七十話 とある魔法使いの災難
フラハティ研究所で事件が起こった。
ネイウッドの魔法会には、少し前に報せが届いた。
その悪報を聞きつけた魔法使いたちは、危機感や好奇心から様々な憶測を巡らせる。
逃げた方がいいのか、いったいどうなってしまうのか。
事件という非日常を歓迎する者は、もっと派手に暴れてくれたらいいのに、と物騒な発言をする。
そんなの冗談じゃない。いつも通りでなければ採集に行けないかもしれないだろう。
発言した魔法使いを白い目で見ながら、コトカは魔法会を出て行った。
先ほどの魔法使いは論外であるが、今日が良い一日になりそうなことには同意する。
なんせ、事件が起きてくれたおかげか、あのイカれた片眼鏡とその弟の姿が見当たらないのだ。
特に関連性は無いかもしれないが、顔を合わせずに済んで清々しい気分である。
「アイツ、ここ最近ずっと来やがって。最低限しか稼げない上に、タダ働きさせられるんだ。事件だかなんだか知らないけど、一生続いてくれればいい」
今のうちに『ハルフの森』で、『木漏れ火』と『風の子』を乱獲しに行きたい。魔法時の素材なので、高値で買い取ってもらえるだろう。
掲示板に寄ることなく、コトカは一人で森へと向かう。
前回、毒蛇狩りで失敗してからというもの、他人をアテにして採集することをやめた。
あんな奴らと協力するぐらいなら、一人でやった方が早い。そう気付いた結果であった。
『イオ』
風に乗って駆け抜けて、燃える地面と円錐型の風をあるだけ持っていく。
『風の子』は地面に生えた風なので、風の魔法を持つコトカにとって採りやすい素材だ。
逆さの旋風を包むようにして、風を起こす。そのまま瓶に入れて保管すれば、三日ほどはもってくれるはずだ。
「二十九……三十」
周りにあった『風の子』はあらかた集め終えた。それほど時間はかかっていないので、稼ぎの効率は上々と行ったところ。
もう一つの『木漏れ火』は採集するのに工夫がいるものの、丁重に扱えば扱うほど金になる。燃える形を崩さないよう、静かに揺らさないように瓶に移す。魔力と一緒に密閉すれば半日は保存できるので、今日中に換金しに行けば余裕だ。
黙々としゃがみ込んで作業すること二時間。
素材を入れた瓶の数が多くなってきたので、一度魔法会に帰ることにする。
受付は常に空いているので、もう一度『ハルフの森』へ行けるだろう。
そう考えていたが、それは間違いだった。
なぜか、受付の前には長蛇の列ができている。
これだけ並んでいるとは、何があったのか。呆気に取られていると、そばで会話する魔法使いがちょうど答えを口にした。
「フラハティ研究所で呪いだって! こないだの……なんだっけ。あの……マ……マリウス研究所? だっけ。あそことおんなじのだって! だから、受付の人も手が空いてなくて、あんなに並んでるみたい」
「呪い……大変だねえ。まあ、こっちは関係ないけど。っていうか、マリウスじゃなくてマウリスじゃない?」
「あっ、そうだった。まあ、そんな変わらないでしょ」
コトカは前言撤回を決め込んだ。
アイツが来ないとしても、事件は起こらない方が良い。
受付が機能していないなど、論外中の論外である。
「呪い……」
イカれた片眼鏡に協力させられた時、聞いた言葉である。
結局どんな呪いだとかは知らないままだが、少しでも思い出してしまったことをコトカは悔いる。
「…………来ない、よな」
猛烈に感じる嫌な予感を早く払拭したい。
今日は久々の自由な日なのだ。きっと事件とやらに忙しくて、こちらのことは忘れてしまっているはず。
そう思い込んでしまいたかったのだが。
「ぐっ……?!」
背後からいきなり引っ張られて、喉が詰まりそうになる。というか、一瞬息が吸えなかった。
「……ゲホッ、ゲホッ……」
大きく咳き込みながら、何、と言いかけてやめる。
尋ねずとも分かるのだ。こんなことをしでかすのは、アイツしかいない。
「……」
全力でしかめっ面をして、後ろを振り向く。
やはり、そうだ。
あの気に食わない、真っ白なロングコートとシルクハット。それと、一度は殴ってやりたい、人を小馬鹿にしたような含み笑い。
「……最悪」
予想的中。コトカに安息の日は訪れないようだ。
「おや、驚いていませんねェ? ようやく不意打ちにも慣れていただけたようで」
「……」
初っ端から上から目線の物言い。最近は無視することを覚えたコトカだが、いつか報復するつもりである。
「……で? 今度は何? フラハティ研究所でなんかするつもりかよ」
「噂でも聞きましたかァ? 先読みできるぐらいには賢いようですねェ」
今までどれだけ馬鹿にされていたのだろうか。本当に失礼極まりない片眼鏡である。
「今日はフラハティ研究所を爆破ついでに、宝探しをと思いまして。少しばかり鴉が五月蝿いですが、頼まれてくれますかァ?」
「はいはい。どうせやるしかないんだろ。…………って、カラス?」
何を言ってるのか理解不能な部分もあるが、パッチワークの中に入れられた時点で承諾するしかない。
毎度の如く首根っこを掴まれながら、コトカはフラハティ研究所へ連行される。
「おおよそ、ここら辺ですかねェ? 少しはズレていても問題ないでしょう」
出た場所は、研究所敷地内の裏手側。遠いところに大きい建物が連なっており、ここは連なる内の最後尾である。
「ふむ……ここは使われていなさそうですねェ。荒地になっていますし」
窓を覗いてみると、中は雑然として物置と化していた。埃を被っているので、今は使われていないことが窺える。
「では、さっさと何か見つけて来てください。貴女が」
「は?」
「宝探しのことですよ。まとめて吹き飛ばすには勿体無いでしょう? 何か掘り当てて来てくれたら、無駄にならずに済みます」
「……」
掘り当てて来いだなんて、アタシは犬かと頬を引きつらせる。
生憎とコトカには忠誠心のかけらもない。ただでは動いてやりたくないが、カイヤはこちらに目もくれない。さらには、目の前で優雅に紅茶を淹れ出す始末。
「なに普通に休んでんだよ。だったら、アタシも探したかないっつーの」
「休むのは当然のことです。ワタクシが休むために連れて来たのですから」
かちん、と幻聴でも聞こえたようだった。
「ら……ラノ・エザ──」
瞬間的な怒りに、我を忘れて呪文を唱えたコトカ。だが、それよりも早く糸で口を塞がれた。
それを外そうと引っ張るコトカだったが、糸のくせに全く動く様子がない。それでも躍起になって力を込めるが、それを嘲笑うかのように糸でもう一巻きされた。
やがて、諦めたコトカは糸の魔法使いを睨む。ただ、それも火に油の結果であった。
「おやァ? 決闘でもしますかァ? いいのですよ、ワタクシは。いつでも貴女を宙吊りにしてあげられますからねェ」
「……っ!!」
ノーダメージな上に、オーバーキル。コトカの行動を咎めるどころか、自ら墓穴を掘っていくのを楽しんでいる節すらある。
「どうしますかァ? このまま魔法会に戻りましょうかァ?」
少し足が浮きそうになったので、すかさず首を横に振る。ここで衝動的に飛びかかっても実力差は埋まらない。
晒し者にされるよりは労働を選ぶ。
口の糸を外せと指さし、コトカは竜巻で廃屋内の物を巻き上げる。
そこから使えそうなものだけを避けて、再び巻き上げたものを元に戻す。
意外と丁寧な仕事ぶりは、自分でも似合わないと知っている。
ただ、もともと粗雑を装ったクソ真面目なので、生半可な結果は出したくなかった。
「なかなかに器用ですねェ。仕事が早くて助かります」
パチパチと拍手が送られる。
案外使えて運が良い。上っ面な褒め言葉は、そんな風にかけられた。
舌打ちを一つして、もう一つの建物へ魔法を使う。半分ヤケになりながら、怒りの行き場を竜巻でぶつけた。
「『カーム・ト・アーティ』『カーム・ト・アーティ』『カーム・ト・ア──」
「もう良いですよ。手土産には十分です。ご苦労サマでした」
「……ふん」
誰にあげるんだか知らないが、自分の手柄のように渡すのだろう。裏では他人が時間を犠牲にしているというのに。
「それでは、お役御免ということで、お愉しみと行きましょう」
魔法薬の入った小瓶に火をつけ、廃屋の窓に投げ入れる。
パリン、と割れる音がしたと思うと、爆音と共に焦げ臭い匂いと黒煙が漂ってきた。
「いいですねェ! やはり、破壊と言えばこれですよ!」
「美的感覚おかしい……っていうか、頭がおかしいんだよ」
「何か、言いましたかァ?」
「……別に」
今までも、これからも、これ以上の変人に会うことはないだろ。コトカは、疲れた頭で思考するのであった。
◇◆◇
気が済むまで宝探しの茶番に付き合い、建物が崩れる瞬間を眺める。
そんな状況へ無感動になってきた頃、カイヤが意地の悪そうな笑みを浮かべて止まった。
「こちらは終わりましたが、鴉の飼い主は人気者ですねェ。こちら側に魔術師がいないということにも納得です」
何のことだと視線の先を追ってみると、黒いローブの集団が何かを追って攻撃していた。
よく目を凝らしてみれば、空中に魔法を飛ばしているように見える。黒ローブたちの反応からして相手がいるらしい。
「あっちだ……!」
「いや、もういない。全体を包囲し……っ!」
「おい、しっかりしろ!」
四方八方を警戒しては、順々に倒れて積み重なっていく。
手も足も出ない。そんな様子であった。
「どんな状況だよ……」
「こんな状況ですねェ。鴉と飼い主が暴れているんですよ」
さっきも耳にした鴉という単語に、コトカは不可解な顔をする。
鴉といえば、そこらで飛んでる真っ黒な鳥。
それが五月蝿く暴れているとは、どういうことか。
「まだ片付け終わっていないんですかァ? 鴉の飼い主も手こずることがあるんですねェ?」
カイヤが面白そうに、何者かがいる場所へと呼びかける。
その瞬間、黒い陰が横切り、カイヤの糸は何かしらの攻撃を阻んでいた。
コトカには見えなかった、一瞬の攻防。次元の違うやり取りを呆けて眺めることになった。
「おやおや、危ないですねェ」
「テメエ、このオレが手こずるとか言いやがったな?? 楽したヤツがほざいてんじゃねえよ!」
「楽とは何のことでしょうか? ワタクシも仕事はして来ましたよ?」
「ハッ、杜撰な嘘だな。テメエの方に敵は居ねえだろ? 把握済みなんだよ、エセ人形!」
張り巡らされる糸と、猛攻を仕掛ける黒い陰。理解の追いつかないコトカであったが、これだけは分かった。
このイカれた片眼鏡と互角に渡っている者がいる。
それだけの実力者の存在に、今度は何なんだよ、とコトカは戸惑いをこぼした。
「ハァ、どうにも喧嘩っ早いですねェ、鴉の飼い主は。ですが、今日は同行者もいるので、遠慮して頂けませんかァ?」
「は? 知らねえよ。っつーか、そんなん気にするヤツじゃねえだろ」
「まあ、普段はそうですねェ。ただ、今回はお気に入りの方でして。それに、まだまだ鼠は群がっています。放置するのは得策とは言えませんねェ」
「……チッ」
攻撃を仕掛けることを止め、ようやくしっかりと姿を現した何者か。
そのジャケット姿の何者かに、なんとなく見覚えのあるコトカ。
ただ、記憶を遡ってみても、こんな化け物じみた奴はいない。眉をひそめつつ、気のせいかと気に留めなかった。
「跳ねっ返りはじっとしていてくださいねェ。とてもとても、か弱いわけですし」
「は……?」
聞き捨てならない言葉に、低い声が出た。
コトカは仮にも四つ星魔法使い。それを、まるで一つ星や二つ星の魔法使いに言い聞かせるようにする。
そっちの基準がおかしいだけだというのに、当然のように煽ってきた。
「……援護ぐらいできるっての! 四つ星は飾りじゃない!」
紡ぐ呪文は、先ほどと同じ竜巻を起こすもの。
下手に攻撃しても邪魔になるのは目に見えている。
ならば、黒ローブにとって最悪な状況を作り出せばいい。
『カーム・ト・アーティ』
『風の咆哮』の竜巻とは違い、広い範囲を覆うのが『渦中の嵐』。
先ほどまでは物を巻き上げるために使っていたが、本来の使い道は敵の行き場をなくす魔法である。
「このぐらいやれれば十分なはずだけど?」
「貴女……意外と便利なんですねェ?」
自ら進んで手伝った構図には不満だが、それよりも無能だと言われる方が癪に障る。
どんな場所や人と関わろうが、コトカが役立たずでいることはあり得ないのだ。
コトカの張った包囲網から抜け出せない黒ローブ。徐々に中心に寄る彼らを、カイヤが糸で一纏めにした。
「まとめて片付けられそうですし、その役割は鴉の飼い主に任せましょう」
「おい、指示役気取りすんじゃねえよ! アレは元からオレの獲物だ!」
怒鳴って言い返したその人物は、黒い星を銃に集める。
その極限まで高まった魔力の渦は、呪文一つを合図に吹き飛ばされる。
決して長くない呪文の一節だったが、黒ローブはまとめて力を失い倒れていった。
「お見事です。おかげで面倒にならずに済みましたし、後片付けも必要なさそうですねェ」
「……」
黒ローブが山積みになる傍らで、己の杖……武器を磨き上げるジャケット男。そして、その山積みになった黒ローブを糸で絡げ、生きているかを雑に確かめるカイヤ。
コトカは自分が何故ここにいるか、改めて問いたかった。
あのカイヤの弟もそうだが、この片眼鏡の周囲は化け物揃いで気味が悪い。
自分とは縁遠い常人ばなれの魔法ばかり、己が平々凡々だと脳裏に叩き込まれているようだ。
(はっ……別に分かってたことだろ)
こんな奴らの中にいても、役立たずでいてはいけない。
そうでなければ、自分がそれまでの魔法使いだと認めてしまうようなものだ。
「アタシのおかげで、必要なくなったんだ。ノルマ以上は働いたはずだけど?」
「そうですねェ……一時間程は時間をあげてもいいですよ」
予想以上だったことへの報酬です、とコトカが一番欲しい時間を貰えることになった。
たった一時間というケチな配分ではあるものの、今までの拘束時間を考えれば初の快挙である。
「……後で取り消すなよ」
「ワタクシは約束を守る方ですよ? あまり疑われるのも悲しいですねェ」
「自分の行動を振り返ってみれば?」
その後、宝探しは続けさせられることになり、翌日。
コトカは採集した『木漏れ火』を、ギリギリで換金しにいったのだった。




