第4話 護衛陣形
旅が始まってから十日が経った。
ルシルが休憩時間にポポと遊んでいると、護衛隊長のレナルドから声を掛けられた。後ろには騎士たちも集まっている。
「嬢ちゃん、夕方には大きめの街に着く。明日は一日街に滞在して、馬を休ませて消耗品なんかを補充する予定だ」
そうなんですねと頷くと、レナルドがニカッと笑う。
「嬢ちゃんは街を見たいんだろう。だが、さすがにふらりと一人で行かせるわけにもいかん。事前に護衛をどうするか決めておきたいんだ」
「配慮してもらい、ありがとうございます」
これまで経由してきた街は、馬車の窓から様子を伺ったり、夜に休むだけだった。
とてもありがたい話だ。
ルシルはペコリと頭を下げる。
「こんな感じでどうだろう? お前ら、第一密集陣形だ!」
レナルドの号令のもと、周りをぐるりと騎士たちに取り囲まれた。
前後左右、斜めさえ塞がれ、小柄なルシルには地面と空と騎士しか見えない。
「これならどんな奇襲を受けても、まずは俺たちが受けられる」
前に立って大きな背中を見せていたレナルドが、得意気にこちらを振り返る。
「………………」
思わず半眼になり、無言のままその顔を見返してしまう。
どうやらふざけているわけでもないようだ。
王族や貴族といった、高貴な人々の護衛では、こういった守り方が普通なのかもしれない。
けれど――
「隊長さん、これだと周りが見えないし、街の人たちを怖がらせてしまうでしょう。はっきり言って、全然ダメです」
レナルドは少しだけ難しい顔をしたが、すぐにガハハと笑った。
「分かった。あわよくば受け入れてくれたらと思ったんだが、まあ臨機応変にもやるさ」
良い機会だと思い、正直な疑問をぶつけてみる。
「そもそも私って、誰かに狙われるような対象なんでしょうか? 私を殺したところで、誰かが得をするとも思えないのですが」
主神に妻として命を捧げ、世界の安寧を乞う聖女。そんな存在を害して一体誰が得をするのだろうか。
誘拐して身代金を要求するとしても、国の精鋭が護衛しているのだ。割には合わない気がする。
レナルドが笑いを収め、ちらりと少し離れた所にいるシメオンを見やる。
「それは何とも言えんな。教会からは特に懸念はないと聞いているが……」
教会は教会で、時にいざこざもあるのだろう。
レナルドが苦そうな顔をして続ける。
「大勢の人間が絡む物事ってのは、複雑になったりもする。世の中には、相手の足を引っ張れば、自分の立場が良くなると考える奴もいるんだ」
それは出世争いとか、権力争いとか、そういったものだろうか。
前世も今世もど平民だったので、あまりピンとはこない。
「俺たち護衛隊は今回、王太子である第一王子殿下が中心となって集められたんだ」
「へえ、そうだったんですね」
第一王子殿下、その顔は全く思い出せない。
出発の式典で、やたらキラキラしい人がいた気がするが、その人だろうか。
「例えば、それが出発早々野盗に襲われて、聖女様を守れませんでしたとなったら、どうなると思う?」
「第一王子様のお立場が悪くなる?」
「そうだな。もしかしたらそんなことを目論む連中がいるかもしれない。それに嬢ちゃんを守れなかったら、俺たちはどんな顔して国に帰ればいいんだ? まあ、これはズルい言い方だけどな」
「皆さんの職分を侵したいとは思っていません。でも、もし調整する余地があるなら、どうか検討をお願いします。できれば大げさにならない感じがいいです」
これまでだったら大人に対し、十六の年相応に分かりましたと引き下がったかもしれない。
だけれどこの最後の旅では、言いたいことは言ってみるのだ。
騎士たちが集まり、ああだこうだと打ち合わせをしている。
「彼女の隣には三名までとし、他は周囲に紛れるものとする」
「それなら一人はジャンヌで決まりでしょう。女性の方が役立つ場合も多い」
「残り二枠は志願者で回すか」
騎士たちの輪に、それまで少し離れた場所にいたクロードが近づいていく。
そうして、誰も予想しなかった言葉を投げかけた。
「話は聞いていた。残り二枠のうち、一つを固定で俺にくれ」
騎士たちがぽかんとした顔でクロードを見る。
隊長のレナルドが代表して口を開いた。
「決して魔術師を侮るわけじゃないが、こういった場合、身体がでかくて強面の方が望ましい。柄が悪いのに絡まれるのを、未然に防げるからな。クロード、お前だと背丈が足りないし、なにより痩せすぎだ」
失格を言い渡されたクロードが、けれど不敵に口端を上げる。
ルシルはその表情に少し驚いた。
こんな好戦的な顔は、前世では見たことがなかったから。
「ならば力を示そう。あんたたちが街の暴漢だとして、聖女様を襲ってみてくれ。指先だけでも彼女に触れられたら俺の負けだ。旅の間、大人しく引き下がってもう言わない」
レナルドはしばらく思案するように黙っていたが、その後で三名の騎士の名を呼んだ。
呼ばれた騎士たちはためらいがちに、それでも素早く動いてクロードの後ろにいるルシルへ手を伸ばす。
早い展開についていけずボケっとしていたけれど、いざ大きな手が迫ってくると体が強張った。
――そうしてその手が届く前に、ふわりと足が地面を離れる。
気付くとクロードに横抱きにされ、空中へ飛び上がっていた。
すぐに人が届かない高さへと達し、そこで上昇が止まる。
「もっと高くまで行ける。これなら地上より安全だろう。風の結界魔法を展開しているから、矢や魔法も届かない」
次の瞬間、複雑な魔法陣が周囲に展開される。
そこから紫色の雷光がつんざくような音を響かせ、暴漢役の騎士の足元へと落ちた。
「この状態で攻撃もできる。これができるのは今回同行の魔術師では俺だけだ」
尻もちをついて愕然としている暴漢役をよそに、クロードはさらに高度を上げていく。
遠くなる地面に不思議と怖さは感じなかったけれど、いつのまにか彼の首に腕を回していた。
懐かしい匂いがした気がして、なんだか安心を覚える。
やがて地上には声が届かないところまでくると、「聖女様」と呼ばれ近い距離で視線がぶつかった。
「旅が始まってから、いやその前も、変な対応をして申し訳なかった。さぞ気持ち悪かっただろう。これからは普通に接すると誓う。だからどうか、俺を傍に置いてくれないか。俺は魔術師として腕が立つ。近くであなたを守らせてほしいんだ」
青い瞳の奥に、懇願と、拒絶を恐れる色が浮かんでいる。
これは前世で何度か見たことがあった。
例えば前世でリーゼにエリクが結婚を申し込んだ時とか。
「分かりました。私のことはルシルと呼んでください。普通の娘のように扱ってもらえると助かります」
クロードが喜色満面の笑みとなった。
この表情も見たことがある。
例えば前世で結婚の申し込みに頷いた時とか。
「分かったよ、ルシル。俺のこともどうかクロードと呼んでくれ、敬語だっていらない」
クロードが嬉しそうにしながら、高度を下げていく。
今生の彼は頭の形が良く、スラッと鼻が高い。
長く黒い髪から覗く横顔は女性的なまでの美しさを感じさせた。
いささかどころでなく痩せすぎであるけれど、その儚さも含めどこか魔性めいた色気を帯びている。
前世でも何度かこのように横抱きにされたことがあったけれど、筋肉のない彼はすぐに腕がプルプルとしていた。
断じて前世のリーゼは痩せ型であったし、それは今世のルシルも同じである。
「クロード、あなた筋肉がまるでなさそうだけど、重くないの?」
「魔法で重さを変えている。今のルシルは小樽用の漬物石くらいの重さだ」
人の重さを変えられる。それはとても素敵な魔法だ。
だけれど、女性の重さを漬物石で例えるのはどうなのだろう。
そういえば、彼は前世でもデリカシーに欠けていた。
クロードが地面に着地し、丁寧にルシルを下ろす。
「どうでしょうか隊長。俺なら聖女様を抱えたまま飛んで、攻撃を防ぎながら反撃もできます」
「……確かに有用だと認める。彼女が許可するなら、一枠は固定でお前のものだ」
クロードとレナルド、他の騎士たちからも視線が集まり、ルシルはコホンと一つ咳払いをする。
「いいですよ。でも一つ条件があります。痩せすぎて不健康なので、もっと食べること。旅の間、私の食事指導には従ってください」
その答えに、騎士たちからは一斉に不満の声があがる。
「ふざけんな!」
「後でツラ貸せ、ガリガリ野郎!」
「聖女様、俺の方が相応しいのではないでしょうか? 見てください、この上腕筋の仕上がりを――」
前世のエリクは全然量を食べなかった。
娯楽の少ない田舎の日々で、それでも食べることに興味がなかったのだ。
いつも病人の一歩手前くらいに痩せていて、いよいよやばいと感じた時は、無理やり食べ物を口に詰め込んだ。
それでも前世のリーゼが作った料理は不思議とバクバク食べたので、結婚してからは多少マシになったのだが。
今世のクロードもきっと同じなのだろう。
とびきり優秀な分、人並からは外れているというか、まったく仕方がない人である。
嬉しそうなクロードを見ながら、旅が終わるまでに少しでも彼を肥やそうと、ルシルは決意を新たにした。




