閑話 お喋りな香妖精
実習の始まる前日、再びメイリの店へと来ているレイ。
先日と同じようにベルの音がしてから、奥のドアへとお邪魔する。
「メイリ、来たよ!」
「はーい、ちょっと待ってなさい」
この間と同じやり取りをして、悩むメイリを待つ。
「んー……やっぱインスピレーションが足りないわね。ちょっと旅行にでも行ってこようかしら?」
「ついでに依頼もこなすとグレータに褒められるよ」
「やるわけないでしょ! バカンスなのよ? 仕事を入れるなんてもったいないわ!」
「それもそうだ」
基本的に魔導師としての責任などない二人。依頼は受けなければやらなくていい、という主張を全面的に共有しているのであった。
「で、集団死を解決したらしいわね? あんた達。なかなか有能じゃない」
「へえ、メイリが素直に褒めるなんて珍しいね」
「一応パルティータのことだし、これでも感謝はしてるのよ」
この『Calen May』はメイリの全てと言っても過言ではない。無事に店を続けていられることに安堵しているようだ。
「それで、犯人は結局誰なのよ? 捕まった人はいないらしいけど、また何か事情でもあるの?」
「それが、今は追えない人なんだ。どうやら『扉』と『扉』の境界にいるらしくてね。ちなみに、『死神』って言われた子たちは完全なる被害者だったよ」
「ふうん? また厄介な事件なのねえ……」
興味なさそうな相槌をしつつも、実はしっかりインプットされていることをレイは知っている。今も誰にどうやって喋ろうか密かに検討しているはずだ。
彼女は噂の好きな妖精。この話も他の人や妖精に話して、瞬く間に世界中に広まるだろう。
そうすれば、魔女の話から裏で糸を引く人物まで知れ渡ることになる。魔法使いが各々で危機意識を持ってくれれば、事件への警戒心が高まる。
それが黒幕への近道でもあるので、妖精たちには思う存分、噂話をしてもらいたい。
「代償を払ってまで『扉』に……とんでもない人がいたものね。まあ、こんな暗い話はこれぐらいでいいわ。
それより、魔法服のことで気になってたのだけど、あの注文はなんなのよ? 『魔法服をリボンか何かにできるようにして』って。しかも、ミリアの方だけに」
メイリが指摘したのは、ネイウッドの支店で事前に注文した内容である。
いろいろ魔法は付け足してはいたのだが、これだけは意味不明だったらしい。
確かにパッと見では分かりにくいか、とレイは説明することにした。
「ああ、それはね。いずれミリちゃん専用の魔導具ができたら、魔導具と一緒に髪飾りとかにできたらなあって思ってまして。デザイン的に弓をバレッタとかにできそうなんだよね」
魔法服をプレゼントしたものの、ミリアは上等過ぎなものは普段使いしたくないと言っていた。
劣化はしないと教えたのだが、それでも首を横に振った。なので、魔法を使う場面のみ着替えられるよう、『変身』をする前提で注文していたのだ。
「ああ、そういうこと? 確かに、あの子、ハーフアップにしてるものね。……あんたにしては良い発想じゃない」
「お、すごい! 今日はメイリに二回も褒められた! ぼくって優秀だもんね!」
「うっわ、調子乗らせ過ぎた……ガラにもないことって、やるもんじゃないわね……」
吐き気がする、みたいな表情はやめて欲しい。自分が変な奴だと錯覚してしまうではないか。
「変な奴なのよ! 自覚がないとかあり得ないわ!」
それについては猛烈に抗議したい所存である。少なくとも依頼品をタダでパクるような人達よりは、だいぶ常識人だ。
「あんたが変人かだなんてどうでも良いのよ。それで、どうだったの? 『変身』は問題なかったかしら?」
「うん。ちゃんとリボンになってたけど、カナちゃんの方にもおまけしてくれたんだね? 綺麗な紐になってて驚いたよ」
「あの子、ネイラの出身だっていうから、アイデアがどんどん出てくるのよね。あれもネイラ発祥の組紐から着想を得たわ」
「そうなんだ? 見たことない編み方だったけど、ネイラのだったんだ」
ただの紐とは思えない、凝った編目が印象的だった。
あれだけ艶やかで美しいのなら、今度はネイラの衣装をアリスに用意してみたい。たまにはイメージチェンジも良いだろう。
「そうねえ。どうせなら、あんたもお揃いで仕立ててあげるわ」
「えっ、ぼくはいいよ。アリスの方を本気でね?」
そんな約束をしてから、しばし適当に駄弁る。
その中で、依頼を押し付けられたキーが殴り込むかもしれないと話すと、ケラケラと愉快そうにメイリは笑った。
「良いザマよね! 頭が弱いだけの自業自得なんだから! ……けど、そうね。お店をめちゃくちゃにされたら堪らないわ。どうしようかしら?」
「こっちに聞かないでよ……一番キーにたかられてるのって、ぼくなんだから」
「私だって決闘で負けるから大赤字よ。だいたい、あんな戦闘狂に勝てるわけないんだから、強奪できるのが間違ってるわ! 魔導主様に申し立てしてやんないと!」
「うん、そもそも決闘で賭けなければ良いんだけどね?」
メイリは春の魔法系により、植物を操る魔法を使う。
蔦などでの攻撃はもちろん、毒や薬の作用も思うがままにできるのだ。
ただ、もともと戦うことは得意ではないため、キーと戦えば八割がた負ける。毒を上手く仕掛ければ勝つこともあるが、それも陰への潜伏で対策されてしまうのだ。
「私がお店を離れるのが良さそうね。旅行ついでに片しておくわ」
「また決闘するの?」
「もちろん。バレにくい毒があれば、一個ぐらい引っかかるはずよ」
一度でも勝てば盛大に煽れると知っているので、分の悪い賭けにも果敢に挑んでいく。自分が楽しければなんでも良いようだ。
依頼の話が終われば、次は魔法学校にも通っている話に移る。
ミリアやカナタに教えるのが楽しいとか、成り行きで先生になったことなどを話し切ると、再びメイリが噂話を持ち出した。
「そういえば、秋の妖精から聞いたけど、冬の妖精が魔法を使えたって本当かしら? あの子、大丈夫だったの?」
メイリがここまで心配する相手というのは、冬の妖精──冬の魔法を使うシリマのことであった。
今でこそ人形であるシリマだが、本来の姿は冬の妖精。象徴するのは『冬枯れ』の魔法だ。先の事件でためらった通り、シリマは全てを枯らすための『冬』であった。
かつては魔法を止めることも叶わず、魔獣だろうが人だろうが等しく枯らす。
それは、必然的に人や動物と一緒にいられなくなる、寂しく悲しい呪いのような魔法であった。
そうやって孤独になった。一人しゃがみ込んでいた彼を、焦土から助け出したのがレイだった。
人形の身体と懐中時計いう二つの魔導具を作り、アリスに『冬』を鎮めてもらって生まれ変わらせる。そうして、常に溢れる『冬枯れ』の魔力を抑えて、やっと彼は独りではなくなった。
「大丈夫。カナちゃんの蘇生のおかげで、いつもより怯えずに済んだみたい」
「そうだったの……あの子に何もないなら良かったわ」
メイリも春の妖精として生まれたので、彼女にとってシリマは同一の存在だ。
そんな仲間の孤独に気付けなかったことを、四季の妖精たちは憂いていた。
ゆえに、冬の妖精が臆さず魔法を使えたというのは、妖精たちにとっても嬉しい出来事なのである。
「最近は自信もついてきたみたいだしね。カイヤの態度にも慣れてきてるよ」
「あのイカれた人形ね……加減しないのが良いのかしら……」
キーと同じように、うげっ、と顔を歪めたメイリ。
彼女はカイヤに『妖精っ子一号』と命名された。
由来は、妖精の姿になると手のひらぐらいの大きさだから。子供扱いされてあしらわれた感じが、どうにも我慢ならないらしい。
「イカれた人形でも良いけど、あの子がアレに染まらないようにしなさいよ? あんな風に育ったら、余計に可哀想じゃないの!」
「分かってるって! ぼくだってカイヤみたいな人形は一人で十分だから!」
「本当……? なんか、あんたって信用ならないのよねえ。すぐに忘れて放置しそう」
「いや、ひどいね!? なんでぼくの評価はそんなに低いの?!」
これでもかと言うほど釘を刺されたので、肝に銘じておかなければならない。
まあ、そもそもカイヤみたいなシリマなど、想像もつかないのだが。
「それなら良いけど……」
「もう疑わないでね。ぼくは清廉潔白だから」
「清廉潔白かどうかより、普通に信用できないだけよね」
「……え?」
ストレートに衝撃を受けるレイと、またしても楽しげに笑うメイリ。普通に信用できないとは、治しようがないということだろうか。
「だって悪事はしないけど、それ以外のとこは抜けてるじゃない。忘れたり、間違えたり。アリスがいなかったら、ほとんどの依頼、間違えてるでしょ?」
「うぐ……それは、そうな気もする」
「ほらね〜私みたいにしっかりしてないと、いつまで経っても信じられないわよ?」
鼻高だかに忠告してくるメイリ。
忘れないで欲しいのが、彼女こそ依頼をまともにこなさない魔導師である。
不毛な争いかもしれないが、素で忘れているレイの方が許されるのではないだろうか。
「そんなことないわよ? 魔導主様から四番目の問題児って言われたし?」
「メイリは昔からそんな感じだよね……悪気があるのに許される……」
「失礼ね! 愛嬌があるっていうのよ!」
言い逃れが上手い。悪戯した子供のうち、しれっと我関せずで眺めているヤツである。全くもって不公平な評価であった。
「あんまり言うと、もれなく魔導主様への告げ口が待ってるわ──」
「悪かったです! 事務仕事やりたくない!」
「よろしい」
どうやら彼女を言い負かすには証拠がいるらしい。でないと、先に告げ口されて逃げられる。
キーと違って暴力的ではないのだが、会話で殴ってくるタイプだ。外見と似合わない、ずるい手段である。
「それって外見は良いってことよね? つまり、私は褒められた」
「違うけど? そんなつもりだと思う?」
「思わないわね。けど、知らずに私を褒めてたんでしょ? なんか勝った気がするじゃない」
「なんの勝ち負けなのさ……」
自分に都合の良い解釈しかしていない。勝手に負けにされて解せないレイだったが、外見の話で気になることがあったと思いつく。
依頼の時は気にしていなかったが、メイリの格好はいつの頃からか大きく変わっている。
数年前からの話だが、今まで特に触れてこなかった部分。
何となく尋ねる気になったレイは、洒落た服装について質問してみる。
「そういえば、昔はガキ大将みたいな感じだったのに、いつから変わったんだっけ」
「ガキ大将とは余計ね……まあ、ここ十年ぐらいの話じゃないかしら。お店が有名になったから、自分の格好にも気を使ってみたのよ」
オレンジとピンクのグラデーションと、カッチリとした黒のズボン。花のように鮮やかな衣装は、メイリの髪や目にも似合っている。ネイルやメイクなども抜かりなくしており、明らかにファッション関係の人と分かる出立ちだった。
このように、今でこそスタイリッシュなデザイナーだが、昔はボーイッシュで身綺麗にもしていなかった。
その頃から店は続けていたのだが、今のように大きい訳ではなく、趣味程度のこぢんまりとした店構え。とても名が売れているようには見えなかった。
だが、今では世界中の注目される有名ブランドとなっている。
服飾系界隈では必ず名が上がるほどなので、その人気は凄まじいものであった。
「半ば運ではあるけど……やっぱり魔導師だって公表したのが大きかったかしら。でも、パルティータに店を構えたのは公表する前だったし、コンテストで優勝とかもしてたから、わりと実力で勝ち取ってるわよね?」
案外、本人も有名になった理由が分かってないようだ。
レイもメイリと出会った当初は、服屋をやってることすら嘘だと思っていた。『Calen May』のオーナーだと聞いて心底驚いた覚えがある。
「確かにデザインは良いけど……それなら、急に人気になったのってなんだろうね?」
「そうねえ……ああ、そういえば香水も人気なのよね。その時に思いついたので作ってるから、オーダーメイドのお客さんにはウケてるらしいわ」
「香水……確かに唯一感はあるね。この間、ミリちゃん達も喜んでたし」
「何気なくやってたけど、香水事業も始めた方がいいかしら? お店のブランド品だって売れば、良い線いくかもしれないわね」
落書き程度のメモを残してメイリは検討する。それを横から良いんじゃないか、とレイは適当に相打ちを打っていた。
この時のレイたちは、まだ知らなかった。後々、この香水が爆発的な人気を誇るということを。
『自分だけの香水』を売りにして魔法服とセットにすれば、連日行列をなして入手困難になる。
やがて、持っているだけでトレンド最先端だと、魔法使い達は豪語する。
そんな、伝説的な立ち位置を確立するのだ。
「こんなもんね! 宣伝は協力しなさいよ?」
「じゃ、お代はアリスの服で!」
「ちゃっかりしてるわね……」
その後、お喋りなメイリは自身の持つ情報を思う存分話し続けた。
聞き続けるだけのレイは少々疲れるものの、ためになる話は満載だ。
できるだけ丁寧に相槌を打って、話し相手になってあげる。
「これは知り合いから聞いたことだけど、今回の魔法時はかなり長いらしいわ。一ヶ月よりもかかるって言われてるから、何か大きな事変でも起こるって話」
「魔法時がそんなに? 実験し放題ってこと!?」
「嬉しそうね……あっ、あと、これも同じ子から聞いたけど、今年の魔導師見習いは優秀なんだってね。特に、ルスカって子がもうオリジナルの魔法を確立したらしいわ。そこそこ珍しい『光』の魔法使いだから、期待されているみたいよ」
「へえ、見習いなのにすごいねえ」
他にも、ケット・シーの商人が近々こちらに来ることや、魔法時に何が起こるか、なんて話も教えてもらえた。
ちなみに、ケット・シーというのは猫の妖精のことだ。二足歩行の猫なのだが、人間よりも上下関係を重視することで知られている。
そのケット・シーの商人となると、上の階級向けへの品揃えが豊富。珍しい物や高価な物、さらには、それらを高値で取引するという大変ありがたい人……いや、猫なのである。
「今回は、イントプアの調度品を探しているらしいわ。それと、ダイヤモンドとエメラルドの入った魔法の宝石箱」
「王様らしいね。イントプアに宝石箱って、最近は宝飾品が気に入ってるのかな?」
宝石なら依頼などで手に入れているので、気が向いたら売ってみようと思う。
「じゃあ、そろそろ帰ろっかな。事件のこと、教えてくれて助かったよ。鍵についても引き続きお願いするね」
「りょーかい。私も小旅行でも行くことにするわ」
今日は平和な話で終わって良かった。
これが依頼中だったりするとサボりとパクリばかりなのだが、こうして話す分には茶化されるぐらいで済む。
「あ、今日話した分のノルマって託してもいいかしら?」
「ダメだけど?! いつから会話が有料になったの?!」
最後の一文で台無しである。
サボり魔の妖精には困ったものだと、レイは呆れながら夢の魔法で帰宅した。
◇◆◇
先ほどまで会話のはずんでいたアトリエは、未完成品が目に入るぐらいに静かになった。
わずかに散る、色の欠片。残された香妖精は、少し寂しそうにしながら悪友を見送る。
「ふう……まだ仕事はあるのよね……」
次の客は貴族の出なので、面倒にならないと良い。
アトリエを片付けて支度する。
「……そうだ、まだ話してないことがあったわ」
ふと立ち止まったメイリ。異界の魔物がざわめいていることについて、伝え忘れていたことに気づく。
夏の妖精が何か起こると予言めいたことを言っていたが、教えておいた方がいいだろうか。
「んー……まあ、別に必須って訳じゃないわよね。どうせ何かあっても何とかしてくれるでしょ」
他力本願を全肯定しながら、メイリはスケッチブックを片手に応接間へ足を運ばせた。




