第20話 どうか上手くいきますように
翌日の昼、ルシルたちは街の中央公園に集まっていた。
公園は常に開放されており、住民たちの憩いの場になっていると共に、祭りなどの催しもよく行われているのだそうだ。
広々とした草原の所どころに木が立って、茂った葉が休むのに心地よさそうな影を落としていた。
母親たちがその木陰から見守る中、小さな子供たちが元気に追いかけっこをしながら、キャキャと笑い声をあげる。
昼時なので、弁当を食べたり昼寝をしたりと、近くで働いているであろう人も多くいる。
「ポポ、この辺りだとどこがいいかな?」
ルシルの頭の上を離れた精霊は、周りをしばらく飛び回ってから、やがて一ヶ所で止まりそこで小さく旋回をした。
「ありがとう。魔術師様たち、お願いします」
クロードを含めた、三人の魔術師が前に出る。
それぞれ手をかざしたり、杖を掲げたり。
クロードはそういったものが必要ないようで、そのまま突っ立っていた。
魔術師たちの魔法により、ポポが示した辺りの地面が低い音を立てる。
土が盛り上がっては落ちを繰り返し、外側と内側が混ぜられる。
その上にルシルの肩幅くらいの水球が現れて、形を崩しバシャリと落ちた。
水を含んだ土がまた動き、さらに混ぜられる。
周りで寛いでいた人々が変事に気付き、何が起きているんだと一斉に注目が集まった。
「次は騎士様たち、お願いします」
護衛の騎士たちが、ひっくり返した地面の周りを互いにやや距離を取って円形に囲む。
人々がいよいよ訝しんだ表情をするけれど、騎士の輪の外に見知った市長の顔を見つけると、何か街の活動の一環なのだろうと安心したようだ。
「街の皆様、これから植樹を行います。危険なことはないと思いますが、念のため、終わるまで中に入らないで下さい」
ルシルは大きな声でそう言ってから、騎士たちの間を通り、輪の中央までゆっくりと歩いた。
そうして持っていた枝を土に挿す。
旅の途中、聖樹『天鹿』から落ちてきた枝だ。
シメオン司祭に取り上げられていたけれど、返してもらった。
次に懐から水筒を取り出す。
中に入っているのは、女神像から湧き出た神酒。
それをトポトポと枝と土にかける。
少し残した分は、自分で飲んだ。
ふぅと息をつき口を拭った後、手をかざして枝に魔力を込め始める。
魔法へと変換しない、生のままの魔力の奔流。
――どうか、上手くいきますように。
そう願いながら、魔力の波長を調節し、聖樹『天鹿』が発していたものに近づけていく。
枝が発した魔力を吸っていく。
ポポが周りに風の結界を張り、一度に吸いきれなかった魔力が霧散しないよう、結界内に滞留させる。
やがて枝と繋がった感覚があり、魔力をこちらから送るだけでなく、向こうから引っ張られるようになった。
急速に魔力が減っていき、血を多く失ったように足元が覚束なくなる。
ふと体を支えられた。
余裕なく視線だけ向けると、クロードが後ろから抱えるようにしてくれていた。
結界内に漏れた魔力を己に取り込み、それを同じ性質のまま増幅してうねりを均し、ルシルの出力に上乗せる。
複雑にして高度、まさに神業――しかし、金貨を同じ枚数の銅貨と交換するように、すこぶる魔力の消費効率は悪いのだろう。
「無茶に付き合ってくれてありがとうね、クロード」
「それはいいが、これは長くもたなそうだ……」
しばらくして顔色を悪くしたクロードが背中から離れ、数歩下がって地面に座り込んだ。
他の二人の魔術師を見たけれど、首を横に振られる。
「すまないが、俺たちには無理だ。逆に足を引っぱってしまう」
枝は続けて魔力を吸ってはいるが、その見た目に変化はない。
魔力がまだ足りない。
そうではなく、誤った道を歩いているのかもしれない。
――それでも、やれるだけやるわ。
生命を魔力に変換する。
この旅の最後までもってくれさえすれば、それ以上は必要ないものだ。
体の中身が溶けて液体になり、それがどこかに零れて目減りした、そんな恐ろしい感覚。
――根付け!
枝が震え、隠れた土の下で根が伸びていくのが分かる。
残った全て、肺の空気と一緒に出し尽くす。
「うわあああアァァッ!!」
根が地下を無尽に広がり、枝が幹となりぐんぐんと、太く高くなる。
幹から数多の枝が伸び、葉が青々と茂った。
小さな幼木が大樹になるまでの過程が、とてつもない早さで展開されていく。
右の視界がグラグラと揺れた。
左側は暗くなってしまった。
鼻の下が生暖かい。鼻血が出ているのだろう。
今の自分は随分と酷い格好をしているのかもしれない。
それでもまだ、あともう少しだけ。
足の踏ん張りがきかず体が泳ぐ中、必死でシメオンを探す。
「聖女様、此度この地に聖樹が降誕しました。どうか名を奉じください!」
打ち合わせしていた言葉を聞いて、そちらの方へ振り向く。
もう、あまり見えなかった。
これで最後だと大きく息を吸い、腹にぐっと力を入れる。
――この声が、できるだけ多くの人に届きますように。
「この樹を……『博愛』と名付けます!」
出せる限りの大きな声で、少しゆっくりめに言った。
張っていた気が緩むと、狭い視界がぐるりと暗転し、意識は底が抜けたように落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
糸が切れたようにパタリと後ろに倒れるルシルを、まだ立てないクロードを横目にレナルドが受け止める。
そうして軽い身体を横にして抱き上げながら、ついさっきまでただの枝だった、今は大きな樹を仰ぎ、思わず苦笑した。
「まったく、とんでもない嬢ちゃんだ」




