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七十三話 不屈のカナタ

『ククニソハ』


 手始めに消えない炎を生み出す。それを剣に纏わせて、シスイのもとへ真正面から挑みにかかる。


「って、早っ! すっごい軽い! なんか動きやすい!」


 脚力やら腕力やらが、まるごと強くなった。

 無敵になったような気がして剣を振るうが、それがチグハグになるのは変わらない。

 跳躍のタイミングと合わず、初めは落下するだけとなった。


「う、痛つつ……あたし、まだ剣使えないんだった……」

「そんな状態で私に勝とうとしたのですか……」


 呆れたようなシスイの声。これにはカナタも反論できずに項垂れた。

 さすがに、未完成の剣術で対抗するのは無理があったようだ。


「本当は剣で勝ちたいけど……ここで勝てない方がカッコ悪い」


 今日だけ。今日だけ、大剣と一度おさらばすることにする。

 その代わりの対抗手段は、両親直伝の体術。

 幼い頃から厳しく教え込まれ、父に認めてもらった。蘇生の魔法と並ぶ、カナタの自慢できる技の一つである。

 

「久々の手合わせですね。お手柔らかにお願いします」

「それはこっちのセリフっ!」


 僅かに微笑むシスイ。未だカナタを脅威として認識していないのか、余裕の動作で水の花弁を浮かべる。

 

 前方、右、左、もう一度右、からの上下。

 一度でも触れれば蘇生に魔力を吸われてしまう。

 焦らず丁寧に。背後も忘れずに躱してから、一気に間合いを詰めて技を仕掛ける。


「あっ!」

「直情過ぎますよ。それでは狙いを悟って欲しいと言っているようなものです」

「避けられたっ……けど、あたしだって読めるんだし!」

「……!」


 シスイの着地点には燃え盛る炎が。

 従兄はカナタよりも優れた力を持っている。

 ならば、全てを避けられる前提で仕掛ければ良い。

 

 消火できない床の炎にシスイの一手は取られる。その隙を狙って、追撃のためにカナタは地面を蹴る。


「戦闘センスは底なしですね……! ですが、一つ忘れていることはありませんか?」

「え……あ、うぎゃ!」


 横から入った一太刀。落下していたカナタは避けられるはずもなく、なけなしの魔力に打撃が入った。


「うぅ魔力がぁ……」


 うっかりミスである。シスイに分身があると頭に入っていなかった。

 これで炎を使い続けるとなると、持って十数分。『殺人鬼』状態を保つとなると、さらに短い時間になってしまう。

 つまり、もう一度蘇生すれば、確実に負けるということだ。


「もう、蘇生はできない……」


 再び生成される水の花弁。さらには、六の分身がその数を倍増させる。


「分身の数は六つだった……どどど、どうやって避けよう?!」


 全身から脳までフル回転で、さらに直感を信じて転がったりする。

 炎で遮ったりもしてみるが、魔法の精巧さで負けているので貫通してくることもあった。


「わわわっ! ちょっと待って! タンマ! 一回タンマ!」

「カナタの頼みでも、それは聞いてあげられません。私も勝つためにここにいますから」


 かろうじで当たっていないものの、服が破けたり、髪が散っていったり。

 かなり危なっかしい回避しかできていない。


「貴女の強みは弱点でもありますね。蘇生があるからこそ、それに頼りっきりになってしまいますから」


 腕を少しだけ切ってしまった。鋭い痛みに立ち止まりそうになる。もう避け続けるにも限界が近いようだ。

 このままでは打開できない。

 何か、何か方法はないのか。


「『翠生泰火』……『翠炎筆』……」


 ──そういえば。

 

 昔、姉と読んだ古い書物があった。

 そこに書かれていたのは、筆や護符を使う歴代の当主たち。

 当時のカナタは刀や剣に憧れていたため、どこか遠い無関係のことのように感じていた。だが、好奇心旺盛だった姉は、本当にすごい、と感嘆する声をこぼした。

 

 そこに書かれていたのは、何だったのか。

 姉が楽しそうに話したのは、当主たちの──


「魔法……呪文!」


 水を気合いで打ち消して、背後に降ろされる刀を筆の柄で防ぐ。

 次は左に、切り掛かってくる分身。宙返りで避けて蹴り上げ、大怪我をしそうだったふくらはぎを寸前で守った。


「何だっけ……なんか難しそうなやつ……」


 体制を立て直す間もなく猛攻が続く。

 息も上がってきているが、もう少し、後ちょっとだけ考えたい。大事なヒントがあるはずなのだ。


「とりあえずっ……!」


 『翠炎筆』を握りしめて、全焼させても良いからと床に火をつける。

 最悪、二人仲良く真っ逆さまだが仕方ない。この僅かな時間で決着をつけるのだ。


「翡翠……星が由来……? 聞いたことない名前……」

 

 思い出を潜って、姉の話に耳を傾ける。

 夜空に浮かぶ、炎の星。

 勇猛果敢を題目とした、溢れんばかりの翡翠の輝き。


『この魔法の名前はね。あそこにある、一際輝く惑い星が由来だよ。火炎の精霊が生まれるところで、火の魔法系を司る戦いの星。だから、この魔法も『翠生泰火』の本質を表している。カナタが使えるようになれば、あの星の炎を呼べるってことだよ』

『へえ、そうなんだ……でも、噛みそうな呪文だし、近くで使えなさそう。あたし、筆じゃなくて剣で戦いたいもん。すごくっても使えなさそうだよ』

『ふふ、そういうと思った。確かに筆や護符で使う大技の魔法だけど、カナタがピンチになった時に助けてくれるかもしれない。覚えるだけなら、どうかな?』

『えぇ……どうせすぐ忘れちゃうって!』


 ずっと渋っていたカナタだが、一度見てみたいと姉が口にしたので頑張って覚えた。

 結局、今の今まで忘れてしまっていたが、思い出が蘇るとともに自然と呪文が脳裏に浮かんだ。


『エ、シ……ク? キ、キ……やっぱ読めない! あたし、文字とか苦手!』

『あはは、そう言わずに、私も一緒に読むから』


 指でなぞって、一緒に追った。

 何回も噛んでしまって、その度に顔を見合わせて笑った。

 その、呪文は──


『エシュ・クォ・キーキ』


 噛まずに言えたよ。

 心の中で、姉に喜びを知らせる。


 翡翠の炎は白む輝きのもと、いくつもの火の玉を生み出していく。

 星のように煌めく火は、周囲の炎と比べても眩さが段違い。

 その星を携えて、カナタは再び飛び出した。

 

「って、ちょ、危なっ……!」

「視界不良なので、気をつけてくださいね」


 突っ込んだ瞬間、目の前に刃の切先があった。

 おそらく炎を越えるのは難しいからと、カナタが何も考えずに踏み込んで来るのを待っていたのだ。

 やはり、先読みすることに関してはシスイの方が上手い。

 あと一歩進んでいたら、蘇生する羽目になっていた。


「だけど、ここからが本番だ。最初で最後。これで、決めてやるっ!」


 床を燃やしたおかげで、シスイも分身を迂闊に動かせられない。

 再び一対一になるが、純粋な対決なら互角でいられる。

 だから、最後に賭けるのは、カナタを象徴するやり方。

 

 もう一度、真正面から挑みにいく。

 迎え撃とうとする、シスイの秘技『鏡池』。確か、魔法を反射する魔法だった。だが、反射できる数は限られているはず。

 カナタは有りったけの炎を水面に映し、自身に返ってきた炎の水を死なない程度に受け切る。


「痛っ! これ、持つかな……?!」


 自ら囮となったのだが、蘇生できないのは辛かった。

 けど、今は大剣を手にしていないので、半分以上も避けられた。

 そして、反射に負荷をかけてできる、この反射ができなくなった隙。


「行っけえええええ!!」


 狙いは滅茶苦茶で、当然外している。

 だが、幾つもの星のうち、どれかが当たりさえすればいい。

 

「……っ!」


 きらきらと煌めく九つの星が、真っ直ぐに落ちてくる。

 その光景に、目を見開くシスイ。

 土壇場で新しい魔法は、さすがに予想していなかったようだ。


「『ネリュ……』いえ、無駄ですね。私には抜け出す術がありません」

 

 避けるには範囲が広いし、守るには威力が強い。

 隕石のような威力を誇る翡翠の星に、シスイは己の敗北を密かに感じ取った。


(ふふ、まさかの負け、ですか。それも悪くないですね)

 

 乱射された星は逃げ場を覆い、紫水を破って直撃。

 爆音を轟かせ、一帯の壁や床を丸焦げにした。


 ──『エシュ・クォ・キーキ』


 魔法名、『熒惑星(けいこくせい)』。


 思い出から拾い上げた魔法を、カナタは見事に成功させてみせたのだった。


◇◆◇


 シスイの影がなくなった。どうやら倒れたようだ。


(倒れた……?)


 これは、まさか。

 まさか、まさか、まさか。


「あたしが、勝った……!?」


 やった! と飛び跳ねて喜ぶ。

 (かな)いっこないと思っていた、あの従兄(あに)に勝った。

 まぐれで姉との会話を思い出したおかげだ。もう一度戦えと言われたら、負ける気しかしない。

 けど、今回だけは、カナタが勝った。


「レイくんに啖呵切って残っちゃったし、勝ててよかった! ……って、火、消さないと!」

 

 強引に距離を取るため、底抜けになるのも構わず床を焼いたのだ。このままだと本当に落っこちてしまう。


「あれ、あたしが出した炎なのに消えない?! ど、どうしよ?!」


 どっと疲れてしまったせいか、魔法が上手く使えない。

 本当に落っこちるかも、と青くなっていたら頭上から水が降ってきた。


「わぷっ……!」


 顔に被った水を振り払う。

 そして、瞑った目を開いてみると、燃え盛っていた炎は鎮火されていた。床や壁には、黒焦げの跡だけが残っている。

 

「これって……」


 紫色で泡のない水。

 まごうことなき、『紫雲蓮水』の水だ。


「シスイ!」

「……やれやれ。己の魔法も消せないとは、手のかかる従妹ですね」


 どうやらシスイが代わりに炎を消してくれたようだ。

 『抱薪救火』の炎も混じっていたのだが……ひとまず落下を免れたようで、本当に良かった。

 ただ、一つ衝撃の事実がある。


「あ、あれ?! シスイ……一個も怪我してない! まさか、あたし、負け?!」


 一度倒れたはずだが、歩いてくるシスイはピンピンしている。

 今ここで攻撃されたら、カナタの負けということになってしまう。


「いえ、決闘は私の負けですよ。分身があるので怪我はしていませんが、あの場で逃げられなかったのは事実ですから」


 そうやって負けを認めるシスイだが、カナタの蘇生と釣り合いを取ると、完全におまけしてくれている。

 なんで、とカナタが呟くと、シスイは優しく微笑んで答えた。


「確かにおまけはしていますが、あの一瞬だけでも私は貴女に負けました。それなら、貴女が勝ったと言っても差し支えない。それに……私は、貴女が挫けなければ負けを認めていた気がします」

「あたしが挫けなければ……?」

「詳しいことは後ほど話しますが……止まるべきか、そうでないか。どうやら、私はその選択を貴女に委ねたかったようです」


 先ほどまでは、確かに仄暗さを纏っていたシスイ。

 今は柔和な雰囲気になって、カナタの良く知る従兄(あに)に戻っている。

 そして、重荷を降ろしたような、憑き物の落ちたような、晴れやかな表情をしていた。


「そういえば、あたしが止められれば、とか言ってたっけ」

「ええ。他力本願なやり方なので、巻き込んだことは申し訳ありません。ですが、それほど許せなかったのです。皆の裏切り……全てを壊した己自身をも」

「シスイ……」


 揺らぐ瞳には、悲しみと僅かな蔑みが込められている。

 前者は家族、後者はシスイ自身にだろう。冥手だと知って裏切られたというのに、自身も里の皆を殺して復讐を果たした。そのことが、罪となって自分自身を苦しめていたのだ。


「私も結局、人殺しとなってしまいました。それで裏切られたというのに。……この時点で正気ではなかったんでしょうね」

 

 こうしていれば、誰かが成敗してくれるかもしれない。もしくは、一緒に堕ちてくれるかもしれない。

 そう、この諦めの悪い従妹のような人が。


「まあ、まさか後戻りすることになるとは思いませんでしたが。負けてしまったからか、あれだけ固執した恨みがどうでも良く感じる。……ふふ、滑稽ですね。私は今まで悪夢にうなされていたようです」


 くすくすと笑うシスイ。

 その姿は、故郷の里で遊んだ時のような邪気のない笑み。

 

 もう、大丈夫なんだ。

 そのことが、何よりもカナタは嬉しくて涙腺が緩んでしまう。


「泣かないでくださいよ。悪いと思ってますから」

「ち、違う! そうじゃなくて……!」


 心配するように声をかけておきながら、シスイは微塵も慌てた様子がない。

 なんで泣いてるのか知っているはずなのに、わざとはぐらかす態度を取っているのだ。

 

 ああ、これでこそシスイだ。

 

 優しいし、丁寧だし、面倒見も良い。

 だが、たまに小さな意地悪をするのが、カナタの従兄なのである。


「うぅ……良かったよぉ……」

「全く……誰よりも元気な癖に、泣き虫なんですから」


 背中をさすられて、涙と鼻水を拭われながら、カナタは久しぶりに思いっきり泣く。

 そして、顔をぐしゃぐしゃにしながら、幼い子供のように笑った。

 

 思い出は、やっぱり大好きなままなんだ。


 翡翠の少女の世界は色を取り戻し、鮮やかな夕日の丘には一番星を瞬かせる。

 それを見上げた少女は、二人に無邪気な顔で笑いかけたのだった。

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