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六十一話 幸福の悪魔

 死の魔法と似通った外見。『死神』クリアはロストンの双子との共通点が多い。

 

 これは人形の時にも感じたことだが、それに加えてもう一つ。


 シィクレットが口にした『四百年ぶり』という言葉。これは、ロストンに不幸が訪れた時期と同じで、双子はその時期に父親がいなくなったと話していた。

 そこから導き出されるのは、シィクレットが双子の父ではないかということ。双子の魔法は伯母にあたるクリアが由来で、酷似する容姿もシィクレットとクリアが兄妹ならば説明がつく。

 

 辻褄が合うことから、尋ねたシィクレットの正体。レイが遠慮なく聞くと、彼は口角を上げて仮面に手をかけた。


「ご明察のとおり、私は幸福を司る悪魔。『劇場の支配人』シィクレット改め、『幸福の悪魔』ハピエストと申します」


 仮面にかけられた魔法が解かれ、素顔と共にパステルカラーの髪が顕になった。

 色の種類はメインにパステルブルー、後はピンクとイエロー。双子やクリアと同じ三色の髪色だった。


「シィクレットさんが『幸福の悪魔』……?! じゃあ、メアちゃんとシアくんのお父さんなんだ!」


 カナタが双子との関係を理解して声をあげる。行方不明になった双子の父を偶然にも見つけたのだ。なんとも不思議な巡り合わせである。

 ただ、そうなると、ロストンが廃墟になった理由もシィクレットということだ。

 なぜ、ロストンに不幸が起こると知っていながら離れたのか。妹を探していたにしても、双子やロストンの住民にとっては残酷なことだ。


(悪徳領主でしたってことならあり得るけど……)


 これまでの人柄を見るに、打算はあっても見捨てることはなさそうだ。これも演技と言われればそれまでだが、そうでなかった場合、どうしてロストンを放置してしまったのか。

 レイが少し厳しく疑問を投げかけると、ハピエストは目を伏せて答えた。


「それは……全て私の浅慮が引き起こしたことだよ。クリアを探すことしか考えていなかった、私のね」


 そうして、ロストンが廃墟となった顛末を口にした。


「……ちょうどメアとシアが二歳になる頃のことだったよ。クリアがさらわれたと知ったのは。常に感じていた気配が途絶えて、消息不明となったんだ。今まで無かったことだから、ひどく慌ててね。大した判断もせずロストンを離れ、魔女の捜索にあたったんだ。妻には止められたというのに……」


 呆れたような表情で、淡々と語る。

 その姿は、事実を述べている以上に、自身への皮肉で埋め尽くされていた。

 

「突然のことだというのもあって、クリアはなかなか見つからなかったよ。けれど、その三年後、『扉』の世界でクリアを見つけたんだ」

「『扉』の世界……魔女のいる場所だね」

「その通り。魔女に囚われていたんだ。なんとかして取り戻そうとしたんだけど……捕まえるどころか、逆に魔女に捕まってしまったんだ」


 まだ『扉』に閉じこもっていない頃の魔女は、想像以上に強力な魔法でハピエストを圧倒したと言う。

 おそらく、集めた人形がなす力だったのだろう。手も足も出ずに、捕えられる結果となってしまった。

 

「それから百年は魔力を封じられ、身動きが取れずにいた。ロストンの『幸福』も保つことすらできずにね。

 これが、ロストンに戻ることができなかった理由、というわけだよ」


 やむを得ない事情のため、ロストンを放置することになってしまった。

 妹がさらわれたからとはいえ、慎重に行動していれば捕まることは無かった。それが、自責する要因らしい。

 

「……今は魔女の監視から逃れるために、パルティータへ潜り込んでいる最中でね。シィクレットという名は、隠れ続けるために『秘密』の魔力を引き入れ、手に入れた……いわば、もう一人の悪魔(じぶん)といったところだよ」


 『秘密の悪魔』シィクレットと『幸福の悪魔』ハピエスト。

 まさかの『秘密』と『幸福』、二人分の魔法が使えるらしい。自身の魔力と引き換えだったとしても、異例中の異例な出来事である。

 

「逃げ出した後も監視があって、ロストンに向かうこともできなかった。『秘密』の魔法があったとしても、ロストンに向かう時点で気づかれていただろうから……いや、これも言い訳なんだろうね。メアとシア、ロストンの領民には本当に謝っても許されないことだから」


 『幸福の悪魔』は名前の通り『幸福(しあわせ)』から生まれた悪魔。人が不幸になるようなことは望んでおらず、ロストンの不幸には深い後悔が見てとれた。

 ふと横で話を聞いていたクリアが、兄を慰めようと飛んで頭を撫でようとする。その姿にハピエストは微笑むと、レイに一つ願い出た。


「もう遅すぎることは、分かっているけど……メアとシアに会わせてもらうことは可能かい? 『死神』を失って魔女の監視も解けたようだから……」


 四百年ぶりに顔を見たい。当然の願いである。

 レイは双子に確認を取ってからという条件で承諾した。そして、双子の母親が及んだ凶行と、双子がロストンでどう過ごしたかも伝えた。


「ルーシャがそんなことを……」

「双子はもう気にしてないみたいだけどね」

「……」


 一応フォローしてみたが、ハピエストは言葉を失っている。双子の母親がここまで豹変するとは思っていなかったようだ。


「……ルーシャは、亡くなったということだね。メアとシアが守るはずだと思っていたけど、本人が受け入れなかったのなら仕方ない」


 ハピエストは死の魔法が不幸を止められると知っていたようだ。そうなると、『救世主(メアとシア)』という双子の名付けは彼が行なったのかもしれない。

 もっとも、その意味は遠い未来で発揮するはずだったのだが。


「では、事件について落ち着いたら会いに行くとするよ」

「うん。メアちゃん達に言っておくね」

「……何から何までありがとう」


 ハピエストは優雅に一礼して、クリア達と劇場へ戻っていった。支配人として事態の収集に取り掛かるようだ。

 レイも隠れた魔力の主をどうにかしないといけない。話が終わったと判断したカイヤが、巻かれた糸の物体を引っ張った。


「不審者は捕まえておきましたよォ。ですが、逃げることが得意なようで、縛るにも限度があります。今も姿は見えませんし」


 何かがいることは感じ取れるが、姿は透明のまま。隠したがるわりに、大人しいことが気がかりである。


「魔法を破ればいいけど、これは……呪文による魔法じゃないから、魔力を止めないとどうにもならなさそう」


 相当な隠れ身の達人だ。そこにあると知っていても見失ってしまいそうなくらい。

 レイは『夢氷』で書き換えて様子を見る。ただ、相手は魔力が尽きようが、頑なに隠れ続けたいらしい。

 

 まるで、何かを待っているようだ。


(待っている? 待っているなら、もう何か仕掛けってこと……?)


 だが、死神は対処済みで、広場に残っている人もいない。もう仕掛けられるような場所がないはずなのに、何かを待っている。


(まさか、別の目的がある?)


 吹っ飛ばした死神に満足してペドロを放すキー。

 死者が空気に溶けたことで安心したミリアたち。

 そして、カナタとシリマが事件解決のハイタッチとともに、警戒を緩めたところで──


「え……?」


 カナタが、バタン、と倒れた。

 目を見開くシリマの前に、正体不明だった何者かが現れる。

 カイヤの糸の中にも本人はいるのだが、あちらにいるのは分身らしい。今さっき本体から魔力を移したのか、気づくのに遅れてしまった。


『少し、借りますね』


 マウリス研究所で聞いた、ローブの青年の声。

 その人はカナタを抱えると、再び雲隠れとなる。


「カナちゃんがさらわれた!?」


 全くの盲点である。ただ、魔力もほとんど残っていないようなので、カナタに危害を加えられるとは思えない。


 いったい何がしたいのか。


 その答えは、たった数分で戻って来たカナタが教えてくれた。

 その表情(かお)はひどく青ざめており、とても冷静とは言えない状態だった。


「だ、大丈夫……?」


 ミリアが心配して、カナタに声をかける。

 一応それに頷いたカナタだが、手は小刻みに震えている。全く大丈夫なんてことはなかった。


「アリス、カナちゃんを暖めてあげて」

「はい」


 アリスは灯火を強めて、カナタの側につく。天使の祈りが込められた()なので、心が安らぐはずだ。


「カナちゃん、何があったの? ゆっくりでいいから教えてくれる?」


 落ち着いてと言っても落ち着けなさそうだ。せめて、抱え込まないよう吐き出した方がいい。何より、カナタがしきりに口を動かして何かを伝えたそうにしている。

 再び頷いたカナタに深呼吸を促すと、やっと声が出るようになったらしい。何があったのかをなんとか言葉にしてくれた。


「さっきのあの人……研究所にいたローブの人は……あたしの、あたしの……」

 

 再び大きく息を吸って吐いてから、ローブの人の正体を口にした。


「あたしの、従兄弟の兄さんだったんだ」

「……従兄の、お兄さん?」

「うん……それで、呪いとか、今回の事件とか、手伝ってて……その理由が、あたしを見つけて仲間にしたいからだって……そしたら、めちゃくちゃな話をしてて……」

「めちゃくちゃな話……?」


 怯えたように瞳を揺らす。よほど衝撃的なことだったのか、口にするのも勇気がいるようだった。


「あたし達の家族……里のみんなを、……殺したって……」

「殺した……?」

「……父さんと母さんも、叔父さんたちも、みんな殺したんだって……」


 かなりショッキングな話に、皆息を呑む。口にした本人は茫然自失で立ち尽くし、涙を出すのも忘れてしまっていた。

 カナタはよく、家族や故郷の話をしていた。両親とのやりとりや、藪の先にある隠れ家について。大きな木に登れば夕陽が綺麗という話や、口うるさい親戚のお爺さんの愚痴まで楽しそうに喋っていた。

 そんな大好きな里の皆を失った。それは、カナタにとって身を引き裂かれるようなことであり、信じられない事実であった。


「従兄が嘘をついてるってことはないの?」

「それは……たぶん、ない。シスイはホントにおかしくなってた。里にいるときはあんなふうじゃなくて、穏やかで優しい良いお兄ちゃんって感じだったから」


 がらりと変わってしまった人柄。

 物腰が柔らかいのは変わっていないが、垣間見える狂気が恐ろしさを呼ぶ。

 まるで、知らない人になってしまったようだった。


「でも、なんで変わっちゃったの? その言い方からして、昔は呪いに手を出すような人じゃなかったんだよね?」

「それは……」


 何かを知っているのか、カナタは言い淀む。視線を落として口を閉ざすと、耐えきれなくなったように後退った。

 

「ご、ごめん、あたし……もう帰るね!」

「カナちゃん……!」


 いっぱいになった感情を振り切るように、カナタは走り去っていく。持ち前の身体能力を活かした全力疾走で、あっという間に姿が見えなくなっていった。

 あの状態で放置しても良いかとレイは悩むが、心の整理がつくまではそっとしておいてあげたかった。

 心配は大きいものの、ひとまず日を置いて様子を見ることにする。


「衝撃的なこと、か。グレータの占い通りなら大丈夫なはずだけど……もし、連絡がつかなかったら訪ねに行こう」

「でも、家の場所は……」

「うーん……カナちゃんには申し訳ないけど、追跡させてもらおうかな。万が一のこともあるわけだし」


 私生活にズカズカ入るのはよろしくないが、従兄の分身が気になる。

 カイヤが捕まえた本体は大人しくしているものの、意識や魔力を分けられるのか、ほとんどもぬけの殻。本体ながら死んだも同然の状態なので、分身を再び捕えなければならない。

 

 従兄が故郷の話のみをして、去っていった理由はなんなのか。


 不安定になったカナタに何かをするつもりなら、止めなくてはならない。

 伽藍堂の本体に枷を嵌め、動向を探るべくカイヤとシリマに調査と材料調達を頼む。

 キーとミリアには明日の予定はなしとだけ伝え、レイは魔法会への連絡と、死者の蘇生に取り掛かった。

  

 ◇◆◇


 ──数日後。

 幸いカナタはしっかり魔法学校に登校してきた。

 ただ、精神的な疲労が祟っているのか顔色が悪く、横結びも上手くいかなかったのか髪がぼさぼさだった。


「カナちゃん、大丈夫……ではないだろうけど、もう来ても良かったの? まだ休んでた方が……」

「ううん。一人だと余計にダメになる。それに、あたしはそんなやわな精神してないし?」


 落ち込んだけど、もう元気!

 

 そうやって笑うカナタだが、空元気なのは(はた)からでもよく分かる。

 まだ本当は辛いはずだ。だが、本人が思い込みでも元気になりたいなら、休めと言わない方がいいだろう。


「……無理だけはしないでね?」

「うん。……さーて! 今日はどんな授業かな? 眠くなるのはやだなー」


 ミリアと相談しながら時間割を決める。最大まで入れようとしていたが、必ず寝るので昼食前後は休みとレイは口を挟む。


「寝ないけど? 眠くなっても目を開ければ寝ないし?」

「それ脳が機能してないでしょ」


 この後の授業で寝落ちしたので、根性論は効かないようだった。


「やっぱ言わんこっちゃない」

「速攻寝たな」


 これは部屋で仮眠させなければ。授業を途中で切り上げ、カナタを仮部屋のベッドに寝かせる。

 すやすやと寝息を立てるカナタを前に、ミリアがほっと息を吐いた。魔法時で睡眠要らずだとしても、休むためによく眠って欲しいのだ。


「……そういえば、カナタちゃんの従兄の行方はどうなったんですか?」


 あれからカナタにも接触していないようだが、新たな動きはないのだろうか。

 未だ掴めぬ黒幕についてミリアが憂うと、追っていたレイはなんとも微妙な表情で答えた。


「本体は相変わらずだけど、分身については昨日居場所を突き止めたよ」

「そうなの……?」


 案外簡単に見つかった気がして、首を傾げるミリア。だが、それにしては、レイが行動していないのが気になった。


「見つかったなら、捕まえられる……?」

「そうだったら良いんだけど、一つ気がかりなことがあるんだ」


 レイは魔法の中から紙束を取り出す。

 冊子のようになっているそれは、『実習』と印字された生徒向けのガイドだった。


「それって、グレータさんが言ってた……」

「うん。呪いに関わってるかもしれない研究所の実習。どうやらカナちゃんの従兄はここにいるみたい。わざとらしく足取りを掴ませてくれたよ」

 

 こちらを誘き寄せて、どうにかするつもりらしい。つまり、明らかな罠ということである。

 カナタのことを考えると接触しない手もあるが、呪いのことを考えると放っておく方が危険だ。それに、相手は自由自在に逃げ隠れできるので、カナタと別行動を取るのも悪手である。


「魔法会に依頼することはできないんですか?」

「ああ、カナちゃんを匿ってもらうってこと? グレータに頼めば守ってくれるだろうけど……相手の魔法は守りが通じるか怪しいんだよね」


 ほんの少し調べられたのは、紫色の珍しい水。カナタの翡翠の炎のように、特殊な魔法を操っているようだった。

 もし、カナタの蘇生と同じくらい強力な魔法を持つなら、一筋縄では行かないはずだ。


「実習は二週間後。その間に、カナちゃんから何か聞けるといいけど……」


 従兄から聞いた話には続きがあるはずだ。

 そのせいでカナタが苦しんでいるようだったが、本人は言いたくない素振りであった。

 従兄の話自体タブーだとすると、紫の水について聞くのも憚られる。


「実習に行くまではなんともいえないや」


 毎度の如く、対策を重ねるしかないということだ。

 さらに、今回は敵の拠点へと足を踏み入れる。

 呪いがあれば魔法は意味をなさないし、生半可な対策では相手の術中から抜け出せないだろう。

 

 ひとまず、レイは『お守り』でも作ろうと決めた。

 気持ちよさそうに眠るカナタが、これ以上悪い夢を見ることがないように、と。

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