七十五話 失った記憶
──滅んで行く里を目の当たりにしていました。ですから、私と私の両親の会話や凶行も、本当は全て知っているはずなのです。
信じられないことであった。カナタが里の惨状を知っていただなんて。
「里がなくなったのを知ってて、忘れた……? じゃ、じゃあ、シスイが叔父さんたちと戦ってるのを、あたしは見てたってこと?!」
「はい。私が火をつけたところから両親を殺すところまで、全てです」
全く覚えがない。そんな従妹に、シスイは失った記憶の続きを簡潔に知らせた。
「私が両親の話を盗み聞いて、火をつけた。その瞬間に貴女も居合わせていました。かなり怯えた様子だったので、ショックで忘れてしまったのでしょうね。里へ帰ってきた叔父さん達が貴女を逃したのだと思います」
故郷のことがトラウマとなったカナタに、両親は海を渡って姉を探すように頼んだ。
里に留まっていれば耐えられない。そう考えた両親による、カナタの『家出』であった。
つまり、書き置きをして家を出たというのは、カナタによる捏造の記憶。
そのシチュエーションを信じ込んでいたのは、両親のついた嘘が記憶を封じていたからだ。
「ここまでの経緯を知った後、平然とした貴女がマウリス研究所に来たので驚きました。あれだけのことがあったのに、なぜ前と変わらずにいるのか。考えた末に記憶喪失だと結論づけ、パルティータでの答え合わせで正解だと知りました」
「……ああ、だから、研究所で意味深なこと言ってたのか」
「ええ。記憶を失っていることは知らなかったので」
キーが腑に落ちたように頷く。
意味深なこととは、マウリス研究所でのことだろう。
去り際に残した呟きは、カナタの様子を見ての発言だったのだ。
「キーにしてはよく覚えてるね。やっぱ目にかけてる弟子だから?」
「別に目をかけては……いや、そもそも弟子を取った覚えはない」
流されそうになったキーが思い止まる。
まだカナタは弟子だと認められていないようだ。もう少し頑張れば推し負けてくれるはずなので、カナタにはぜひとも突進して欲しい。
そのためにも、シスイが記憶を告げた理由まで聞かないといけない。
「それで、シスイさんはなんで記憶について話したの? またトラウマが蘇るかもしれないのに、わざわざ話す必要はあったのかな?」
「レイくん……?」
カナタがびっくりしているが、お構いなし。邪魔をするつもりはないが、少し強気で尋ねさせてもらう。
なんせ、一度カナタのことを傷つけたのだ。どんなに悪意がなくとも、危険だと判断されれば、こちらも傍観はしてはいられない。
挑発するようなレイの問いに、シスイは口を開いて再び噤む。そして、無闇な打ち明けではないと答えた。
「……この記憶自体、伝えるかは迷いました。ですが、叔父さん達はカナタのことを心配しているでしょう。記憶喪失についても知らないので、きっと気が気でないはずです」
守るためにカナタを見送った両親は、今もどんな状況か知らずにいる。
もし記憶を知らせないままなら、カナタは姉を見つけるまで帰らないはずだ。
つまり、それまでカナタの無事を確認できないということになる。
「私が伝えに行ってもいいですが、信じてもらえるかどうか……」
「……そっか、手紙」
記憶喪失から気を取り直したカナタ。
そんなことになっているとは知らなかったから、今からでも旅が順調だと教えてあげたい。
「手紙を書いたらいい? 今から帰ると大変……」
「いや、ここはぼくも協力するよ。船を用意すれば行けるよね? グレータに手配してもらったら一日で行けるはず」
「本当? じゃあ、行かないと!」
今すぐ飛び出そうとするカナタに、せめて食後にしようとレイは止めに入る。
今すぐ行ったとしても船が間に合わない。
「みんなも行くよね? あたし、仲間がいるって紹介したい!」
「うーん、ぜひとも行きたいところだけど……ぼくは忙しくなるし、ミリちゃんとキーが良ければ三人で行ってくるといいよ」
呪いや魔術の後片付けや事情聴取にも駆り出されるため、レイが一緒に行くことはできない。
個人的にも魔術師たちにお灸を据えたいので、ネイラ行きのメンバーからは除外させていただく。
「ミリちゃん、師匠、一緒に行ってくれる?」
「うん、私は大丈夫」
「……」
快諾したのはミリア。友人の頼みなら、と即答していた。
ただ、もう片方は無言。断るつもりだろうか、とレイが先手を切ってそれを封じた。
「あーいけないんだー。良い大人が自分の予定を優先して、仲間の里帰りに協力してあげないんだあ? しかも、弟子の付き添いなのに、断るんだねえ?」
「別に断るとは言ってないだろ。こいつら二人で行かせるのも良くねえし」
一瞬だけ渋っていたのは、キー自身も認めている。
ミリアがいるなら自分が行く必要はあるのか。
そう反射的に思いついたが、良識はあるので嫌とは言っていない。
「おお、意外と考えてた! てっきりペドロにしか気が回せないと思ってたよ!」
「さらっと馬鹿にしてるとこ悪いが、お前のがよっぽど考えなしだろ」
「そ、そんなことは……」
先ほどの準備不足が頭をよぎったレイ。これ以上は勝ち目がないと、すぐさま口論から退避した。
代わりに、グレータから返事がないか待っていると、クリアマーレにある船を使って良いと文字が浮かび上がった。
「もう行けるの!?」
「みたいだね」
どうやらクリアマーレを監視する魔法使いに、船の手配を頼んだらしい。
これならクリアマーレから直接ネイラに渡ることができる。
早く帰りたいというカナタの望みで、食事を済ませたら直行することになった。
ちょうどウェイトレスが料理を運んできたので、一時間以内には出発することになる。
「そんな急に行けちゃうんだ……」
「まあ、こんなもんじゃねえか? 足は『扉』で足りてるからな」
フットワークが軽すぎやしないか、とミリアが感想をこぼすと、キーが疑問に思ってなさそうに返してくる。
「でも、船は簡単じゃないですよね?」
「……それは、そうだな。そういう無茶を言うのはあいつぐらいだ」
分かってもらえたようで、妙に落ち着いたミリア。美味しい料理に目を向けて、移動時間については忘れることにした。
「美味しい……!」
「あ、ミリちゃんも食べた? これ、限定ながらも看板メニューなんだって!」
「限定で看板……?」
夕食は本日のおすすめ、『黄金鳥のミルキーパスタ』。
魔法時に捕まえられる『黄金鳥』を使ったパスタで、カナタが言った通り、この店の看板メニューとなっている。
「よく考えたら、ここの店のモチーフって金時計と鳩だしね。看板メニューになってるのも頷けるよ」
「魔法時でしか食べられないのに……でも、むしろ、それが良いのかな?」
すっかり話は脱線し、レイたちはカフェの限定看板メニューを味わう。
あっという間に皿を空にすると、カナタは張り切って店を出て行った。
「あ、待って……!」
「先行っても場所分からんだろうが!」
慌てて追う付き添いの二人。レイは紋章でキーに船の場所を伝えて、三人を見送った。
残された、レイとシスイ。まだ続きがあると察してか、目の前の人は去らずにいてくれている。
「さて、カナちゃんのことも心配なくなったし、シスイさんに一つ頼み事があるんだけど、良いかな?」
「ええ。散々ご迷惑をお掛けしていますからね。何を頼まれても可能ですよ」
顔色ひとつ変えずに、何でもいいと口にする。
自分の命でさえ差し出しそうな雰囲気に、あえてレイは軽い感じで接する。
でないと、空気の重さにやられてしまいそうだから。
「いや、そんな大変なことじゃないよ。シスイさんって、何かネイラから持ち出したものってある? 常に身につけたり所持したりしてる感じの」
「ネイラから持ち出したもの……ああ、そういえば、『相殺炎』の入った小箱に、もう一つ何かありましたね」
「本当!? それ、見せてくれない?」
シスイは懐から小箱を取り出すと、中から半分に欠けたコインのようなものを取り出した。
金でできているそれは、先の方が歪な形に曲がっていて、パッと見ただけでは不良品のようであった。
「小箱は反応してるし……これがネイラの鍵だ」
クリアマーレの銀の小箱が反応するなら、間違いなく『杖』の鍵ということ。
ただ、それにしては奇妙な形をしている。
何より、鍵を手にした時のような感覚がなく、気にするほどの価値が見出せない。
「いや、鍵だし価値はあるんだけど、肝心の中身がないみたい。……ってことは、この鍵がまだ鍵としての力を発揮できていない。発揮できないってことは、不完全なままってことだ」
このコインの欠片が何かの役割を担うのか、はたまた欠片は鍵獲得の手掛かりに過ぎないのか。
いずれにしろ何かが足りない。もっと調べられないかと魔法で探ろうとして、我に返る。
そういえば、これは借り物であった。
「あ、シスイさん、これって譲ってもらえたりするかな?」
「ええ、良いですよ。私には必要ないものですから」
コインを好き勝手しているレイを、どうするつもりか面白そうにシスイは眺めている。
これが何かとも聞いてことないあたり、本当に興味がないらしい。
「本当にいいの? かなりのものだけど……」
「それなら尚のこと、私が手にするわけには行かないでしょう」
お詫びとお礼も込めていると、笑顔で圧をかけられた。
あまり遠慮するのも良くないらしい。ありがたく受け取らせてもらった。
「用事は済んだようですし、私は捕まりに行きます。カナタのことはよろしく頼みますね」
「潔いね……」
「まあ身体はいくつもありますから」
「え」
──身一つで償おうと思います。
最後に聞き逃せない言葉を残して、シスイは霧に姿を消した。
「分身は野放しってこと?! それって脱獄……いや、捕まってはいるけど!」
黒寄りのグレーゾーンな抜け道である。
あの様子なら罪を重ねたりはしないだろうが、あまり褒められたことではない。
「物腰は柔らかいのに、豪胆なことするよなあ……」
とりあえずカナタが許すのであれば、半脱獄に関しては黙っておこうと思う。
「そろそろ報告に行かないと怒られるかな」
テーブルに残された硬貨を手に、レイは会計を済ましに行った。
◇◆◇
──五年前。小さな島国の、とある里にて。
「いかん……急所、刺されてまった。あの子、思っとるより強なっとったなあ」
「火の手も上がっていますし、ここまでのようですね」
四方八方が炎に包まれ、赤く照らされる。
その中心で倒れたのは、火を放った人物の家族。
母親は萌黄色の髪を散らし、息も絶え絶えに笑う。それを見た父親は、物悲しげに蓮色の瞳を瞬かせた。
「ワカバ達みたいに、大人しくやめときゃ良かった。そりゃ冥手なんて、やりたないに決まっとる。ましてや、あんなこと聞いてまったら、ウチらの話なんて信じられんわな」
一度『相殺炎』にふれてしまったため、もう助かる道は残っていない。
ただただ後悔する胸の内を明かし、命が絶えるのを待つのみ。
「そうですね。今は平和な世ですから、このまま捨て去ってしまえば、こうならなかったでしょう。それに、私達が優柔不断だったせいでもあります」
「もっと早う言っとけば……親が自分の子、信じれんでどうするっ……!」
どこまでも強い志を持つ冷徹な冥手は、そこにいない。
ただ、一つの大きな間違いに気付いた、どこにでもいるような母親の姿であった。
「……シスイには謝りたかったのですが、それもできそうにないことが悔やまれますね。せめて、ワカバさん達……それか、従妹さんが近くに居てくれれば幸いです」
「そうなあ、カナタちゃんなら助けてくれるかもしれんなあ」
パキパキと柱が折れていき、熱がすぐそばまで来ている。
そろそろ息をするのもしんどい頃合いだ。
「ワカバは……ウチらのこと許しはせん。……けど、いつか伝えて欲しいなあ……ウチら、表には出れんけど、ヒーローだったんよって……」
「ヒーロー……ふふ、殺人犯ですけどね。言いようによっては、そうなるんでしょうか……」
ついに火のついた指先。
ぼうっと膨れる炎をどこか遠くのことのように、綺麗と感想をこぼす。
その中に束の間の思い出を映し、優しく微笑んだ。
いつか影を背負ったあの子を、誰かが助けてくれますように。
やがて、炎は全てを包み込む。
焼かれる痛みを報いとしながら、二人は静かに眠りについた。




