七十四話 敵、改め味方
「ふむふむ。つまり、ぼくらが壁を破壊してるうちに決着がついたと。……うん、良かった。シスイさんも敵じゃなくなったわけだし、良かったね」
カナタのおかげで仲間になったシスイ。二人は無事に仲直りをしたようで、現在レイたちは結果の報告を受けている。
ちなみに壁の破壊はカナタがトドメの一撃を入れるところで終わっていた。一足遅かったものの、従兄妹同士の会話に一安心である。
「本当に、ご迷惑おかけしました。呪いや魔物は私が責任持って片付けておきます」
無数に湧く魔物を、シスイは魔法で次々と倒していく。
魔物を研究していただけあって、的確に急所を突いていた。
「あ、そう? やった! 仕事が減った!」
今回は調査しかしてないが、事件の収拾をつけるのには一苦労する。
それを事件の主犯が手伝ってくれると言うのだから、全力で甘えたいところだ。
告発もするようで、大人しく罪を認めて捕まりに行くとのこと。
「けど、大丈夫? 魔術師たちには黒幕がいるよね? 口封じに来そうなものだけど……」
「そうですね。きっと来るでしょうね。ですが、そのために保険をかけていますから」
「保険……あ、そういうことか」
こちらに向けて発した保険。つまり、レイの予測は合っていた。
「捕まえたままで良いってことだよね?」
「ええ。本当に危機が訪れた場合は頼らせていただきます」
「分かった。丁重に預かっておくよ」
パルティータで捕らえたシスイの分身。それを、そのままにして欲しいとのことだ。
おそらく最初から、こうするつもりだったのだろう。
シスイが勝ったら分身を追わせて、負けたら身の安全を取り付ける。
この状況を見越して、わざと捕まって保険にしていたのだ。
「でも、なんでぼくに預けたの? 捕まるならどこでも良かったよね?」
「それは……カナタが信頼していましたから。それに、厄介になる場合も説明がしやすいでしょう? クリアマーレやパルティータでの様子から、分身の絡繰にも気付くと踏んだのです」
「なるほど」
狂気に飲み込まれたように見えながら、意外と理性的な手段をとっている。
自分が負けた場合のことも考えているため、カナタなら自分と同じにはならないと期待していたのかもしれない。
「カナちゃんが諦めなくて良かったね?」
「決闘の前とは真逆の考えですが、そうですね。本当に良かったと思います」
想定外に引き上げられてしまったが、暗闇にいるよりは楽にいられる。
シスイは安心したように微笑んだ。
「諦め……そういえば、あの光ってレイくんの? 虹色に光ってて、昔の夢が映したやつ」
ふとカナタが、不思議な魔法を思い出す。
虹色の光。それは、レイの用意した『お守り』の効果だろう。
脆い心が危機に陥った時、役立てばと潜ませていたものだ。
「そうだよ。カナちゃんが前を向けるように、少しだけサポートしたくてね。良い夢が見られるようにしておいたんだ」
「良い夢……ありがと、レイくん。あたし、あれが無かったら諦めてたかもしれない。シスイに勝てたのは、あの夢のおかげだよ」
あの優しい白昼夢があったから、カナタが旅に出た目的を忘れずにいられた。
それが、もう一つの勝因。
もし、怖さに飲み込まれていたのならと考えて、カナタはブンブンと首を振る。
そんなことにはならなかった。
だったら、こんな悪い想像は、もういらない。
「そういえば、ここってどうするの? あたし、めちゃくちゃ思いっきり焼いちゃったけど、大丈夫!?」
「今まで落ちた人がいなければ問題ないよ。魔法で修復しておくから」
系外魔法で巻き戻し、床を踏み抜かないように直す。
ついでに、シスイの罠でアベコベになった床及び壁を、元に戻しておいた。
地下室の入り口付近までやってくると、上の方からドタバタと喧騒が伝わってくる。
呪いが発覚して対応に追われているのだろうか。
そう楽観した考えで頭を出したレイは、そんな生易しいものではないと気付いた。
「あれ……? まさか、研究所内にも何かあった!?」
負傷者が、と誰かが言った。治癒の魔法薬はないか、と誰かが走った。
まだ終わっていない。地下ではない何処かから、何者かが襲っている。
「……? ……ああ、そうでした」
「シスイさん? 何か知ってるの?」
もう敵意はないのだろうが、こういうのは早く注意して欲しい。
でないと、再び疑ってしまうかもしれないから。
「すみません。地下を管轄していたので、上については把握していませんでした。ですが、おそらく……魔術を組み込んだ魔物を放ったのでしょう」
魔術を組み込んだ魔物というと、魔法の威力を魔術並みにしているということだろうか。
そうなると、予想以上に強いことを知らずに戦って、負傷している可能性が高い。
「騙し討ちみたいなものだね。……これ以上の被害がないと良いけど」
喧騒の方向からして、現在は二階にいるはずだ。
動きがないのを見るに、誰かが戦っているのかもしれない。
「ちょっと先いってくる。みんなは待ってて」
「あ……!」
瞬間移動の魔法でひとっ飛び。
すると、ちょうど一人の研究員が顔面蒼白で呪文を唱えているところだった。
「……だ、だめ……助け……!」
魔物の増幅した魔法が、すでに放たれようとしている。
研究所を半壊させるような威力だ。
あれは放置してはまずい。
『──・アィネ・ギ・クラーハ』
『──・ミュトゥカ・ミュイタス』
魔法を使い物にならなくしてから、限定した強い悪夢で錯乱させる。
本来、魔物や魔獣は悪夢の影響を受けにくいが、絶対に逆らえない恐怖であれば通じる。
「……っ?! ……っ?! ……っ?!」
ガクガクと身体を震わせた魔物は、魔法を撃つことすらできなくなった。
「……大丈夫? 怪我はしてない?」
「あ……は、はい。ありがとうございました……!」
研究員は魔物を気味悪そうに迂回して、一目散に逃げて行った。
残されたレイは、魔物に何か拘束具を、と乱雑な部屋に手を突っ込んで探す。
あれ、何にもないな。そう落胆していたら、遠くの廊下からアリスが慌てて駆け寄ってきた。
「レイさん……!」
「ん……? アリス、どうかした?」
おろおろと心配そうにしている。
どうしてそんなに慌てているのだろう。
ぼんやりとした頭で考えてみて、ようやく理由が見当たった。
「ああ……『悪夢』を使ってだいぶ経つっけ」
もう必要ないので切っておく。
アリスが心配したのは、『悪夢の日』を使う代償を鑑みたからだろう。
確かに少し使い過ぎた気はする。
「大丈夫ですか……?」
「うん、平気」
心配いらないとアリスに笑ってみせて、とどめを刺すようミリアに言う。
怯えたままの魔物に心は痛むが、魔術を組み込まれていると放置はできない。
ミリアは頷くと、目を逸らさずに矢を放った。
「魔物も被害者、ですよね……」
「そうだね。あの魔物がどこまで理解していたかは分からないけど」
魔物は魔獣と違って、生き物より概念や現象に似通っている。そのため、実験されたことについては無感情だったと思われる。
人間の目線からすれば可哀想だが、魔物にとっては力がタダで手に入っただけ。被害者かどうかは人間の感じ方による部分でもある。
「あれが人間や魔獣だった可能性もあるから、それを考慮すれば被害者になるんだろうね。少なくとも、ぼくはそういう価値観で考えるよ」
「……私も、そう考えます」
納得したような、腑に落ちないような。
そんな曖昧な表情でミリアは答えを導き出した。
「さて、あとはグレータ達に任せよう。魔術師は全員捕獲済みらしいし、どこか落ち着ける場所……『ククーロ』に集合にしよう」
十分働いたというのもあるが、シスイが自主する前に話を聞かなければならない。
主犯が不在となるが、グレータに説明すれば問題ないだろう。
魔術師たちを魔法会に引き渡すようカイヤに託して、レイはフラハティ研究所を後にした。
◇◆◇
カウンターに一人。テーブルに三組。店員は二人いて、調理場にはオーナーがいると思われる。
今日も今日とて、騒がしさとは無縁な『ククーロ』。
店内にはゆったりとクラシカルな音楽が流れ、談笑する魔法使いの声が洒落ているように感じる。
そのカフェ空間にお邪魔するレイたちも、すでに常連と言っても過言ではない。魔法学校の授業後にも来ているので、オーナーにも顔を知られているほどだ。
「それで、シスイさんの話って……あ、ぼくらって席を外した方が良かったかも?」
場所提供ついでに聞く気満々だったが、よく考えたら思いっきり他人の事情に首を突っ込んでいる。
カナタとじっくり話をするなら、とレイは改めて気を利かせた。
「いえ、居てもらっても構いません。むしろ、一緒に聞いて下さった方がいいかと」
緑茶を啜り、シスイは問題ないと微笑む。そわそわしているカナタが緊張しないように、気遣っているようだ。
そういうことなら、とレイは再び椅子にもたれて座る。それに安心したカナタは、口をつけていなかったメロンソーダを飲み始めた。
皆が一息ついたのを見計らうと、シスイはカップをテーブルに戻す。
そして、嘘をついた分やカナタの知らない事実について話し始めた。
「まず嘘についてですが、先ほど話した通りカナタの両親は亡くなってはいません。私の両親と同じではありませんでしたから」
「同じじゃ、なかった……?」
「ええ。もちろん、冥手だったというのは疑いようのない事実です。ただ、貴女の両親……叔父さんと叔母さんは、貴女を守るためだけに鍛錬をさせていました。つまり、貴女に家業を継がせるとは考えていなかったようです」
「えっ……そうなの……?」
目を見開くカナタは、それを何度も反芻する。
それは、両親の愛が嘘ではなかったということ。
冥手のことを黙ってはいたものの、本当に裏切られたわけではなかった。
「よ、かった……良かった……あたし、疑わなくて良いんだ……!」
先ほど泣いたばかりだというのに、カナタの目は再び潤む。冥手だと思うと複雑ではあるが、家族だから怖くはない。
だが、それら全てが酷い嘘だったということ。安堵して間もなく、カナタが怒りを込めてシスイ問いただした。
「なんで、なんで、こんな酷い嘘を言ったの?! あたし、疑いたくなんてなかったのに! 家業があったとしても、あたしは父さんも母さんも大好きだった! それなのに……!」
もっと何か怒鳴ってやりたい。
そう、シスイに目を向けたカナタは、浮かんだ言葉を出さぬまま押し黙った。
だって、シスイが哀しそうに寂しそうに笑っていたから。
酷く傷付いたような、深い諦観を宿したような、そんな表情で笑ったのだ。
「そうですね。私は許されないことをしました。カナタには無関係のことなのに、引き摺り落とそうとしてしまいました」
「あ……」
そういえば、シスイはこう言っていた。
私の両親と同じではありませんでした、と。
つまり、シスイの身に起きたことは本当で、カナタのようにタチの悪い嘘ではなかった。
それに、カナタも無関係ではない。
叔父と叔母は、カナタにとってもお世話になった家族だ。
隣同士に住んでいたから、毎日のように顔を合わせていた。
何気ない会話もあったし、ご飯をご馳走してもらうこともあった。
そんな叔父と叔母がかけた言葉。それが、家業のためだけに育てたという事実だった。
シスイの嘘は、ついてはいけない嘘だった。
けど、この憤りをぶつけてはいけない。
この感情を本当にぶつけたいのは、シスイのはずだから。
「ご、ごめん、シスイ……」
「良いですよ。当然のことですから。貴女は何も悪くありません」
シスイは微笑みを崩さずにいる。
この感情の行き場はカナタではない。そう伝えているようだった。
「これで嘘は終わりです。ただ、もう一つだけ伝えておきたいことがあります」
前置きをしてから、すっとカナタの方を真っ直ぐ見る。
そして、再び頭が真っ白になるようなことを言った。
「カナタ。貴女は……記憶喪失になっています」
「……え、記憶、喪失?」
記憶喪失ってなんだっけ、とカナタ。頭が回っていないようだ。
混乱しているカナタの代わりに、レイは怪訝気味に尋ねる。
「……完全な記憶喪失じゃないよね? 昔のことを覚えてるなら、一部だけ記憶がないってこと?」
「ええ。一日分だけ記憶を失っています。それも、カナタが里を出て行った時のみ」
里を出て行った時というと、カナタが家出をした時のことだろう。
確かカナタは、書き置きを残して家出したと言っていたが、それが間違っているのだろうか。
「カナタ、あの日、どうやって里を出たのか覚えていますか?」
「え? 父さんと母さんに姉さん探しに行ってくるって、そのまま飛び出してきたよ?」
「……そうですか。そうだと思いました。やはり、記憶が間違っていますね」
「間違ってる? ……あっ、まさか、書き置きし忘れた?!」
「いえ、そういうことではありません。あの日、貴女は……」
そうして明かされた家出の経緯は、カナタが知るものとかけ離れていた。
「滅んで行く里を目の当たりにしていました。ですから、私と私の両親の会話や凶行も、本当は全て知っているはずなのです」




