八十四話 救出劇
糸で吊られた鎧が、そこら中に草臥れている。槍は手からするりと抜け、バラバラに床に落ちている。
そんな通りにくい廊下には、無理やり通過しようとする鎧もいくつかいた。天井の魔物は知能が低そうだったので仕方ない。操られた鎧のおかげで、防波堤が勝手に出来上がっていた。
「あっ、ミリちゃんが、もう片方をどうにかしてくれたみたい」
『miasma』の魔物は追ってきておらず、その間に魔法陣に反応があった。それと共に、中央から最後と思われる作動音が響く。
「また中央。タイルのあったところに戻るってこと」
これが完了すれば、もう脱出できるはずだ。
入り組んだ迷路を抜ける必要はあるが、先ほどぐるぐる回っているうちに道順は把握した。これと言った障害もないので、鎧に気をつけて進めば問題はない。
ところで、ふと疑問なのだが、この周りにあるものは何なのだろうか。
「青い火……なんでか浮いてるわけだけど……」
右、左、と指示を出しながら、レイは辺りに浮かぶ火のようなものを不可思議に見つめた。
ちなみに、ずっとレイたちについてきている。
絶対に離れない、という意志が働いているのか、どの火も逸れたことがない。数も増える一方で、すでに二十は超えている。
「ここに来てから出てきたし、さっきまでとは違う場所……こっちが建物として正しいのかな?」
建物として正しい、なんて変な言い回しだが、仕掛けを解いたことによって偽物が瓦解している。
つまり、この迷路のような造りこそが本物ということだ。
「『透過』と『明転』によって明かされた正しい構造。なら、この火は、もしかして……」
回答を口にしようとした矢先に、鎧とばったり会って驚いた。
曲がり角で、急に現れたのだ。
キーがためらいなく槍を蹴飛ばしたのだが、それにしてもびっくりである。
「いや、本当に心臓に悪い……」
「お水をどうぞ」
アリスが気を利かしてくれて、一息つくことができた。この状態だと飲むのにも一苦労なので、彼女の気遣いが身に染みる。
お礼を言って水を飲ませてもらい、再出発。
それから僅かな時間が経つと、広間へ出ることができた。
「あの台座みたいなところかな」
「置いてみますね」
アリスは魔法陣の紙を丁寧に台座に置く。
魔法陣は無事に魔力を帯びたようで、随分と盛大な解錠音が響いた。
「あっちにいけば出口?」
「そういうことになるね」
案外、あっさりと解放してくれる。
そう思ったのだが、次に浮き出たそこそこに長い説明文は全くあっさりしていなかった。
『目標:これから三十分以内の脱出。
注意:誰か一人でも脱出すれば全員脱出が可能です。魔物には貴方の位置が分かります。魂を元に戻さないと全員の脱出が不可能です。魂の数は全部で四十三あります。魂の戻し方は対応する身体に魂を近づけるだけです。
死人は生き返りません。脱出に失敗すれば一生脱出はできません』
どうやら脱出には制限時間があるらしい。
さらには、魂を元に戻さないといけないという、しれっと新しい問題が付け加えられている。
「さっきから着いてきてたこれって魂だったんだ?!」
「みたいだね……っていうか、三十分で四十三って計算おかしくない??」
先に言っておくが、この建物。わりかし広いのである。
あと、迷路になっているのだ。その状態で手分けをしても、四十三は間に合うか疑問なところ。
普通に考えて、全く余裕がない。
「本当に脱出させる気がないね? ここ作った人の設計ミスがすごい」
「設計者いるのか?」
「いないだろうね。魔法時だし」
ひょっとすると、捕まった人が少なければ少ないほど脱出しやすかったのかもしれない。
開始時点でバラバラに動いたため、こんな時間配分になった。そう考えれば辻褄があう。
とりあえず全員で脱出しなくてもいいらしいので、アリスに脱出を任せる。
その間に、魔物をどうにかしながら三十分以内に魂を戻さないといけない。連帯責任からの手動蘇生である。
「さらわれた人の使われ方が悲惨」
「で、適当に探せばいいのか?」
「うん。道順は覚えておく」
もういい加減にしろ、と言ってやりたいところだが、どう足掻いても三十分の期限は変わらない。それを抜きにしても、ここにある二十いくつかの魂を放っておくのは寝覚めが悪い。
さっそく見回してみると、倒れている一人を発見。近寄ると青い火の一つが吸い込まれていった。
「ありがどうございますう! もう二度と戻れないかと思ってまじだああ!」
「めちゃくちゃ感謝が伝わってくる……」
大泣きしている魔法使い。ただ、時間がないので置いてかせてもらう。声を抑えて隠れて置くよう言って、何度も頷いたのが見えたので大丈夫だろう。
次に、廊下の角に並んで座る三人を見つけた。青い火もちょうど三つ前に出てくると、すうっと身体に戻っていった。
「あ、喋れる! 喋れますよ!」
「やっとか……」
「私たちも身体、探してきましょう」
こちらは比較的冷静で、泣いたりせず協力してくれることになった。
鎧と魔物が危ないので、槍を配って対処の仕方を簡単に説明する。迷わないように魔物の糸を引いていくよう渡し、近場のみを捜索するよう伝えた。
「この場に集めればいいの?」
「それでいいよ。ぼくらも一回戻ってくるから」
「そう。なら、左側は私達に任せて」
こうして助けた人に手伝ってもらいながら、青い火は徐々に数を減らしていく。
残り十五分を切る頃には、レイたちの近くにいた青い火は姿を消していた。
そして現在、残り十分。
まだ解決できていないことと言えば、そもそも青い火の数が足りていない、ということである。
二十分ほどで三十二の魂を無事に帰らせたのだが、残り十一はてんで見つからない。
「あと十分しかないんだけど! どこもかしこも探すってわけにはいかないし……」
見つからないと言えば、ミリアの姿も目にしていない。
探しているフロアが全く違うのか、一度も会っていないのだ。
「……ん? よく考えたら、魔物とも会ってないか」
衝撃の事実に気づいた。あれだけ魔物を警戒していたのに、刃物も見当たらない。
遭遇するのは鎧のみ。魔物からは居場所がバレているらしいので、一度も会っていないとは考えられない。
「いや、それってミリちゃんが危ない……? っていっても、今は後十分をどうするかを考えるしかない」
「冷静に考えて、もう間に合わなくねえか?」
「そ…………うだけど」
なんでキーは平然と口にできるのだろうか。
確かに、間に合わない。魂がないのに十分で解決、とはさすがにならないのだ。
「なんで個数があってないの? 見つからないものを探しても仕方ないし、正真正銘の詰みがここまで迫ってる……」
「レイくん! やっぱりないよ!」
「うん、ですよね……」
走って回って来たカナタの報告に、諦め混じりに返答をする。
数が足りないとなると、同じように魂を引き連れた人がいるのだろうか。
ここにいるのはレイたちだけのはずなので、残るはミリア達のところということだ。
「それだったら良いんだけど……」
この当てが外れたら、バッドエンドへまっしぐら。
脱出できない脱出ゲームに参加させられた、哀れな被害者と成り果てる。
そうして、残り五分を切った頃のことだった。
「ん……? あれ、キー、待って」
「なんだ?」
確信していないまま呼び止めたレイは、信じられない変化を再び見つめる。
「建物の原型……それと、崩れ方……」
そして、好転した現状を一言で表した。
「脱出、成功してる」
「……は?」
辺りが黒くなってきている。
ここに来た時と同じ真っ黒な闇は、建物を下から崩して飲み込むようになっていた。
どうやらアリスが脱出してくれたようだが、いつ条件を達成したのだろうか。本当にミリア達の方に固まっていたのか。
(それしかないんだけど……)
実際に目にしていないからだろうか。
元凶の魔物がいないからだろうか。
何故だか、そうでない気がしてしまう。
謎として定まらない謎に引っかかりながら、レイは魔力の感覚を取り戻す。
これが何か悪い予感でないように。
そう願いながら、謎の建物からの脱出を果たすのだった。
◇◆◇
建物から脱出する、少し前のこと。
一度行き止まりにて鎧の魔物と戦っていたミリア達は、その後、サリーの見つけてくれた隠し通路で抜け出すことができた。
これは祝の魔法のおかげだろう。明らかに短時間で発見できなさそうな、壁のスイッチが隠されていたのだから。
それから、ぐるぐると迷路を彷徨っていたのだが、なかなか開けたところに出てこない。
「複雑すぎて、どっちに向かってるかがいまいち……」
「あっ、ここ……さっきも通った気が……」
二人して迷子になっていたのだが、途中で最悪なピンチが舞い込んだ。
「あ、あ、ああ、あれって……!」
ブレる指先でサリーが指した正面。
その先にいた、首の折れたような化け物。
糸で吊られた、あの黒い魔物であった。
「に……逃げましょう!」
「逃げるって、む、むり……」
完全に目が合っていた気がする。
とにかく無我夢中で走って、追ってくる刃から逃れるために立ち止まらずにいた。
まだ魔物とは、金属からは、距離があるのだろうか。
それが気になって、突き当たりの直前で振り返る。
その瞬間、飛んできた刃物がスレスレで追い越していった。
「け、剣……?!」
「……さ、サリーちゃんは右に!」
サリーはあの魔物がトラウマとなっている。追わせるわけにはいかない。
ミリアはわざと速度を落として、左に駆け込む。
その直後にナイフが壁に突き刺さる音がして、すくんだ足が本当に動かなくなるところだった。
「できるだけ、曲がれるところ……」
刃物が飛んでこないように、見つけた曲がり角を全て曲がる。
右、左、左、右、左、右、右…………。
糸に吊った剣やナイフは、一直線にしか飛べないようだ。
急旋回したりなんてことはなく、ミリアでも逃げられる範囲であった。
だが、それも一本道に出てしまえば意味がない。
曲がれるところを曲がり切ると、長い廊下に出てしまった。
最奥にしか曲がれるところがなく、この直線距離は無防備となるしかない。
「……行かないと」
行かなければ、追いつかれてしまう。
一歩、一歩、と速度を上げていく。振り返る暇はないが、背後に金属の擦れる音がした。
もうすぐ。
もうすぐで、ナイフが飛んでくる。
まだ廊下の半ばだというのに、間に合わないのか。
もう飛んできているのか。
次の瞬間には、背中を刺されているかもしれない。
(っ……一回刺されたら、終わり……刺されたら……)
想像してしまって足がガクガクと震える。
これでは走りきれない。
一か八かにもならない。
そう絶望を感じ始めた。
(………………? 音が、しない……?)
走る速度は遅くなっているのに、何も起こっていない。
もうそろそろと思っていたのに、全く音がしなかったのだ。
恐る恐る、振り返ってみるミリア。
(魔物は………………っ?!)
振り返った廊下の先。
そこまで距離のない、ここからでも詳細の分かる程度のところ。
そこで、崩れ落ちていった、黒い魔物。
切り捨てられた、という言い方の方が正しい。
槍では貫けなさそうな細さだったのだが、剣では難なく切れていた。
さらに、魔物の上で糸を操っていた、大きな黒い手が引き摺り落とされる。それは、これでもかというほど切り刻まれた。
どうやら、あれが本体だったらしい。あの手を殺すまで、魔物は永遠に動き続けていたかもしれない。
そんな光景を、特等席で目の当たりにした。
だから、安全が確保されたことは分かった。
ただ、魔物を呆気なく切り捨てたのは、いったい誰なのか。
あれだけの刃物があったのに、全てが足元に落とされている。
つまり、刃物を吊っていた糸を全て綺麗に切って見せた。
それを、何の戸惑いもなく、やってのけた。
「……お前、だれ?」
「……っ!」
冷たい眼で、見下ろさる。
片方がルビーのような真紅、片方がエメラルドのような深緑。
一度見たら忘れられない印象を残す、鮮烈なオッドアイと目が合った。
「可哀想でもないし、邪魔者ってところか」
すでに興味は失った。安心も束の間、剣の切っ先を向けられる。
こちらにも容赦なく振り下ろしてきそう。新たな恐怖に足がすくんだ。
耐えられず、視線を逸らす。
ゆっくりゆっくり、後ろに下がろうとする。
そして……足元が崩れていくのが見えた。
「ああ、もう終わり」
真っ黒な闇がほとばしる。無機質さも、黒という色も、呑まれて形を奪われる。
そんな世界に佇む、それが似合ってしまう人物。
その人は、淡々とした落胆を口にして、ただ外に出るまで待つ態度をとっていた。
「あ……そっか、脱出……」
一連の出来事に思考の時を奪われていた。自分が置かれた状況を思い出し、ミリアは気を取り直す。
あの目の前の人が誰か、というのは置いておこう。
結果的には助けてもらったわけだし、せっかく危機を脱したのだから素直に安堵したい。
崩れる建物が黒に包まれる中、だんだんと魔力の感覚が戻ってくる。
ようやく解放された。もう刃物に怯えなくていい。
手に持っていた弓を握り締めて、ミリアは目の前の景色が変わるまで、じっと眺めているのであった。




