六十四話 『切りカブ』は切るカブか
ところで、この『キリカブキノコ』だが、魔法時の珍味としても有名である。
水玉模様の絵に描いたようなキノコだが、意外にも毒はなく食べようによっては大変美味だ。魔法時でしか取れないことから、レア度も高い高級食材でもある。
つまり、これを持っていけば、滅多に食べられないキノコを使って、アリスが手料理を振る舞ってくれる。
「パスタ? それともポタージュ? いや、やっぱりここはソテーで素材を活かすのもアリ……」
レイの脳内は、一旦キノコ料理で埋め尽くされることとなった。
採集のノルマは、それぞれ三十個ずつなので、三十一個目からは自分の分でいいはず。
たくさん採れば採るほど、料理に使えるキノコの量が増えるのだ。
「なんなら全部作ってもらおう! そんでもって、『切りカブ』もサラダにしてもらう!」
タコ切り株を魔法で足止めして、キノコを掻っさらう。
大きいものだけ根こそぎ採ったら、ジタバタと暴れる切り株を放す。そしたら、あっという間に五つのキノコが集まった。
「よし、これでキノコ料理が食べれる!」
「……あれ、ノルマは……?」
近くにいたミリアが、思わず疑問符を浮かべる。
採ったキノコやカブが全て夢の魔法に吸い込まれている気がするが、ノルマ分を確保するつもりはあるのだろうか。
「放っとけ。忘れた場合、居残りで採らせればいい」
「あ、キーさん……それなら、注意した方が……」
「キノコ料理しか頭にない奴にか?」
「……もう少し後にします」
キーはすでにノルマ達成済みのようだ。陰の魔法で動きを封じて、一気に採ったのだろう。つくづく素早さで負け知らずな魔法である。
「『マンドラゴラ』も探してくるか。魔力が高いし、ペドロにちょうどいい」
「あっ、キー! 知ってると思うけど、引っこ抜いたらダメだからね!」
「ああ、分かってる」
『マンドラゴラ』の根は然るべき処置でないと、発狂してしまう危険がある。
レイの忠告を受けて、キーは『マンドラゴラ』を探しにいった。おそらくペドロを呼んで、その場で食事してもらうのだろう。
「『マンドラゴラ』は、確か霊薬だったっけ……」
「そうだよ。よく分かったね?」
「教科書で読んだので」
ついこの前まで、魔法薬の配合を知らなかった人に思えない。
ミリアはもう素材の名前まで覚えているようだ。めざましい成長ぶりに、そろそろ三つ星魔法使いの試験も視野に入れようと、あとで提案することにした。
切り株に生えたキノコは、だいぶ少なくなった。
レイはキノコの乱獲、ミリアは地道に一つずつ採り、三十のノルマを二人とも達成する。
余裕ができたところで、レイがカナタの姿を探して辺りを見渡した。
「いたはいたけど……あれは大丈夫かな? 心ここに在らずって感じだ」
一人になった途端、空元気すら出せなくなったのか、上の空なカナタ。
切り株を追っかけてはいるが、ふらふらとした太刀筋で狙いは定まっていない。いつも以上に大剣を扱えていない様子だった。
「まあ、そうだよね。今の状態がカナちゃんの心情ってことだ」
「カナタちゃん……」
『切りカブ』の方も捕まえようと手を伸ばすが、自慢の跳躍力が発揮されていない。何度も逃しては、とぼとぼ草むらを歩く。
「……あっ、捕らえた? ……って、え?」
『切りカブ』を一匹捕まえたカナタだが、なぜかトドメを刺さずに手放した。
パタパタとカブをはためかせて、白い『切りカブ』はどこかへ飛んで行く。それを、カナタはぼんやりと見つめるだけだった。
「カナちゃん、どうしたの……!?」
慌てて駆け寄るレイとミリア。捕らえた獲物を放すだなんて、さすがにらしくない。いつもなら無邪気に捕獲を喜ぶはずなのに。
名前を呼ぶレイに、ゆらりとこちらを見やるカナタ。生気のない表情だったが、自分のした行動を思い返して、呆然としていた。
「レイくん……ご、ごめん。なんで放したんだろう……」
「それはいいよ。ただ、ぼくが言いたいのは、無理はしないでってこと。研究所の人には説明しておくから、一回休んだ方がいいよ」
「あ……うん」
素直にカナタは頷いた。やはり、本人も休息が必要なことは自覚していたようだ。
ただ、いくらカナタが精神的に辛くても、獲物を逃した理由は気になるところ。
カナタも意味不明と両手を見つめていたが、やがて、その原因を理解したのか唇をきつく結んだ。
そして、大剣を拾うと、筆の形に戻して懐にしまう。
再びレイの方に目を向けると、久しぶりに眼光を宿して言った。
「……レイくん、ミリちゃん。あとで、話したいことがあるんだ。師匠も呼んで、時間を空けてくれる?」
「……もちろん。採集が終わったら休憩をもらうよ」
どうやら、従兄の話の続きをするようだ。
決意を固めたカナタに、レイは真剣な眼差しで頷き返した。
◇◆◇
「ってことで、少し時間をとって欲しいんだけど……」
「そういうことなら、了解ー。健康第一だし、モラン君には僕が適当に話をつけておくよー」
「ありがとう、ヴィーちゃん先輩」
アイヴィーが規律に緩くて助かった。実習の予定を生徒側から願い出るのは、あまり良い目で見られないだろうから。
話を聞くなら研究所に戻るかと提案したら、カナタはここで良いと一本だけ立つ木の前で立ち止まった。
「そんで、話ってのはなんだ?」
ペドロの食事を切り上げ、戻ったキーが尋ねる。
一応心配していたようで、レイが連絡すると珍しく即座に帰ってきていた。
「話は、この前あたしの従兄……シスイが言ったことについて。あの時は混乱して思わず逃げちゃったけど、みんなには知ってて欲しいんだ」
カナタはそう前置きをしてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「家族を殺した話の後に、シスイはもう一つ信じられないことを言った。みんなを殺したのだって許せない。けど、こっちの方が衝撃的だった」
そばに寄ってきた、小さな『切りカブ』をカナタは目で追う。
その忙しない羽に手を伸ばして、すぐさま引っ込めた。
「さっき、あたし、『切りカブ』を放したじゃん? 今までだったら迷わずトドメを刺せたのに、どうしても殺せなかった。それが、シスイの話のせいだってさっき気づいた。あたしは……あたしの家族は……」
ぎゅっと目を瞑って、一思いに吐き出す。
その衝撃を受けた内容は、レイたちの想像を超えたものだった。
「冥手、だったんだって……依頼を受けて、人を殺す仕事。ずっとあたし達に黙って、代々受け継いでるからって……!」
冥手、とは、暗殺者や呪い師のようなものだろうか。名前だけでも物騒な仕事だと判別できる。
「冥手っていうのは、あたしの故郷にある悪い仕事で、やってたら指名手配されるって教わった。あたしには関係ない話だって思ってたのに、父さん達は隠れて人殺しをしてたんだ」
「……それが嘘ってことはないの?」
「ない、と思う。だって、シスイも家族を大事にしてたもん。急に殺した理由なんて、それしかない」
大好きな家族が人殺しだった。
その事実が、裏切りのようで受け入れられない。さらには、自身すらも同じなのでは、という恐怖が襲う。
『切りカブ』を放したのは、それが理由のようだ。それだけ『殺し』という行動に敏感になっている。
「蘇生も、この筆も、全部冥手の魔法。父さん達は仕事を継がせるために、あたし達を育てたんだって。優しさなんて嘘だって。……意味わかんないよね。剣は使わせなかったくせに」
拗ねたように、不貞腐れたように、カナタは怒りを吐露する。
あれだけ大好きだった家族を信じられない。それに、苛立ちを募らせているようだった。
「……たぶんだけど、少なくとも父さんと母さんは死んでないと思う。冷静に考えて、父さんたちと叔父さんたちを相手にして、シスイが勝てるわけない。あたしを仲間にするために、そこだけ嘘ついたんだ。……どうすればいい? 家族、みんな信じられなくなっちゃった。あたし、もうどうしたらいいか、全然わかんない! 故郷に帰っても、生きてて良かったなんて言えないよ……!」
耐えられない悲痛。疑問と衝撃が頭を埋め尽くし、大好きだった人が灰色に霞んでいく。
カナタにとっては、まるで突き放されたような感覚で、徐々に思い出が孤独になるようだった。
「どうしたらいいか……」
何が正しくて、何が間違っているのか。
真実を知って右も左も見失ったカナタは、暗闇に落とされただけ。
きっと従兄は不安定になったカナタを引き入れたいのだろう。
先に裏切りを知った従兄は、自分と同じになるだろうと見越して、カナタに事実を突きつけた。
それを阻止するためには、道を絶たれたカナタに新しい指針を見つけてあげないといけない。
「……カナちゃんは、家族が冥手だったことが許せないんだよね?」
「……」
地面を見つめて震えるカナタ。かろうじでレイに頷き返す。
「そして、従兄は呪いに手を染めてるし、自分の魔法も信じられなくなった」
改めて、カナタの身に起こったことを反芻する。
大好きだった人に裏切られたのなら、これほど苦しいことはない。恨みや憎しみを覚えて、心がもたないくらいにはなる。
そんな状況にある仲間には、なんと声をかけるべきか。
レイは少し思考を巡らせると、できる限りの言葉をかけた。
「……何も信じれないなら、それでもいいと思う。裏切りがあったなら、当然のことだから。仕事についてもカナちゃんには関係ないよ。だって、ほら、家族といたカナちゃんがいなくなっても、ぼくらといるカナちゃんは変わらないでしょ? 蘇生の魔法だって人を殺すための魔法じゃないし、それだけなら冥手だってことにはならない」
「で、でも、結局あたしは何もわかんないじゃん……」
関係ないを鵜呑みにできるほど、ショックは軽くない。
だが、それを踏まえた上で、失ったもの以外も、その手にあることを思い出させる。
「まあ、一から始めるからね。それはそうだ。ただ、一つ覚えておいて欲しいのは、ぼくらは何があってもカナちゃんの意思を尊重するし、どんな決断をしても味方でいるつもりだってこと。家族については、ぼくらが口出しできることじゃないけど、失わないものがあるなら心強いよね。だから、カナちゃんは今の自分を信じればいいんだよ」
「今の自分……」
今から切り替えるのは難しい。だが、この言葉を念頭に置いておいて欲しい。
「もし、それも無理だとしたら、ぼくらがカナちゃんを信じてるってことだけでも信じて欲しい。カナちゃんの正しさは、ぼくらが保証するから」
「……」
独りではない。それは、レイたちが出会った時から変わらないこと。
独りぼっちになんてさせないし、苦しさからも立ち直って欲しい。それが、仲間としての心持ちである。
「ま、お前の取り柄は不屈だからな。さっさと蘇生してこいよ」
「キー、適当。マイナス百点」
「なんでだよ! ってか、お前が長ったらしいだけだろ」
「最大限考えて話した結果なんですけど? っていうか、結構かっこいいこと言ってたよね!?」
「自分で言ってる時点で台無しなんだよ」
判定がシビアだと抗議するレイと、だったら点数付けやめろとキー。
いつでも変わらなさ過ぎる二人が、空気をぶち壊すように言い合っている。
その様子にミリアは小さく笑うと、ぽかんとしているカナタに言った。
「今は、ゆっくり休んで……カナタちゃんの従兄や呪いについては、私たちに任せてください。それで、何か分かるかもしれないから……どうしたら良いか、の答えは、その時考えるんです」
「……」
家族の中にいた過去の自分。仲間の隣にいる現在の自分。
今カナタが信じているのは、迷うまでもなく後者だ。
家族に裏切られたことも、最後まで家族を信じられないことも、辛くないわけがない。
けど、その最中で、レイたちは真摯に向き合ってくれているのだ。
(怖い……けど、耐える。怖くて怖いけど、耐えられる)
ぽかぽかと暖かくなる胸の内。占拠していた底冷えを和らげようとしてくれた。
裏切られて失った痛みは消えなくとも、それを乗り越える力はある。
影を生んだ今までの世界を動かして、日の当たる窓辺だけを直視するのだ。
「……あたし、頑張ってみる。とりあえず、元気取り戻してくるから、待っててね……!」
もしかしたら、気休めなのかもしれない。本当は錯覚なのかもしれない。
けど、あっという間に孤独をやっつけてくれた仲間へ、カナタは嬉しそうにはにかんだ。
◇◆◇
『きりかぶ野はら』で採集を終えた魔法使いが『扉』から帰っていく。
その内、翡翠の少女は来た時と違い、明るさを取り戻していた。
「……こちらには来てくれませんか」
探索の魔導具を覗いて、フードを被った青年は独り呟く。
自ら味方になってくれはしない。立ち直り始める従妹の姿に、こちら側への手引きを諦めなければならないと悟った。
「まあ、想定内ですね。カナタはそういう人です」
一緒にはならないことは理解している。ただ、ほんの少しの落胆がよぎるだけ。
「……準備をしましょうか」
従妹の周りには、侮れない魔法使いが三人もいる。その内二人は魔導師だと調べがついているので、かなりの時間稼ぎが必要になるはずだ。
フラハティ研究所に潜ませた『研究成果』を手に、着々と家族を迎える舞台を整えていくのだった。




