七十七話 とある魔法使いの決断
ぼんやりとした光が点々とある以外、闇に包まれた魔法時の森。その中に暖かな火の灯る屋敷が一軒。誰にも知られることなく、ひっそりと建っている。
そんな怪しげに見える屋敷にて、休日をのんびりと過ごそうとしていたレイは、おかしな報告ばかりする魔導人形を問いただしていた。
「いい加減に教えてくれないかな、カイヤ。ぼくはね、お気に入りの子について聞いてるんだよ。どうせ逃げられないんだから、早く連れて行ってくれないかな?」
「それはレイ様の頼みでも聞けませんねェ。頼まれ事を早く終わらせるためですから」
夢の魔法で屋敷だけ切り取っているので、カイヤが現実世界に逃げることはできない。つまり、夢の主人であるレイが許可するまで出ることが叶わない。
そんな八方塞がりな状態だと言うのに、よほど『お気に入り』を放したくないらしい。
はぐらかしてばかりなカイヤに、レイはトドメの一撃を繰り出した。
「ふーん? どうしても言いたくないんだ? だったら、居場所を教えてくれるまで口を聞かないから。シリマを伝言役にすれば頼みごともできるわけだし、全く問題ないよね?」
「……?!」
ガビーン、と効果音でもつきそうな硬直。
どうやらトドメの言葉は間違っていなかったようだ。
「……こちらデス」
しかめっ面で、ようやくパッチワークに案内してくれた。
いろいろあって後回しになっていたが、そろそろ『お気に入り』を解放してあげないと可哀想だ。
その後、カイヤの口を割らせたところ、毎日たった三時間の自由しか認めていなかった。お気に入りの子は計七時間、タダで働いていたことになる。
「七時間……七時間かあ……」
シリマの話だと、お気に入りの子は忙しそうとのこと。
時間を大切にしている人にとって、一日の大半を失うなど許し難いだろう。
困窮とも呟いていたようなので、洒落にならないぐらい迷惑をかけていたということになる。
「ひとまず今までの時間分は支払って、時間を取らせたことに対しては何か別でお詫びを……」
「そこまでする必要がありますかァ?」
「うん、黙ってて」
「……ハァイ」
ネイウッドにある住宅街に出て、そこを真っ直ぐ進んだ左手側。
こぢんまりとした素朴な住居を前に、カイヤが勧める手つきで立ち止まった。
「ここですねェ。どうやら跳ねっ返りの自宅に着いたようです」
「プライベートも、これじゃあ台無しだね……」
二階の奥が、その子の部屋らしい。
備え付けのベルを鳴らし、しばらく待つ。
すると、何やら騒がしい音が響いてきた。
「急がせちゃったかな……」
「ただ鈍臭いだけだと思いますよォ」
ドタドタと床音が近づいて、乱雑に鍵が開けられる。
そして、出てきた『お気に入り』は誰なのかというと──
「……えっ!?」
「誰? こんな朝っぱらから訪ねて来んな……って、は?」
真っ赤な髪に、鋭い目。
無造作に髪がまとめられていて、以前のような派手さはない。
それでも、見覚えのありまくりなその人は、決闘にて対者だった人物。
「お気に入りってきみのこと!?」
「な、なんでアンタが……?!」
互いに戸惑いと驚愕を交え、しばらくその場で固まるのであった。
◇◆◇
雑多に物の溢れる部屋に、盛大な泣き声が充満する。
バタバタと追いかけっこをする子供が数人、お絵描きをしている子が一人。
遊んで欲しいとねだりに来た子は断られ、皿洗いをする少女に隠れてすっかり拗ねていた。
「で、アンタらは何なの? 接点が意味不明なんだけど」
眠くてご飯を食べられていない弟の面倒を見ながら、コトカはふてぶてしく尋ねる。
訪問客である少年は、以前の決闘で惨敗した相手。
そして、その隣には諸悪の根源である片眼鏡がいる。
いつもはコトカをせせら笑うカイヤだが、今日は何故だかそっぽを向いていた。
頑なにこちらを見ない姿勢はありがたいのだが、全くもってどういう状況なのか分からなかった。
「ああ、うん。ぼくもいろいろと驚いたけど、きみの方が意味わかんないよね。ちゃんと説明するから……とりあえず、前のことは一旦置いておくってことでいい?」
「……勝手にすれば?」
敵だった相手にやりづらそうにするが、コトカとしては疑問を解消する方が大事であった。
「じゃあ、そういうことで……ひとまず」
「……?」
改まって前置きをするものだから、何が始まるんだとコトカは身構える。
すると、少年は息を大きく吸って、はっきりと言った。
「本っ当にすみませんでした!」
「…………は??」
紛れもなく誠心誠意の謝罪。
それが何に対してなのか分からず、スプーンを持つ手を止めて顔をしかめた。
「えっとですね……いくら訴えてもかまわないんだけど、そこで拗ねてるカイヤはぼくの魔導人形なんだよね」
「人形……?」
「うん、自律した魔導人形。つまり、きみが時間を拘束されたのは、ぼくの監督不足ってこと」
「……」
訪れた沈黙。三つほど数えられる空白を得て、コトカは呪文を唱えた。
「『ラノ・エザク』……!」
「ちょ、怒るのもわかるけど、こんなとこで物騒な魔法はやめて?!」
「知るかよ! アタシの時間がどれだけ浪費されたと思ってんだ!」
「ごめん! それは本当にごめんだけど、その子は大丈夫じゃないよね?!」
少年が指したのは、隣でスプーンを待っている幼い子供。
末っ子がいるところでは確かに危ない。
ぶつけてやろうとした風を散らし、コトカは腕と足を組んで座り直した。
「……で、何しに来たんだよ。言っとくけど、アタシはタダで許すつもりないから」
「それは、うん……とりあえず今までカイヤに働かせられた時間分のお金をどうぞ。あと、何か要求があったら、できる範囲で叶えるよ」
「……! ふーん……?」
かなりの額の硬貨が提示される。
これだけあれば、しばらく人数分の生活費が賄えるだろう。
さらには要求ができるらしいので、こちらとしては悪くない提案だ。
「要求の範囲は?」
「範囲は……例えば、きみのやりたいことって何?」
「は? 何でそんなこと……」
「言いたくなかったらいいよ」
「…………魔法」
「魔法……つまり、魔法を極めたいってこと?」
「……」
それを言ったところで、何ができるというのだろうか。あの片眼鏡が魔導人形だということには驚いたものの、この少年にできることは限られている。
魔導書かなんか置いて行く程度だろう。さほど期待もせず、報酬の上乗せを、と言いかける。
ただ、その後の少年の呟きに耳を疑った。
「それなら、本をいくつかと風の魔導書、あとは杖の調達と先生の派遣……」
「……な?! いや、何言って……!」
「え? お詫びの話だけど……」
「お詫びの範疇超えてるだろ!」
謝りに来たのでまともなのかと思えば、全くそんなことはなかった。
もちろん、相手がくれるというなら、もらえる物はもらっておけば良い。
ただ、それで借りを作ってしまうのは御免である。
「借りだなんて思わなくていいよ? カイヤのやったことに比べれば、このぐらいどうってことない──」
「そうだとしても、アタシに誰かの手を借りるつもりはないから。恵んであげたいだけなら、魔法会の半人前を相手にしてれば?」
少年の言葉を遮って、断固拒否の姿勢を示す。
だが、そのせいで厄介なものを呼び込んでしまった。
「……貴女、何様のつもりですかァ? 先程から黙って聞いていれば、レイ様に対しての無礼千万……それ以上、異論を呈するようなら、ワタクシがお相手してあげますよォ?」
「は? アンタには関係ない──」
余計な返しをしなければ良かった。視界の端に糸がきらりと光る。
また拘束されてしまう。
ギリ、と奥歯を噛み締め、糸の軌道を睨みつける。
ただ、その糸はコトカの方まで到達することはなく、さらには衝撃的な光景が広がっていた。
「カイヤ。さっき言ったこと、覚えてないの?」
「……」
なんと、あのイカれた片眼鏡が大人しく引き下がったのだ。
あの少年の、たった一言によって。
「ごめんね。たぶん、普段からこんな感じだったよね? だから、さっきの提案をしたんだ。もっと早く離すべきだったんだけど、ちょっと忙しくて……」
そういえば、カイヤは魔導人形なんだったか。
そうすると、この目の前の少年が主人ということだ。
言うことを聞くのも頷ける。
「ふーん……なら、さっきのは目を瞑ったことへの等価交換ってとこか」
「そうだね」
「けど、どうせアタシに勉強する暇なんてない。チビどもの世話があるし、採集に行かないと生活費が足りなくなる。諸事情で別の仕事もあるから、貰ったとして早々にお蔵入りするのがオチ」
「お世話……そういえば、この子たちって兄弟?」
少年が七人いる幼い子供を見て尋ねる。
他人の事情に介入してくんな。最初はそう言って口を閉ざそうとしたが、最近の忙しさのせいか口が軽くなっていたようだ。他人だというのに、長ったらしく語ってしまった。
「無駄に増えただけの、ね。親は子供を置いて呑気な旅行三昧。天才様の長女は、魔法のお勉強のために魔導師見習いとして家出。アタシの下は魔法も覚えてないぐらいの子しかいない。実質、面倒見れるのはアタシだけってこと」
正確にいえば、台所で皿洗いをしている三女シエニも手伝ってくれている。
まだ幼いものの、自分の立ち位置を理解できるぐらいには利口。
コトカが稼ぎに出ている間は、子供の面倒を見てくれている。
「そんな状態で魔法に割く時間なんてないんだよ」
自分は何を口走っているのだろうか。こんな無意味な吐露は生まれて初めてした。
くだらない。もしかしたら、前より弱くなってしまったのかもしれない。繰り返す自己嫌悪に苛つきながら、適当に相手の反応を待っていた。
「……い」
「は?」
何かを呟く口の動き。
小さ過ぎて聞き取れなかった。
もう一度聞き返そうとしたら、少年は何故か目を輝かせていた。
「すごいね、きみ!」
「は?」
すごいね。すごいね?
今の話の何を褒められたのだろうか。唐突な称賛が、どうしても不気味に感じられてしまう。
そういう態度を無遠慮に出していたのだが、少年はお構いなしに続けた。
「だってさ、きみって採集の時間だけで、あれだけの魔法を完成させたってことでしょ? しかも、勉強しないで見よう見まねで!」
「そんなことかよ……」
見よう見まねなのは、誰だってそうだろう。
風の魔法だって、熟練魔法使いの投影書から学んだものばかりだ。
コトカは親に教わる機会はなかったが、それ以外は他の魔法使いと何ら変わらない。一つ一つ紐解いていけば、ある程度の魔法は習得できるのだ。
「いや、それって思ってる以上のすごいことだよ? 現に、その年で五つ星目前っていうのは珍しいわけだし」
「……他のヤツが真面目にやってないだけだろ。アタシは真面目にやったからできるだけ。同じ努力をしたら、誰だってできる」
「うーん、そうかなあ? その努力自体が才能ってことでもありそうだけど──」
「努力は才能じゃない。でないと、人一倍の努力が馬鹿らしくなる」
才能がないから努力している。
それを、さらに才能だと言われたら、努力をすることが当たり前だということ。
ここまでの努力は己の頑張りではなく、必然的な道だった。
そんなことは認めない。そんなことはあってはならない。
「ああ……そう言う考え方もあるんだね。ごめん、軽率だったよ。けど、その努力が当たり前だとも思えないし、認めないってのもよくない。そうだなあ……後天的な才能とでも解釈しておいて。ぼくはそういうつもりで言ったことにする」
「……」
屁理屈にしか思えない。少なくとも、あんな魔導人形を作れる人に理解されたくない。
だが、凡人の戯言に対して素直に謝る人も初めてだ。
相反する思考がぶつかって、苦虫を噛み潰した表情になった。
「とりあえず、きみには時間がないんだよね。時間がないとなると、時間を作らないといけない……」
自分のための詫びに考え込んでいる少年。なぜ他人への詫びに執着しているのだろうか。
そもそも前の決闘のことは置いておくとは、どういうつもりだ。あの役立たずを庇ったくせに、その原因である奴に対してここまでする意味が分からない。隣で馬鹿にしてくる片眼鏡の扱いがマシに思えてくる。
「……ねえ、少し提案なんだけどさ」
何故か逸らされる視線。
今度はなんだ。
コトカにとって不都合のある提案でもするのか。
「時間とお金はないけど、採集と勉強はしたいんだよね? それさ……一気に解決できる方法が一つだけあるんだよ」
「……?」
「今までカイヤに任せた書類とか仕事って、きみが手伝ってくれたんだろうけど……これってずっとお願いできたりするかな? 一日三時間で五ヶ月ごとに、さっき渡した金額を用意するから」
「は? アンタのとこで働けって? 冗談じゃな──」
一日三時間で五ヶ月。
(一日三時間で五ヶ月?? ……あの金額を?)
今まで七時間労働を三ヶ月間やらされてきた。その分の対価として貰った大量の硬貨だが、その額は家族八人が半年暮らしても余るほどであった。
つまり、この提案はどういうことかというと。
(今までの半分の時間を労働に充てれば、三ヶ月で半分の報酬。それを五ヶ月おきってことは……一ヶ月分は得)
もちろん、余るほどにはならない。ただ、八人が暮らせるほどにはなる。さらには半日を採集や魔法に充てることができ、稼ぐ以外の時間のために空けられることになる。
諸々の基準を天秤にかけ、検討し始めるコトカ。
だが、次いで告げられた内容は悲報であった。
「……けど、書類を届けたり仕事の采配をできる人が、カイヤしかいないんだ。だから、嫌だったら全然断ってくれていいよ」
「げっ……」
あの片眼鏡はどうしてもつくらしい。それは最悪な話である。
考えるまでもなく拒否してやりたい。
そのつもりで口を開いたが、迷いが生じたため、すぐに閉じることとなった。
(……アイツがいるのは論外。だが、提案自体は悪くはない……どころか、かつてないほどの好条件。ただ──)
誰かの下につくのは癪だ。
そんな生き方はしたくないし、働かされてる状況も無理。
しかも、あのイカれ片眼鏡がついてくるなど、承諾する方がおかしい。
だから、良い生活なんかよりも、自身のプライドを選ぶ。
そうして、断っていたのだろう。以前の自分ならば。
「……」
「逃げるつもりですかねェ?」
「その隙があれば煽るスタンス、どうにかできないかな……」
あの片眼鏡のせいで、良くも悪くも柔軟になった。
その固執しない状況は、前も後ろも開けて落ち着かない。
けど、それでいい。
「…………受ける」
「え……?」
「だから、受けるっつってんだよ!」
「……えっ?!」
予想外だったのだろう。少年が驚きの声を上げた。
本当に、らしくない。己が潔く労働者になるなど、コトカ自身も想像していなかった。
「朝の八時から十一時まで。時間が超えたら問答無用でやめる。午後は魔法の資料などの即時対応を要求。辞めたい時に辞める。無理な仕事は寄越さない。その条件で、アイツの脅しがないならやってやる」
「ほ、本当に良いの?!」
「言っとくけど、報酬目当てなだけだから。対等な契約で大人しく手伝ってやるってこと」
相変わらず、誰かに指図されたりするのは大嫌いだ。
それも、散々な目に遭わされた元凶がいるなら、契約なんて御免というのが正直なところ。
だが、断ったところで良くなるわけでもない。むしろ、皮肉にも受け入れた方がマシ。
そこで駄々をこねているだけという方が、もっと嫌いな状況になるだけだった。
「……アンタらに決闘に負けた時点で、プライドなんてあってないようなものだし」
口の中で呟いたのは、自分の本音との折り合い。誰にも聞こえないような、小さな弁解である。
風の魔法を極めて数十年。もう自力では限界だと感じていた。
魔法学校へ行くことを目指していたが、妹達はまだまだ幼いし、両親と長女は何の役にも立たない。そんな状態では何をするにも制限がかかる。
もし、そんな状況を打破する余裕ががあるとしたら。
変われるということだ。
人に価値を求めずとも、己の力だけで這い上がっていける、そんな生き方に。
「なんか……変わったんだねえ?」
「……何? なんか文句ある?」
「いや、良いと思う。そっちの方が」
少年が契約書にサラサラと文字を書き入れ、それに契約の魔法を込める。
隅々まで契約書を読み込んだコトカは、同意の意を込めて魔法語を口にする。
『カイェック』
契約書に呪文と光が吸い込まれると、はじけて跡形もなく散っていった。
「これでよし」
「ふむ……終身雇用でないとは、残念ですねェ」
「それで契約したら、ぼくは一気にひとでなしだよ……」
これで金銭面は解決。あとは魔法を学べるだけ学んで、五年以内に速攻で辞める。
そうして、五つ星魔法使いになって十分な仕送りが可能ならば、一人で旅をして魔法を磨く。
もうこれ以上、誰かに頼るつもりはない。
自力で、孤独に、這い上がる。
そんな、天才様とは正反対の魔法使いに、なってやるのだ。
「あ、そういえば名前言ってないや。ぼくはレイ。これからよろしくね」
「……よろしくなんてするか。それより早く出てけ」
魔法時専用の時計で、現在八時。いくら魔法時だろうが朝にあたる。
普通に迷惑だと追い出して、忙しさに身を任せる。
そうして、コトカは煩わしくも役に立つ契約から、無理やり思考を引き剥がすのだった。




