番外編 交わる川
おまけです
時系列は第18話と同じくらいになります
旅が始まってから八十と数日が経った。
聖女の一行は街道から少し外れ、若干狭く舗装もない脇道を移動していた。
目的は滅多に見れない珍しい景色。
ルシルの希望により、元々の旅のルートに追加された場所である。
しばらく行くと、隊列が止まった。
ルシルは騎士の手を借りて馬車を降りる。
ここは二つの河川が交わる合流点。
それだけなら他所でも見れるだろうが、川の水質の違いに特色があった。
一本は青みがかった、透明度の高い川。
すぐそばにある湖から流れてきているのだそうだ。
もう一本は泥のような茶色をした、濁った川。
こちらは山脈を水源として、途中の谷から沈泥を運んでくる。
全く色の違う二つの川が合流し、すぐには混じり合わず二色のまま、下流へと続いていく。
「おぉー、これは……すごい!」
自然が織りなす雄大かつ幻想的な光景に、思わず感嘆の声が出た。
「ルシル、もっと上から見てみるか?」
隣にきたクロードがそんなことを聞いてくる。
「クロード、あなた横抱きは禁止されたんじゃないの?」
そう問うと、彼は得意げな顔で「ちょっと待ってろ」と言い、馬車から籠を抱えて持ってきた。
子供や小柄な女性なら中に問題なく入れるくらいの大きさで、竹で編まれた背負い籠。
畑へ行く時に農具を入れたり、山で採った山菜なんかを入れるやつ。
「ルシルがこれに乗って、俺が背負えば問題ないだろう」
「私の体重は決して重くないけど、さすがに紐が切れたり、底が抜けるんじゃない? 私は決して重くないけれど」
大事なことは二回言った。
「大丈夫だ。魔法で軽くするし、念のため命綱を俺と繋ぐよ」
それなら間違いないのだろう。
近くにきていた護衛隊長のレナルドを見ると、苦笑しながら首肯された。
「クロード、お前死にかけたばかりなのに、自分から目立とうなんて随分と恐れ知らずだな」
「隊長、前にも言いましたけど結界魔法を使うので、むしろ地上より安全なんですよ。目立つのは否定しませんが」
そう言いながら、クロードがどこからか出した縄で手際よく二人を結んでいく。
「ルシル、行けるか?」
「う……うん」
やや尻込みしながらそう応えると体がふわりと浮き、籠の上まで滑るように移動した。
そうして浮遊感が終わり、ぽすんと籠の中に下ろされる。
なんだか、されるがままである。
クロードが背中を向け、屈んで担ぎ紐に腕を通す。
「よっと、それじゃあ行こう」
少しずつ地面が遠くなっていく。
籠の中、足元が覚束ない感覚に多少は不安を感じたけれど、彼の華奢な肩に手を置くと、それはすぐに解けていった。
「おぉ〜〜」
ぐんぐん高度が上がり、こちらを見上げる護衛隊の皆が豆粒くらいの大きさになる。
季節は秋の入口。青く抜けたように高い空を、二人だけで独占しているような気分がした。
やがて、周りに霧のようなものが出てきた。
「クロード、なんかモヤみたいなのが……」
「ああ、これは雲だよ。下層雲っていう低いところを流れる雲だ」
どうやら自分は今、雲の中にいるのだそうだ。
空に浮かんでいる、あの雲だ。
中からだと、こんな風に見えるのか。
「この辺でいいか」
クロードがそう言うと、雲を抜けたあたりで上昇が止まる。
それまで上方に向けていた意識と視線を下に落ろすと、そこには格別の眺望があった。
地上から見るのとはまた違う情景。
二本の川は合流後、境界線を保ったまましばらく下流へと続くが、その先では徐々に二色が混ざり合っていく。
濁った方の水が、澄んだ方の水に侵食していた。
「濁った川の勝ちだね」
「水の流量とか温度の差なんだろうな。多分、季節によっても混ざり方が変わるんじゃないか?」
そんなことを話しながらも、目は景色に釘付けである。
別々だった道が偶々重なって沿うようになり、いずれ混じり合う。
まるで恋仲の男女のようだと思った。
「綺麗だねえ」
「そうだな」
「自然はすごいね」
「……うん、そうだな」
せっかくの二人きりなのに、なんだか淡泊というか、しょっぱい対応である。
クロードの後頭部をペシッと叩いた。
「痛てっ」
「ちょっとクロード。あなたぼーっとして何を考えてたの?」
「ああ、悪い。ここからどの方向に飛べば、一番効果的に追手を撒けるか計算してたんだ」
「追手って……それ護衛隊の皆のことでしょ!」
もう一度、後頭部をペシッとする。
長めの黒髪はサラサラとした直毛で、少し乱れてもすぐ元に戻った。
「痛てっ、冗談だよ」
「そんなことしたら、誘拐されたって大声で言うから」
クロードの薄い両肩を後ろから掴み、前後に強く揺する。
「だから冗談だって!」
「嘘っ、あなたの嘘はすぐ分かるのよ。もう下ろしてよね」
「……分かったよ」
上った時よりややゆっくりと、高度が下がっていく。
絶景時間が終わってしまう。惜しいことをしただろうか。
だけれど、このままだと籠に背負われどこか遠くに連れ去られてしまいそうだ。
まったく、困った前世の夫である。
やがて地上に下りると、たくさんの子供たちに囲まれた。
近くの村に住む子たちで、二人が空に上がっていくところを見たのだという。
「僕も、僕も空を飛んでみたい!」
「私も飛ぶー」
「村を上から見てみたいんだ。お兄さんお願い!」
興奮状態の子供たちに一斉にまとわりつかれ、クロードが困った顔をする。
「俺達は先に今日の宿へ行くから、クロード、お前は後から追いついて来い」
レナルドがニヤリとして言った。
「そ、そんな隊長、ちょっと待ってくれ。俺一人でこいつらの相手は無理だ!」
レナルドの言葉を聞いた子供たちの目は今やキラキラを通り越し、ギラギラと期待に輝いていた。
「しょうがないわね。じゃあ私が順番の整理をしてあげるから」
「いや、嬢ちゃんが残るなら俺たちも動けないんだが……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー」
夕暮れ時、遊びすぎて疲れ果てたといった風情の少年が、それでもなお元気な声で帰ってきた。
「おかえりなさい、今日も泥だらけね。手を洗ってきなさい」
「うん。お母さん、僕今日ね、空を飛んだんだ!」
五歳の息子の言葉は、まだ拙いことも多い。
母親はしばし真意をはかろうとしたが、その後ニッコリと笑った。
「そう、それは良かったわね」




