六十五話 潜入調査
カナタを研究所の一室に休ませてから、モランの研究室に戻ってきたレイたち。
魔法薬を比較する実験の最中、素材や薬品の扱いの実践をさせてもらい、およそ二時間後。
「今日はこれで終わりだ。明日も同様に『きりかぶ野はら』に行ってもらう。九時にポルタヴォーチェの壁で集合するように」
「また僕たちで行けばいいのかー?」
「ああ。ホプキンズに任せる」
ここでの実習は終わりのようだ。
つまり、今からは自由時間。
顔を見合わせたレイたちは、モランに実習生としての許可を取りに行く。
「モランさん。少しいいですか?」
「なんだ?」
「研究所の中も見学していきたいのですが、その許可ってもらえたりしますか?」
「見学……? ふむ……」
黙って悩むモラン。この研究室では指揮を取るモランだが、研究所全体のことまで権限があるかどうか。断られるかと思いつつもじっと待つ。
「……まあ、少しならいいだろう。ただ、上階へは上がらないよう気をつけてくれ。私が許可できるのは同階までだ」
「……! ありがとうございます、モランさん!」
どうにか許可はもらえた。きっと呪いの研究に関するのは禁止された上階だが、許可さえ取れればなんとでも言い訳できる。
ちなみに、キーに任せれば姿も見せずに調査できる。ただ、肝心のキー本人が調査下手なので、いささか不安といったところ。
「ってか、あの人形には頼まねえのか?」
「カイヤは……たまに破壊して帰ってくることがあるし……」
「あー……そういうことか」
基本は願いどうりに動くが、基本以外は守らない。
それが些細なことなら許すものを、人形は気を利かせることなく珍事件を起こすのだ。
普通にしてれば誰よりも優秀なものの、信用の無さも同じくらい上だったりする。
「まあ、それでも頼むんだけどね。調査には文句のつけどころがないから」
「それでぶっ壊したらどうすんだよ」
「悪人だったらそのままだけど、無実の人なら平謝りで修復しに行くかなあ……もちろん、お詫びも添えてね」
「……あれの主人も大変なもんだな」
ここにいない人形の話はさておき、暗躍する研究者たちを見つけ出さねばならない。
とりあえず、普通に上階に行ったら、ものの数秒で引き止められるだろう。魔力も使えば一発でバレるので、工夫しないといけない。
「認識的な問題は『夢氷』でどうにかするとして……うーん、やっぱここはマウリス研究所の時と同じ手段にしよう」
「マウリス研究所……あ、『雲隠れ』の霧?」
「うん、それ」
『夢氷』を併用して、不自然にならないようにはする。
ただ、上階の研究者というと魔力に敏感だろう。できるだけ素早く調査するに越したことはない。
「今日はこの棟だけにしよう。まだ別棟が四つもあるから、慎重に調べないとね」
人気の無い廊下に出て『雲隠れ』の霧をかける。全身が隠れたのを確認したら、階段を登って上階へ。
先ほどまでの階と同じような廊下を歩いて、人がいなさそうな部屋を選んでドアノブに手をかける。
この時、注意するのが人に見られていないかどうか。
勝手にドアが開いていたら不審に思われるので、誰も視線を向けていない時に素早く入るのだ。
「……よし、誰もいない。人が来る前に漁っておこう」
「漁るって、悪いことしてる気分……」
今は悪いだけで、やってることは事件を阻止するためのことだ。
悪気はないと主張しながら、レイはかけられた鍵の魔法を解錠する。
「……変な仕掛けもないし、ここは違うっぽいね。次行こう」
サクサクと進めていかないと『雲隠れ』の霧が切れてしまう。
手当たり次第にドアを開け続け、レイたちは禁忌の痕跡を辿っていった。
◇◆◇
「初めは全くの収穫なし! なんとなくそんな気はしたけど、労力が無駄になったみたいだ!」
「その明るさで言うことじゃないだろ」
まるで成果があったような態度だが、全く何も見つかっていない。あったのは没になった山積みのアイデアだけだ。
やはり、メインの棟に隠すほど相手も不用心でないようだ。
「マウリス研究所はガバガバな管理だったから、もしかしたらって思ってたけど、そんな都合のいいことはなかったね。あのシスイって人は几帳面そうな雰囲気だったし、わりと本気で隠してるのかもね?」
「……あれ? マウリス研究所も同じ人が管理してたはずじゃ……」
細かいことは気にしない。それより、明日のことを考えるのだ。
「次は隣の棟に行きたいんだけど……」
「だったら出たふりして潜ればいいな」
「あーうん。さすが隠れたがりのキーさん。すぐ思いついたね」
「いや、こんくらい誰でも思いつくだろ……」
キーの言う通り、実習と同じ棟でない方が疑われにくい。それに、一番勘付かれたくないのは呪いの研究者の方だ。
そちら側の人にバレない限り、おおよそ平気なのである。
「それじゃ、カナちゃん呼びに行こっか」
現在休息中のカナタのところには、アリスがついてくれている。灯火で心が落ち着いたはずなので、いずれ元気な姿が見れると良い。
レイたちは下の階にいたことを装って、三階の一室まで戻って行った。
◇◆◇
──実習二週間目。
今日、モランから指定された採集地は『《奇岩峡谷》ミラージュゲイル』。
尖塔の奇岩が立ち並ぶ、壮観な景色の見られる峡谷だ。奇岩は時折り揺れたり曲がったり、奇妙な歪みが起こる。そのため、時や場所によって視界があてにならないことがある。
さらに、高い岩の合間には疾風が吹き荒れるため、安易に箒で飛ぶと必ず落っこちる場所で有名だ。
「『ミラージュゲイル』って、エルメラディとサフアの境界線にあるんだっけ……」
ミリアが位置について口にする。まさに、その通り。『ミラージュゲイル』は隣国サフアとの狭間に位置している。
ただ、峡谷を跨いでの隣国はかなり遠く、採集をしているだけだとたどり着くことはない。狭間にあれど、隣国に近いわけでは無いのだ。
魔導具の針を『ミラージュゲイル』に合わせると、『扉』をガタガタと振るわす強風が向こう側に映った。
少し圧倒されながらも『扉』を開けると、案の定、ぶわりと強風が迫る。思わず後退してしまいそうになるが、グッと堪えて『扉』を超える。
「あ、これ忘れてたよ」
飛ばされないように足を動かしていたら、アイヴィーがごそごそと何かを取り出す。
「はい、これー。強風をガードするためにモラン君からもらってたやつ。魔力を流せば風を遮る結界になるよー」
「そういうのあったんだ……」
さっそく、渡された一片の透けた布に魔力を流す。刺繍された柄を辿ると、糸は光を帯びて大きな盾を模った。
布はほつれ、盾は薄くなって消えたものの、肌に感じていた風圧は無くなった。消耗品ではあるが、『ミラージュゲイル』には欠かせない魔法雑貨である。
「取ってくるのは、『遠くを見つめる石』だってー。これって採るの大変らしいし、一緒に頑張ろうねー」
「……あっ! 『投影書』の素材……?」
「核に使われる石だよね」
久しぶりに名の上がった『投影書』。この石は記録した映像を流す役割を持っている。
結界に守られながら、ぐにゃりと歪む奇岩の傍を通る。
気をつけないと平衡感覚を失って、岩にぶつかったり転んだりするのだ。焦らず一歩一歩進んだ方がいい。
「たまにめり込むこともあるしね」
「あーそれ知ってんな。たまたま居合わせて二度見した覚えがある」
「え、ほんとにあったんだ?!」
「思いつきだったのかよ」
冗談のつもりだったが、キーの返しで本当になってしまった。岩にめり込むなど面白いだけなので、遠慮願いたい。
ちなみに、めり込んだ人は傷ひとつなく、健康に救出されたらしい。命に別状がなくて何よりである。
「『遠くを見つめる石』ってどうやって採るんだっけー?」
「奇岩の歪んだところから採れるよ。ただ、歪みがいつ戻るかわからないから、浮遊の魔法を使った方がいいね」
レイは説明しながら、箒で器用にだらけているアイヴィーを見てふと思う。
実習を行なっているのは、いったいどっちだろうか。
せめて、生徒に尋ねるのはよして欲しい。れっきとした研究者なのだから。
「おぉ……君、すごいね? もしかして本職だったりするー?」
「うん。本職どころか、それしかやってこなかった者です」
あーなるほど、と頷くアイヴィー。見るからに肩の力を抜いている。
これは、経験者に任せて適当に終わらそうとしているに違いない。
「じゃー僕は監督だけってことで……」
「ダメだけど?? ぼくは一応、実習生だからね?」
「えー」
そもそも採集も実習というより、手伝いに近いことをしている。フラハティ研究所の本職がサボってはいけないだろう。
レイは高い位置の歪みを発見すると、箒にへばりついているアイヴィーに採集を頼む。
「仕方ないなー」
口では面倒臭そうにしつつも、わりと機嫌良く上空に飛んでいった。案外、楽しんでいるのかもしれない。
アイヴィーを待つ間、近くに歪みがないか見回す。キーやミリアにも遠くの方を確認しに行ってもらうと、残った研究者がレイに話しかけた。
「あの……少し、いいですか?」
「ん? トリュフォーさん、どうしたの?」
そういえば、まだこの人と喋ったことがない。
昨日も今日も、アイヴィーの話に相槌を打ってるだけだったので、やっと初めてまともに会話をする。
「素材に詳しいんですよね? ここで探している素材について教えてもらえれば、と思いまして……」
「ああ、そういうことなら教えるよ。どんな素材?」
「『歪な侵蝕』という名前の素材なんですが……」
「『歪な侵蝕』……それなら、もう少し先にあるんじゃないかな? 風の強いところにあるからね。古くて魔力が中心に集まってる岩を探すといいよ」
「古くて魔力が中心に集まる岩……ありがとうございます。探してみます」
一足先に奥へ向かうトリュフォー。一人は危険だと注意しかけたが、すでに歪みにせいで見失ってしまった。
「……とりあえず、ヴィーちゃん先輩に相談しよう」
先日聞いた話だと、トリュフォーは四つ星魔法使いらしいので、基本は単独でも大事には至らないはずだ。
しばらく待っていると、箒でアイヴィーが降りてきた。
なかなかに操縦が上手いので、奇岩の合間を危なげなくすり抜けてくる。
「無事に採集完了ー……って、トリュフォー君がいないじゃないかー」
箒の上の視界は広いため、後輩がいないことにすぐ気がついた。
地面スレスレで急停止すると、アイヴィーは後輩がいない理由を目で問うた。
「それが、さっき──」
素材を採りに行ったと伝えると、アイヴィーは後輩の勝手な行動に頬を膨らました。
「真面目そうなトリュフォー君もそんな突飛な行動するんだー? モラン君にバレたら僕が怒られるんだから、ヴィーちゃん直々のお叱りを受けてもらわないとねー」
箒を急発進させて、アイヴィーは後輩を探しに行った。
近くに揺らぎを察知して、レイは石集めを再開する。
ただ、トリュフォーという研究者が気になって、熟考しつつ流れ作業で採集をしていた。
(あの素材……なかなか使う機会なんてないはず。やりようによっては、全てを侵蝕する……シリマの『枯』に吸収する性質を合わせた感じになる。扱い難しいし、それぐらいしか使い道にならない。つまり……)
レイは確信する。トリュフォーは黒なんだと。
(素材の場所は教えといて良かった。あそこで拒否してたらもっと警戒されただろうし)
もっとも、カナタの従兄であるシスイがいる時点で、レイたちは警戒対象にはなっている。研究成果を探ってくることも重々承知だろう。
ただ、どんなに強固な隠蔽でも、どんなに難解な魔法でも、逃げられさえしなければいい。
(……とりあえず、トリュフォーさんは要注意)
彼は新人なので、呪いの研究にも後から入った可能性が高い。グレータの言っていた『見覚えのない研究者』に会うには、彼の動向を追って行けばいいだろう。
これはキーに頼むことにしよう。
レイは柔軟に方針転換をして、研究所の調査に拍車を掛けた。




