう。

 小路の先では、ガラの悪い風体の男たちが数人、こちらを伺うように見ている。


「分かりました。それじゃお昼ご飯を食べて帰りましょう」


 露店を冷やかし戻りながら、目についた食堂の前で足を止めた。

 派手な黄色の看板には『元祖・ゼザサンドの店』と赤字ででかでかと書いてある。


「サンドは分かるけど、ゼザって何?」


「猪の魔物ですね。猪をでかくして、目を赤くして四つにしたようなやつです」


 ディオンが頭上からそう教えてくれる。

 魔物を食材とするのは忌避されることではないけれど、土地ごとに発生しやすい種類が異なるため、その地方でしか食べられないものも多い。


「美味しいんですか?」


「中々いけますよ。野営の時スープにゼザの肉が入ると、甘くて旨い脂が出ます」


「へぇ、じゃあここにしてみますか」


 店に入ると、窓際のテーブル席へ案内された。

 まだ昼時には少し早い時間で、客入りは六割といったところである。


「じゃあ、俺はゼザサンド単品で」


 クロードが、メニューの中で一番量が少ないだろう単品を注文しようとする。


「ダメです。サラダのセットにしなさい」


 すかさず文句をつけると、クロードが渋面をした。


「私の食事指導が聞けないなら、護衛を他の人に変えてもらいます」


「分かったよ。じゃあサラダのセットで」


「はいよー」


 全員の注文を聞いた給仕の女性が奥へ消え、しばらくすると両手に盆を持って戻ってきた。


 ルシル、ジャンヌ、クロードの三人はゼザサンドのサラダセット。

 ディオンは倍量のビッグサンドだ。

 おまけで果実水が付いてきた。


 軽く炙ったパンに、薄切り肉と玉ねぎを炒めものが豪快に挟まれ湯気を立てている。

 香ばしい匂いが漂ってきて、喉がごくりと鳴った。


 両手でサンドを掴み、ガブリと大口に齧ってみる。

 初めて食べたゼザの肉は、脂分が多くて甘かった。

 ピリッと辛めの濃い味付けがされていて、それを玉ねぎの甘みと共に、固めのパンが受け止める。

 もぐもぐと噛んでいると、口の中で渾然一体の美味となった。


 ――うん、美味しい!


 思わず夢中で食べ進める。

 毎日食べるようなものではないけれど、たまに食べるととても美味しい類のものだ。

 口に残った脂っぽさは、合間のサラダや果実水がさっぱりと流してくれた。


 一息に完食して周りを見ると、ジャンヌとディオンはすでに食べ終わっており、食後に出されたお茶を飲んでいた。

 食も体も激細のクロードは、やや苦しそうな感じではあるけれど、もうすぐ完食である。

 残りの果実水を飲み干し、クロードの分も一緒にお茶を頼んだ。




 そうして緩んだ空気が漂う食後の一休み。

 お茶請けは今日の近衛騎士の話だ。


 ディオンは三十歳で、王都に妻と五歳になる娘がいるとのことだった。

 残してきた妻子のことが心配ではあるが、この旅から戻れば手当と休暇がもらえるので、それで家族サービスをするのが楽しみなのだと怖い顔に明るい表情で教えてくれた。


 前世のリーゼとエリクの間には、子供がいなかった。

 新婚の時期を満喫した後、そろそろ子供をというところで、リーゼが治らない病に罹ってしまった。

 子供がいる家庭を正直、羨ましくも思う。

 前世で叶わず、今世でも望めないものだから。



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