八十一話 異変の連れ
燭台の火を別の蝋燭に移す。
壁付きのレバーを謎解きの答え順に引く。
正しい文法と発音で呪文を唱える。
皆で手分けした結果、早くも三つの部屋に鍵をかけることができた。この廊下で残る部屋は、カードのある紫とピンクの部屋のみとなった。
なので、まずは手前の方。紫の部屋から挑むことにする。
再び操られた鎧が来るはずなので、対策のために使えそうなものを部屋からかき集める。
アリスとキーにいろいろと頼み、しばし床と再会。
アリスの残した灯火を眺めていたら、準備に協力していたミリアがふと思い出したように声をかけてきた。
「気になってたんだけど……」
「ん? どうした?」
「レイくんの髪と瞳の色って、呪いと何の関係があるの……?」
少し迷って口にするのは、呪いの話を切り出したからだろう。気を遣わせてしまったようだ。
「ああ、これは呪いというより、かかってた魔法がとけただけだよ」
「……? 自分で魔法をかけて色を変えてたの?」
「うん。だってさ、これ。めちゃくちゃ目立つからね?」
「あ、そういうこと……」
確かに、こんなきらきらとした白銀……それも、虹が混じってる髪なら、目立ち過ぎて居心地が悪いだろう。常に変えているのも納得である。
「でも、どうやって……?」
「お馴染みの『夢氷』だよ。髪と目の色、髪の長さを、まとめて反転させたんだ」
「『夢氷』……あれ? でも、法則の書き換えは一つしかできないって話じゃ……」
ここまで覚えられているとは思わなかった。
書き換えは一つ。それはこれを差し引いた分だ。
「……実はの話なんだけど、髪と目を戻したら『夢氷』による法則の書き換えは二つ分できる。つまり、本来なら一度に二つの法則を書き換えられるんだ」
「それなのに、髪と目に使うの……?」
「だって、外に出れば一日中、必要以上に注目されるんだよ? かけ直すのも案外大変だし、色を変えたままの方がいろいろと都合がいいんだよね」
貴重な書き換えを容姿に使う人はあまりいないだろう。
ただ、ミリアも人目が苦手なため、その理由に深く共感した。
「今まで特に困ってないし、本当にまずい状況にならない限り解くつもりはないよ。……まあ、今回は例外だけど」
意図せず魔法がとけてしまったことが、気に食わない。
レイは、そう不貞腐れていた。
これがなければ見た目や呪いを隠せたのに、何とも上手くいかないものである。
「……髪、綺麗だけどね」
「どうも。……褒められるのは素直に嬉しいよ」
ただし、人前で輝きまくるわけにはいけない。なので、色に関しては断固として隠させてもらう。
それからミリアが手伝いに行くと離れて少し。
かき集めてきたもので塀を作ったりして、重い鎧が通過できないように一工夫を終える。
「ね、これ! さっきの糸を上につけたよ!」
こちらに駆け寄ってきたカナタが指すのは、ドアのある壁の上方。
どうやら、先ほどの鎧についていた糸を、壁の装飾部分にぐるぐる巻きで取り付けたらしい。
キーの助言で緩く垂らしてあるらしく、部屋に入ってからつんのめる仕組みのようだ。
「一気に入って来れないように遮れるし、数が増えるほど糸を絡められるかもしれないね」
「だよね! あたしと師匠の力作ってことにしよ!」
るんるんで師匠に報告しに行くカナタ。
一応、懸念があるとすれば糸の強度だが、あの鎧を支えているぐらいだ。数さえ増えなければ、十分に足止めができる。
「それでは、取りますね」
アリスにカードを任せて、皆は鎧を待つ。カードが展示台から離れると、廊下からいくつもの金属音が現れた。
ぞろぞろと列を成し、槍や剣を振りかざす。
青の部屋より多い気はするが、展示台の手前まで来ると不自然に停止。これ以上進めず、その場で手足が浮くのみとなった。
「やった! これなら囲まれないもんね!」
カナタは鎧の足を次々と払う。そのまま起き上がれなくなった鎧を利用して、キーが操り糸を絡ませて行った。
まだ後ろから鎧は来ているものの、相当な足止めをくらっている。操る魔物も上位ではなさそうなので、ここはまとめて力を削がせてもらおう。
「これならまとめていけそうだね。アリス、お願い」
「はい」
天使の祈りは魔力によるものではない。
カンテラに祈りを込めて、その揺らぎを部屋いっぱいに届ける。暖かな灯火を知った魔物は、戦う理由を失った。
やがて、全ての鎧は動きを止める。数体だけ落ちてきた魔物は、安息に身を委ねていた。
「これで鎧は封じられた。……ということで、どかさないとね」
罠は便利なのだが、出入り口が塞がってしまう。
ひとまず武器をどかし、積み上げられた鎧を人一人分だけ撤去。そこを通って廊下へ出る。
「ドアが閉まれば良いし、このまま押し込んじゃえ」
「了解です!」
全員ドアの外に出たら、強引に閉める。何本か糸を頂いたので、次も罠が張れるだろう。
「よし、次も同じ方法でいこう」
攻略方法を確立したので、あとはひたすら部屋の鍵を閉めて回るまで。
ピンクの部屋へと移り、再び同じ罠を準備した。
◇◆◇
紫の部屋のカードは『蝕既』。魔法のイメージは『変幻』。
ピンクの部屋のカードは『魔物』。魔法のイメージは『自由』。
五つの部屋の仕掛けを全て解くと、次は今までで一番長い廊下へと差し掛かった。
再び左に曲がった右手側には、合わせて十の仕掛け部屋。手分けをしても時間はかかりそうだ。
カードの部屋以外は再び別々で解く。そう話がまとまり、しばらくした頃のこと。
二つ目の部屋を解いたミリアは、次の部屋へ向かう。次のドアはカードの部屋だったので、その次のドアを開いた。
そこで、思わぬ光景を目にすることとなった。
「……ご、ごめ……ごめんなさい……追わないで……お願いだから、もう来ないで……」
必死に囁かれる許しを求める声がする。掠れた、か細い声。ここまで怯えてしまうとは、いったい何があったのか。
とりあえず、ミリアは無害だと証明するために、立ち止まって声をかけた。
「大丈夫ですか? えっと……私は魔法会から飛ばされた魔法使いです。敵ではありません」
「……まほう、かい……? 魔法使い……」
聞き慣れた単語によって、味方だと理解する。
落ち着いてきたのか、懇願する囁きはぴたりと止んだ。
「ほ、本当に魔法使い? 声を真似してるだけじゃ、ない?」
「あ、はい。本当の魔法使いです」
隠れていた魔法使いが、そっと暗闇から顔を出した。
ミリアの姿を確認すると、ようやく安堵に息をつく。
じりじりと部屋の奥から出てきて、徐々に警戒を解いていった。
「やっと、人……化け物じゃない……人……」
うわ言のように何か呟いている、その魔法使い。その人をよく見てみて、ミリアは、あっ、と声をもらした。
この魔法使いは、先ほど魔法会にいた三つ星魔法使いだったのだ。
揉め事になっていた時から内気な印象だったが、今ではさらに縮こまってしまった様子。
目に光がないのもあって、魔法会にいた時と比べると別人のようだった。
「……あの、何があったのか、聞いても良いですか?」
「あっ……わ、わかった」
その魔法使いに仲間がいることを伝えて、皆のいるところまで連れていく。
その間、「人、人……」とずっと繰り返す。よほど気が動転している。ミリアは一層、何があったのかが気になった。
レイたちのところへ着くと、安全が確保されたと感じたのか、三つ星魔法使いはヘナヘナと座り込んでしまった。
アリスが灯火で癒し、落ち着かせる。
それから深呼吸をたっぷりすると、小さな声で怯えていた理由を話し始めた。
「ば、化け物がいたの。透明なのに、剣とナイフを振り回す、化け物……どこから来るのか分からないのに、ずっと追っかけてきて、一人ずつ、さらっていったり、切りかけたり……わ、わたしは、最後の一人。他の人は、さ、刺されて、し、し、死んでた気が……」
さっきまで目の前に映っていた光景に、がたがたと震え出す魔法使い。
大まかな話はしてくれたので、しばらくは休ませてあげよう。
「鎧だけじゃなかったんだ……」
ぽつり、と呟くミリアは、あれだけ怯えてしまうようなものがいると頭に入れる。
刃物を振り回してくるとなる上に、姿が見えない。
どこから来るのか分からないとのことなので、おそらく神出鬼没ということ。
「魔法も使えなくて、武器もないのに……」
亡くなった人もいることに心が痛む。
丸腰なのに刃物で追いかけ回されるなど、悪夢が現実になった心地だろう。
「鎧の魔物とは違うのかな? 仕掛けがなくても動く……?」
「たぶん、ここのボスってところだろうね」
化け物がどういう存在なのかを気にするミリアに、先回りしてレイが仮定を告げた。
「ここの……?」
「おそらく、この異変の原因でもある。建物自体、異変の影響でできた可能性も高いね」
つまり、建物の中に化け物がいるのではなく、化け物がいるから建物がある。そういうカラクリというわけだ。
「ぼくらは幸い遭遇していないわけだけど、そろそろ狙われてもおかしくない。いきなり刃物で切りつけてくるなら、うかつに行動するのは自殺行為……」
ミリア達は魔法が使えずとも戦えるが、それでも飛んでくる刃物は危険すぎる。先ほどまでの鎧と同じようにはいかないだろう。
だんだんと道が閉ざされているように感じたミリア。
だが、諦めるにはまだ早いと、レイが推測を続ける。
「でも、これだけ仕掛けがあるってことは、どこかに逃げ場があるはず」
絶体絶命ではない。
そう断定できるのには、二つ理由がある。
一つは、これが魔法時による異変だということ。
魔法時の異変は人が死ぬようなことは基本的に起きない。ロストンの不幸は例外であるが、それもハピエストがいれば起こり得なかった。
つまり、何かしらの対処ができるはず、ということ。
もう一つは、何人かが連れ去られたということ。
皆殺しにされた訳ではないので、その化け物とやらには別の目的があるはずだ。
それを突き止められれば、回避する方法も見つけられるかもしれない。
「どちらにしろ、仕掛けを解いていかないとヒントだって見つからない。だから、一時的に隠れられる場所があれば良いんだけど……」
ずっと部屋を行き来してきたが、そういうところは見つかっていない。
さらには、仕掛けを解くと部屋の鍵がかかる仕様になっている。
隠れられるどころか、むしろ、徐々に逃げ場を失っているのが現状だ。
「とりあえず、今のうちに部屋と廊下を調べよう。ひょっとしたら隠れるところがあるかもしれない」
「うん」
皆にも伝えて、まずは安全確保を試みる。
三つ星魔法使いの子にも協力してくれないかと尋ねると、顔色が悪いながらも頷いてくれた。
「それで、どこに行けばいいんだ?」
「そうだね……まずは全てのカードを調べよう」
「了解」
やはり、カードの意味が気にかかる。ヒントもそこに隠されているはずだ。
(最初が『流動』、次が『変幻』、『自由』……それから、緑の『因果』から転じて『調和』、黄色の『奇譚』から転じて『偶発』。総合して読むと、紫以外は魔法時の現象として当てはまる。けど、紫は『蝕既』と『変幻』……これは、まるで何かが異変の形を変えたみたいだ)
全ての色のカードがあるのなら、ただの偶然だろう。意味の考察がいらないのなら、それでいい。
だが、もし、そうでないとなると……。
開かれたドアの先は何もかもが黄色の部屋。それが物語るのは、レイの深読みの正否。
この部屋は、先ほどの『奇譚』を表す部屋ではない。
もう一つの意味がある、全く別の黄色の部屋だ。
近寄って、カードの絵柄と文字を確認する。
描いてあるのは、美しい花から醜い魔物までが一体となった絵。
そして、そこに書かれている文字は──
「『混沌』……から転じて、『交錯』。……はは、やっぱりね。嫌な予感ほど当たるものだよ」
『交錯』というイメージは魔法ではない。
魔法ではないなら、何か。
その答えは、ただ一つ。
そう、魔術だ。
「魔術もあるってなると、いよいよ確定だ。ロストンの隠し部屋と、クリアマーレのものに似た鎧。そして、マウリス研究所でシスイさんが持ってた、魔力を封じる呪い」
この建物がどこのものかは知らないが、きっと同じような経緯で存在しているだろう。
レイは、はっきりと結論を下した。
「おそらく、ここは世界中のものが混ざってできたところ。そして、この異変は想定外に何かを引き込んでしまった」
その何かというのは、呪い側のこと。つまり、魔術師だろう。
そして、三つ星魔法使いが教えてくれた化け物は、魔術師が作り出した魔物のこと。その心当たりが、レイにはある。
──『これにより、この魔物は魔術へと適応し、呪いの具現が可能だと判明した。また、適応した魔物の名、および、呪いの名は『miasma』と記録しておく』
『miasma』。フラハティ研究所で見つけた、あの資料に載る魔物だ。それが化け物の正体。
これによってレイたちは魔力を封じる呪いにかかった。
ならば、この魔物をどうにかするまでが脱出ということになる。
「さすがに魔力を使えない状態で倒せ、とはならないはずだし……この部屋を全て解いた時に何かが変わるんだ」
それから、もう一つあったカードの部屋に移動。
こちらは真っ茶色な部屋で、カードには『拒絶』の文字とともに仮面の絵が描かれていた。
『拒絶』から転じる魔術のイメージは、『輾転』。
これは使える部屋のはずだ。
さっそくミリア達を呼びに行く。
皆を連れて、茶の部屋にたどり着いた。
隠れる場所を探そう。カードを取れば、分かるはず。
解決策は目の前にあった。だが、先に背筋の凍る音はした。
何かが通り過ぎて、壁に勢いよく突き刺さる。
狙われたのが、反射的に仰け反ることのできるカナタだったから、無事だった。
振り返っても、誰もいない。
けど、その周りには剣と、ナイフ。異質さを焼き付けるように、あらゆる刃物が並んでいた。
「……! 部屋に! 早く!」
我に返って、先を急かすレイ。
慌てて駆け込み、ドアを閉めたら、無理やりこじ開けようとして来る。
力の強いカナタがドアを塞ぎ、なんとか一時凌ぎはした。
が、それも長くは続かないだろう。
「アリス、カードを!」
「はい」
差し込まれたナイフを後目に、展示台のカードが取られるのを待つ。その間に隅に置かれた重そうな棚を運んで、時間稼ぎの準備をしてもらう。
そして、取られたカードが起こした仕掛け。迷わず皆で飛び込み、正解であるよう願った。
その後、部屋に入った魔物が取った行動は──




