六十二話 幸福を連れて
『死神』の集団死事件から早一週間。
あれから死者に魂を戻したり、詳細の報告などを魔法会にして、ようやく事件は収束を迎えていた。
平和になって賑やかさを取り戻したパルティータへ、レイはミリアとともに来ていた。ちなみに、キーはメイリの告げ口によって依頼を受けさせられており、カナタは未だ調子が戻らない様子であった。
「私だけ遊びに来てるみたい……」
「いや、それをいうならぼくもだよ」
もちろん、遊びに来ているわけではない。今日は『死神』事件の時に約束した、双子とハピエストに再会してもらう日なのである。
昨日、双子に父親を見つけたと伝えたら、驚きつつも会ってみたいと答えていた。複雑ではないのかと尋ねると、
《それはそう。けど、気になるから》
と、興味津々で目を輝かせていた。
そういえば、双子の過ごした時は四百年にも及んでいる。子供ながらに達観して、複雑な心境もどこかへ行ってしまったのかもしれない。
「あ、ハピエストさん!」
仮面をつけた紳士の姿が見える。
先日まで事件の騒動で慌ただしくしていた、劇場の支配人シィクレット。
『死神』の事件で客足が遠のきそうだった広場を、人脈と見事な手腕で巻き返していた。
「先週ぶりですね、お客様」
「お客様……それ、他の人と区別できないよね?」
「おや、不便かな? なら、お得意様と呼びましょう」
「名前を呼ぶって選択肢はないんだ」
後ろにはクリアもいる。甥と姪を一目見ようと着いてきたようだ。
「なんていう名前にしたの?」
「姉がメア、弟がシア。クリアと同じ死の魔法を持っているよ」
「わあ、同じなのね! 一緒に遊べるのかな?」
仲良くなれたらいいな、とクリアは天真爛漫にはしゃぐ。
ハピエストの話によると、少々幼くなったものの、昔から無邪気さは変わらないとのこと。さすが、『純真』を司る悪魔である。
「そういえば、ハピエストさんとクリアさんは……」
「さん付けはやだ。仲良くなさそうだもの」
「あ、うん。クリアは、兄妹ってことだけど……悪魔にも兄妹の概念があるんだね? 血の繋がりとかはないと思うけど」
悪魔は欲や感情から生まれるため、人間のように他者との繋がりなどはない。最初から独りであり、個々が存在意義を追求して生きていく。
そんな、仲間や家族とは無縁のはずの悪魔だが、この二人は兄妹という関係を大事にしているようだった。
「確かに本来は無縁のはずだよ。ただ、私とクリアは少し事情が違ってね。私たちは同じような時期に同じ場所で生まれ、一緒に支え合って生きてきたんだ。その影響なのか、普通はあるはずのない繋がりが芽生えた。人と関わるようになってから、この関係性が兄妹であると知って、自称するようになったんだ」
「同じ時期に同じ場所で……うん、紛れもなく兄妹だね」
ただ、この関係性が維持できているのは、悪魔の中でも欲や感情に忠実でない二人だからだろう。
悪魔は基本的に目的が一致していない限り、衝突したり関わらないことの方が多い。それぞれが全く違う思考や理念を持っているので当然のことだが、ハピエストやクリアは人間に近い感覚を持っているようだ。
ちなみにクリアの友人であるカースは、窮地を救ってから落ち着いたらしい。
初めは『怨恨』を司っていたため、人々の感情へと干渉して怨みを増幅させていたのだが、一度失敗して怨み返しにあってしまったのだとか。
瀕死状態になったカースをハピエストたちが助けたところ、無闇な人への干渉を控えるようになったという。
「そんなすんなり辞めれたの?!」
「これはクリアのおかげだよ。クリアは『純真の悪魔』だからね。『人を怨むと良い子になれないのよ!』って、かなり真剣にカースの身を案じていたんだ。おそらく、心配されたことがなかったからだろうね。カースは怨み以外の感情に感銘を受けたんだ」
「それって、悪魔的には消滅の危機になりかねないよね? 大丈夫なの?」
強い欲や感情がなければ象徴を保てなくなる。
なにしろ、他の感情を取り込んでしまうのは、自ら存在意義を手放していくようなものだ。
怨みは危険なので阻害したいものの、人に干渉しないなら消滅させる必要はない。
「少し、危惧してはいるけど……『怨恨』というのは、そう簡単に失われる感情ではない。だから、しばらくは大丈夫だと思っているよ」
「ああ、そっか。……そうだね」
生きていれば誰しも怨みは付きものだ。
それに、怨みを持つ人は、たいてい並々ならぬ強さの感情を抱えている。世界中の人が清廉潔白でなければ、消滅には至らないだろう。
ハピエスト達の話を聞いているうちに、パフェのような店へと着いた。
今日は臨時休業にしたのか、ドアには『close』のプレートがかかっている。
「ここだよ。……開けても良い?」
「うん」
毅然とした態度でハピエストは頷いた。
そうして、ドアの先で親子は四百年ぶりの再会を果たす。双子の姿に一度立ち止まったハピエストは、静かに歩み寄って懐かしい名を口にした。
「メア、シア……」
「「……」」
双子は顔を見合わせ、無言ながらもこくりと頷いた。そして、メアは声に、シアは字にして久しぶりの言葉を綴る。
「『お父さん」』
ハピエストは双子の一言に目を見開くと、嬉しさと申し訳なさをないまぜに小さく笑った。双子も記憶の彼方にあった父親の姿に、おずおずと歩み寄る。
「……メア、シア、今までのこと、本当にすまない。ロストンの不幸も、ルーシャのことも、全て……」
「「……」」
心からの謝罪をするハピエスト。双子はじっとそれを見つめている。
複雑な心境とともに訪れた沈黙。
上手く表情が作れないのか、中途半端に笑みを浮かべてハピエストは言葉を続ける。
「今は……働いているのかい?」
店を見回して、双子が充実した時間を送っていることを知る。
この店の評判が良いことは周知の事実だが、それよりも双子が肩の力を抜いているのが、良い巡り合わせの証拠であった。
「……いつの間にか、立派になったんだね」
ずっとこのままでいてくれたら、それで良い。
無駄な介入はしないと決め、最後に魔法をかけることにする。
「不出来な父親ですが……我が子の幸福だけは祈らせてください」
ハピエストが目を閉じると、さらりと柔らかな風が吹く。二つの四葉が双子の近くを通ると、静かに舞い上がって溶けていく。
幸福の祈り。『幸福の悪魔』が送る、ささやかな贈り物の魔法である。
「……では、そろそろお暇させて頂こうか。まだ仕事が残っていることだしね」
「え、もう帰るの?! ハピエストさん?!」
謝罪と顔見せしかしていないのに、とレイは慌ててハピエストを呼び止める。双子も疑問符を脳内に浮かべているようだった。
まさか、罪悪感から関わらないことを選んだのだろうか。
仕事はただの口実だ。忙しいところに休日をねじ込むくらい、双子に会いたがっていたのだから。
「私は恨まれるべきことをしているから。二人が幸せなら、見守るだけで十分だよ」
今の幸せを壊したくない。ほとんど記憶にない父親は家族でなくても良い。
『幸福の悪魔』だからこそ、彼は自身の存在が怖くなる。禍根を生んで、幸せが揺らぐことを恐れてしまう。
──だが、その恐怖から救う存在がいるとしたら?
バタンとドアが開き、パステルカラーの双子が追ってきた。
一直線に向かうのは、ハピエストの元。
駆けた勢いのまま飛びついて、歩みを遮った。
「……!」
「まだ喋ってない」
《帰るには早い》
ほっぺを膨らませてむくれるメアとシア。勝手に早合点して帰る父親に、反対の意を示す。
「ロストンのことはもう置いてきた。このまま去ることこそ罪」
《メアの言うとおり。父親は父親の責務を果たすべき》
放置は二度と許さない。そんなメッセージを込めてしがみつく。
たとえ、四百年遅れであっても、記憶の中の父親には変わりない。
見捨てられたと勘違いした時でさえ、家族だからと待ち続けていたのだ。恨みだなんて今更の話である。
「メア、シア…………私はまだ間に合う。そういうことかい?」
「「……」」
しっかりと頷いたメアとシア。迎えにきてくれた家族に手を差し伸べる。
「……『救世主』とは、我ながら的を得ているものだね」
その手を取って、ハピエストは双子を抱き寄せた。
「ただいま、メア、シア」
「《おかえり」》
こうして、ロストンの不幸は幸福を連れて去っていった。実に四百年ぶりのことであった。
◇◆◇
感動的な再会の後は、クリアと双子が顔を合わせた。
双方とも驚いたのが、瓜二つなこと。
父親のハピエストよりも似ているのではというほどで、三人とも同じような顔で呆気に取られていた。
「嬉しいけど……なんでお兄ちゃんより私の方が似てるのかしら? 死の魔法を受け継いでるのも不思議……」
「ルーシャに似ているところも少ないね。目元くらいかな」
こうなると、クリアは伯母というより姉のようだ。
成長すれば顔立ちが変わるかもしれないものの、身長を合わせたらまるで三つ子である。
「私はクリア。お兄ちゃんの妹よ」
「ん。クリアお姉ちゃん」
《クリアお姉ちゃん》
さっそく仲良くなった双子とクリアは、死の魔法を使って遊び出す。
クリアが飴細工で塔や城を作ってみせると、目を輝かせた双子が真似しようとした。
それぞれ使い始めるのは、綿菓子と水飴の魔法。飴という共通の発想にクリアは喜んだ。
「りんご」
《さくらんぼ》
「ワイングラス」
《ワインボトル》
「時計」
《オルゴール》
「燭台」
《シャンデリア》
クリア直伝の魔力の使い方に、コツを掴んだメアとシア。
次々と作品を創り出しては出来栄えを競っている。
「私のが上手い」
《僕のが上手い》
「……」
《……》
決着をつけたい双子は、さらにスピードアップして創作対決をする。
その対決にクリアが審査員を名乗り出て、双子の作品を評価していた。
「近々ホイップが新作を出しそうだよね。精巧なデコレーションを売りにした感じの」
「スイーツと芸術の融合……?」
結局、勝負は引き分けとなった。
無事に和解したメアとシアは、ハピエストとクリアにおもてなしをすることにしたようだ。
テーブルのある方へ二人を招いて、焼き菓子やケーキなどをせっせと持ってくる。
「こっちのフィナンシェは魔法時限定のクラウンベリー味で、こっちのケーキも魔法時限定のレメディペアが使われてる」
《店内で食べるとホイップクリームつけ放題。ドリンク飲み放題。今なら魔法時限定でアルキソウのハーブティーがおすすめ》
今までの接客経験を存分に発揮して、淀みなくお菓子の説明をしている。
それをハピエストは嬉しそうに聞いており、双子が説明し切って満足顔になると、よく出来ましたと頭を撫でた。
「がんばった」
《まちがえなかった》
照れたように目配せするメアとシア。久しぶりに褒められたのがこそばゆいのか、無表情ながら口元が緩んでいた。
そんな家族水入らずの空間に、レイたちは邪魔にならないようお暇しようと話し合う。
すると、キッチンから双子を見守っていたホイップと目が合った。用意していたらしいお菓子とともに、駆け寄ってくる。
「レイくん、ミリアちゃん、帰る前に試作品どうぞ! メアちゃんたちが無事にお父さんと会えて良かったよ〜」
事情を伝えると、即座に全面協力したホイップ。店を臨時休業にしてまで応援しており、親子が会えたことを自分のことのように喜んでいた。
「ホイップも協力ありがとう。魔法時のお菓子はさっき教えたんでしょ?」
「えへへ、分かっちゃった? クラウンベリーは楽しい気持ちになって、レメディペアは安らぎの力で癒してくれる。家族団欒って言ったら、これに限るんだよね〜」
さらに、アルキソウのハーブティーはクラウンベリーとの相乗効果が見込める。存分にお茶会を楽しんで欲しいというホイップの機転が、ここに表れていた。
「それでそれで! ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……いいかな?」
「手伝い?」
「今度のお祭りで作りたいお菓子があるんだけど、今は材料が手に入らないみたいで……」
「ああ、そういうことなら全然いいよ」
美味しいお菓子が食べられるなら、古今東西どこでも探しに行く。ついでに、試作品も全て頂くのだが。
「うん、この材料なら採りにいける」
「本当? レイくん、ありがとう!」
そうホイップと約束して、レイたちは店を後にした。
その帰り際、『ハロー・ホイップ』の看板を見つめながら、ミリアがぽつりと呟く。
「……ハッピーエンド」
「ん?」
「ロストンは不幸だったけど、今はメアちゃん達、幸福そうだから……」
「ああ、確かに。ハッピーエンドってことでも良いのかもね。一件落着したことだし……試作品はなんだろう!?」
温かい家族の様子を見てたら、早く帰りたくなってきた。
今日はカイヤとシリマにも早めに切り上げてもらって、アリスにお茶会の準備を頼むとしよう。
レイは試作品を楽しみにしながら、自身の『家族』のもとへと帰るのだった。
◇◆◇
──パルティータから『死神』は去った。
──集団死事件、収束を迎える。
号外、号外、と渡される新聞は人々の手に渡り、安堵とともに捨てられたり雑踏に埋もれたりする。
そんなパルティータのメインストリートを外れたところ。
大きな商会などの裏手にて、裕福な身なりをした男が道端で小さな魔導具を拾う。
「……?」
魔導具と言っても、薄汚れていて面白くもない四角形のものだ。
試しに魔力を流してみるが、何に使うのか全くの不明。ガラクタも同然な魔導具を捨ててしまおうとして、男はその手を止める。
「……」
いらない気もするが、なんとなく手にしておきたい。
奇妙な感覚に首を傾げながら、男は路地から立ち去った。
レイ「そういえば、ハピエストさんとクリアが再開した時、ハピエストさんは姿を隠してたよね。それでも誰か分かったあたり、しっかり兄妹だって思うよ」
ミリア「兄妹ってすごいんですね……あっ、でも、私もソラニなら分かるかも」
レイ「それを言ったら、ぼくもアリスなら分かるよ? どれだけ離れてても言い当てれるかも」
ミリア「そ、それは、どうなんだろう……」




