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八十三話 糸口

 まずは突起に注目してみよう。

 押すか、引くか。両方ミリアに試してもらうと、四角形の薄い壁が引っこ抜けた。

 そのへこんだ壁の真ん中には黒いカードがあり、『呪術』の文字と山積みの死骸が描かれていた。


「『呪術』で死……生贄だろうね。これも魔術のイメージだから、『暗転』。そんでもって、紙に書かれた魔法陣はおおむね解放を表している」


 総合すると、魔法陣を発動させられれば『呪術』の持つ意味が変わる。呪いがまじないとなり、何らかの方法で脱出することができるのだ。

 ただ、肝心の発動方法が明らかになっていない。

 魔力がなければ魔法陣もただの紙切れと化すので、それを解決する場所や物があるはずだ。


「サリーちゃん、もう一回だけ力を貸してもらえるかな?」

「あ……う、うん」


 きらきらとサリーの周りだけが輝きを放つ。

 先ほどより集中しているようだ。目を瞑って、むむむ、と悩むようにする。

 やがて、おもむろに手を伸ばすと、廊下の先を指差した。


「あっちに、たぶんあるかもです。奥の方かな……」

「あっちの奥って言ったら、魔物がいるところ……?」


 ミリアが不可解な顔をする。

 あちらに行かないと魔法陣が発動できないなら、魔物の対抗策として機能していない。


「直接対決しろってことじゃねえか? 槍があるから行けるだろ」

「あのね、簡単にいうけどさ。普通は槍があっても戦えないからね?」


 皆が皆、キーやカナタのような戦い方ができるわけではない。

 ましてや近接戦闘など、魔法を使っていれば無縁であることが大半だ。すでに詰んでいることになってしまう。


「中央に行かないとどうしようもなさそうだし、ここは意を決して進むべしってことかな……」


 危険なのか危険でないのか。

 いまいち定まらずにいるが、どうせ待っていても仕方がない。

 皆も同意見のようなので、腹を括ることにした。

 

 廊下を通って中央へと向かうと、一気に開けた場所に出る。

 床はタイルが敷き詰められており、真ん中のものだけは黒一色で固められている。

 あとは天井や反対側の廊下までが遠いことしか、特筆することはなかった。


「これは入っても良いやつか、悪いやつか……」


 まだ足は廊下の中にある。

 あの魔物は隠れているのか。本当に魔法陣は使えるようになるのか。

 不安要素が並んでいるので、多少の怯みは仕方ない。


「行くしかねえなら、待ってても意味ねえだろ」

「え、ちょ……キーさん??」


 警戒など全くせず、堂々と通過する。

 罠でもあったらタダじゃ済まないというのに、さすがに不用心過ぎやしないか。


「まあ……何もなかったから良いだろ」

「いや、それ結果論だから……」


 同じような場所をぐるぐるしていたせいか、せっかちになっているようだ。ペドロもいないのに、若干二面性が垣間見えている気がする。

 歩くだけなら問題ないと分かったところで、気になるタイルを調べることにした。


「この黒いタイルはなんだろうね。他のはグレーや白だけど、ここだけは柄もないただの黒……」


 数えてみると、全部で五十枚。横長の長方形に固められている。


「長方形なら、建物と関連があったり?」


 思い返せば、部屋の数は縦が五で、横が十だった。

 単純に長方形のマス目と考えられるかもしれない。


「ちなみにタイルは押せたりする?」

「えっと……押せた!」


 カナタがやって見せてくれた。

 押した部分は沈み込んだままになり、もう一度押すと戻ってくるようだった。


「つまり、正しい箇所を全部押せば、動く仕組みってことだ」


 その正しい箇所というのは、やはりカードの部屋だろうか。

 試しにカードの部屋同士、交わる箇所を押してもらう。


「下が右から三番目と左から二番目。上が右から二番目と五番目。左から二番目と三番目。左右は両方とも上から一番目と三番目」


 どこにカードの部屋があったか伝えると、アリスがマス目を辿って正しいタイルを押さえる。


 これが正しい解き方であれば、覚悟をしておいた方がいい。


「……できました」


 一度確認してから、アリスが立ち上がる。

 辺りを窺い、離れたところの作動音を拾う。

 どこだろうと見渡した、その視界の端に、鋭利な破片が入り込んだ。


「やっぱり、来ると思った」


 物騒なものが浮き、それ以外は景色と化した化け物。

 

 いよいよボスのお出ましだ。

 

 今まで姿がなかったのが不気味。しっかりご登場頂いたことに、安心感さえ感じる。

 

「今度は予測してたし、やられてばっかじゃないから……ね!」


 先ほどより凶器の数は増えているが、カナタも負けてはいない。くるっくるっと躱していくので、ここは彼女に頼るのが良い。

 問題は、あんな人間離れした動きのできないこちらの方だ。

 

「ひとまず、この場にいない方がいいのはぼくだよね。けど、逃げるとしても、果たして魔物が追わずにいてくれるかどうか……」


 もし追ってくるようなら、皆でどうにかして逃げるしかない。

 せめて、仕掛けの作動した場所が、耐えられる場所であって欲しいところ。


「魔物はカナタちゃんに気を取られてる……」


 作動音があったのは廊下へ戻る方向。そして、もう一方の廊下からも聞こえてきた。

 もう一方の廊下は反対側になるので、遠回りをすると伝える。

 カナタに目配せして逃げることを伝えると、先に行ってとジェスチャーが返ってきた。一人残すのは気が引けるものの、足手まといのレイは先に離れるしかない。


「振り返らずに全速力で。見つかった時は見つかった時」


 せーの、で一気に駆け出す。

 廊下はすぐにたどり着く距離だが、振り返ったレイが止まらないよう指示をする。


「魔物は……追ってくるらしいね!」

「そりゃ、そうだろうな……!」


 どちらにしろ打開策は走ることのみ。

 魔物の方も瞬間移動はできないようなので、今からは鬼ごっこの時間ということだ。


「待てえええ! あんたの相手はあたし! あたしが相手するんだ!」


 もう一人、魔物を追いかける側がいた。

 カナタが魔物にものすごいスピードで近づき、本体があるかもしれない場所に突っ込んだ。


「捕まえた……って……?!」


 何かを掴んだカナタが、それを引っ張って目を見開く。

 

 なんと、魔物の正体が露わとなったのだ。

 

 魔物の全容をまとめると、全身黒の棒人間、といったところか。異様に細い身体は、鎧を操っていた魔物と似ている。

 背には身体と同化する剣。右手には鎌。

 ほつれた黒い外套を纏っているため、まるで刺客や暗殺者のようであった。

 

 さらに、もう一つ気になるところがある。


「ん? あの魔物、糸で吊られてる?」


 指先から垂れる糸は例外なものの、鎧と同じように腕や足などから黒い糸が延びている。

 操られているように見えるが、姿は鎧を操っていた魔物そのもの。

 魔物が魔物に操られているのか、そうではないのか。


「……って、今はそこまで考えなくていいや」


 足元に剣が掠ったりしているのだ。呑気に気になってる場合じゃない。

 そろそろ刃物が届きそうなので、このまま固まって動くと脱出どころではなくなってしまう。


「ミリちゃん」

「……?」

「もう一つの廊下にサリーちゃんと一緒に行ってきてくれる? これから時間の問題になってくるから、もう一方を任せたいんだ」

「……分かった」


 ミリアを見込んでの願い出。こちらが耐えている間に反対側を作動すれば、どうにかなるだろう。

 廊下を戻って左手。先ほど魔法陣とカードを見つけた場所に、新たな部屋が出現していた。

 

 この部屋を前にミリア達と別れ、レイたちは部屋に入って急いでドアを閉める。

 後から魔物が執拗にドアを叩いており、そこにカナタが再び張り付いて力比べに挑む。

 今回はナイフを差し込まれていないが、隙あらばこじ開けようとしている。途中でキーも加わり、アリスも灯火で支援した。


「カナちゃん、どれぐらい持ちそう?」

「えーーーーっと、五分……ううん、十分は粘ってやる!」


 十分ならミリア達の到着と、仕掛け作動までが可能なくらい。間に合うかと言われるとギリギリだろうが、そこはミリアを信じるしかない。


「それにしても、ここに書かれてるのは……」


 巨大な剥き出しの構造。おそらく、壁の裏に隠されていた仕掛けの一部だろう。全てが連動するように作られている。

 

 そんな仕掛けを背に、主題される問い。

 その羅列した数字や記号の式は、黒のカード、『暗転』だ。

 さらに、その下にはまっさらな紙が二枚、丁寧に貼り付けられている。


「魔力がない『暗転』の状態を計算したものなら、魔力を取り込むために反対にしないといけない。つまり、ここに『明転』……白のイメージの計算をすればいい……?」


 だが、『明転』の式をただ書けばいいわけではないらしい。

 なんせ、紙が二枚あるのだ。普通に書けば、もう片方は余ってしまう。


「白以外とは考えにくいし、まさか、『暗転』の式をこれ以上どうかすると……?」


 片方は『明転』でいいはずなので、先にアリスに代筆をしてもらう。

 もう片方も同じ意味なのか、はたまた違う意味を考えるのか。

 違う意味なら時間がかかる、とまで思っていたのだが、改めて見ると存外簡単な答えが見つかった。


「あ……そっか。アリス、その『暗転』の式をまるまる反対にして」

「……反対に、ですか?」


 まるまる反対。上から下にあるのを逆さまに記すだけ。

 計算としては特別何かをしたわけではないが、式を言葉とすれば変わってくる。

 要は、『暗転』を反対にすれば『明転』になる、という単純な答えだったのだ。


「また忘れてたけど、色の知識さえあれば解けるんだっけ」

 

 ガタン、と音がしたので正解だ。奥に通路が続いており、先へ進めるようになっている。

 どうやら新たなドアができたらしい。

 アリスが教えてくれたので出ようとしたが、ふと耳を疑う金属音を聞いてしまった。


 ──ガシャン、ガシャン……。


 これは、あれだ。

 鎧の魔物が、何体も来ている。


「いきなり絶望的になったね……?」

「そ、そんな冷静に言わないでよ?!」


 とにかく出入り口があるらしいので、ここから脱出しなければならない。


「ドアを出たら左。そこから中央に戻れば……って、見覚えないね。ここはどこかな?」


 廊下は同じだが、道順が全く違う。

 まっすぐな道ばかりのはずが、迷路のように入り組んでしまっている。


「いくら仕掛けがあっても、ここまで変わる?」

「同じように見えて、違う場所ってことはねえのか?」

「そういう可能性もあるね……」


 ひとまず、まだ魔法陣は発動できないということは分かった。

 きっと反対側をどうにかすれば、発動のための手がかりが浮かぶはず。

 それまでのレイたちは迷路を利用して、鎧と魔物を撒くことに集中することにした。


 ◇◆◇


 レイたちと別れ、反対側の廊下に来たミリアたち。

 しばらく辺りを探していたら、「近くに仕掛けがある」とサリーが声をあげた。


「た、たぶん、そこの左……!」

「ここ……あ、本当だ」


 壁付きの引き出しの中に、黒いカードを発見。

 魔法語で『不安』と記してあった。


「『不安』……黒のイメージは『遮断』だから、先がないってこと……?」


 消去法で合っているはずだ。

 黒いカードを手にしてみると、この下にスペースができた。

 しゃがんで確認してみると、黒と白のペダルが一つずつあった。


「これは……どっちかが正しいのかな?」


 どちらかが間違いとも言える。

 傍には骸骨のマークがあったりして、より簡単に押せない圧がかけられている。

 サリーに聞いても、ヒントらしいヒントはない、とのこと。急ぎたいのに急ぎづらい状況となってしまった。


「ど、どうしよう……とりあえず、押した方がいいけど、どっちを押せば……」


 祝の魔法でもどちらか分からないなら、本当に運頼みということなのか。


「……ううん。必ず脱出できるなら、それは違う。カードに関係があるのかも」


 いきなりの運要素を否定して、ペダルの観察に戻る。

 『遮断』が関係しているとなると、実は見えていないところがあるのだろうか。

 しばらく悩んでいたミリアは、最終的に白が正解だと判断した。まだ決定しきれてないが、あまり悩んでいる時間はない。


「やっぱり、『遮断』を『透過』に変えるはずだから……」


 理由は単純なものの、脳内を無にしてミリアはペダルを踏んだ。


 ──カタン。


 途端になった仕掛けの作動音。間違って詰みということはなさそうだ。


「あ、あの、こっちから、金属の塊が……!」

「金属……鎧の魔物……!」


 奥に道ができていたので、そちらへ向かう。

 ドアの先に出て逃げようとするが、全く見覚えのない景色が目の前にあった。


「広い……行き止まり?」


 道が一つも続いていない。

 まさか、押すペダルを間違えたのだろうか。


「……まずは鎧の数を減らさないと」


 初めの一体から槍を奪いとり、サリーに渡す。

 扱い方は知らないだろうが、ないよりはマシのはずだ。


(ここからは天井の魔物が見える……)


 幸い高くないので、矢は届くはずだ。


「サリーちゃん。どこかに逃げ道がないか部屋を探してくれますか?」

「あ、はい」


 鎧が出てきたら槍で守りながら逃げるよう言って、ミリアは天井の魔物を狙う。

 上手く撃ち落とせば矢を回収できるので、思ったより長く持つかもしれない。

 退路ができるのを待ちながら、ドアにひしめく鎧にミリアは立ち向かう。

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