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第25話 別れ

 船で最後の島へ渡る前に、ルシルは二日の時間をもらえることになった。

 過ごし方は自由に決めて良いのだそうだ。


 護衛隊長のレナルドにそれを伝えると、教会と交渉してくれ、護衛隊はルシルが島に渡るのを見送るまで中央教会に逗まることになった。


 とはいえ、すでに引き渡しは終わっており、ルシルの安全についての責任は教会側に移っている。

 そのため、レナルドたちは教会の護衛人員となにやら打ち合わせをしていた。

 有事の際の役割や、連携の仕方などを決めているのだろう。


 旅の始めの頃のように、クロードが空を飛んだり雷を落とさないか不安だったけれど、平和裏に話がまとまったようなのでほっとした。




 一日目は希望者と共に、教会が所有する浜辺に行ってみた。

 

 先日、展望台から見た時とはまた違う。

 海は遠くから眺めるものでなく、すぐ足元から広がるものになった。


 ルシルは初めての水着を着て、波打ち際でパチャパチャとやってみる。

 水を舐めてみると、なるほど、聞いていたとおりに塩辛い。

 波が足裏の砂をさらっていくと、思わず変な声が出た。

 季節は秋の中頃であり、泳ぐには少し水が冷たい。


 幸い良く晴れていて、皆もそれぞれに楽しんでいるようだ。

 泳いだり、岸で釣り糸を垂らしたり、太陽を浴びながら椅子に寝転んだり、写生スケッチをしたり。


 ギラギラした視線を感じ嫌ね、と思っていたら、男たちのそれは自分を通り越し、同じく水着で隣にいるジャンヌやクロエに注がれていた。


 病の痣を隠すためハイネックだけれど、ルシルの水着はセパレート。

 ジャンヌやクロエの水着は大人しいワンピースの上、腰にはパレオを巻いている。

 布の面積は、ルシルが一番小さい。

 そして体の曲線も、ルシルが一番小さい。


 ケッと思い睨みを放ったが、クロードだけはこちらをガン見していたのでさすがだと感心し、彼に一番良い角度でポーズを披露した。

 クロードは「ありがとうございます!」とか「はい、頂きました!」とか言っていた。


 そうして昼食は、日陰を作る大きなテントの下で海鮮バーベキューである。

 魚介は川で取れるものに比べ、大きくて食べ応えがあった。


 川にはいない種類もたくさんいた。

 初めて食べたそれらは、どれもプリプリ、コリコリと食感が面白く、どこか滋味深いと感じた。


 中でもカキという岩のようにゴツゴツした二枚貝が特に気に入って、おかわりをした。

 おすすめだと教えてもらいレモンを絞って頂くと、プリッと弾ける凝縮された旨味を爽やかな酸味が引き立たせ、思わず「んー!」と唸った。


 用意してもらった生け簀で泳ぐ、イカ(デビルフィッシュ)という不思議な形の魚を素手で捕まえようとしたら、スミを掛けられ逃げられた。

 さすが悪魔と呼ばれるだけはあると思いながら振り返ると皆が笑っていたので、自分も笑った。




 そして、二日目。

 明日には旅の護衛隊が帰路につき、ルシルは島へ向かう、皆でいられる最後の日。


 日中は各々が思うようにのんびりと過ごした。

 ルシルは市場で食材の買い出しをした。


 教会の厨房を借り、今日はルシルが護衛隊の夕食を作る。


 食堂のテーブルに様々な料理を大皿で並べ、各々、好きなものを取り分けて食べてもらう形式とした。

 厨房付きの料理人やクロエにも手伝ってもらいながら、次々と料理を作っていく。

 ルシルが作れるのは庶民の家庭料理なので、貴族の出身も多い護衛隊の口に合うのかは分からないけれど、乾いた旅の携帯食よりはマシだろう。


 たくさんの料理を作る中で一品だけ、前世の料理を作った。

 根菜の鶏煮――前世では鶏を潰した時だけ食べられるごちそうの類だったけれど、今の時代だと調味量が少なく薄味に感じるだろう。

 思った通り、他に比べあまり人気がなかったけれど、クロードだけは何度もおかわりをしていた。


 最終日ということで、教会からも労いの酒が振る舞われる。

 麦酒エールの他、併設した酒蔵で寝かされていた葡萄酒(ワイン)蜂蜜酒(ミード)、それに麦の蒸留酒(ウイスキー)


 やがて食堂は飲み食い踊る、宴会場となった。


 ――誰かが、旅の途中で食べた酸っぱい郷土料理の話をして笑った。


 ――誰かが、初めて見た海の広さをうたった。


 ――誰かが、しかつめらしく城塞都市での難民のことを語り、カンパで金を集めて物資を買い込み、帰路で街に届けようと同士を募った。


 料理を終えたルシルは酌をしてまわりながら、一人ひとりにお礼を言った。

 ゆっくり話せるのはこれが最後だと、その表情や声を胸に刻んだ。

 そして手の籠から、一隅に刺繍を入れたハンカチを取り出し渡す。


 刺繍の図案は数枚ごとに異なるものにした。

 渡す相手はほとんどが男性のため、可愛らしいものは避け、渋い感じの草木や動物など。


 三人の魔術師には、それぞれ独自のものを刺した。

 他の人からはズルいと言われてしまうかもしれないけれど、もらったクッションのお礼を返したかった。


 土魔法のオーギュストには、地の精霊(ノーム)

 水魔法のセザールには、水の精霊(ウンディーネ)


 絵本などで見た特徴をデフォルメしたそれらは、可愛くしすぎたろうか。

 物語の世界の住人だと思っていたけれど、ポポがいるのだから、この世界のどこかにはいるのかもしれない。


 複数属性を扱うクロードはどうしようかと迷ったけれど、結局スミレにした。

 春ごろに咲く、紫色の野花。

 ラッパのような五枚の花びらは全て同じでなく、一枚だけ大きい。


 前世、この花が好きだと伝えると、エリクは度々、集めた花束を贈ってきた。

 結婚してからは、テーブル上の花瓶によく飾られたりもした。




「聖女様の旅の護衛ができたなんて、孫の代まで自慢できますぜ」

「聖樹が誕生する瞬間に立ち会えたこと、生涯忘れません」

「国に帰ったら子供が生まれるんですよ。もし女の子だったら、お名前をもらってもよいでしょうか?」


 護衛隊の彼らはとても良い旅の友だった。

 守るべき職分とこちらが求めた気安さを、上手い具合に調整してくれた。

 全員の名前を、旅のあいだに自然と覚えることができた。


 酒が飲める者も、飲めない者も、皆、陽気に笑っていた。

 事情を知っているごく一部を除き、ここにいるほとんどは、ルシルがこれから主神の妻として手厚く遇されると思っている。

 騙しているようで気がとがめるけれど、本当は身を投げて死にますと言ったところで誰も幸せにはならず、帰路で苦い思いを抱えるだけだ。

 だからその程度のことは、自分が黙って呑み込めばいい。


 教会の施設内ということで、宴はそれほど遅くならない時間にお開きとなった。




 翌日の早朝。


 ここから先は、船で海を渡り禁域の孤島へ。

 島へ入れるのは、教会が許可を与えた少数の人間のみ。

 正真正銘、この旅の最後の地である。


 私物は持ち込めないとのことだった。

 元々、ほとんど身一つではあるけれど。


 針箱は、裁縫もするというジャンヌがもらってくれた。

 貴族の女性が使うような上等なものではないけれど、長く愛用してきたので、継いでくれる人がいるのはありがたい。


 地図と、土や水のクッションはクロエに渡した。

 彼女は帰りの旅には同行せず、中央教会に残るのだそうだ。


 ちなみに教会から地図を飾らせてほしいと要望があったけれど、流石に小汚い手書きの地図が知らない大勢の目に触れるのは恥ずかしすぎるので固辞した。


 クロード作の穴開きクッションは、そのままシメオンのものとなった。


 その他、細々(こまごま)としたものは適当に処分してもらう。




 ここまで一緒に旅をした皆とはシメオンを除き、ここで別れる。

 再び会うことは決してない、今生の別れ。


「とてもお世話になりました。ここまで無事に来れたのは、皆さんのおかげです」


 感謝が少しでも伝わるように願いながら、頭を深く下げた。


「皆さんの帰りのみちの安全と、これからの未来に(さち)多からんことを祈り願います」


 姿勢を正しそう言って、最後にもう一度、皆の顔を見渡した。

 彼らはそれぞれの表情で、惜別の想いを伝えてくれている。

 ……そしてルシルに縋りついてこようとするクロードを、隊長のレナルドが羽交い締めにして止めている。


「離せ! 邪魔するなら隊長でも容赦しないぞ!」


「いい加減に諦めろ。思いが届かなかったのなら、それまでと引いて相手を困らせるな」


「……あんたには分からないさ」


 しばらくは振りほどこうともがいていたクロードだが、体格的にとても敵わないと分かったのだろう。

 周囲に複数の魔法陣が浮かんでくる。


 まったく、困った前世の夫である。

 掛ける言葉を探したけれど、浮かんできたものは、クロードのこれからをまた縛ってしまうかもしれない。

 ……だけれどきっと、彼は言っても言わなくても同じなのだろう。


『いつかどこかで、もしまた会えたら、その時はもう一度、あなたと一緒になりたいな』


 近づいて、前世の言葉で耳打ちする。

 聞き慣れない言葉にレナルドは怪訝な顔をし、クロードはピタリと動きを止めた。

 魔法陣が薄まって消え、ルシルと目を合わせたレナルドが拘束を解くと、力なく崩れ落ちた。


「ポポ、クロードと一緒にいてくれる? もしバカなことをしようとしたら叱ってやって」


 肩に乗っていた綿毛のような精霊は、ルシルの頭上をしばらく旋回した後、俯いたクロードのつむじの上に着地した。


 ルシルとシメオンを乗せ、船が陸を離れる。

 残った人たちは、見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 船に数時間ほど揺られていると、やがて霞んでいた島の形がはっきりと見えてきた。

 浜や平地はなく、島全体が高い山を形成している。

 山は霊峰とされ、それ自体が信仰の対象となっているのだという。

 上から三割ほど白く雪をかぶっており、山頂は万年雪が氷となって、氷河に覆われているのだそうだ。


 船が桟橋に接岸し、島に上陸した。

 少し歩いて、麓に建てられた寂寞せきばくとした教会堂へと入る。

 派手さはなく、とても古いけれど、丁寧に維持されていることが分かる建物だった。


 住み込みの神官に個室へと通され、明日の儀式に向けゆっくりお休みくださいと言われた。

 今日はこの後、特にすることはないそうだ。

 ちなみに儀式が終わるまで、つまりは死ぬまで、今日の朝から絶食を言い渡されている。

 切ないけれど、昨日の夕食は最高に楽しかったので、あれが最後ならきっと悪くないのだろう。


 部屋の窓から外を覗くと、すぐ眼下に海が見えた。

 やや建て付けの悪くなった窓を開けると、岸に寄せる波音が耳を打ち、入ってきた潮風が鼻を撫で髪を揺らして遊ぶ。




 やがて太陽が世界を赤く染めながら水平線の向こう側に沈んだ。

 教会堂は早くに寝静まり、波の音だけが繰り返している。

 月と星の白い光を、波の揺らぎが淡く反射する海を眺めながら、ルシルは改めてこの旅を、たどってきたみちを思い返していた。


 ――楽しかったなぁ。


 本当に楽しい旅だった。

 きれいな景色をいくつも見たし、美味しいもの、珍しいものだってたくさん食べた。

 同行の皆は親切だったし、立ち寄った先の人たちにも良くしてもらった。

 刺客の女性や難民たちが聞いたら怒られるかもしれないけれど、それでも総じれば、とても楽しい旅だった。

 出発前に立てた方針や目標の一つ目、旅を目いっぱい楽しむは大成功である。


 二つ目、人として成長はできただろうか?

 分からないけれど、それでも旅の前と比べれば、知っていることは増えただろう。

 なにせ、今の自分は海を見ているし、この世界が実は丸いことだって知っている。

 難しい局面に立って、人に迷惑をかけてしまったけれど、それでも意思を貫くことができた。

 クロードとは上手くできただろうか?

 食事指導により、少しだけ肉がついて肌の色も良くなった気はするが。


 最後の三つ目、これはまだこれから。

 結果が出るのは自分が死んだ後になるけれど――


「死にたくはないなぁ……」


 誰に向けたものでもない小さな呟きは、岸に打ちつけ返す波間へと攫われていった。


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