七十八話 異変か事変か
※三章からは水曜日、土曜日の週二更新となります。
紫色の空を眺め続けて一ヶ月。魔法時は数十年ぶりの記録的な長さとなり、未だ時は行方不明のまま。
嬉々として採集する魔法使いが絶えず、連日、魔法会は混み合っている。魔法時の素材は高値で売れるので、ここぞとばかりに稼ぐ人がたくさんいるのだ。
それに伴い、採集に行くため周囲に募集をかける者も増える。彼らは魔法時に乗じて、普段行かないような場所まで採集しに行こうとする。
そんなことをすれば、当然、問題が起きるわけでして……。
「何やってんだよ! 三つ星魔法使いなんだから、もう少し良識ある動きをしてくれ! 魔法だって遅いくせに、実用性ないのしか使わない。っていうか、毒消し持ってきてないとか、あり得ないだろ! 三つ星でそんなことも分からないのかよ!」
「で、でも、三つ星魔法使いで募集してたから……」
「そんなんで三つ星とか笑えるわ。初心者はお呼びじゃないんだよ。あと、使う魔法のセンスが無さ過ぎだろ。一つ星が妥当だな」
「……」
一方的に責められる、三つ星魔法使い。
なんとなくだが、この人は三つ星に昇格したばかりに見える。おそらく採集地のことも知識不足で、募集だけを頼りに入ってしまったのだろう。
確かに怒鳴られている側の落ち度もあるが、それだけが失敗の原因ではないはずだ。
「だいたい魔法がおかしいんだよ。なんだよ、あの当てずっぽうの火は! あんなの使ってるのが悪い──」
「魔法の批判は良くないなあ。これを使えって規則はないわけだし」
「は?」
割って入ったのは、ぶかぶかローブに包まれた少年。
遮られた側の魔法使いは、急に現れた第三者に思わず無言となった。
「近くで会話を聞いてたんだけどさ。魔法がおかしいから悪いって、あまりにも理不尽な言い分だよね? その人がどんな魔法を使おうが、きみに口出しできる権利はない。それに、なんだっけ? 一つ星魔法使いが妥当……だったっけ? 魔法会で試験を受けて三つ星になったはずなのに、勝手な主観で他人の価値を決めるのは違うんじゃないの?」
「そ、そんなの知るか! こっちは騙されたんだ!」
「騙された、ねえ? ……ああ、確かに、採集のために魔法薬を持参してないのはよくないよね。それは、この人にも落ち度はあったと思う。けどさ、それを最初に確認してないきみ達の問題でもあるんじゃない? そんな風にやってたら、いずれ本当に取り返しがつかなくなるかもしれないよ」
募集条件が杜撰だったのか、そもそも三つ星魔法使いのレベルを見誤っているのか。条件から外れている人もいると想定するのは、採集の基本だろう。
それに、三つ星魔法使いまでは、安易に危険な採集地へ行くことはできない。ピンチになっても命に関わるようなことは少ないし、階位と対策が見合っていれば失敗しない。
つまり、一人に対してここまで責める状況というのは、準備不足だと公言しているようなものであった。
「……っ、好き勝手言いやがって!」
「きみ、勇気あるね……!? 魔法会の中で攻撃しようとするなんて!」
周りに人がいるというのに、中位の魔法を放ってこようとする。
慌てて書き換えを、と思ったら、大変ありがたい助っ人が現れた。
「それ以上はやめとけ。捕まりたいのか?」
「なっ……!」
レイの後ろで、またか、とため息を吐いていたキーだ。
こうやって後先構わず突撃するレイに慣れているので、こういうカバーもスマートにこなしてくれる。とてもとても頼りになる親友だ。
「ありがとう! キーさんは頼りになりますねえ!」
「いちいち煽てんじゃねえよ。どうせ首突っ込むのは治さねえってことだろ」
「うん、わかってくれて嬉しいよ!」
「ちょっとは悪びれろよ!」
どうしても夢の魔法だと受け身になるので、手が出る輩を止めるのはだいたいキーの役割だ。
レイが正義感のまま首を突っ込んだりしなければ良いのだが、当然やめる気などない。
そんなレイを放置するのも居心地が悪いらしく、なんだかんだでキーは手を貸してくれるのだ。
「おい、放せ……!」
「じゃ、二度と八つ当たりしねえことだ」
パッと手を離せば、悪態をついて場を離れていった。
あれで改心する訳はないものの、同じことを続けていればろくに成功しないと理解しただろう。少しでも理不尽な思考が減れば幸いである。
「あ、あの、ありがとうございます! わたし、まだ三つ星魔法使いのこと、知らなくて……」
「どういたしまして。きみも、できれば採集地を調べてから募集を受けるといいよ」
「次からは気をつけます……!」
ありがとうございました、ともう一度お礼を言って、新人三つ星魔法使いは掲示板へと向かっていった。
見物していた周りも一段落したのを認めて、視線を外す。
いつも通りの光景に戻ったとろで、もう三人もこちらへ合流しに来た。
「レイくん、一直線だったね! 気づいた瞬間いなくなってるし、いっつも二度見しちゃうもん」
「ごめんね、置いていっちゃって」
ちょうど魔法会の入り口付近に集まっていたのだが、そこから最奥の受付へと真っ先に駆けつけていた。
位置的に視界の端ほどしか映っていなかったはずだが、さすがのめざとさである。
「それより、こないだぶりのクリスタに行かないと! 水晶をかき集めて、ミリちゃんの矢を改良してあげたいし!」
「あたしも新しい技、磨く! 師匠に追いつけるように頑張らないと!」
出発進行、と掛け声をして、レイは入り口へ向かう。
アリスが水晶を入れるための籠を抱え、忘れられた飲みかけの紅茶を持っていった。
カナタもミリアの手を引いて、キーが呆れながら後を追う。
その一連の光景が起こる前のことだった。
突如、時計の針が高速で回転しだす。それに釣られるように、星の精や草花の光が巻き上げられて、どこかに吸い込まれるように消えていった。
やがて、不可思議な現象が落ち着くと、時計の針はピタリとあるべき場所で停止した。
現在の時刻は、九時二十八分。
世界にかかった、魔法時の魔法が解けた。
時を取り戻し、約一ヶ月ぶりの平刻。窓の外には、久々の青空と太陽が広がっていた。
「ああ……残念。魔法時は終わっちゃったみたいだ。せっかくクリスタで変異した水晶を探そうと思ったのに……」
研究素材が……と、項垂れるレイ。太陽の明るさと暖かみは好きだが、祭りの後のようでイマイチ複雑な気分である。
「今回は長い方だったろ」
「そうだけど……そうなんだけどね……?」
やっぱり後ろ髪は引かれるのである。この一ヶ月は本当にありがたい一ヶ月だったのだから。
うだうだと未練がましく思っていたレイに、放置を決めたキー。しばらく戻って来ないので、引っ張って移動しようかと検討する。
だが、なんとなく嫌な予感がしていた。魔法時が終わった直後といえば、一つ懸念するべきことがある。
「ってか、それより、異変だったか事変だったかの警戒した方が…………ん?」
「あっ」
同時に異変に気づいたレイたちは、足元の違和感に危機感を抱く。
魔法時の空に似た紫の光に、怪しい気配。
ミリアとカナタも気付き、周囲の人たちも慌てたように逃げようとする。だが、これは魔法でどうにかなるものではなかった。
「しまった……! こんなに早いなんて聞いてな──」
レイが言い終わる前に、声は届かなくなる。
そうして、魔法会にいた全ての魔法使いは、紫の輝きに飲み込まれて消え去った。
◇◆◇
暗い、暗い、広い部屋の中。
さっきまであった人の気配が、どこにもない。
(ここは……? まず、明かりを……)
そういえば、明かりの魔法を習った記憶がある。
ミリアはそっと呪文を口にしてみた。
だが──
(つ、つかない……)
呪文に不備があったのだろうか。もう一度、唱えてみるが火はつきそうにない。
それに、よくよく意識を向けてみると、魔力自体が反応していないことに気づく。
これでは、何回唱えても意味がない。ミリアは諦めて、視界のないまま場所を把握することにした。
何度も手で空を切りながら、掴めるものがないか探す。これでは歩くことすらままならない。
(そういえば、レイくん達は……?)
先ほどまで一緒にいたのだが、ここにはいない。
まさか、バラバラになってしまったのだろうか。
現在地が分からない上に、魔法が使えないとなると、魔法会に戻れるか不安だ。
(……触れるものがない……それに、もしかしたら床も、ない……? なら、どこを歩いて……っ?!)
おかしいことに気づいた瞬間、ガクン、と足下が落ち込んだ。
踏み外した足は触れる場所を失い、そのまま真っ逆さまに落ちていく。
(ま、まさか、このまま……?)
ぞっとする恐怖が全身を襲う。
どうしよう、どうすればいい?
焦って疑問だらけになり、耐えられなくなってミリアはぎゅっと目を瞑った。
◇◆◇
「ミリちゃん! おーい、ミリちゃん!」
「……?」
よく聞き慣れた、明るい元気な声が呼んでいる。
特に必死さや緊迫さは感じない。
何事もなかったと言わんばかりの、いつも通りの呼び声だった。
「カナタ、ちゃん……?」
「あ、起きた? 大丈夫?」
「う、うん……」
未だ心臓がバクバクとうるさい。
確かに落ちていた恐怖は残っている。
だが、どこも痛くはないし、怪我一つもしていないようだ。
いったい、あれはなんだったのか。
冷や汗を頬に感じながら、困惑してカナタの方を見る。
すると、青ざめているのを心配したのか、カナタは背中をさすりながら状況を教えてくれた。
「ミリちゃんも、やっぱり落っこちたよね? あたし達も同じだったんだけど、師匠曰く、どっか遠くに飛ばされちゃったんだって! どこかわかんないし、魔法が使えないから、大変なことになったみたい……」
「飛ばされた……」
周りを見渡してみると、黒い大きな建物の中にいることが分かった。明かりはところどころの蝋燭のみで、薄暗い。建物内の構造やデザインは見慣れないもので、不気味さと多少の無機質さを嫌に主張しているようだった。
知らない場所にいるということは、先ほどの暗闇が飛ばされている最中だったのだろう。
詳しいことをキーから聞いてみると、異変と呼ばれる魔法時の副作用に巻き込まれたとのこと。
別に特段変わったことでもなく、魔法時の恒例行事のようなものらしい。ミリア達が知らないだけで、世界のどこかでは毎度トラブルが起こっていたそうだ。
「こんなことになるのに知らなかったなんて……」
「いや……よく考えたら今回はおかしい。魔法時の終わった瞬間に起こることは少ないはずだ。そもそも……あれだけの人数が飛ばされる事態もないな。前は私物が変なところに隠される程度だった」
街の中で混乱がある程度のことが、枠外を超えて危機となってしまっている。
そういえば、レイも飛ばされる直前に焦っていた。完全に想定外だったのだろう。
「……あれ? レイくんはまだいないんですか……?」
思い出したところで、いないことに気がつく。
てっきりキーがいるので、すでに到着しているのかと思っていた。
「ん? ……そういや、異様に遅いな。一人……二人だけ逸れたってことはないだろうが……」
レイだけではなく、アリスの姿も見えない。
おそらく、あの二人は一緒にいるだろうと予測をつける。
ここにいないとなると、別のフロアにいるのかもしれない。
「探しにいくか」
「そうですね」
近くに一つだけドアがある。
そこだけ照らされているのが妙だが、ここを出ないと何も始まらない。
そうして三人でドアの外へ行こうとした時だった。
──ドサッ
後ろの方で、何かが落ちる音がした。
軽い感じではなく、そこそこの重さの……そう、ちょうど、人が落ちたような音だった。
「人が、落ちた……?!」
「まさか……」
それだったら大変だ、と三人は振り向く。
はじめに目にしたのは黒い影。
やがて、灯に照らされ、その姿が明らかとなった。
「人……! ……だ、れ?」
近寄ってみて、ミリアは立ち止まる。
考えるより先に足が動かなくなった。
あれは、誰なのだろうか。
あまりに人間離れして、そこに存在するのが不思議なほど。
あれは本当に人だろうか。そう問いたいぐらいであった。
ゆるく編まれた白銀の髪と、夜空を模したタンザナイトの瞳。
ひどく驚いた表情で青ざめているが、透き通るような白皙をも持っている。
瞬かれる目は宝石を散らし、きらきらと星屑のように輝く。まるで、そこだけが別世界として切り取られたようだった。
そんな、あり得ないぐらいに目を引く、謎の子供。
しばらく衝撃で立ち尽くすミリアだったが、ようやく誰なのか理解できた。
床に垂れた白銀の髪には何房か虹が混じり、その身を包んでいるのはぶかぶかの黒ローブ。
そして、何故かピクリとも動かないその人の側には、慌てて支えたアリスの姿があった。
つまり、この人物の正体はというと。
「レイ、くん……?」
「…………あ、あはは……なんか、いろいろと予想外過ぎるね、これは」
全くもって笑えない。そんな様子で、少年は乾いた笑いを口にした。




