六十八話 研究員の動向
揺れる赤の正体は、籠いっぱいの『ラスベリー』。どうやら戻ってきたのはカナタとミリアのようだった。
レイは『夢氷』を二人のいる方へ飛ばして、こちらにいることを教えてあげる。途中までミリアと喋っていたカナタは、レイに気づいてダッシュしてきた。それをミリアが慌てて追いかけ、ポトポト落ちるベリーを拾う。
「ねえねえ、レイくん、師匠! 『ラスベリー』って美味しいね! 甘酸っぱいのに、ちょっとヒリヒリするのがクセになる! おかげで、ノルマ分まで食べるとこだったよ!」
ここまで辿り着くと、真っ赤な道ができていた。このままだと『ラスベリー』を踏み潰しそうである。
「カナちゃん、こぼれてるこぼれてる!」
「え? あっ! ……っと、危ない危ない……」
せっかく採った『ラスベリー』を慌てて避けるカナタ。高い身体能力で一つも踏むことなく回収した。
「なんか曲芸みたいだね?」
「空中で何回転してんだか……」
流れるように宙返りをするので忘れがちだが、この一連の動作に魔法は使われていない。改めて見ても、信じられない脚力である。
『ラスベリー』を皆で拾ったら、あとはアイヴィー達を待つのみ。
「けっこう時間経つけど大丈夫? あたし達が最後だって思ってたけど……」
カナタの言う通り、いささか遅過ぎる気がする。
まさか、魔術師側が動き出したのか。
そう危惧し始めるレイだったが、直後に葉を巻き上げながら急降下する箒を見つけた。
「やあ、遅くなってごめんよー! トリュフォー君が急に気絶しちゃってねー! 介抱して時間がかかったんだよー!」
「え、気絶!?」
よく目を凝らすと、アイヴィーの後ろには手足をだらんとさせたトリュフォーがいた。完全に伸びているようで、どうしてこうなったと言いたくなる有様だ。
「ヴィーちゃん先輩、何があったの?」
「いやー、それが、僕にもよく分かんないんだよねー。魔物も出ないし、危険な素材も周辺にない。どこにも倒れる要素がないから、実は病弱だったのかと思ったよー」
やれやれと後輩を降ろすアイヴィー。
どうしたも何も突然の気絶なので、原因もさっぱりなんだとか。
「とりあえず、運ぶのは面倒だし、起きてもらおうかー」
気絶しているだけだからと、アイヴィーは荒療治に取り掛かった。
ついでに採ってきた、刺激物で有名な『スパークレモン』。
その果実まるごと、トリュフォーの口へと突っ込んだ。
「……っ?! ……っ! ……ゲホッ、ゲホ……ぐっ……」
身体が浮く勢いで、飛び起きた。
目を白黒させるトリュフォー。口の中は現在、バチバチに痛いと思われる。
その証拠に目の端に涙を溜めながら、口を押さえてー悶えている。
「あ、おはよー、トリュフォー君。よく眠れたかー?」
ためらいなく荒療治に及んだアイヴィーは、トリュフォーの顔を覗き込んで呑気に尋ねた。
対するトリュフォーは、思い切って『スパークレモン』を飲み込み、水をたっぷり飲んでから抗議する。
「な……何するんですか、ホプキンズ先輩!! 『スパークレモン』を口に突っ込むなんて……!!」
「ごめんごめん。でも、君が勝手に気絶するのが悪いんだよー? 運ぶの大変だったんだからねー」
「そ……それは、すいません。けど、『スパークレモン』はさすがにないですよっ!」
「そうー? 美味しいけどなー?」
ちなみに『スパークレモン』は、小さく切り分けて食べても痛い。
レモンの味自体は良いのだが、舌がイカレるので生食はしないのだ。
「それで、なんで気絶したのか覚えてるー?」
「いえ、僕も突然意識が途切れたので……」
原因は分からないと本人は言う。
だが、何もないのに気絶したというのはおかしいので、それ相応のことがあったはずだ。
研究所へ移動中、レイはアイヴィーに状況を聞いてみることにした。
「ヴィーちゃん先輩、トリュフォーさんが倒れた時のことって分かる?」
「えっとねー……どうだったかなー?」
声に出して会話をするのは、盗聴していた魔力を完全に取っ払ったからだ。『夢氷』で事足りたことに感謝である。
「うーむ……確か、『ウィニュムティス』を採ってた時に、なぜかトリュフォー君がしゃがんでたんだよねー。そんで、どうしたんだーって聞こうとしたら、もう転がってる最中だったよー」
「なるほど……ぶどう狩りなのに、しゃがみこんでたと」
「そうなんだよねー。トリュフォー君はおっちょこちょいでもないし、ワインが溢れた跡もなかった。モラン君が言ってた通り、少し怪しいかなーって感じだねー」
この言い方からして、呪いの研究者の話はアイヴィー達の耳にも入っているらしい。
『蜜月林檎』もモランが機転を効かせていたので、トリュフォーが呪いの研究者だということに勘付いていたようだ。
「まあ、僕も後輩を疑いたくはないんだけどー……モラン君がほぼほぼ断定してるし、これに関してはしょうがないんだろうねー」
ゆるさは変わらず。けど、少し複雑そうなアイヴィーは、先頭を行くトリュフォーを遠く見つめる。
しっかり者の後輩を気に入っていたようなので、残念に思っているのだろう。
「このことはモラン君に話しとくから、君たちは気にしなくていいぞー」
「うん、分かった」
レイは頷きつつ、それとなく場所も尋ねておいた。
後で、トリュフォーが気絶したところを調べに行くつもりである。
(しゃがんでたってことは、何か埋めたりしたのかな? それとも、魔法陣か魔術陣を仕掛けたか……)
研究所の隣というのも気になるところ。
どうやら事態は動き出しているようだ。
(せめて、呪いだけはどうにかしないと……)
クリアマーレの時から変わっていなければいいが、あれから四ヶ月は経っている。
それに、魔術というものもある。魔力の効率面において魔術は魔法よりも優れているため、先手を打たないと研究員たちが危ない。
(やっぱ人手が足りてないのかなあ……)
どこから手をつければ対策できるのか、レイはしばし悩むのだった。
◇◆◇
実習を終えた午後四時半。
研究所へ戻って、再び調査へ向かう。
今回もキーはトリュフォーについてもらっているので、右の棟にはレイたちともう一人を加えて向かう。
「今日はアリスにも協力してもらうことにしたよ。危険だし、本当は全く連れてきたくなかったんだけど……」
渋い顔をするレイ。本当は人形兄弟を連れて行くべきだが、カイヤは特定の方向で信用ならないし、シリマはビビリなので潜入に向かない。
結局、信頼できる助手はアリスしかいないのであった。
「私は大丈夫ですよ。精霊も力を貸してくれますから」
「いや、それはわかってるけど、わかってるんだけどね? それでも、嫌なものは嫌と言いますか……」
誰がどう見ても、レイは超のつく過保護。本人も自覚しているのだが、心配は底を尽きない。
「こうなったら、最速で終わらせないと」
三つ目の棟はメインの棟と同じくらいの大きさだ。アリスのことがなくとも、急がなければ間に合わなくなる。
「カナちゃんは昨日みたいに鍵係で、物理的な仕掛けとかを調べて。ミリちゃんは書類に怪しい箇所がないかをお願い。で、アリスは魔術師らしき人を探って、目ぼしい部屋を選別して欲しい。ぼくは魔法がかかってないかを確認するよ」
テキパキと分担して、一階の調査を開始する。レイは資料に目を通しながら、探索や解呪の魔法を展開する。何重にもかけているので、どれか一つは引っかかって欲しい。
それから順々に部屋を出入りして、二階までを探し終える。
次は三階へ。すると、灯火で周囲の様子を把握していたアリスが、何かに気づいて口にした。
「魔術師ではありませんが、近しい人がいます」
「近しい人って、トリュフォーさんみたいな? アリス、それってどこ?」
「お隣の、一階の右奥……そこから三番目の部屋です」
「ふむ、一階なんだね」
昨日は最上階だったが、今回は一階。地下があるかもしれないということだ。
次の階は後回しにして、アリスの言葉通り隣の棟へ向かう。右奥三番目の部屋だ。
当然のように鍵がかかっていたので、鍵の居場所を元にカナタに取りに行ってもらった。
「あったよ!」
「ありがとう、カナちゃん」
鍵を差して回し、周囲を確認してからドアを開く。
その先は、先ほどまでの部屋と何ら変わらない、雑然とした研究室。
「変な感じは特にしないけど……」
魔力も平常だと確かめて、レイは魔法を重ねてかける。
すると、床の一部がめくれて消えていった。
上位の魔法なので、術者もなかなかの実力者である。
「当たりだ。ここの下は……階段になってるみたいだね」
覗き込んで、再び魔法をかける。
特に問題はなさそうだ。
レイは先に降りて、ミリア達のことも呼ぶ。
「あ、アリスは誰か入ってきたら教える係ね!」
「わかりました」
足元に気をつけながら、僅かな火だけを頼りに進んで行く。
そして、降りきったところに現れた大きなドア。魔術師を表す流れ星の紋章が、揺らめく火を前に鈍い光りを放った。
「な、なんか、いかにもって感じ……あの、あれ。お化け屋敷に出てきそう……」
カナタがおっかなびっくり、このドアについて言葉にする。
ロストンの時ほどではないが、雰囲気は十分に不気味。
そろりそろりと気を張りながら、ドアに近づいている。
「お化け屋敷……あ、ホンテットハウスのこと……?」
物語でしか馴染みのない単語に、首を傾げていたミリア。
今回、彼女はあまり怖がっていない様子。
おそらくお化けがいないからだろう。どんなに怖そうでも、実在している限り平気なようだ。
「魔法はかかってなさそう。このまま開けてもいいかな?」
「えっ、何もない……?」
「やっぱミリちゃんもそう思うよね? こんな立派なドアに何もないとか不自然だよね?」
「う、うん」
だが、おかしいからと言って、このまま引き返すわけにはいかない。
さっさと重いドアを開けて、レイは仄暗い研究室に足を踏み入れる。
誰もいないのか、静けさが辺りを支配している。軋む床板の音が嫌にはっきりと聞こえて、より不安を煽ってくるようだった。
「机の上には最近の研究結果。どれも、目立った進展はない。棚の方は……別の場所でやった研究も混じってる。ここ以外にも魔術師たちの研究所はあるってことだ」
ところどころに結界やら仕掛けやらが張ってあり、言うほど不用心ではなさそうだ。時々レイも見逃しそうになるので、これを張った人も相当な魔法使いだと窺える。
消えそうな燭台の火が十を超えると、本棚だらけの行き止まりへと辿り着いた。
道は途絶えているものの、急な行き止まりに違和感を覚える。
「特に変わったところはなさそう……?」
レイと同じように疑問符を浮かべるミリア。本を手に取ろうと踏み出すと、足元の床が沈み込んだ。
「え……?」
何かまずい気がする。
慌ててミリアが足を引っ込めた瞬間、横にいたカナタに飛びつかれて倒れ込んだ。
「ミリちゃん! 大丈夫だった?!」
「大丈夫って……」
何? と聞き返そうとして、真横に刺さった鋭い矢尻が目に入る。
状況から察するに、ミリアは矢の罠に引っかかったのだと理解した。
「さすがの反射神経だねえ」
罠の予測をしていたレイだが、それを遥かに凌駕するカナタの行動に感心する。おかげで、用意していた『夢氷』が必要なくなった。
「あの罠、母さんに教わったやつだ。絶対シスイが仕掛けたんだよ」
「えっ、こんなのも教わってたの!?」
床の細工する罠なら、大掛かりな仕掛けだろう。仮に職業が殺人を行うものだとしても、使う機会はあるのだろうか。
「あんまり使わないけど、拠点作りにもってこいだからって」
「拠点作り……?」
依頼で出張する、といったシチュエーションだろうか。普段の住まいから離れて暮らす場合、こういう方法が必要なのかもしれない。
一度罠にかかってからは、極力ミリア達は動かないように言っておく。代わりに、床におかしなところがないか調べてもらうことにした。
他の調査は引き続き、何も踏まないレイが担当する。
「本は綺麗に整頓されていて、大きさも全て均一。ただ、棚の高さはでこぼこで、奥行きも二パターンある」
ざっと測ってみた。この不揃い感は、何かしらの意味がありそうだ。
適当に本を取ってみる。特に変わったことはない。
一冊、二冊、三冊、と確認していくと、時折り魔法語の刻まれた本が混ざっていた。
「『火霊系のほうき星』、『水霊系の変光星』、『風霊系の星団』、『地霊系の流れ星』。それと、『光霊系に集まる惑星』と『闇霊系に位置する太陽』……」
どうやら、魔法系と占星術を掛け合わせた文字の羅列らしい。
占いはかじった程度だが、初歩的な知識でも不穏な結果と見てとれた。
「少なくとも、水霊系に変光星があって、地霊系に流れ星があるのは不吉。いかにも、魔術師って感じ」
とはいえ、謎解きの大きなヒントではある。
不吉、イコール、不安定や不釣り合いな状態。
つまり、これらを釣り合うように並べ替えればいい。
占いの魔法語と棚の高低差や奥行きを照らし合わせ、本を入れ替えていく。
あらかた釣り合いが取れたあたりで、床を調べていたミリアが声をあげた。
「これって……魔法陣?」
ほとんど視認できない、うっすらとした絵のようなもの。
明かりの魔法で照らしてみれば、魔法系をなぞらえたものだと分かった。
「ミリちゃん、それって月の記号があったりする?」
「うん、記号と魔法語も書いてある」
魔法陣の月と本棚にある星。これで材料は揃った。
魔法陣に一定量の魔力を込める。多過ぎず、少な過ぎず。釣り合いの中の不釣り合いを作り出す。
やがて、魔法語は共鳴する。
本の表紙が順に星座を指し示すと、動いた仕掛けは行き止まりの姿を変える。
整列した本棚の本はドアとなり、廊下の続きを現した。




