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第24話 光

「お恥ずかしい話ですが、教会も一枚岩ではないのです」


 そう言って、シメオン司祭はバツが悪そうに目を伏せた。


 彼の話によると、現在この中央教会には、なんとすでに別の聖女がいるのだそうだ。

 他国の高位貴族の令嬢で、エーベルブルクの街に聖樹が発生したのは、自分の祈りが主神に通じた結果なのだと主張しているらしい。


「奇跡認定の調査員が詳しく調べるので、そんな嘘はいずれ必ずバレるのですが……」


 シメオンが、今度は疲れたような顔をした。


 今更知ったのだけれど、教会内には様々な派閥があるそうだ。

 教派の違いといったものだけでなく、地位や権力を得るために結びついた打算的な集まり、といった側面が強いのだとか。


 今回の『神婚巡礼』に際し、保守派と改新派という教会内の大きな二つの派閥がぶつかっている。

 聖皇を擁する保守派の賛成多数で今回ルシルが聖女として選ばれたことに抗議し、改新派でも別の聖女を立て、ここまで連れてきたのだそうだ。


 シメオンの表情が忙しなく変わっていく。

 今度はなんだか悪いことを考えていそうな顔になった。


「聖女様、よろしければお顔を合わせてみますか? どちらが本物か理解してもらえるかもしれません」


「いいですよ、それじゃ挨拶しましょうか」


 カップを傾け残ったお茶を飲み干して、ルシルはソファを立つ。

 そうしてクロエと一緒に広い中央教会をシメオンに案内され、主神像が祀られている礼拝堂のドアを開けると、淡い光に迎えられた。


 豪奢な金髪をくるりと巻いた若い女性が、主神の像に跪き祈っている。

 彼女の祈りを受けてだろう、像はぼんやりと光を発していた。

 その様子を、神官たちが二つの集まりに別れ、固唾を呑んで見守っている。

 さっきシメオンが言っていた二つの派閥が、それぞれ固まっているのだろう。


 やがて女性が祈りを終えると、光も収まった。

 立ち上がった女性を伴い、一層豪華な法衣を着た、横幅の広い男性がこちらに近づいてくる。

 五十代半ばくらいだろうか、シメオンが話していた改新派を率いる司教なのかもしれない。

 ルシルとシメオンの前に立った彼は、居丈高に言い放つ。


「どうですかな、彼女の祈りに主が応えているのです。やはり我々の推薦するオリアーヌ嬢こそが、聖女に相応しいのではないですかな?」


 そうしてわかりやすくため息を吐く。


「残念ながら、そちらの娘では格が足りず、主への不敬となるのでは?」


 そう言って、嫌らしい目つきで舐めるように見られた。

 隣の女性が一歩前に出る。

 迫力のある美人だけれど、目つきがややきつい。


「貴方が仮決めの聖女かしら? なんだか貧相な子ねぇ。どう考えても、私の方が主神様の妻に相応しいわ。わきまえて身を引きなさい」


 大きな胸を反らし、そんなことを高慢に言ってくる。


 シメオンから聞いた話だと、貴族令嬢の彼女はかつては婚約者がいたけれど、婚姻前に婚約を解消されたのだそうだ。


 理由については色々な噂があるけれど、甘やかされまくった結果に形成された、我儘すぎる性格が原因だろうとのこと。

 彼女と家格や年回りが釣り合う貴族の令息は皆、すでに相手がいる状況。

 ならばと主神の妻になることで、自尊の心を慰めようとしているのだろうという話だった。


 ルシルは『貧相』の部分にカチンときた。

 まだ十六歳である。

 今はシュッとしているけれど、伸び代は無限にあるのだ。

 前世でもシュッとしたまま体の成長は止まったけれど。


「それは貴方がたではなく、主神様がお決めになることかと思います」


 もはや挨拶する気もなくなった。

 それだけ言うと、視線を合わさず二人の横を抜け主神像へ近づいていく。


「ちょっとお待ちなさい……えっ!?」


 後ろから、令嬢の間の抜けた声が聞こえた。

 神官たちからもざわめきが起こる。


 ルシルが近づいただけで、主神像は光を放ち始めた。

 この時点で、貴族令嬢の時よりも五割増しの明るさである。

 そして距離が縮まるにつれ、どんどんと光が強まっていく。


 主神像の前で膝をつき、胸の前で手を組む。

 すでに目を瞑っても厳しいくらいに眩しい。


「ちょっと眩しすぎるので、抑えてもらえますか」


 ルシルがそう言うと、光の強さが少し収まった。

 周りが思わず息を呑む。


「もっとです。今抑えたのが一段階だとすると、あと三段階くらい」


 光がスゥと弱まっていき、直接見ても問題ないくらいになった。


「いいですね、それくらいでお願いします」


 そう言うと、光が呼応するように数回明滅する。


 ――言えば段階調節できる!?


 その場にいた、ルシルを除く全員の思いは、いよいよ一つとなった。




 祈りを終えたルシルが、シメオンたちのもとに戻ってきた。

 像の発する光は消えて、皆どこかほっとしたような顔をしている。


 貴族令嬢はすっかり平伏していた。


「聖女様……本物の聖女である貴方様の前でそれをかたるなど、私はとんでもない過ちを犯してしまいました。申し訳もございません。命を差し出して償わせていただきます」


 さっきとはまるで違う、神妙な態度。

 虚実を見抜く目など持っていないけれど、演技ではないように見えた。


 彼女は貴族令嬢である前に、敬虔な信徒なのだろう。

 司教に色々と吹き込まれ、自分こそが聖女に相応しいと思ったのかもしれない。

 本当の所がどうであれ、彼女のような若い女性を死なせてしまっては、遥々(はるばる)ここまで旅をしてきた意味がない。


「赦します。あなたは主神様のお気に入りですので、どうかこれからも祈りを捧げてください」


「はい……う……ぐっ……」


 令嬢の嗚咽する声が零れる。

 クロエに頼み彼女を連れていってもらった後、ルシルは司教へ振り向いた。

 その場にいる人々も、一斉に視線を向ける。


 司教は居心地悪そうにしながらも、向けられた目に対し睨みを返している。

 静かになった礼拝堂で、シメオンが口を開いた。


「司教、どちらが聖女様かは明らかであります」


「っ、分かっておるわ!」


「猊下が外遊から戻られましたら、あなたには沙汰が下ると思います。ですが、その前に……」


 シメオンが不意に高い天井を仰いだ。

 皆が釣られて上を見ると、主神像の上方に、雲のような霧のような黒いものが集まっている。

 やがて広がり、黒さを増したそれから、ゴロゴロと不吉な音がした。


「主は怒っておられるようです」


 シメオンの声に応えるようにして、空気を引き裂く高い轟音と共に、紫の雷が司教の足元に落ちた。


「ひいッ!」


 ひっくり返った悲鳴をあげて尻もちをつく司教へ、シメオンの冷たい声が続く。


「主は自らの罪を告白せよ、と仰せです」


 ルシルはそこで、ん? と思ったけれど、黙って見ていた。


「わ、私は派閥の力を伸ばそうと、より聖女に相応しい女性を立てようとした!」


 紫がかった白色に塗られた視界で、恐ろしい音が続いている。


「新しい聖樹の誕生を自分の手柄にせよとオリアーヌ嬢をそそのかした!」


 雷光が無数に枝分かれしながら、檻のように司教の周りに落ちる。


「ひぃッ! もうやめてくれ」


「全ての罪を告白せよ、と仰せです」


「聖女を亡き者にしようと、暗殺を生業なりわいにしている者たちに依頼を出した! どうかお許しをッ!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 皆が去り、静かになった礼拝堂。

 一人残ったルシルが小さな声で呟く。


「クロード、いるんでしょう」


「……よく分かったな」


 後ろから抱きしめられる感覚があり、そんな声が聞こえた。

 体の前に回された腕の感触が確かにあるのだけれど、不思議とそこには何も見えない。


「私が気付かないと思った? あなた、透明にもなれるのね」


「ああ、闇属性の魔法で、光を全て透過させている」


「もう……何でもありね」


「欠点としては目に光が入ってこないんで、俺も何も視えなくなるんだ。だから使う時は、熱や魔力の感知魔法を併用する必要がある」


 言っていることは難しくてよく分からない。

 だけれど知っている声と温もりだった。

 背中に伝わってくる温度に、思わず首を後ろへ傾ける。

 さすがに口付けはまずいだろうけれど、頬を合わせるくらいは許されるだろうか。


「神父様と結託していたのね。私の時も、あなたがやったの?」


「いや、何もしていない。勝手にピカピカ光っていたよ」


 本当なのだろう。あの時の光は、聖樹が発するのと同じ神気を帯びていた。

 それにしても主神を騙るなど、あの神父は何を考えているのだろうか。


 クロードが腕の力を強める。


「クロード、ダメだよ」


 これから嫁ぎに行く主神の像の前で、前世の夫だった人に後ろから抱きしめられている。

 分別のある人間なら決してしない不貞な行為。


 ――分かっている。


 だけれど、どうか今だけは、見逃してもらえないだろうか。


「俺の魔法は完璧だ。神様にだって見えやしないさ」


 耳元で掠れた声がして、それがなんだかくすぐったかった。


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