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六十三話 実習

『と、父さんと母さんを殺したって、どういうこと……? シスイがそんなことするなんて、嘘だよね?!』

『……本当ですよ、カナタ。それに、先に騙したのは私じゃありません。私たちは騙された方なのですから』

『私たち……? 騙した……? シスイ、何言ってんの……?』

『カナタ、私たちの家系はね。由緒正しい魔法師なんかではなかったんですよ』


 糸目の青年は、瞳を覗かせて真実を告げた。

 それは、カナタの心の奥底まで刺さった現実。

 青年は優しさの内側にある冷たさを残して、愛しい家族を暗闇へと(いざな)った。


 

 ◇◆◇


 

 カランカランと鐘が鳴って、授業の始まりが報される。生徒たちは着席をして、教科書や課題を机上に用意した。

 

 今日も始まる一つ目の授業。

 

 いつもと同じ魔法学校の日常であるが、朝にもかかわらず生徒達に眠気がない。それどころか、そわそわしたり、ニコニコしたり、皆心を浮つかせているようだった。


「遠足的なイメージなのかな? イベントがあるとやる気が出るんだねえ」


 今日はいよいよ実習の始まる日である。

 これから十日ほど、グループ分けされた数名で研究所や魔法会へ通う。一時的に魔法学校から離れて見学するので、一人前の魔法使いを目指す生徒達たちにとっては、待ちに待った行事。

 本格的な採集に連れていってもらったり、新しいアイデアに触れたり。

 とにかく憧れを間近で体験できる、またとない機会なのだ。

 

「魔法会は知り尽くしてるけど、研究所は初めてだから気になる……」

「あ、そっか。研究所は行ってないんだっけ」


 研究所というのは、専門の分野などで活躍するのが大半だ。

 たいていの魔法使いは一人で採集をこなしたり、店を開いて自作の魔法薬などを売ったりする。

 採集などをしているとスカウトされる場合もあるが、よほど意欲のある人でない限り、所属を断ることも少なくない。

 むしろ、魔法使いは個人で研究する人も多いので、研究所というのは趣味仲間との集まりとも取れたりする。


「それでも技術とか費用はあるし、研究分野が被るなら入っておいて損はないよ」

「でも、研究所って頭が良くないと入れなさそう……」

「頭が良い……というよりは、本気で研究したいかどうかの方が大事だね。入所前の試験で零点を取った人が、満点近くの人をおさえて合格ってこともあるし。熱意が優先されるんだよねえ」

「それって、試験の意味がない気が……」


 とにかく、好奇心がなければやってられないのが、研究ということだ。

 先生から注意や確認を受けてから、いざ実習へ。


「えっと、あたし達のとこはフラハティ研究所?」

「そこそこの規模のところだよ。確か、シャトレ魔法学研究所の系列じゃなかったっけ。こっちなら聞き覚えあるんじゃない?」

「あっ、知ってる! 聞いたことある!」


 実習の紙をわくわくと眺めるカナタ。この前よりは元気が戻ってきたのか、身だしなみがマシになってきている。

 依然として空元気なのは変わらないのだが。


「研究所……研究所なら、姉さんいたりしないかなあ……」

「そういえば、人探ししてたね」


 行方不明の姉について。とりあえず上を目指すとしか決まっていなかったが、カナタの姉の名前すら聞いていないことにレイは気づいた。

 これでは、情報提供したくてもできない。今からでも詳細を尋ねておこうと、レイは探し人について尋ねる。


「カナちゃんのお姉さんってどういう人なの?」

「えっと、落ち着いてて優しくて、魔法が上手! 勉強できるし、なんでも知ってるし、とにかくすごいんだ!」

「へえ……あと、名前も聞いていいかな? 協力するって言っておきながら、何にも知らなかったし」

「あ、ホントだ! あたしも言ってなかった!」


 本人も忘れていたようだ。改めて名前を教えてくれた。


「あたしの姉さんの名前はミツキだよ。美しい月って意味の名前なんだ」

「…………ミツキ?」


 それから、カナタは姉が自分に似ていることや、髪の毛が月光のような色をしていることも話してくれた。


「前から研究者になりたいって言ってたし、いるとしたら絶対研究所だよ! あっ、それか、先生とか? 研究者で先生とか、かっこいい!」

「……。……なるほど。カナちゃんのお姉さんは、ミツキって名前なんだね」


 カナタの故郷の名前は珍しい。おそらく同名の人はいないため、名前から探せば見つけられる確率は高いだろう。


「ミリちゃんとキーも覚えておいてね」

「うん」

「忘れなければな」


 『扉』からポルタヴォーチェの壁を通して、フラハティ研究所近の『扉』を通る。

 研究所があるのは、ホルトマテリアという西側。

 ネイウッドやロストンのある方面で、採集地が多く集まるところである。


「ここを右からまっすぐ」


 平らな屋根の建物がいくつも並んでいる。

 

 あれが、フラハティ研究所だ。


 魔法薬の研究がメインだからか、計算された造りの建物には花や蔦の彩りが添えてある。その控えめながらも飾られた窓辺や花壇は、研究所の堅いイメージを和らげていた。

 実習に来たことを研究員の一人に話すと、研究員は上の階から担当する人物を連れてきた。


「ふむ、君たちが実習に来た生徒か」


 長い髪と褐色の肌。それと、シンプルな銀縁眼鏡。いかにも研究員という見た目であり、中性的な雰囲気の人物だ。

  

「私は案内役を請け負ったモランだ。案内役とはいうが、私の行動範囲で説明するのみとなる。多少は手伝いを頼むだろうが、あとは好きに見学すると良い」


 一方的に実習の仕方を説明し、研究所の地図や扱っている素材などの冊子を配る。


「初めに向かうのは研究室だ」


 モランは行き先だけ伝えて、すたすたと歩き出した。

 レイたちの方は名前すら明かしていないが、必要ないということだろうか。性格まで研究者らしかった。


「階段登って、廊下……からの、ダダダって連なる部屋。何これ! 一階と変わんないじゃん!」


 カナタが今上がった階段を再確認した。

 どこもかしこも真新しさとはほど遠く、本当に二階に上がったか疑ったようだ。


「あはは、その気持ちはよく分かるよ! 研究所って迷路みたいだもんねえ。プレート引っ掛けておけば何でも良いって思考の結果だよ」


 研究所の構造は、ひたすら廊下に部屋が連なっている。

 どこを見ても似たような景色なので、置いていかれないよう気をつけなければならない。

 

「隠れやすそうではあるな。階数分からんくなるから」

「研究所で隠れるってアウトな気がするけどね」

 

 研究成果でも盗みに行くのだろうか。

 キーだと貴重な素材かもしれない。

 実際にやってしまいそうな人の呟きに、レイは苦笑した。

 

 三階に登り、廊下をいくばくか進むと、モランはここだと示してレイたちを研究室へと招いた。


「おお……なんか頭良さそうな部屋だ……!」


 大量の書類と、貼り付けられた実験の過程や結果。

 机にはガラス管や薬包紙が並べてあって、素材は量や種類ごとにきっちり分けて瓶や箱に入れられている。

 大釜には今もぐつぐつと何かを煮込んでいて、それを同室の研究者が見守っていた。

 

 まさしく研究室。カナタがこぼした感想通りであった。


「私の研究テーマは『効率の良い魔法薬の配合について』……つまり、既存の魔法薬の最適化を目指した研究だ。主に、現在の混合比が正しいか、新たな素材との相性はどうか、素材の処理の仕方での変化するか、などの観点から調薬を見直している」


 説明を受けて、これはまた珍しい、とレイは研究テーマに興味を持った。

 既存の魔法薬の最適化。周りが新薬を生み出そうと躍起になる中、この人達は完成された魔法薬に再度注目している。

 今までにそういう研究がなかった訳ではないが、どちらかというと不人気なテーマにあたる。

 そんな研究テーマを掲げているのだから、なかなか癖のある人が集まっているのかもしれない。


「今は『反熱の魔法薬』を研究しているところだ。そこで釜を見ているのは、ホプキンズ。私の後輩だ」


 モランがフードを被った魔法使いを指すと、その人は気付いてレイたちの方へやって来た。

 

「やっほー、生徒くん達。僕はアイヴィー・ホプキンズ。ヴィーちゃんって呼ぶんだぞー」


 緩めの袖を口元に持ってきて笑うアイヴィー。生真面目なモランとは対照的に、気怠げな印象だ。

 ボブヘアに少年少女のような体格で、モランとはベクトルの違う中性的なイメージだ。


「えっと……アイヴィーさんって呼ぶのは……」

「禁止、禁止ー! ヴィーちゃんって呼んでくれないとやだなー」


 遠慮がちにさん付けを提案したミリアだが、『禁止』とまで言われてしまった。どうしようと戸惑っているが、『禁止』なのでやむを得ない。

 

「え……ヴィ……ヴィーちゃん、先輩」

「先輩はいらないけど……まあ、及第点ってことでー」


 とりあえず、ヴィーちゃんと呼べば問題ないらしい。

 呼び方を相談し終えたら、次は実験内容を教えてもらった。

 冊子のページ数とともにサラッと紹介されて、今回は採集に行くと告げられる。


「いきなり採集なんですね」

「ああ。君たちは採集の経験があると聞いたからな。一時的だが貴重な人材だ。是非とも協力して頂きたい」


 初っ端からこき使おうというつもりだ。

 呪いのことがあるので研究所を離れたくないのだが、あくまで実習のために来ているので仕方ない。

 採集にはアイヴィーともう一人、トリュフォーという青年が一緒に向かうとのこと。

 外の『扉』近くで待っていると、研究所の方から短髪の好青年が走ってきた。


「すみません……! ちょっと遅れました!」

「いやいやーそんな焦らんでも良いよ、トリュフォー君。おおかたモラン君に在庫管理でも頼まれたんでしょー」

「は、はい……そんなところです……」


 アイヴィーよりも後輩らしく、下っ端の仕事をこなしているようだ。


「在庫とか面倒だからねー。僕がやってた時はモラン君の目がこーんなになってたよー」


 目の両端を引き上げて吊り目を真似るアイヴィー。

 確かに、と言っては失礼だが、のんびり屋っぽいアイヴィーは管理など出来なさそうだ。


「それに比べたら、トリュフォー君は頼りになるよー」

「ありがとうございます、ホプキンズ先輩!」

「あー! また名前で呼んでくれないー! ヴィーちゃんだよ、ヴィーちゃん!」

「あ、えっと、ヴィー先輩……」

「ちゃん付けはー?」

「ヴィ、ヴィーちゃん先輩……」


 やっと渾名呼びにしてくれた後輩に、よくできましたー、とアイヴィー。

 モランには指摘していなかったが、やはり上司だからだろうか。

 ひとまず、レイたちもヴィーちゃん呼びをしないといけなさそうだ。


「それじゃ、採集地にレッツゴー。行き先は『きりかぶ野はら』ー」


 指を指した先にある木の『扉』から、レイたちは実習初日の採集地へと足を踏み入れた。


 ◇◆◇


 もくもくの綿雲と、発色の良い空色。

 『きりかぶ野はら』のイメージとして、この二つは真っ先に挙がるだろう。

 それから、風になびく草原や、そこにぽっかりと生えた切り株、時々現れる羊の群れなどを思い浮かべる。

 

 そんな、平和を代表するような風景が目に映るはずだったのだが、今は怪しさに満ちた高原となっていた。

 

 未だ魔法時は続いている。草はじんわり光を帯びて伸縮し、切り株は木の根で跳んだり走ったり。

 そんな混沌とした野原に羊の姿などなく、代わりに異界の魔物が闊歩しているのだった。


「わーお、何気に『きりかぶ野はら』の魔法時は初めて見た。こんな面白いことになってるんだねー」

「魔法時の時って、こんなに原型なくなってたっけ……!?」


 のどかさを置いてきたような変わりように、アイヴィーとレイは目を見張った。


「というか、切り株が走ってるのが思ったより気持ち悪いんだけど! でも、なんかに似てる気がする……」

「あー……あれだ。タコじゃねえか?」

「それだ! 下半身しかないタコ!」


 見事キーが言い当ててくれた。

 うねうね感が本当によく似ている。泳いでいるタコなら良いが、こんなにもアクティブに動かれると引くだろう。

 しかも、頭がないので余計に未知の生物っぽい。できれば跳ぶことだけでもやめて欲しいところだ。


「それで、『きりかぶ野はら』で何を採ればいいの?」


 タコのことは一旦忘れて、採集の話をしよう。

 平刻でないとなると、『切りカブ』だろうか。

 その名の通り野菜のカブの切り身で、そこら中でトンボのように羽ばたいている。

  

「えっとー、モラン君のメモによると、『切りカブ』と『キリカブキノコ』って書いてあるねー」

「『キリカブキノコ』……あれらを捕まえるのかあ」


 タコ狩り……いや、切り株狩りをしないといけない。『キリカブキノコ』は切り株に生えたキノコなのだから。


「じゃあ、適当に捕まえますかー。『切りカブ』は好きなように、『キリカブキノコ』は……なんだっけ? なんか注意された気がするんだけどー……」

「一つの切り株の中で一番大きいものだけを採る、じゃない?」

「あ、それだー! すごいねー実習生君!」


 採り方をおさらいしたら、三十個ずつとノルマを決める。


「ノルマ以上に採るのもいいぞー。それじゃ、頑張ろー!」


 飛び回る『切りカブ』と、跳び回る切り株。

 アイヴィーの号令を合図に、レイたちは切り株狩りを始めた。

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