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閑話 魔法語り

 積み上げられた分厚い本。見開きのノートにびっしりと書き連ねた文字。よく響く、ペンの音と紙の音。

 

 ──魔法会の一角に存在する、学習室。

 

 静か過ぎてあまり人気はなく、そもそも座学をしにくる人もあまりいない。そのため、テーブルの多くは空席ばかりなのだが、落ち着いて集中したい環境としては穴場。これは好機とばかりに、魔法初心者のミリアは一人、黙々と本の内容を書き写していた。


「精霊に対しての感応の度合いは、それぞれ違う……ただ、これが魔法の才能に関わることはなく、精霊を理解し得るかが、それに直結する……」


 採集のない今日は、ミリアにとって勉強のできる絶好の機会。

 図書館から本を十冊ほど借りてきたので、音読しながらノートに引用していく。

 

「感応の度合いが魔法に直結することはないが、他のところでは見られる……それは、人の髪や目などの色……」

 

 現在は魔法学校を離れているので、今までより自習が大事になってくる。

 先生がいるので遅れることはないが、早く魔法使いとして一人前になりたいので、こうして熱心に机に向かっているのであった。


「感応の度合いが高いほど色彩豊かになり、低いほど色に変化が見られない…………あ、だから、レイくんとカナタちゃんの髪は……」

「ミリちゃん、やっほー! どう? 捗ってる?」

「わっ……!」


 急に上から声が降ってきてびっくりした。

 反射的に視線を上げると、大きなローブが浮かんでいるのが目に入る。


「レイくん、や、やっほー……」


 軽いノリの挨拶をされたので、少々反応に困った。

 同じように返してみると、レイは嬉しそうに笑う。


「今日はどこやってるの?」

「今は、精霊についてです」


 レイは時々、ミリアの勉強している様子を見にくる。

 先生役をお願いしたからか、こまめに教えに来てくれているようだ。

 魔法学校から離れた今、実践と同時並行で勉強可能というのは大変ありがたいことだった。


「さっき読んだんですけど、レイくんとカナタちゃんの髪とか目って、精霊への感応が関係してたんですね。見かけない色だったから、ずっと不思議に思ってたけど、精霊が理由なら納得……」

「ぼくもカナちゃんも魔法系が特殊だから、他よりあり得ない色になるんだよね。ぼくなんて夢の魔法だから、特にそうだよ」

「綺麗な虹色だもんね……」


 不思議な色をした白銀の目。

 これは良くも悪くも目立つだろう。

 目の色に虹が差すなど、世界中を探してもレイしかいない。


「私とキーさんは普通だから、感応度が低い……?」

「まあ、そうなるけど、別に悪いことではないからね。例えるとすれば……染めやすい布かそうでないか、みたいな感じ」

「なるほど……」


 要は、色のみの話らしい。確かに自然の色が反映されるなら、染まりやすいかどうかが感応度になる。とても理解しやすい、噛み砕いた説明であった。

 精霊への感応の度合いを正しく理解したミリア。ノートに例えを書き込んでいると、傍らのレイが見開きの本を手に取った。

 ペラペラと数枚めくり、ざっと目を通すと元のページに戻して置く。

 そして、ミリアにとっての嬉しい報せをしてくれた。

 

「だいぶ基礎もしっかりしてきたみたいだし……もう少し進めてみよっか」

「……! 進められるの?」

「三つ星魔法使いにもなって、知識的にはもう一人前だからね」


 次の段階へ進められる。卵から孵った雛くらいにはなったということだ。

 自身の成長を実感しつつ、次の段階というのが何を指すのかを考える。

 基礎以上となると、難しくなるのだろうか。


「今までよりは簡単じゃないけど、ゆっくり一つずつ覚えていけば大丈夫。ミリちゃんなら、すぐ習得できると思うよ」


 とは言っても、魔法語の語順やら魔法陣の作図やら、難問が待ち受けている。一筋縄ではいかないはずだ。


「それじゃ、まずは魔法の仕組みを深掘りしていくね」

「は、はい」


 不安になりつつも、ミリアは頑張ろうと意気込んだ。

 夢の魔法から出てきたボードに注目して、レイの話に耳を傾ける。

 

「これからポイントになるのは主に三つ。呪文、魔法陣、魔法系の星図。まずは馴染みのある呪文から説明するね」


 『呪文』、『魔法文字』と書いて、その下に代表的な魔法語を連ねる。

 ミリアも同じように書きながら、今までもやってきた部分に疑問符が浮かんだ。

 単語や語順を覚える訳ではなさそうだが、他に意味することがあるのだろうか。


「ここに書いた魔法語の意味はわかるよね?」

「えっと、『火』、『炎』、『燃える』、『熱する』、『燃焼する』、だよね……?」

「そう、その通り。この単語は見ての通り、火に関する言葉を並べたものだよ。どれも火についてを表しているけど、微妙に意味が違う。こういうニュアンスが魔法にどう影響するかが、これから大切になってくるんだ」

「ニュアンス……」


 と言っても、どれもさして変わらない気がする。

 確かに雰囲気は違うのかもしれない。

 だが、明確に意味を違える訳でもないし、それで魔法が変化するとも思えない。


「まあ、違いなんてないって感じたよね?」

「あ、うん……」

「ぶっちゃけ言い方変えただけだし、そう感じるのも無理ないよ。ただ、呪文以外の要素が加わると、この微妙な意味の違いが大きなヒントになる」


 水、風、土の例も書いてから、次に『魔法陣』に線を引く。

 この魔法陣というのは、あまり詳しく習っていない。

 それ自体があるということは知っているが、いったいどんな役割をしているのだろうか。


「魔法陣は魔法を図式にしたものだよ。正確無比に描かれていて、魔導具や魔法薬、魔法雑貨、呪術なんかにも使われる。……けど、実際はあんまり目にしたことがないよね?」

「確かに、魔導具作りの時しか見ないかも……なら、魔法を使う時の魔法陣って、どこにあるの?」

「やっぱりミリちゃんは飲み込みが早いね。そう、魔法の魔法陣っていうのは厳密には存在しない。その理由は諸説あったりするけど、有力なのは魔法使い自体が魔法陣の役割を果たしているって説かな。ちなみに、これはぼくも正しいと思ってる」


 ここで疑問なのが、なぜ実証できていないのか。

 その理由は、人間を生きたまま魔法陣にしないといけないからだ。

 かつては試した者もいたのだが、切断しても彫刻しても不可能だったらしい。倫理観的に禁忌となったため、今では永遠の謎として残っている。


「とは言っても、魔法を作る時は魔法陣を想定するんだけどね。呪文が魔法の意味を呼び起こすなら、魔法陣は原理そのものを司る。つまり、魔法陣があると仮定しないと呪文が作れないし、その逆もまた然り。だから、魔法語の微妙な違いが影響するんだよ。呪文と魔法陣は噛み合ってないといけないから」


 どちらも欠かせないし、互いに釣り合が取れないと成り立たない。

 微妙な魔法語の違いや魔法陣の図式や紋様も、この調整をするためだという。

 それを追求することによって、オリジナルの魔法を生み出すことができるらしい。

 

 ここで新たに気になるのが、本当に全ての魔法が完璧に噛み合うのか、だ。

 何千何万と魔法は増え続けているのに、その全てが完璧な状態というのはあり得るのだろうか。

 

「それがねえ……不思議なことに、どんな魔法であっても噛み合っちゃうんだよ。もちろん、そこに到達するまでには莫大な時間が必要だけど、緻密に計算していくと必ず魔法として完成する。魔法の解釈が間違っていない限り、どんな突飛な発想でも形にできるんだ」


 だから、魔法には不可能がないと言われるのだろう。

 それに対する魔法使いの想像力や理解力が足りないだけであって、本当はもっととんでもないことができるのかもしれない。

 なんだか世界の真理に近づいた気がして、ミリアは一つ賢くなったと実感した。


「それなら、魔法が完成した後はどうなるの? 完成した後に呪文を変えるのは不可能……?」

「うん。噛み合ってる状態のはずだからね。ただ、完成した魔法には振れ幅がある。威力を高くしたり、数を増やしたり、呪文を省略したり……どこかを強化すると、どこかが弱体化するってくらいの誤差範囲なら調整できるよ」


 確かにロストンで斜面を駆け降りた時、レイの『甘い夢』の効果がスピードだけに振られていた。

 あれが誤差範囲での改変なのだろう。ああやって性質を変えられるように、既存の魔法でも個性が出せるのが良いところだ。


「さっき言った通り、魔法の魔法陣は存在しないから、はじめは呪文のみで魔法を成立させる。それから、魔法陣があるとどうなるかを考えるんだ。そうすると、魔法陣がどうやって描かれてるか、気になるよね? だから、ここで魔法系の星図が出てくるんだ」


 『星図』と書いたボードの空白に、レイは何かを張っつけた。

 

 金と銀で描かれた、たくさんの円と直線。

 魔法の紙の中で無限に広がるそれは、まるで星空をキャンパスにして描かれた画のよう。

 

 ただ、それにしては線が正確過ぎる。そして、その正体は絵なんかではないということは、ミリアも知っていた。


「これって、それぞれの魔法系の位置や関係を表したもの、ですよね? 自分の魔法系がどれに近いかも確認できる、精霊と星を掛け合わせた魔法系の星図……」


 この描かれた線の数々は、数億を優に超える果てしない幾何学模様なのである。

 それも、魔法系を星と図式で表したもの。

 終わりのない魔法系の存在証明が、この紙の中の世界一面に広がっている。

 

「うんうん、よく覚えてらっしゃる。一つ付け加えるなら、魔法系だけじゃなくて、魔法の原理も当てはめられるよ。だから、系外魔法の図式も含まれているし、魔法系と魔法の原理を同時に観るための図式でもある」

「魔法の原理……あっ」


 魔法の原理という言葉は先ほども耳にした。

 つまり、魔法を理解し、魔法陣を作図するために必要ということになる。


「そうそう。下位の魔法や簡単な魔導具とかだと、そのまま使ってるところもあるよ」


 詳しく解説をして貰うと、星図は魔法陣を作る基準になる図式だと分かった。


 星図に沿って、魔法系の種類や起こす現象などを判別していく。

 切り取って繋げて、計算して調整する。

 魔法語も書き込んで、釣り合いを取るように意味を込める。

 

 そうして魔法陣の隅々まで作図していくと、魔法陣が出来上がるらしい。


「そしたら最後に、魔法を起こすのに最適な魔法語を再び選んで、それを呪文にする。

 一から魔法を作ると、ざっとこんな感じの工程かな」

 

 要点を押さえられたボードの文を写し、魔法ができるまでの流れを掴んだミリア。

 まだまだ余力はありそうと感じたレイは、とある星図と魔導具の魔法陣を渡した。


「魔法陣の作図について学んだところで……この魔法陣なんだけど、何か解るかな? ゆっくりでいいから、星図と魔法語を照らし合わせてみて」

「……?」


 初心者に見せるには少々複雑過ぎる魔法陣。なぜいきなり難しい問題を出すのだろうか。

 そう魔法陣を見つめて、ほんの少し。


(………………あ!)


 慎重に眺めてみれば、難しくなんてなかった。

 正確には、ミリアには答えられる問題だった。


「魔導具の、ですよね? 私の弓の魔導具……」


 微笑んで頷いたレイ。

 回答が当たっているのを確かめたミリアは、再び精密な魔法陣に目を向ける。


 音と爆発、音色と流動、曲調と魔力、調律と強弱、拍子と矢数……。


 様々な言葉と図式が絡み合い、魔法が組み立てられていく。

 この円の中で、無数の可能性が一つになっていく。

 幾何学的な美しい模様が、洗練されたハープの演奏を想起させる。

 

 そんな、ため息の出るほど端麗な世界。

 ミリアは我を忘れて、すっかり夢中になっていた。


「すごい……! これってレイくんが描いたの……?」

「まあね。わりと本気で作らせてもらったよ。どう? ミリちゃんの要望に応えられたかな?」

「応えるというか、私の想像を遥かに超えてきてる……」


 確か、ミリアはハープと音の爆発についてしか言っていなかったはずだ。

 それなのに、ここまで突き詰めてくれたらしい。これでは、良い意味でミリアの要望から大きく外れている。

 こんな世界を自分のために作ってくれたのだと、ミリアはこれ以上ないぐらいの感動を覚えていた。


(コンセプトは……調節できる魔法の弓矢とハープによる演奏)


 どちらもミリアが特技であり、それを自由自在に扱えるという欲張りな魔導具だ。

 

(弓矢は威力と爆発の回数を調節できる。ハープは魔力によって操ることもでき、曲の流れによって様々な魔法を引き出せる……?)

 

 ただ、最後の部分は意味を上手く読み解けずいた。

 様々な魔法を引き出せる、とは何だろうか。


「ああ! それは言葉通り、曲に合わせて矢がいろんな魔法になるんだよ!」


 注目して欲しいところだったのか、前のめりでレイは教えてくれた。

 

「矢が魔法に……?」

「これ思いついたぼくを褒めて欲しいなあ! だって、気づいちゃったんですよ! ぼくって魔法系はあるくせに基礎の魔法は使えないじゃん? そんでもって、ミリちゃんは魔法系が上手く発揮できてない。それなら、ぼくが使えない分の魔法をミリちゃんに貸せばいいんじゃない? って話になって、そしたら、なんか上手くできちゃったんだよ! これって、ぼくがミリちゃんに魔法系をあげたってことになるんだよねえ」

「……ん? ……え、ちょっと待って!!」


 今、なんか、とんでもないことが聞こえた気がする。


 レイが使えない分の魔法系を、ミリアにあげた、とは?


 得意げなレイの表情からして、嘘でも何でもない。ただ有り合わせが優秀だっただけと言っているだけ。

 万事解決。めでたしめでたし。

 そんな楽天的な様子だが、他人に魔法系を譲渡するなど、見たことも聞いたこともない。夢の魔法が何でもできるとしても、さすがに『何でもできる』から逸脱しているのではないか。


「ぼくも本当にできるとは思ってなかったけど……まあ、こういうことも研究してるとよくあるからね! 結果的にミリちゃんは、魔導具伝いに魔法が使えるようになったってことだ」

「そんな当然のように……」


 魔導師兼、研究者の本気とは恐ろしい。

 魔法系はどうしようもないとか口にしていたはずなのに、半分くらいどうにかできてしまっている。


「まあ、そもそも魔法系をあげようとする人はいないし、ぼくが使えない魔法じゃないとできないんだけど。やっぱり魔法系自体をいじるのは無理かなあ……でも、やっぱり不可能ってことはないかもしれないし……」


 悩むレイの呟きを拾わないよう、ミリアは止まっていたペンを一心不乱に動かす。

 

 魔法陣を描けるようになれば、きっと魔導具も自分で創作できる。

 

 それだけを考えながら、ミリアは下位の魔法陣をひたすら反復していくのだった。

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