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第13話 雨の日に

 クロードはその後、毒や傷の後遺症もなく順調に回復した。

 しばらくは絶対安静との医者の言いつけで、大人しく幌馬車の荷台で横になっていたけれど、ここ数日で全快となったようだ。


 刺客の女性は騎士たちが尋問しても何も喋らず、捕らえた次の日の朝には死んでいた。

 予め遅効性の毒を飲んでおり、自身の死さえ半ば計画の内だったのだろう、と隊長のレナルドに説明された。

 世の中の裏側には、そういった暗殺などの犯罪を金で請け負う組織があるのだそうだ。




 空は黒ぐろとした雲に覆われ、バケツをひっくり返したような雨が窓を強く叩いている。


 急遽貸し切った、宿場町の宿の二階。

 そこの部屋と部屋との間に設けられた、休憩や応接用の大きくもない共有空間(スペース)


 ルシルはソファに座り、低いテーブルを挟んでクロードと向きあっている。

 廊下に向かう面に壁はなく、密室ではないけれど、聖女の自分が若い男性と二人でいるこの状況は良いものではないのだろう。

 世話係のクロエや、女性騎士のジャンヌも同席したがったが、無理を言って外してもらった。


「姿形が違っていたって、俺がお前を間違えるはずがない。どうして知らないふりをしたんだ?」


 咎めるような、拗ねるような表情と口調に、旅の初めのころにあった罪悪感が蘇る。


「ごめんなさい。私は聖女として主神様へ嫁ぐことになったから、あなたにその護衛をさせるのが……後ろめたかったの」


 彼を旅から外すこともできた。

 だけど、一緒にいたかった。

 ずいぶんと身勝手をしている自覚はある。


「なんだそんなことか。だったらそんなものは投げ出して、二人で逃げよう」


「ダメだよ。それに家族が生活に困っていて……お務めを果たせば家にお金が入るの」


「俺は王宮魔術師だ。金なんかどうにでもなる」


 やはり誤魔化しはできない。

 すべて正直に話すべきなのだろう。


「クロード、あなたこの旅の最後、聖女がどうなるか知ってる?」


「……詳しくは知らないな。何かしら祭儀をした後、教会の総本山なんかで静かに祈って暮らすんじゃないか?」


「聖女は最後、湖に着いたらね、そこに身を投げて死ぬんだよ」


 クロードはしばらく呆然と固まっていたが、やがてテーブルを強く叩いた。

 二つのカップのお茶が表面を揺らす。

 テーブルの上にいたポポは少し浮いて、そのまましばらく滞空していた。


「なんだそれは! それならなおさらじゃないか、一緒に逃げよう!」


 廊下にたむろし雨足を見ていた旅の同行者たちが、大きな音や声に反応してこちらを伺ってくる。

 近づいてこようとする彼らを手振りで戻し、ため息を一つ吐いた。


「クロード、この儀式はね、二十年ごとに若い女性が死ぬの」


 そう言いながら上着をはだけて右の肩を出す。

 クロードは咄嗟に目を逸らそうとして失敗し、その視線は一点に釘付けとなっている。


 白皙はくせきの肌、けれど右胸の上あたり、そこに黒い鱗のような痣がある。

 それは『黒鱗(こくりん)病』の症状だった。


 黒鱗病――ルシルの前世であるリーゼの命を奪った病。

 罹れば決して助からない。発症すると、痣が全身に回って死ぬまで、二年から三年ほど。


「ふざけるな! やはり神などいないじゃないか。こんな理不尽ありえるか!」


 クロードが怒気を乗せて痣を睨む。

 上着を直すと、恨みの対象を見失ったように、視線を忙しなく彷徨わせた。


 ルシルも痣が出た当初は同じようなことを思った。

 二度の人生で若くして同じ奇病に罹る。

 もし神の御業みわざなのだとしたら、滅茶苦茶が過ぎる。

 そうして教会から人が来て、聖女にならないかと打診された時、なんだか運命めいたものを感じた。


「私はあと二年も生きられないんだよ。だから今回は、私が聖女になるのがいいと思ったんだ」


 もちろん教会には、聖女選定の最初期段階で病のことは伝えてある。

 自分が聖女に選ばれたのは、この病のことが大きかったのではないかと思う。

 主神に妻を送る聖なる儀式とはいえ、年若い女性の命を散らすことに、教会も思うところがあるのかもしれない。


「あなたの……()()()のおかげで、私は前世でとても幸せだったから、これでいいんだよ。今回の人生はおまけみたいなものかな」


 クロードがくしゃりと表情を崩す。

 泣きたくて怒りたい、そんなどうしようもない情動。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それからは、少し落ち着いた雰囲気で、前世のリーゼが死んでからのことを聞いた。


「そう、父さんも母さんも長生きできて良かったわ」


 前世の両親は二人とも健康で長く生き、最後は眠るように亡くなったそうだ。

 親よりも先に死に、老後の世話もできなかったことに申し訳ない気持ちとなる。

 そして、それを今世の母親に対しても繰り返すことになる。

 どうやら、自分は親不孝の星の下に生まれるらしい。


「あなたは? 前世のエリクはどうしたの? 再婚はした?」


 緊張を隠し、そういえばといった感じで聞いてみる。

 本当は真っ先に聞きたかったけれど、答えを知るのが怖くて他のことを先に聞いてしまった。


「いや、しなかったよ。だいたいエリクがそんなにモテると思うか?」


 クロードが苦笑しながら頭を掻く。


 ――本当かしら……?


 思わず疑いの眼差しで、彼の表情や目の動きを観察してしまう。

 ルシルの見立てだと、半分は本当で半分は嘘。

 エリクは頼りない痩躯そうくだったけれど、顔立ちは整っていたし別け隔てなく親切なことから、村の女性たちにはかなり人気があった。

 しようと思えば再婚の機会はいくらでもあったはずだ。


「リーゼが死んでから二十五年くらいかな。五十になる前には病気で死んだよ」


 エリクに対しても、前世の両親以上に申し訳ない気持ちはある。

 結婚してたった数年で、治らない病にかかってしまった。

 子供を残してあげることもできなかった。

 病人の世話は大変だっただろうし、リーゼの死後も心を変えずに独身を通したのなら、随分と彼の人生を縛ってしまった。


「結婚したのに、すぐに死んじゃってごめんね。食事とか掃除とか洗濯とか、色々と生活に困ったでしょ」


「まあ苦労もしたけど、男ヤモメでもなんとかやったよ。病気だったんだ、お前は何一つ悪くない」


 クロードがきっぱりと言い切った。

 この辺りの考え方は前世と変わっていない。

 それがとても嬉しくて、なんだか少し悲しかった。


 そうして二人の間に、しばらくの沈黙が落ちる。

 その空白を埋めるように、雨粒が窓を強く叩いている。遠雷もかすかに聞こえた。


 ややあって、クロードが押し出すような声を出す。


「……なあルシル、やっぱり二人でどこかに逃げて……残された時間が短くたって、それでも……」


「………………」


 曖昧に微笑んで誤魔化そうとしたけれど、上手くはできなかった。

 自分は今、どんな表情をしているのだろう。

 テーブルの上を転がっていたポポが肩に乗り、すりと頬に体を寄せてきた。


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