八十話 脱出ゲーム
黒い廊下にドア二つ。
こちらへ来てと言わんばかりに、スポットライトが当てられる。
そこから突き当たりまでは、やや遠い。反対側の通路は行き止まりとなっていた。
「一方通行だし、部屋に入ってみる? 見たところ、さっきの部屋と似てる感じだし」
「ゾンビがいたりして……」
ロストンで染みついた、『ドアにはゾンビの法則』をまだ覚えていたようだ。
ミリアが弓矢を構えて、そっとドアから離れる。
「え、ゾンビ、いるの!?」
「いない、いない。ロストンの亡者は魔力がないと動けないから」
お化けの無理なカナタに、必ずいないとレイは念押しする。
むしろ、魔力もないのに動いたら怖いどころではない。魔法時の後だからという場合もあるが、それだったら異界の魔物が現れるはず。
ゾンビやお化けは確実にいないなら、とカナタは勢いよくドアを開けた。
「おっと、これは……」
「さっきと、変わらない……?」
黒い壁に、黒い床。
ドアの近くには段数の少ない階段があり、そこから先は広い空間に少しだけ家具が置いてある。
まさに、さっきの部屋をそのまま移したようであった。
「ちなみに、さっきも手がかりはなかったんだよね?」
「あたしと師匠で全部どかしたけど、なんにもなかったよ?」
「ふーむ……」
さらに次の部屋へと移動する。
やはり、模倣したような真っ黒部屋が出てくるだけだった。
「ま、まさか、脱出できないとか?!」
「それは、どうかな……これは単純に、ひっかけな気はするけど」
完全に閉じ込められた可能性も否定できないが、レイはおそらくそうではないと考えている。
理由はいくつかあるものの、一番は魔法時の異変だからということだ。
「異変だとなんで違うの?」
「これは勘としか言いようがないんだけど……魔力を封じて閉じ込めただけっていうのは違和感がある」
魔法時の異変というのは、魔法時の魔法が解けた時に起こるハプニングのことだ。
特定の魔獣が異常に増えたり、全員の靴下が片方だけなくなったり、一日だけ性格が真逆になったり……些細なものから重大なものまで、その規模は様々だ。
どれも深い意味はないので、そういう観点からすれば、今回も閉じ込めただけなのかもしれない。
ただ、それにしては、魔法使いにとって致命的過ぎる。魔力を使えないということが。
「魔法使いがどうにかできる程度でしか異変は起きない。けど、明らかに普段と違う。今までみたいに『意味がない』では、済まないかもしれない」
一通り変化がないことを確認してもらい、部屋から出る。
次のドアは、突き当たり左を曲がったところにある。
今度も一本道が先まで続いており、さらに長い通路。そのまま直進。角を越えようとしたが、その足先には金属の格子が落ちてきた。
「危なっ!」
狙ったようなタイミングであったものの、刺さっていたらと思うと肝が冷える。
「カナちゃん、怪我してない?」
「う、うん。大丈夫!」
今はカナタも蘇ることができないので、迂闊な前進はしない方が身のためだ。今後は仕掛けがあると警戒しないといけない。
「……通路を塞がれた以外には、特に変化なし。となると、部屋の方だね」
戻ってもらって、手前から順に部屋を確認する。
一つ目は変化なし。
二つ目も変わらず。
そして、三つ目。初めの部屋はというと……。
「なんだこれ……」
青い壁に、青い床。青一色になった、元真っ黒部屋。
さらに、目の前には高価な展示台が追加されている。
おそらく、ヒントになるものだろう。あからさまな演出をするものである。
「ロストンの時を思い出すね。あそこの隠し部屋も色で分けられていた。……まさか、あの隠し部屋は作られたものではなかった? 魔法時の後にああいう風になったとしたら、今は同じ異変が襲来している……それか、ロストンの異変でできた隠し部屋が、何かと混ざった可能性。同じではなく、続きのようなもの……」
少なくともロストンの隠し部屋では魔力が使えた。そう考えると、後者の方が正解に近いだろう。
考察はさておき、この青い部屋はなんなのか。
展示台のガラスケースに近づき、中にあるものを確かめる。
「これって、カード? ごちゃごちゃした絵が描いてあるね?」
「カナちゃん、気をつけて。何か罠があるかもしれない」
上下左右、全ての方位を警戒して、カナタにカードを取るよう頼む。
「じゃ、取るね!」
ガラスケースに手を伸ばし、中にあるカードを手に取った。
──ガタン
やはり、罠があった。
何かが外れる音がすると、真っ青だった部屋が再び黒に戻る。
そのまま耳を澄ましてみれば、ガシャン、ガシャン、と金属音が近づいてくる。
音の方向は、後方。
ちょうど、ドアのある方である。
そして、最後にガシャンと鳴らし、金属音は止まる。
ひとりでに開いたドアの向こう側には、全身銀色の甲冑兵の姿が確認できた。
「あれって、クリアマーレの鎧じゃん! なんで、ここに?!」
「あれがクリアマーレのものかは知らないけど、あの槍で刺されるのは遠慮したいね」
鎧の音は、まだ続いている。
入ってきた鎧の数は、十体ほどだろうか。
人数不利な上に、あちらは武器も防御も完璧。出入り口も鎧で封鎖されているので、倒しきらないと突破は不可能だ。
「じゃあ、みなさん、よろしくお願いします!」
「レイくんが何もしてないのって新鮮……」
「うっ、ぼくは、カードでも眺めてるよ……」
キーに下ろしてもらい、床に置かれたカードと睨めっこ。
アリスが灯火で明るくしてくれたので、ここからでも観察するのに申し分ない。
占いに使われるような絵柄と魔法文字に、レイは様々な考察を充てていった。
「さて、あたしは超華麗なバトルでも、披露しちゃおっかな〜! 師匠とミリちゃんは手出し無用で!」
屈伸と伸脚で身体を慣らし、カナタはやる気満々で前に出る。
活躍シーン到来とばかりな様子で、手前の鎧に突進した。
「超華麗……」
「ダサいな」
急接近して翻弄し、生じた隙に蹴りを入れる。
その流れに一切の滞りはなく、確かに華麗なバトルであった。ただ、少し言葉選びのセンスがなかっただけ。
「あっ、しまった……! ちょちょちょっと待って待って! 間違えた! 間違えたんだってば!」
「何やってんだ……」
調子に乗ったのか、形勢逆転を強いられている。
このまま観戦しているわけにはいかない。
キーは回り込もうとした鎧から槍を奪い、ミリアは留め具や関節を狙って矢を射った。
「うう……せっかく活躍シーンだったのに……」
手近な鎧に八つ当たり。
打撃を与え、手足の部分をバラバラにする。
武器はほぼほぼ回収したので、あとは鎧を解体する作業だ。
「……そういえば、この中身ってどうなってんの?」
「少なくとも、人じゃねえな」
試しに頭の部分を下ろしてみる。
すると、なんと中身は空っぽ。
鎧を操る者はおらず、ただ伽藍堂が襲いかかってきていただけのようだ。
「で、で、でもどうやって?! まさか、お化け……!」
「それは……違うと思います」
じっと一点を見つめていたミリアが、首を横に振る。
その視線の先には、一つだけ垂れ下がった鎧の腕部分。
何故か浮いている上に、矢が当たっただけで槍を手放していた。
近寄って、鎧を手に取る。
引っ張ってみたら、突っ張った。
その方向は上。ミリアは浮いた鎧の肘に手をやって、あるはずのものを確認した。
「やっぱり……」
細く、透明な一本の線。重い鎧を支えるくらいには頑丈で、遠くから操作できるぐらいに長い。
どうやら、甲冑兵は糸によって操られていたらしい。これなら中身がないことにも納得である。
空っぽだった仕組みを知ったところで、この鎧をどうするべきか。
しばし思案したミリアは、持てる力で鎧を精一杯引っ張った。
カコン、と軽い音が鳴って糸の繋がった板が床に落ちる。それに続いて、落下してきたのは、黒い不格好な生き物。
ヨタヨタと木の板の真上までを必死に羽ばたき、そこに力無く覆い被さった。
「鳥……? 馬……?」
「ヘンテコというか、バランスがバラバラというか?」
なんとか立った謎の生き物は、四本足のある馬にも見える鳥だった。
全身真っ黒な上に、針金を軸にしたのかというほど不自然に細い。翼は左右で大きさや高低差も違って、馬のような頭にくちばしが付いている。
なんというか、見ているだけで嫌悪感を催す見た目。それが糸を操る犯人であった。
「魔獣には見えないし、魔物……?」
「一応その分類で問題ないはずだよ」
謎の生き物の正体を突き止めたいミリアに、レイは肯定する。
魔物としか言いようがない。
そう断定する反面、魔獣とも魔物とも違う歪さがどうも不可解であった。
魔獣といえば、魔力を持った生き物のこと。獣と付くものの、毛があろうがなかろうが生物であれば魔獣となる。
対する魔物は、魔力は持って動くものの、生き物ではなく概念や意志が形を持った存在。欲や感情から生まれる悪魔と似ているが、その位置付けは魔獣の方が近い。
これらのことから、あれは魔物だと判断される。
鳥と馬が合体した感じなので、魔獣とも言い張れるは言い張れる。
ただ、生き物とするより魔物とした方が、あの不格好さにも説明がつくだろう。
「けど、魔物とも少し違う……魔法時が介入した可能性……」
「ね、とりあえず倒してもいい?」
「……いいよ」
考えるのは後でいい。どうせ嫌というほど会うはずだから。
カナタは魔物に槍を突き立て、絶命させた。
さらさらと黒い塊はもやになっていき、やがて、原型を失った。
「ありがとう。ひとまず一難は去ってくれたね」
罠は鎧だけだったようだ。もうこの部屋で何か起こることはない。
あっという間に鎧を倒したカナタ達に、心強さを感じるレイだった。
「わりと楽勝だったよ!」
「ミスってたけどな……」
「師匠! そういうこと言わない!」
ぷんすこ怒るカナタをいなしながら、槍を手に取るキー。一本持っていくようだ。
「お持ちしますね」
「お、了解」
キーはレイの運搬係なので、アリスが代わりに槍を持った。
「アリス、大丈夫? 持てる?」
「はい、これぐらいなら大丈夫です」
なんと、アリスに武器を持たせてしまっている。これは早急に先を目指さなければ。
部屋を出て、ドアを閉めてもらうと、その部屋には鍵のかかる音がした。もう何もないからなのだろうが、わざわざ締め出す意味はあるのだろうか。
「部屋に鍵がかかるなら、もう二つの部屋もかかってるのかな?」
「あたし、開けてみる!」
カナタが率先してドアに向かう。
ドアノブに手をかけると、つっかえなく下がった。
まだ鍵はかかっていないらしい。他の手がかりが隠されているかもしれない。
「部屋の色は変わってないし、このカードとは違うらしいね」
「そういえば、そのカードって何が書いてあったの……?」
「このカードには魔法語で『流転』って書いてあったよ。絵も水が渦を巻いて、天地を巻き込む様子が描かれていた。さらに、部屋が真っ青だったことも考えると、魔法のイメージカラーがヒントになってきそうだね」
「あっ、ロストンの時と同じ……」
青のイメージは『流動』。どちらも流れる様子を表している。今は何に使うか分からないが、色に関係するものなら他にもカードがあるかもしれない。
ただ、この部屋は色が変わっていないので、別の仕掛けが潜んでいるはずだ。アリスに部屋全体を明るくしてもらい、変化がないかを隈なく調べる。
「……ん? キー、ちょっと止まって!」
なんだか、今、変だった。
そこにかけられた、三枚の絵画。真っ青になった最初の部屋にもあったが、一つだけ微妙に位置がずれている気がする。
「アリス、そこの左端の絵を右に…………そう、そのくらい。その位置でかけて」
近くにいたアリスに頼んで、絵を正しく並べてもらう。
すると、廊下の方からガコンと仕掛けの作用する音がした。
「わりと単純な仕掛けだったね」
「っつーか、よく気づいたな……」
同じく壁を眺め、絵画にも見覚えがあったキーだが、さすがにわずかなズレは見抜けなかった。
記憶力が良いとは知っていたが、ここまで来ると逆におかしい。己の脳が平均的だと、謎に正当化するキーだった。
「けど、あれぐらいのズレはしっかり見てないと逃しそうだよ。見つけさせる気があるのか疑うぐらい」
「脱出させる構造してんのにな」
「……鎧も普通の魔法使いだったら対抗できないだろうし、本当に脱出させないつもり? だとしたら、他の魔法使いが生きてるのかも怪しい……」
とりあえず部屋を出てみたが、見たところ、何が作動したかは分からない。
おそらく、壁の中の構造に影響があったのだろう。これは進んでみないと、仕掛けの種類も明らかにならなさそうだ。
「ここの部屋に仕掛けがあったことだし、この先は部屋全てにヒントがありそうだ」
「気をつけて進まないと……」
ミリアが不安そうにしているが、ここは是非とも任せて欲しい。戦えない分、何がなんでも記憶で活躍して見せるから。
そうして、次の部屋の仕掛けも解く。今回は魔法陣が床に描かれていた。魔力も使えないので不可解だったが、あっという間に突破できてしまった。
何故なら──
「魔法陣が間違ってる。時計回りで三つ目にある魔法語を七十三番目の方に変えて、その斜め下にある線をなくせば……」
「早い……」
レイの得意分野での勝負だったから。
アリスに代筆をお願いして魔法陣を直すと、再びガコンと音が鳴った。
そして、廊下へ出てみたところ、道を隔てていた格子が天井へと戻っていくのが確認できた。
「なるほど。部屋の謎を全て解くと、先へ進めるってことだ」
「あっちでガコンっていった!」
カナタが指差す先には、格子の先には部屋が五つ。
次は五つ目の部屋のところに格子が降りたようだ。
「あたし、あの部屋やる! 分担してもいいよね?」
「時間がかかりそうだし……ドアを開けっ放しにしておくならいいよ。あと、カードの部屋では絶対みんなを呼ぶように」
「はーい!」
いつまでかかるか予測がつかないので、カナタの提案に乗っかる。
仕掛けが解かれていないことを見るに、先に出ていった魔法使いたちのことも気になる。なるべく早く仕掛けを解いた方がいいだろう。
手順を知ったレイたちは、各々部屋へ謎を解きにいった。




