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八話 翡翠の少女

「助けてくれてありがとう! すっごく助かったよ!」


 元気いっぱいな明るい声。エネルギッシュに輝く目。そして、見た人をも笑顔にするような全力全開の満面の笑み。


 感謝感激を表してそう言ったのは、レイが助けた黄緑色の少女。

 四人組が去ったあと、座り込んでいた少女を起こした第一声がそれだった。


「どういたしまして。あの状況じゃあ、当然の行動だけどね」


 少女の少々オーバーな感謝に気圧されながら、レイが答える。


「そんなことないよ! あんな面と向かって言う人初めてみたし!」

 

 パアッ、と光を発するのが背後に見えそうで、目を細めてしまいそうになる。思ったことをそのまま言った感じの、素直でまっすぐな感謝。そして、受けた恩をそのまま受け取った信頼の眼差し。

 

 絶対、一度も人を疑ったことがなさそう。


 レイ達三人はこの少女に全く同じ感想を抱いた。


「まあ、助けになったなら、よかったよ。……ところで、どうしてあんな人たちと組んでたの? あの態度を許容したわけじゃないんだよね?」


 いくらこの少女が騙されやすそうでも、あの四人組は明らかにマズいと分かるだろう。

 なぜあの人達と組むことになったか。その経緯がレイは気になった。

 

「それは……」


 急にシュンとしてしまった少女。下を向いて悔しそうに涙を堪えている。心なしか、跳ねていた横結びの髪も元気を失ったように見える。


「何があったの? ゆっくりで良いから、話してみてくれる?」


 レイが優しく宥めると、気が抜けて涙腺が緩んだらしい。

 

「……っう、う、うわあああああん!」


 少女は盛大に大泣きしてしまった。

 

「ええ!! ちょっ、キー! どうすればいい?!」

「知るか! なんで俺に振るんだよ!」

「じゃ、じゃあ、ミリアちゃん!」

「わ、私? え、えっと……せ、背中をさする、とか??」


 てんやわんやの混乱状態で、しばらく少女が泣き止む方法を考えたレイ達だった。


 閑話休題。


「……ひっく、ひっく……」

「落ち着いた?」

「うん。もう大丈夫……」


 かれこれ五分ほどかけてようやく泣き止んだ少女。

 ずびっ、と鼻水をすすり、呼吸も整え、ことの顛末を話し出した。


「……あたしだって、あの人たちがあんなだって知ってたら、組もうなんて思ってないよ。だけど、今お金がなくって……募集してるとこに適当に入っちゃったんだよね。挨拶の時は別に普通だったんだけど、いざ行こうってなったら、全部あたしに押し付けて後ろで楽して敵を倒してるの。あいつら何もしてないくせに、あたしに文句ばっかつけてくるから……我慢できなくって、ああなっちゃった!」

 

 勤めて明るく。けど、諦観したように空元気で笑う少女は、どこか痛々しく見えた。

 今回は、と話しているが、実際は同じようなことが別のとこで何回もあったのかもしれない。痛みや苦しみが過ぎるのを、ただじっと待って耐えている。そんな、野晒しにされたような彼女の心が、透けて見えるようだった。


「……なるほどね。きみを利用するために警戒心を下げといて、霧に入ったらやりたい放題ってことか。……はあ、つくずく許せないよね。真面目に頑張ってる子に対して、騙すために近づくだなんて」


 腕を組み、再燃してきた苛立ちにせわしなく指を動かす。

 いまだあの四人組への怒りが(おさま)らないレイ。身勝手な理論で人を散々にけだすリーダーと、止めるどころか同調して嗤う仲間三人。今すぐ面と向かって正論を叩きつけたいのを我慢して、レイは深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。今は少女を気にかける時で、四人組への言い分を考える時ではない。


「……でも、あいつらだけが悪いって言い切れないよ」

「……どうして?」


 明らかに四人組が悪いはずだが、少女はそんなことを言った。どういうシチュエーションがあったとしても、あちらが良くないことは一目瞭然なのだが。

 少しだけためらった少女は、迷子のように瞳を揺らす。会ったばっかのレイ達に言うべきか悩んだのだろう。だが、すぐに迷いを振り払うように首を振ると、抱え込んだ傷の本当の原因を明かした。


「だって、あたしが下手なのは本当のことだもん。オトリとか盾とか言われたけど、ぶっちゃけその通りだよ。目立つだけ目立って勝手に死んで、倒すことは全然できない。どんなに頑張っても、ちっとも役に立たない。あいつらは悪いと思う。けど、あたしだっておんなじぐらいダメ。だから、しょうがないよね。一緒に行ってくれるだけ、贅沢なんだし」


 明るく元気な彼女に似合わない、貼り付けた笑みと消極的な意見を口にする。ひどいことを言われたのに、自分の至らなさも同じとしてしまう。

 

 その、周りから受けたはずの傷を自分のせいにする姿。

 それは、少し前のミリアを連想させた。

 

 周りの期待から逃げるために独りになったミリアと、役立たずの立場を甘受して体を張る少女。ミリアもこの少女も、一人で背負おうとしてしまう。

 それは、強いようで、ひどく脆い。

 どうしても傷ついてしまうのなら、まずは独りじゃないと教えてあげなければ。

 レイは、少女に笑顔で声をかけた。ミリアにも見せた、人好きのする笑みを向けて。


「役に立たないって決めるのは他の人じゃないよ。それに、力不足に感じるなら、支えてあげるのが本物の上級者なんだ。だから……きみ、ぼくの仲間にならない? 今三人だからキリが悪いんだよね。四人の方が数字的にもきっちりしてて良いし。しかも、ここには良識的な上級者が、なんと三人もいます! かなりの好条件! 入らないと損するよ!」


 かなりの急展開と、怪しさ満点の宣伝文句。前置きも何もなしで、話が飛んだのかと勘違いしそうだ。少女も戸惑って、どこからそうなった? 、と言いたげである。

 そして、言い出した本人は、にこにこと良い笑顔。キーが一瞬遅れて、ツッコミを入れた。


「いや、なんでいきなり勧誘なんだよ! いきなりすぎだろ! ほら、固まってんぞ、この子!」

「だって、なんか良い人見つけたから、逃したらダメだなって……偶数のが気持ち悪くないし」

「その数へのこだわりはなんなんだよ。あと推しが強すぎてもダメだろ。余計逃げられる」

「そうなの?! ねえ、逃げないでね? せめて、名前だけでも教えてね?」

「はあ……そういうとこがって言ってんのに、聞いてんのかよ」


 レイとキーは二人でいると絶対に掛け合いになるらしい。それが妙に緊張感がなくて、その場の空気が緩んでしまう。ミリアも微笑み、少女にいたってはポカンと口を開けて二人を見ていた。

 しばらくそうしていると、少女は不意に立ち上がり、レイの前に立つ。それから、少し迷いを見せつつレイの提案に応えた。


「あたしの話、聞いてくれてありがとう。おかげで調子戻ってきた! ずっと頑張んなきゃ、って思ってたけど、本当は誰かに聞いて欲しかったのかも。

 ……あたしは、周りが見えなくて、魔法も下手で、至らないとこもたくさんあると思う。……それでも、仲間になって、良い、かな?」


 あの脈絡のない話についていき、即断即決した少女に、キーとミリアは驚きの表情を見せる。

 レイだけは、嬉しそうに少女に微笑みかけた。

 

「もちろん」


 レイが即答して頷くと、少女は最初に見せたような元気な笑顔を見せて、手を差し出した。


「あたしは、カナタ! ぜひ仲間にさせてください!!」


 相変わらずの輝かんばかりのその笑顔。けど、その目には、少しではない勇気が滲み出ていた。差し出された手も僅かながら震えている。


 その勇気に応えるように、レイはその手を握った。


「ぼくはレイ。よろしくね、カナタちゃん」


 嬉しそうに少女──カナタは破顔した。


「うん、よろしく!」


 こうして、ミリアとキーに続く、三人目の仲間ができた。


 

 ◇◆◇


 

「え、うそ!! ミリアちゃんって、あの《ソルウェナ》なの?! めっちゃ有名人じゃん!!」

「でも、私もそんなすごい人じゃなくて……魔法が使えないの」

「魔法が使えない? ……って、それ、逆にすごい!! だって、魔法使ってないのに、魔法と同じくらい実力あるってことでしょ? え、天才がいる!!」

「え、あ、ありがとう……」


 ミリアとキーも自己紹介を終え、仲良く談笑して『扉』まで帰る四人。

 カナタは出会った時の第一印象そのまま、明るくて素直なムードメーカーだった。ミリアが魔法を使えないことを明かしても、気にするどころかものすごくポジティブに捉えていた。

 本来は諦めたりするような性格ではないようで、いるだけで励まされるような眩しい明るさの持ち主だ。


「はあ……なんか、うるせえの増えたな。そういうの一人ででいいだろ……」

「なんか、キーさんは、強キャラって感じがする! 魔法何使うんですか!」

「……(いん)だ。つまり、カゲを操れる」

「陰……珍しい魔法じゃん?! な、なんか、みなさん凄すぎじゃん。あたしも頑張らなきゃ!」


 一人気合を入れているカナタと、褒められて割と嬉しそうなミリアとキー。

 賑やかになったなあ、とその様子を眺めていたレイは、カナタに尋ねることがあったのを思い出した。

 

「カナタちゃん、ちょっと聞きたかったことがあるんだけど」

「え、なあに?」

「カナタちゃんの話の中で、『勝手に死んで』って言ってたじゃん? アレってどういうこと? 死んでってなんかの比喩だったりする?」


 気になっていたのは、おそらく使う魔法の表現である、死んで、の部分。さらりと言われるには、物騒な言葉だ。そんな言葉を使う理由は、当然気になるだろう。


「え〜と、それは、見てもらった方が早いと言うか……とりあえず実践するね!」


 言うが早いか、カナタが自身の身体に魔力を纏わせた。その魔力は珍しい色で、カナタの髪や目の色と同じ黄緑色、いや、翡翠色というべきか。ゆらゆらと揺れるその魔力は、風になびく炎のようにも見える。


「これで、よし! ……すっごい頼みづらいんだけど、誰かあたしに適当に攻撃してくれない? めっちゃやりにくいと思うけど」

「「……え」」

「……は?」


 さすがに驚いた三人は、見事に声をハモらせた。攻撃を仲間にするなんて、それこそあの非常識な四人組がしそうなことを、カナタは頼んでくる。

 けど、カナタが冗談を言っているようには見えない。

 どこかで似たようなことがあったな、とミリアは少し既視感を感じて、青色髪の少年を思わず見た。その突拍子のないことの代表格のレイも例外なく驚いていたが、すぐに切り替えてキーに頼んでいた。


「キー、銃はなしで、どうぞ。ぼくらの代表ということで」

「あー、そうですか。俺に不名誉を着せるつもりだな? 仲間を攻撃するっていう不名誉をな」

「だって、普通に考えたらこうなるよね? ぼくは攻撃できないし、ミリアちゃんにやらせるような役回りじゃなくない?」

「はあ、ったく、しょうがねえか。……カナタ、本当に大丈夫なんだな?」


 渋々とキーが了承し、魔法を操り出す。


「うん。思いっきりやってもらって大丈夫です! むしろ、遠慮される方がキツいから即死レベルでお願いします!」


 自信満々なカナタを信じて、言われた通りキーは威力を上げた数発の陰の弾を飛ばした。陰の魔法なだけあって、凄まじい速度でカナタの方へ向かって行くが、カナタはジッと動く気配がない。当たりそうになっても避けないため心配になった三人だったが、カナタは問題なさそうに立っているだけだった。

 そして、当たり前のように影の弾はカナタに直撃していき、風穴が開く。カナタの頭は力が抜けたように、少し傾いた。


「だ、大丈夫なの……?」


 本人が大丈夫と言っているのだが、さすがに身体に穴が空いたら誰でも心配する。だが、三人は、そこでおかしいことに気がついた。

 普通なら倒れるだろうところだが微動だにしておらず、カナタが苦痛を感じているようにも見えなかった。それどころかずっと笑っているし、顔色も変わっていない。最初と同じように変わらず、しゃきりと立っている。

 しばらくして、やっと理由がわかった。


「……! ああ、そういうこと? え、待って、そんな魔法もあるの?!」


 一番に声をあげたのはレイだった。レイは魔法が好きで、熱心な研究もしている。そのレイが、興奮したようにカナタの魔法に見入っていた。

 隣ではミリアとキーも信じられないように、カナタの怪我がある()()()()()箇所をまじまじと見ていた。


「えっへへ、これがあたしの魔法! 『生命火(いのちび)』って言って、どんな攻撃を受けても蘇生できるよ! 即死とかでも生き返るから優れものなんだよね〜」


 お得だし便利だね!、みたいなノリで全く凄そうに聞こえないが、言ってることはあり得ないこと。


「そ、蘇生って……」


 ミリアとキーは顔を引き攣らせる。これのどこが役に立たないのだろうか。自然に反した超能力そのものの魔法なのに。


「すごい! 蘇生?! 本当になんでもありなの? 回数とかは? 魔力があればどんだけでも良いの?」


 レイはあり得ないことよりも、魔法についての方が気になるらしい。真理を解き明かそうと、カナタを質問責めにしていた。

 三人の反応が意外と大きくて、カナタは困ったように頬をかいた。


「な、なんか、驚かせちゃったのかな? みんな、どうしたの……?」


 なんと、本人はことの凄さを全く理解してないらしい。今までの話を聞くと、魔法を秘密にしているわけでもないし、あの四人組だって知っていた。

 蘇生なんて魔法を聞いたら、普通独占したがったり、もっと利用されててもおかしくない。そんな貴重な魔法なのだ。どんな人だとしても、この魔法の特別さに反応しないわけがないのだが。


「他の人にはなんて言ってたの?」

「え? 今と同じ感じで、生き返るって言ったよ? 最初は褒めてくれるんだけど、実際に戦うとがっかりされて、さっきみたいになっちゃうんだよね」

「……実際に戦うと、か」


 どうやらその超越した魔法を打ち消すぐらい、本人の言う()()()()()()の部分が目立つようだ。

 それを検証するために、レイはキーに再度頼み事をした。


「キー。ちょっと手を貸してくれる? これからカナタちゃんと軽く手合わせしてみてほしいんだ。もちろん、銃なしでね」

「了解」


 今度は手合わせをする流れになった。キーも今度は大人しく聞き入れた。キーもカナタの力量が気になったのだ。

 カナタも位置につくと、杖の代わりなのか筆を取り出す。その筆はカナタが魔力を流すと大きくなっていき、カナタの身長と同じぐらいの大剣へと変化していった。


「でかいな、その剣。よく持てるな」

「こんでも、身体は結構鍛えてるからね!」


 レイ以外が武器型の杖を使ってるのは、もうお約束のようなこと。


「初め!」


 合図が上がると、すぐにカナタが飛び出していった。


「おりゃああああ!!」


 勢いよく一直線にキーの方へ突っ込んでいく。

 誰もみたことがない翠の炎を纏い、大剣を真上に振り上げる。

 その威勢の良さに期待するキーだったが、その直後、衝撃的なことが起こった。


「うわわわっ?!」

「なっ……」


 ──ドテッ


 あろうことか、カナタはキーの目の前に突っ込むだけ突っ込んだ。

 そして、大剣を振らず、そのまま転んだ。

 目の前で倒れたカナタを、なんとも言えない表情で見るキー。このまま起きるのを待つのもおかしいため、キーはカナタに陰の弾を放った。

 

「うぐっ!!」


 そのまま、カナタは無力にもキーの魔法で散っていったのだった。

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