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第10話 神とは

 旅が始まってから五十日ほどが経った。


 昨夜泊めてもらった教会の礼拝堂。

 朝早く、ルシルが一人で主神像に祈っていると、シメオン司祭がやってきた。

 隣にきて並んで跪き、しばらく一緒に祈りを捧げる。


 ルシルが祈り終え、立ち上がって振り返ると、会衆席の長椅子には先に祈りを終えたシメオンが座っていた。


「熱心にお祈りくださり、たいへん結構なことです」


「お祈りするのは割と好きなんですよ」


 礼拝堂の中にはルシルとシメオンの二人だけ。

 彼が話をしたがっている気配を察し、一列後ろの席に座った。

 少しためらってから、といった様子でシメオンが口を開く。


「聖職につく私が言うのもなんなのですが、聖女様は……神は本当におられると思いますか?」


 相応の経験を経てきたであろう壮年の男性の視線が、取り縋るように向けられる。


 ――それって礼拝堂ここで聞くこと?


 あまり二人だけで話をする機会がないからなのだろうけれど、真摯な問いに対しアンバランスな感じがして可笑しくなってしまった。


「うーん、どうなんでしょう? 神父様、この大陸にはレイダ聖教の他にも、いくつか宗教が根付いていますよね」


「そうですね。信者の数ならば我らがレイダ聖教が圧倒的ではありますが。他の教えを信じる者も異教として迫害せず、共存できれば、というのが教会の方針です」


 シメオンがどこか得意気に答える。


「他の宗教にもそれぞれ神様がいて、その神様たちが本当にいたとして、果たしてそれって成り立つんでしょうか? どうやっても創生の話なんかで衝突しますよね。同じ神様が複数の宗教で祀られている? 他の宗教の神様は土地神で創生には関わっていない、それとも、レイダ聖教の教えだけが本物で、他は偽りなのでしょうか?」


「………………」


 問いに対して、シメオンは何も言わない。

 信徒に同じようなことを聞かれた際には、用意した答えがあるのだろう。

 けれども今二人のこの場では、それはきっと意味がないのだ。


「お祈りをしていると、何かしらはあるのだと感じます。先日の女神様や英雄神様の神像からも、確かに声が聞こえました」


 英雄神の像にいたっては、声どころか彼の人生を追体験さえしたけれど、それはまあ、今は言わなくてもいいだろう。


「では、やはり神はいらっしゃる――」


 喜色を浮かべるシメオンの声を最後まで聞かず、かぶりを振った。


「私は、順番が逆なのだと思います。最初に神がいたのではなく、宗教が神とはこういうものだと定めて、できあがった共通の認識に信者の祈りが集まって、それに……()()が応えた?」


「世界……ですか?」


「世界という言葉は適切じゃないかもしれません。なにかこう……全体を司るもの? それこそ、それを神というのかも。すいませんが、私はあまり語彙が豊富でないので上手く言えないのですが」


 シメオンはしばらく目を瞑り思案顔をしていたが、やがて目を開けて微笑んだ。


「私の立場で肯定することは難しいのですが、とても興味深いお話でした。この旅の中、あなたは何度も奇跡を起こしていらっしゃる。もしかしたら真理の一端を捉えているのかもしれません」


「今私が言ったことって、教会的には神様への冒涜になりますかね……?」


 思わず不安気な声が出た。

 後先を考えず、ここのところ感じていたことをそのまま素直に喋ってしまった。

 全知全能、無謬むびゅうの存在である神をそしる発言だっただろうか。


「そうですね……他の教会関係者には言わない方が良いでしょう。私も胸の内に留めておくことにします。それにしても……」


 シメオンが片眉を器用に上げる。

 彼にしては珍しく、茶目っ気を感じさせる表情だった。


「なぜ私には神のお声が降りてこないのでしょうか? 信心も日々の行いも申し分ないはずなのですが」


 えっ今まさにその存在を疑っていなかった? と、ルシルは半眼になった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 これで話は終わったと思ったけれど、シメオンはまだ席を立たない。

 しばらくの沈黙の後、彼が再度口を開く。


「……聖女様、このように二人で話せる機会も中々ないので、もう一つ伺ってもよいでしょうか?」


「はい、なんでしょうか?」


 あまり私的(プライベート)な質問は困るわ、と思いながら、取りあえず続きを促す。


「あなたと、魔術師のクロード殿はどのような間柄なのでしょう。ずいぶん親しくされているようですが、以前から知己があったのでしょうか?」


 ……どう答えようか。誤魔化すこともできる。

 だけれどこの人は、旅の責任者として問題がないか確認するために訊いている。

 心配させてしまっているなら、申し訳なくも思う。

 なるべく誠実に返したい。


「神父様、もし前世の記憶がある人がいたとして、それって教会では異端でしょうか?」


 なんだかさっきから、質問に質問で返してしまっている。

 返事の内容が想定外だったのだろう。シメオンが困惑したようにこちらを見る。


「そうですね……教義では人は死後に裁きを受け、善い行いを多くしたものは天国へ上り、そうでないものは地獄へ落ちるとされています。前世の記憶があるということは、そのどちらからも外れているということでしょうか」


「はい。まあ、そんな感じで」


 前世のリーゼが死んだ後、裁かれたり、天国や地獄に行った覚えはない。

 物心がつくころには自分がルシルとして生まれ変わっていて、リーゼの記憶を持っているのだと理解した。


「……中々難しいでしょうが、もし認められれば、奇跡を体現した聖人として遇されると思いますよ。もちろん前世が名を残した悪党などでない限りですが」


「それで前世に夫がいた場合、今世では聖女の資格がなかったりするでしょうか? その……魂の処女性みたいな?」


 シメオンはしばらく黙った。

 そして色々と思い至ったのだろう、目を瞠りルシルの顔を正面から覗き込んでくる。


 秘密を明かした勢いのまま、長く思っていたことを訊いてみる。


「そもそもこの聖女の儀式って、何百年か前に大陸中が麦の病気にかかって飢饉が起きたときに、聖教の説話を模して始まったんですよね?」


「その通りです」


「その話に出てくる女の人って、夫を失くした寡婦かふだったと書かれていましたけど、純潔という聖女の条件は一体どこから来たんでしょうか? それに、女性の年齢も明記されていないですよね?」


「………………」


「それってなんだか、随分と男性に都合が良い条件が足されていませんか?」


 最後は思わず詰問のようになってしまった。

 シメオンは顔に胡散臭い笑みを貼り付け、「それでは私はこのへんで」と言いながら、そそくさと立ち去っていった。


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