六十六話 研究されていたもの
トリュフォーを無事に捕獲してきたアイヴィーは、そろそろ帰ろうと『扉』へ箒を向ける。圧迫するような風から解放されると、ちょうど魔法雑貨の効果も消えたようだった。
最終的に、レイたちが採った石の数は三十個。『遠くを見つめる石』は大量に採れるものではないので、それなりの数が確保できたと思う。
モランの研究室に戻ったレイたちは、午後の日程である研究の体験をさせてもらう。
「ホプキンズから聞いたが、君は研究者らしいな。どうりで手際が良いわけだ」
「あはは、まあね」
「……ん? 研究者……君は確か、アルベルティと言ったな? まさか、魔導……」
「気にしない気にしない」
まさか、名前で勘付く人がいるとは。あくまで魔導師という立場でいたくはないというのに。
こんなことならグレータに偽名にしてもらえば良かった。
レイは誤魔化すために、魔導師が実習生でも悪くないと思う、と首を横に振る。その言い訳が意味不明だったからか、モランに変な顔をされた。
「……まあいい。同職というなら、これぐらいはできるな」
「わあ、遠慮ないねえ……」
差し出されたリストは、モランとそう変わらない枚数あった。レイも人のこと言えないが、モランも研究馬鹿らしい。
魔法薬の研究は試行錯誤が必要なので、思考する時間より実験する時間の方が足りないのだろう。理解したレイは、興味深い実験内容に免じて快く引き受けるのだった。
そうして実験の手伝いを始め、時計の長針が一周する。だいぶ作業に慣れてきた頃、研究室に溌剌とした声が響いた。
「おはようございます! 復活済みのカナタです! よろしくお願いします!」
溢れんばかりの輝く笑顔。生き生きとした翡翠の瞳。
ぴょこぴょこと横結びを跳ねさせるカナタは、エネルギッシュに頭を下げた。その絶好調な様子は本物で、空元気なんかよりも数倍パワフルなオーラがあった。
「カナちゃん! もう大丈夫なの?」
「うん! バッチリ! みんなのおかげで、前向きに完全回復いたしました!」
くるりと回ってピース。もう心配なさそうだ。
「アリスもありがとね」
「いえ……元気になったのなら、良かったです」
灯火でカナタを守ってくれていたアリス。やつれたカナタを見て、その身を誰よりも案じていたのは彼女であった。カナタに会うたびに天使の祈りで癒しており、ふらふらな時は看病もしていた。
それに、その看病もアリスが自ら口にしたことだ。普段は意見することもないので、これにはレイも驚いた。
「珍しいね、アリスから言い出すなんて」
許可を出してから、思わずレイが尋ねると、アリスはこう答えた。
「……お友達、ですから」
気恥ずかしそうだったのが愛らしかった。……ではなく、初めての友達の危機に居ても立ってもいられなかったということだ。
その一言を聞いた日、レイはほっこりとした顔しかできなかった。
「それじゃ、実験ならできるんだ?」
「うん。採集はまだ無理かもだけど、それ以外なら大丈夫!」
それからカナタも実習に加わり、魔法薬の比較の仕方などを見学して覚えた。もちろんノルマもしっかりこなし、学んだことを記録して実習を終えた。
「素材の処理ってこんなにあるんだ!? 手順でもこんがらがるのに、こんなの爆発必須……」
「全部は覚えなくても、基本だけ……例えば、この花は魔法をかけてから瓶で保管する、とか」
「あっ、それよく見たやつだ! っていうか、ミリちゃんいつの間にそんなプロみたいに……!?
「プ、プロじゃないけど、魔法薬は作ってみたかったから……」
ミリアが素材などを覚えていると知って、カナタも暗記し始める。だが、一朝一夕で身につくものではない。わずか三分ほどで投げ出していた。
何事もなく、爆発することなく、今日の実習は終わった。片付けをして挨拶をしたら、レイたちは研究所を後にする。
そのまま『扉』のある方へ行きかけて、木々の影へと身を潜ませる。近くに誰もいないかキーに確認してもらい、レイたちは『雲隠れ』の霧で姿を消した。
「今日は左っ側の棟を調べよう。そんで、キーは陰でトリュフォーさんの監視。カナちゃんは……」
「あたしも行くよ。シスイが関わってるなら、あたしが止めないと」
「だろうね。じゃあ、カナちゃんも一緒に行こっか」
再び研究所へ戻り、比較的小さい左の棟を調べにいく。
ただ、少々そそっかしい人が増えたので、昨日までよりヒヤリとする場面が増えた。
「あっ、グラスが……!」
「……っ……セーフ。カナちゃん、気をつけてね?」
「ご、ごめん、レイくん……」
「カナタちゃん、そっちに書類……どうしたの?」
「……ミ、ミリちゃん、どうしよう……紙、破っちゃった……」
「え? ……こ、これ、完成間近の論文じゃ……」
「やばいやつ……? れ、レイくん、助けて……!」
調査の手が増えたのはいいが、トラブル続きで気が休まらなかった。
ただ、カナタも決してトラブルを起こすだけではない。
「じゃ、これ返してくるね」
身軽さを活かしてドアの鍵を取りに行って、使い終わったら戻してきてくれた。さらに、研究者のポケットからも盗み出し、それをまたポケットに戻すという器用なこともしてくれる。
「カナちゃん、さすがだね。スリの技術がまるでキーみたいだ」
「えへへ、師匠のマネしたからね。あたしも師匠の魔法みたいにかっこいいことしたいもん」
マネというが、魔法を使わずに模倣しているのがすごい。盗みをする人は大抵浮遊の魔法を使うので、直接気づかれずに盗むのはカナタだけの技術である。
そんなトラブル付きの大活躍があったおかげだろうか。研究所の最上階にて、やっと研究の一部を見つけた。
呪いの研究所ではないようだが、厳重にカモフラージュしてあった部屋。調べて場所を割り出してみると、倉庫のような部屋にそれっぽい木箱が見つかった。
「意外にも簡素な箱に入ってるね。鍵の魔法もかかってない。けど……」
ひっくり返して底を見つめる。木に良く馴染んだ魔法陣が滲み出てきた。
「やっぱり。罠が張ってある」
そのまま箱を開けると、開けたことが分かるようになっている。
地味だが有用。マウリス研究所の時より、よっぽど備えがされている。
罠を解いて、木箱を開ける。そこに入っていたのは、飾り気のない封筒。ただ、普通の封筒ではなく魔法雑貨の封筒だ。特定の人物にしか開封できない封印が施されている。
「こんな二重にかけるほどのことが書いてあるってこと? それは余計気になるな……」
「もしかして、呪いの新しい研究成果……?」
「かもね。『ミ・ロードゥ』」
封印そのものを消し去って、その中の資料に目を通す。
しばらく黙読していくと、とある単語が出てきて眉根を寄せる。
その後、最後の一文まで余さず脳内に入れると、レイは難しい顔をして資料の一部に視線を戻した。
「……こんなことだろうとは思ったけどさ」
「やっぱり、呪い……?」
危険だからこその反応か、とミリアが内容を気にする。
それに、首を縦に振って、レイは再び資料を読みながら答えた。
「これも、呪いについてではある。ただ、それと同じぐらい厄介な成果がもう一つあるね」
ミリアに資料を手渡して、厄介な部分を指で指す。それを目で追ったミリアも、また、記された単語に怪訝な表情をした。
──『指定の魔物を喚び出す。成功』
──『魔物と契約をする。成功』
──『呪いの発現する環境にて魔物を正確に操る。失敗、失敗、失敗……成功』
──『魔物から呪いを引き出す。失敗、失敗、失敗、成功』
──『呪いを媒介から術式に移す。失敗、失敗、失敗……僅かに成功』
──『これにより、この魔物は魔術へと適応し、呪いの具現が可能だと判明した。また、呪いの名、および、適応した魔物の名は『miasma』と記録しておく』
資料には、おおまかにこの内容が書かれていた。
当然、呪いについて書かれているが、それより問題なのが最後の行だ。
「魔術って、精霊との縁が切れた人たちが使う術ですよね……」
ミリアが頬を引き攣らせた。それもそうだろう。魔術というもの自体、禁忌に近いニュアンスを含むのだから。
「端的に言えば、そうだね。精霊に嫌われて魔法が使えなくなった人が、魔力だけで魔法を使おうとしてできたのが魔術。一般的には忌み嫌われる、偽物の魔法だよ」
精霊に嫌われる。つまり、自然そのものに拒絶される。
それは滅多にないことで、ほんの一昔前までは嫌われることすら知られていなかった。
だが、およそ三千年前にあった歴史的な事件の後、多くの魔法使いが自然との繋がりを失った。
その原因となった事件は、エルメラディ──旧エルメダ周辺をも巻き込んだ大きな争い。魔法使いと悪魔の契約者の戦争だ。
初めは小さな反乱だったもの。それが、果てには魔法使い存亡の危機とまで言われるようになった。
争いは最終的に、あの有名な『偉大な魔法使い』オムニスが、『杖』を使って終結させる。
双方の決着はつかぬまま。平和は取り戻したものの、反乱を起こした悪魔の契約者は魔法を失った。
そうして忌み嫌われた人々は、無名の大陸に渡り、新たに魔術を生み出したのである。
「精霊に嫌われた人の子供もまた嫌われる。だから、彼らは魔術しか使えないんだ。……ただ、この研究はカナちゃんの従兄が直接研究するわけではないよ。魔術師が魔法を使えないように、魔法使いも魔術を使えないから」
あるとすれば、『呪いの具現』の部分。魔術師の力を借りて実験を繰り返しているのだ。
何かしらの方法で魔物に呪いをもたらし、それを魔術で引き出してから、魔術に組み入れようとしている。呪いと同じどころか、さらに凶悪な研究ということだ。
「シ、シスイはそんなことまで……ホントに同一人物? よくできた偽物だったりしない?」
「それは、カナちゃんにしか分からないと思うけど……ただ、魔法は特殊だったし、同一人物なんじゃない?」
「確かに……『紫雲蓮水』は一緒だったし……」
『紫雲蓮水』とは、シスイの使う水の魔法のことなのか。この際、紫の水がどんな効果を持っているのか、カナタに聞いてみても良いかもしれない。
そろそろ部屋を出よう。長居は危険だ。
箱に資料を戻し、封印をかけ直す。魔術や魔物については明日の調査に回し、フラハティ研究所を後にする。
キーにも連絡して、久々に『ククーロ』で話をすることにした。それぞれ飲み物を注文し、ウェイトレスがカウンターに戻ったところで、特殊な魔法についてを切り出した。
「さっきの『シウンレンスイ』って、シスイさんの魔法だよね? あれってカナちゃんの魔法みたいに特殊だったりするの?」
「……そっか。あたし、まだそれも説明してなかったっけ」
説明不足を自覚したカナタだが、精神的に参っていたので致し方ないだろう。
改めて、『紫雲蓮水』も含めるカナタたちの魔法について教えてくれることとなった。
「あたし達の魔法は、代々受け継がれる一家相伝の特別な魔法なんだ。あたしの翡翠の炎は『翠生泰火』って呼ばれてて、蘇生と熱くない炎が持ち味。だから、本来は離れたところから確実に敵を討つための魔法で、あたしが大剣にしてる筆……『翠炎筆』っていうんだけど、これも前言った通り、筆やお札にすることが多いんだ」
家宝の筆柄を取り出し、姿を変えずに穂先を灯す。
筆柄を反対に持つと、まるで蝋燭のように炎が揺れた。
カナタの話では、この状態で呪文を書くか唱えるかすると、繊細な操作も可能とのこと。
「ま、あたしはできないけどね! 先代までの当主はこうやって使ってたんだって」
「なるほど……後方支援か必殺を目的とした魔法ってことだ」
「うん、そう。あたしの魔法はそんな感じって教わった。……それで、本題の『紫雲蓮水』なんだけど、こっちは『翠生泰火』と違って、絶対捉えられないようにした魔法なんだ。気付かれないうちに倒したり、情報収集するための魔法なんだって」
捉えられない。レイはそれを目の当たりにしている。
本体と分身に境目がなく、『雲隠れ』の霧のように姿が視認できない。
さらに、もう一つ怖い特性があるとのこと。
「怖いって?」
「『紫雲蓮水』は清らかな水だから、クリアマーレの金属みたいに殺傷能力が高いんだ。特にシスイの得意技の『微睡咲』は、一見危なくなさそうなのが危ない。しかも、花弁一つ一つがふわふわしてて、軌道もバラバラだから避けるのも大変だよ。あたし、一回も完璧に避けられたことないし」
隠密に長けていて、殺傷能力が高い。完全に暗殺のための魔法である。
魔法の特性を知ってから、カナタやシスイの家系が冥手だという信憑性がより高くなった。
「逃げられたら厄介だし、これに呪いと魔術が加わったら大変なことになるねえ。……。っていうか、最近、殺傷能力高い人多くないですかね?! 剣だったり、即死だったり、みんな物騒すぎるんだけど?!」
「それを尽く書き換えるお前も大概だけどな」
「そりゃ、書き換えはできるけど、できればもっと平和な冒険がしたい!」
なんでも願いの叶う『杖』探しと、違法な研究所の調査という時点で平和ではない。だとしても、それはスルーしておいて欲しい。あいにく殺伐とした冒険譚は読んだことがないのだ。
キーに脳内花畑だとツッコまれつつ、レイはシスイの魔法について対策を考える。
この間、カイヤに本体を捕まえてもらった時は、隠れていても僅かに魔力は感じられた。なので、捉えることに関しては不可能ではないが、問題は分身の方だ。
「カナちゃん、シスイさんはどれぐらい分身を作れるの?」
「うぅん……どうだったっけ? あたし、シスイに本気で手合わせしてもらったことないんだよね。あたしは蘇生で手一杯だったけど、シスイは魔法も武術も同じぐらいできてたから。……けど、お遊び感覚で決闘してもらった時は、三体ぐらい動かしてた気がする」
最低でも三体ということだ。本当の数は検討がつかない。
だが、そこまで分身を作れるとなると、疑問が一つある。
「じゃあ、最初に本体で来た意味は……? わざわざ捕まる理由がない」
実は分身でしたって可能性もなくはないが、カナタをさらった分身とは存在感が違った。
ここまでの分身で行動できるなら、パルティータにも分身でこれば良かっただろう。全くもって意味が分からない。
「何か理由があるはずなんだけど……」
捕まっているからと余裕でいると、痛い目に遭うかもしれない。
油断ならないカナタの従兄という存在に、念のため伽藍堂を確認することにした。




