七十六話 実習の後程
フラハティ研究所が立ち入り禁止となった次の日。
レイはモランとアイヴィーのところへ出向き、その後の様子を伺いに来ていた。
「壊れたところは直したし、他に回収できてないものとかある?」
「いや、十分だ。大方の資料は揃っている」
広いテーブルに並んでいるのは、研究所から持ち出した薬品や器具。
研究所の修復ついでに、道具や資料などの返品をしているところだ。
おそらく調査には時間がかかるので、こちらでも研究が続けられるようにという配慮である。
「モランくーん! みんなの治癒は終わったみたいだよー……って、実習生くんじゃないかー! なんでここにー?」
「あ、ヴィーちゃん先輩」
ここは研究員のために提供された場所なので、レイがここにいることを不思議そうにした。
「ぼくはこれらを返しに来たんだ。いつ研究所が使えるようになるか分からないからね」
「おー、ありがとー! というか、君はすごい実習生なんだねー?」
実習生の範疇を超えた活躍に、またまた疑問符を浮かべるアイヴィー。
そういうものなのかー、と軽く納得しかけたところで、モランが正しい答えで止めに入った。
「ホプキンズ、その態度は失礼に当たる。今は実習生ではなく、魔法会の調査員として来ているらしい」
「調査員? えーと、つまり?」
「魔導師だ」
「まどうし…………魔導師ー?」
ほえー、とアイヴィーは気の抜けそうな声で感心すると、まじまじと穴が開くほど観察してきた。まるで珍獣に遭ったみたいな反応である。
「確かに生徒にしてはでき過ぎてるなーって思ってたけど、まさか予想の天井を突っ切るとはねー? 久しぶりに頭が冴えた気がするよー」
「それ知ってるのヴィーちゃん先輩とモランさんだけだから、あんまり口外しないでね。……というか、予想の斜め上じゃないんだ?」
「斜め上に身構えてたら、天井だったってオチを表現したからねー」
のんびりと笑っていたアイヴィーだが、魔法会という言葉に落ち込んだ様子になった。
その原因は、事件の後、姿の見えなくなった研究員だ。
「トリュフォー君は捕まったらしいねー」
「うん。研究には直接関わってなかったけど、手引きはしてたからね」
「そっか。分かってたんだけど、いざそうなると残念だなー……」
トリュフォーは禁忌に手を出した集団の一員だったが、アイヴィーは純粋に後輩がいなくなって悲しいようだ。
普通なら怒りの矛先になってもおかしくないが、アイヴィーはまた戻って来て欲しいとこぼしていた。
不謹慎にも思えるような、その発言。
レイはその発言を咎めることなく、待ってましたと朗報を届ける。
「トリュフォーさんの刑期は五十年。指示を聞いて実行するだけだったから、このくらいの重さで済んだんだよね。呪いの研究もしてなかったから、釈放されたら研究所にも勤め直せる。その時に戻って来られるようにするのは、どうかな?」
今回の騒動でシスイを始めとした呪いの研究員は、二百年という年月を牢で過ごすことになった。
その間は魔力を封じられ、寿命も延ばすことができない。
そのため、半ば終身刑の扱いなのだが、直接呪いに関わっていないトリュフォーはかなり刑が軽くなった。彼はまだまだ若いので、たった五十年の刑期など気にするほどではないだろう。
「……戻って来てくれるかな?」
「戻ってくるしかないと思うよ? だって、他の研究所だと雇ってくれないだろうし、ここで働くのが一番安泰だからね」
「そっか……そうかー」
嬉しそうにはにかんで、いつもの調子を取り戻す。きっちり五十年、待ち続けるつもりのようだ。
こんなに後輩思いの先輩がいて、トリュフォーは幸せ者である。五十年後にはしっかり更生して、アイヴィーに会ってあげて欲しい。
「そんで謝ってもらわないと。……っていうか、なんで呪いなんかに影響されたんだろ?」
呪いについては記憶を覗かせてもらったが、成り行きまでは気が回っていなかった。
そこにも黒幕へ繋がるヒントがあるかもしれないので、もっと過去まで遡ってみることにする。
「教えてくれてありがとー、魔導師君。トリュフォー君が帰ってくるまで、僕はモラン君の元で研鑽しようかなー。それで、もっと先輩になった新生ヴィーちゃんを見せてあげないとねー」
「ほう、研鑽とは良い心がけだ、ホプキンズ。早速、『花咲きの雫』の研究を一任させてやろう」
アイヴィーが意欲の高まりを口にしたら、目を光らせた者が約一名。
ここぞとばかりに、怠惰な後輩へとノルマを積み上げた。
「モ、モラン君は気が早いねー!? そういうのは明日の明日の明日でいいんだよー?」
「いや、やる気がある内の方が良いだろう。もちろん、サボりの場合は、三ヶ月の雑用をしてもらう」
「そ、そんなのないって、モラン君! いきなりハードル上げるのは良くないよー!」
自らの発言でスパルタを呼び込んでしまったアイヴィー。
しばらくだらけていられないと知って、ほろりと涙を零していた。
そんなアイヴィーは五十年後、モランと同じ立場となって研究を引っ張っていく。魔法薬の効率化で名が知られるようになって、一人の助手を連れ回すようになるのだ。それは誰なのかというのは言うまでもない。
「魔導師君、助けてー!」
「あはは、がんばれ! ヴィーちゃん先輩!」
「裏切り者ー……!」
ずるずると連行されていくアイヴィーを、微笑ましく思いながら見送る。
「近頃、魔法薬のレシピが新調されるかもね」
魔法好きとしては、ぜひとも先取りしたいところ。
有意義な成果を心待ちにするレイは、ちょくちょく研究所に顔を出すのだと意気込んだ。
◇◆◇
フラハティ研究所関連のことで、あちこち飛び回った翌日。
故郷から帰って来たカナタと付き添い二人とは、魔法学校で落ち合った。
「レイくん、ただいま! お土産にあんころ餅あげる!」
「あんころ餅? なんか珍妙な名前……」
「甘いお菓子だから、レイくんも気に入るんじゃないかな?」
「甘い? ミリちゃん、それ本当!?」
土産を包む布の結び目を解き、至急レイは『あんころ餅』に手を伸ばす。
普段食べるようなお菓子とは違って、飾り気のない見た目。
どんな味だろうかとわくわくしながら、一口を頂いた。
「……ん! 何これ! 不思議な……あの、あれ。水飴っぽいような、落ち着くような甘さがするね? で、中が……これ、何!? すごい伸びるし、グミとは違う弾力感がある!」
「えへへ、驚いた? その外側の甘いのは餡子って言って、あたしの故郷で甘いものと言ったらこれ! って感じなんだ! それで、中に入ってるのはお餅。ちょうど母さん達がついたばかりの出来立てを、魔法で保存してもらった!」
「餡子に、お餅……それって材料何? こっちでも調達できる!?」
材料さえあれば、アリスに作ってもらえる。
どうやら材料自体はネイラにしかないものらしいが、甘味好きなレイが欲しがると見越したミリアが、種を貰っておいてくれたらしい。
そのアリス並みの気配りに、大仰に感激してみせるレイだった。
「あ〜おいしかった! これを今まで食べてなかったことが悔やまれるよ! ……それで、カナちゃん。ご両親はどうだった?」
アリスのために半分ほど残して、土産を夢の魔法の中に放り込む。メッセージも添えたので、試食しておいてくれるだろう。
帰ったら『あんころ餅』を量産しようと企みつつ、レイは無事に話はついたのかを聞く。
ぎくしゃくしなかったかと心配していたが、カナタの表情には一切翳りがなかった。
「父さん達、やっぱり心配してたんだって! 家に着いた時、母さんの目のくまが酷くてびっくりしたよ! それで、あたしのこと見たら泣き出しちゃって……父さんが来るまで大変だったんだ」
ミリアとキーから詳しく話を聞くと、体感で一時間ほど落ち着かなかったらしい。
お茶を出しながらも涙が止まらず、カナタがあわあわしながら宥めていたのだとか。
「そのあと、シスイのことと家のことを話したら、ものすごく謝ってくれて、ちゃんと仲直りできた」
「そっか。仲直りできたんだ」
「うん、あと、剣を教えてくれなかった理由も教えてもらった。父さん達は、あたしを危険なことから遠ざけたかったんだって。自分たちが冥手だったから、なおさら殺しの技術を教えたくなかったみたい」
「ああ、確かに……同じ轍は踏ませたくないからね」
理解納得と茶を啜る。
他の土産話にも耳を傾けると、今度はレイも来て欲しいと誘われた。
カナタが帰郷する機会があれば、着いて行ってみようと思う。
誰もいない教室で話し込んでいたので、そろそろ教科書を開こうか、とレイは提案する。
げんなりする師弟コンビと、輝く笑顔のミリア。学校を貸し切って、大掛かりな魔法も用意してみる。
「本当にここの道具も使って良いの……?」
「ちゃんと許可とってるから、数時間後に」
強制的に終了した実習は、もちろん継続は不可能。
他の生徒が実習を終えるまでは学校中の教室を好きに使い、採集した素材で遊ん……練習したりした。
そして、実習の最終日。
戻ってきた生徒たちはレポートを提出し、思い思いの感想を口にして寮へ帰っていく。
レイたちは中途半端に終わってしまったため、魔法学校での自習も追記して提出した。
「今思ったんだけど、提出する意味ってあるの? レイくんが臨時教師ならレイくんが評価すれば良くない?」
「え、だってぼくがやったらいつもと変わんないし。他の人から見てどうかって気にならない?」
「他の評価……ちょっと気になるかも!」
ちなみに魔法学校へ提出するレポートだが、評価する先生が並の魔法使いでないため、長年研究に打ち込んでいる人でも提出しに来たりする。
その影響で、年々レポートの提出数が膨大になるものの、魔法学校の先生は軽々と評価をこなしている。
速読や速筆の魔法を身につけているとはいえ、その集中力は凄まじいものであった。
「まあ、提出するかしないか以前に、もう臨時教師の期間は終わりなんだけどね。実習中にグレータが探してたみたい」
つい先日、呼ばれて告げられたことだ。
教えるのも楽しかったが、ずっと魔法学校に留まるわけにもいかない。ありがたく臨時教師の立場を返上させてもらった。
「もう終わっちゃうんだ……」
旅の継続が可能という話なのだが、なぜかミリアは残念そうにした。そういえば教え上手と褒められていたので、授業がなくなるのが惜しいのかもしれない。
引き続きミリアには授業をすると伝えると、案の定、嬉しそうにした。
「ありがとうございます、先生」
「あ、ぼくは先生継続な感じ?」
期待を込めた眼差しをされたので、これからも授業は先生役でやって欲しいらしい。生徒が楽しそうでなによりである。
これで魔法学校に居続ける理由がなくなったので、明日からは魔法学校とネイウッドを行き来することになるだろう。
その間に『杖』探しを再開したいところだが、未だパルティータの鍵の行方はさっぱり途切れている。
なので、手がかりが潰えた今は、ミリアとカナタの階位上げを再開しよう。
「キーはカナちゃんの師匠をよろしく! ぼくはミリちゃんの先生をやるから!」
「だから、弟子をとった覚えはねえよ」
全く、キーは往生際が悪い。弟子ではないと聞いてカナタが落ち込んでしまっているだろう。
「師匠……あたし、弟子になれないぐらい落ちこぼれ……?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
「だって、あたしが弟子になれないのって、それぐらいしかないじゃん! そ、それか……まさか、師匠はあたしのことが嫌い?!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな!」
どんどん飛躍して萎れていくカナタに、どうしたもんかと頭をかくキー。
どうせ突っぱねることもできないのに、なんで断固反対しているのか不明である。
「なんで師匠になってあげないのさ」
「単純に面倒だろ」
「キー、さすがに酷いよ?」
「……柄じゃねえし。あと俺が面倒見切れると思うか?」
「うーん………………微妙だけど、なんだかんだ突き放せなさそうだし、結果的には面倒見がいいんじゃない?」
「……」
不満そうに視線を送らないで欲しい。これでも正直に答えたのだ。
たとえ立場的に面倒でも、見捨てることはできない。
ペドロと一緒だと暴言吐きになるが、それでも本気で鬱陶しがったりしないだろう。
「はあ…………しょうがねえ。一人ぐらいは請け負ってやるよ」
「師匠……ついに、師匠があたしを弟子と認めた!?」
キラッキラの目で師匠と叫ぶカナタ。感激で突進してくる弟子を、師匠は慣れた手つきでどけている。
基本的に誰かとつるむことを嫌うキーだが、めげないカナタに押し負けていた。
旅に同行するのも、レイが手伝ってと頼み込んだからなので、意外と本気で断ったりしないのである。
「弟子入り……でも、名前が決まっただけで、あんまり変わらない……ですよね?」
「今までもキーが手合わせしてたしね」
まあ、名実ともに弟子と言いたかったのだろう。本人が喜んでいるので、野暮な突っ込みはしない。
「それより、明日以降は授業から離れるから、また一区切りついたらでもいい?」
「あ、うん。そろそろ実践もしてみないとって思ってたから……」
呪文から魔法陣の仕組み、魔導具や魔法薬など、ミリアは様々なことを学んだ。
それ自体は夢中になるほど楽しかったが、頭で解っても使えなければ意味がない。継続して予習復習はしつつ、旅の中で消化できたら良いなと考えている。
「なら、クラブと図書館にもう一回行っておかないと……」
「それは急がなくて良いよ。ミリちゃんが行きたかったら旅の途中でも連れてってあげるから」
「……そこまでしてもらって良いの?」
予定に支障を来さないのか。
それを気にして遠慮がちなミリアだが、魔法学校に行って帰ってくるのに費やすのは、たった一日程度。
レイにとっては手間にもならない、息抜き程度の時間だ。
「それに、ぼくも個人的にミリちゃんとソラニの関係は気になってるわけだし。このぐらいはお安いご用だよ。あと、三つ星魔法使いの試験も近々受けよう。今のミリちゃんなら絶対に受かるから」
「うん。ありがとう、レイくん」
ネイウッドに集合。しばらくは採集を続けると伝えて、解散と締め括った。
◇◆◇
様々なことを知った実習。フラハティ研究所。
魔術師。呪いと魔術師。
「……やっぱりあいつらは背後について回るのか」
これから何度も見聞きし、口にするだろう。もうすでに彼らは動き出していた。
ようやく一段落ついたと落ち着きながら、自室の椅子に腰掛ける。机上のメモには直近の予定が書かれているが、これはもう必要ない。これからは鍵探しばかりはしていられないと、その箇条書きにバツを打った。
メモをしまって、目についたものだけ片付けを。
それから何もせずにぼんやりとしていたら、ふと翡翠の少女が口にした名が脳裏をよぎった。
『あたしの姉さんの名前はミツキだよ。美しい月って意味の名前なんだ』
何気なく伝えられた、誰かの面影の片鱗。
そこにはいないけど、確かに存在が感じられた。
そういえば、あの子の名前も三文字だった。
そういえば、あの子もネイラから来たんだった。
そういえば、あの子も似たような笑顔で教えてくれていた。
「……カナちゃんのお姉さんが、ミツキだったなんてね」
その日、最初の実習でカナタが口走っていたことを、レイは密かに思い出す。
今までフラハティ研究所で手一杯だったが、ようやく一息ついて考えられる。
「ネイラ出身なら、同じ名前の別人ってわけでもないだろうし、これも何かの縁なのかな?」
『ミツキ』という名前。言われてみれば似ている、やや幼い顔立ち。
今まで気づかなかったのは、カナタの髪と眼が輝く翡翠色だったからだろうか。
「今は、どうしてるんだろうね……」
カナタの話した通り、あの子は魔法の天才だ。
魔法に対する好奇心が高く、レイの研究についても正しく理解していた。
だから、魔法について夜な夜な話こんだりする仲だったのだが、ある時を境に音沙汰が無くなってしまった。
「まあ、ぼくには関係ないことだけど」
もしかしたら、アリスたちが寂しく思っているかもしれないね。
それを知りつつ、知らぬふりをする。
引き出しから抜いた一枚の写真をしまい、思い出の一片にそっと蓋をした。




