七十九話 知る者の自白
「レイくん、なんだ……?! ど、どういうこと? だ、大丈夫?」
「……」
困惑したカナタの声。
皆が、戸惑っている。それを知っているから、焦燥に駆られてしまう。
混乱が収まらず、どうして、なんで、と繰り返した。
──こんなことになるとは思わなかった。
確かに今回の魔法時は変だが、まさか、魔力が一切使えない場所に飛ばされるなんて。
この状況では曖昧にすることは難しい。諦めるべきだろう。身動きの取れないまま、レイはとりあえず口を開いた。
「あーっと……少しだけドジしちゃったね」
頬をかきながら、バツが悪いと目を逸らす。
当たり前のように隠し事をしていたので、その露呈は気まずいに決まっていた。
「ドジって、その髪と目のこと?」
「それもあるよ」
含んだ返しに、カナタが不可解な顔をする。
確かに髪と目の色の反転のこともあるが、もっと重大なミスがあるのだ。
「アリス、もういいよ」
「でも……」
「灯火は辺りを照らすのに使って」
「……わかりました」
カンテラに灯を焚べて、いくつかしかない照明の手助けをする。
暖かい炎にレイは安堵しつつ、視界の中にある白銀から目を背けた。
「状況を聞くけど、みんなも魔力が使えなくなったんだよね? キーはペドロも呼べない?」
「ああ。建物自体が外から隔離されてる」
「そっか。なら、誰かを呼ぶことも不可能……」
魔法会には異変が伝わっているだろうが、場所が隔離されている以上、発見するのにどれだけかかるか知れない。それを頼りにするよりは、自分たちで脱出方法を探した方が早いだろう。
「なら、空腹に耐えかねる前に動かないといけないねえ」
「お昼のサンドイッチならありますよ」
「あっ、持って来てたんだ」
「はい」
なんでもない会話をアリスと交え、自分以外に人がいると認めて、ようやく落ち着いてくる。
冷静にもなった気がするので、そろそろ放置した本題に戻ってもいい。
何がなんだか状況を読み込めていない三人に、落ちてきたままのレイは単刀直入な回答を寄越した。
「えっとですね……呪いなんですよ」
「……?」
「ぼくが、こうなってる原因」
「呪い……?」
アリスに手を支えてもらって、その証を浮かばせる。
そこにあるのは、悍ましい手が掴む黒い月。その中心で不動の文字と鎖は、禍々しい魔力を垂らし、瘴気を放っている。
これこそが、歯の立たない呪いの全容。切っても切れない、自由を縛る根源であった。
「の、呪いって……でも、レイくんは呪い解けるじゃん!」
なんのことか分からないなりに、カナタが指摘する。
呪いによって何かしらの不都合があるとして、これまで二回ほど解呪をしていたはず。
だが、レイは静かに首を横に振って、否定した。
「ぼくも万能じゃないわけでして……これは、魔法使いや魔術師がかけた呪いとは違う。生まれた時からかかっていた。いわば、ぼくだけに用意された厄介な呪いってところかな」
一言で言えば、魂単位でかけられた呪い。それは、魔法や呪術で解けるような代物ではなかった。
「レイくんでも解けないなんて……」
「呪いの専門家でも解呪は不可能だよ。呪いといっても、名ばかりのものだから」
もう十分だろうと、再び視覚的に呪いを消す。
わりと見ているだけでも、おかしくなりそうだ。
蠢くようなきもちわるさに、記憶から呪いを消しておいた。
さて、唐突な暴露をしたところだが、それがどうしたんだ、という話でもある。
本来なら話すつもりは微塵もなかった。だが、ここを脱出するまでには確実に迷惑をかけてしまう。そのためには誠意を持って、呪いについて話すべきだろう。
どこからどうやって、簡潔に事情を述べるか。
そう悩むレイよりも先に、黙々と考えていたミリアが核心に触れる疑問を呈した。
「たった一人、レイくんのためだけ………………もしかして、『杖』を探す理由と関係があるの?」
「やっぱりミリちゃんは勘がいいねえ」
聡明な彼女相手には、隠し事が無駄にも思える。
呪いと『杖』の話をすぐに直結させたミリアに、心からの賞賛を送りたい。
「うん、その通り。ぼくが『杖』を探すのは、この呪いを解くためだよ。呪いをかけた存在を殺さないと、呪いは一生このまま。だから、どうしても『杖』が必要なんだ」
「殺さないと……」
ためらいながら、反復するミリア。残酷な話に聞こえるかもしれないが、これはどう足掻いても譲れないところ。
それに、レイも私利私欲で決断したわけではない。もっと公然と言える、真っ当な理由があった。
「その呪いをかけた存在は、この世界の全てを呪おうとしている。ほら、クリアマーレやフラハティ研究所でも事件があったじゃん? あれも黒幕には必ずソレがついている。つまり、ぼくは、それらの事件の始まりに過ぎないってこと」
今まで隠していたのは、己の呪いのことが一番だが、危険であると判断したためでもある。
不用意に世界を揺るがす情報を与えても、恐怖と不安のみを感じるだろう。
彼女たちをそういう風に利用したいわけではないので、『杖』を探す目的についても伏せていたのだ。
そんな大仰なことが裏にあって、なおかつ世界単位の荒唐無稽な黒幕を明かされる。
それに、反応し辛そうな面々。
だが、ミリアは自分の中で落とし所を見つけたのか、いち早くレイの話に理解を示した。
「だから……呪いの事件には特に気を遣っていた。『杖』について切実だったのも、放っておけば大変なことになるから」
「そうそう。元凶に繋がってるからね。でも、安心して。ミリちゃん達には、旅の範疇でしか手を借りないから。一緒に事件に身を投じてくれ、なんて言うつもりは全くないよ」
すでに巻き込んでないわけではないが、カナタとシスイの決闘以外は見守れる範囲を保っていた。敵に覚えられても魔導師であるレイに誘導すればいいし、ただの一般魔法使いであれば目に留まることはない。
ひとまず、レイの事情について納得はできただろう。だが、こんな話を聞いたら逃げ出したくなるかもしれない。
三人はどう思っているだろうか。
レイが見上げて待っていると、一点の曇りもない真っ直ぐな瞳と目が合った。
静謐で真面目な、アメジスト。その持ち主は、普段より堂々とした物言いで、はっきりと否定を連ねた。
「そんなの、今更のことです。なので、私のことは巻き込んでください」
「……でも、これは命懸けのことだ。ぼくもミリちゃん達のことまで気は回せない」
そこを、つけ込まれる可能性があるし、そんな目に見えた弱点を背負うつもりは、さらさらない。
だから、ミリア達には関わらせたくない。そう現実を伝えようとしたが、ミリアは引かない態度のまま意見を続けた。
「……確かに、私はまだまだ未熟な魔法使いです。けど、自分の身を守れるぐらいには、弱くないはず。……それに、事情が分かった時点で逃げる、なんて薄情なこと、私にはできません」
何かを支えにして、ミリアは淀みなく言い切った。
関わらるな、なんて言わせない。そんな堅固な志であった。
「できません、か……」
これだけミリアが意思表明するのは、レイが少々突き放すような言い方をしたからだろうか。
少し無責任だったな、と、レイは発言を省みる。
特に、ミリアに出会った時のことを考えれば、手を引けなんて言われたくないだろう。彼女からしたら、今の居場所は唯一無二のはずだから。
「……ごめん。『杖』と呪いのためとはいえ、ミリちゃん達を部外者みたいに言っちゃった」
「大丈夫、です。むしろ、謝る必要は……部外者なのは本当だから……あっ、部外者なのに詮索を……」
徐々に萎縮していくミリア。先ほどまでの気丈な態度は一気に消えて、代わりに申し訳なさが前へ出てきている。
まだまだ自信を持つことには慣れていない。それなのに、勇気を出して伝えてくれた。それに応じなければ、仲間を名乗る資格などないだろう。
「……ありがとう、ミリちゃん。なら、これからも頼りにさせてもらうよ」
「……! はい……!」
気持ちが伝わったからか、ミリアは喜色満面で笑って頷いた。
「待って、あたしと師匠のこと忘れてないよね?! あたし達も協力するし!」
「おい、間違ってはねえが、人の名前を勝手に入れるな」
「え?! ミリちゃんとあたしが手伝うのに、師匠は逃げるんだ!」
「なんでそうなんだよ……」
師弟コンビも巻き込まれてくれる所存らしい。なら、好意に甘えてしまおう。
「まあ、どのみちキーには頼もうと思ってたけどね。魔法会から依頼されるわけだし」
「げっ……」
率直に嫌そうな表情。次いで、拒否の振る舞いをするキーは、その後、決まって渋々受け入れる。だいたい、そんな感じだ。
最初はどうしようかと思ったものの、案外ミリア達は大事にし過ぎず受け入れてくれた。
そのおかげか、気を取り直したレイ。まずは厄介な呪いについて紹介することにした。
「肝心の呪いの効果についてだけど……これからみんなの協力が必須になるってことは、先に謝っておくよ。特にキーにはね」
「俺かよ……」
またもや名のあがったことに、キーは微妙な反応を示す。
報酬は上乗せに上乗せをするから、と前置きをして、レイは呪いの効果を話した。
「この呪いは、ぼくの行動を制限するためにかけられたものなんだけど……端的に言えば、魔力が使えるようになるまでは、手足が全く動かないんだよね。だから、移動のためには誰かに運んでもらわないといけないんですよ」
「手足が……?」
どうりで座り込んだままなわけだ。動いていないわけではなく、動けなかったということ。
その事実を知ったミリアが深刻そうな顔をした。
両手両足が不自由だなんて、本当なら歩くことさえ困難。ましてや、レイのように旅や研究だなんてまともにできやしない。かけられた呪いというのは、かなり重いものということだ。
「普段はどうやって動いてるの……?」
「普段は魔力で動かしてる。実は浮いてるのも、歩くより楽だからって理由」
手足を動かしているカラクリを明かすと、ミリアだけでなくキーとカナタも驚愕した。
魔力というのは、魔法にしてこそ使えるものだ。素のままだとかなり扱いが難しい。
カナタも魔力を纏っているものの、それを動かすだなんてできる気がしない。ミリアとキーも魔力の扱いに長けているが、手足に沿って巡らし、さらに狙って動かすなど到底不可能、と結論付けた。
「魔力を直接扱えるなんて……さすがというか、なんというか……」
「ぼくだからできたってのは否定しない。けど、慣れればいうほど難しくないよ?」
実際、動かなければ生きていないも同然だ。
そんな状況なら、なんとしてでも脱却したいだろう。それが、当前の成り行きというものだ。
「動けねえってことは、つまり、俺に運ばせるってことだな?」
「うん。ご迷惑おかけするね」
「……しょうがねえな」
「どうも」
背丈の近いカナタや、体力のある方ではないミリアに運ばせるわけにはいかない。
もちろん、アリスはもっての外。この場にキーがいたことに、レイは最大限の感謝をした。
さっそく背負ってもらって、脱出するべく照らされたドアまで行ってもらう。
「そういえば、魔法会にいた人たちはここにいたの?」
「チラホラいた気はするな。ただ、魔力が使えねえって分かると、慌てて外に出て行った。一応、止めたは止めたんだが、錯乱してるせいか全く聞く耳はなかったな」
「チラホラ……つまり、キーがここに来る時には、すでにほとんどがドアから出ていった……」
今まで音沙汰がないので、敵の存在も確認されていない。
本当に何もないなら良いが、この静けさはかえって不気味だ。
魔法使いたちは何人かずつバラバラに出ていったようなので、安否に関してはなんとも言えない。
「丸腰なのに、一人で外行くって……パニックになったのかな?」
「さあな。何も分からないよりマシとか考えてんじゃねえか?」
それこそ混乱しそうだ。ここは全員待機からの地道な探索が正解である。
無事に生きているのか心配しつつ、真っ黒なドアを観察してみる。
唯一の進行方向である、この目立つドア。如何にもな雰囲気なので、十中八九ドアの向こうで何かが起きるはずだ。
「普通なら魔法が使えない時点で詰んでるし、そこまで大変な仕掛けはないと信じたい。ひとまず、戦うことになったら全力でみんなのことを頼らせてもらうね」
「レイくん、任せて! あたし、今までで一番無双できるし!」
魔法が使えないことで、ピンチながらカナタが張り切っている。
身体能力だけで戦うのは大剣を持つより得意らしいので、きっとどんな敵でも相手取ってくれるだろう。
「私も矢は持ってるので、ある程度は問題ないかな」
「俺は足役か。ま、殴るぐらいならできる」
弓使いの本領発揮を意気込むミリアと、元からタフさでのしあがってきたキー。さらに、灯火を準備しているアリスもいる。
なんとも頼もしい。レイにとってはおんぶに抱っこの、至れり尽くせりな仲間である。
「今回は完全にお荷物だし、仕掛けかなんかで挽回できるかなあ……」
今、使えそうなのは頭だけ。守られる側としては、活躍の場を欲するところだ。
そっと開けられたドアの奥を凝視。
レイはいつになく集中し、この黒い建物からの脱出に臨んだ。




