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五十九話 死と枯

 懐中時計に魔法を込める。そっと回った針は、だんだんとスピードを上げていく。

 やがて、ぐるぐるととどめなく回った針に、シリマは呪文を紡いだ。


『ラーグユーへ』


 短く唱えると、さらさらと灰が舞う。あらゆる光は薄暗くなり、静かに魔法は広がっていった。


「なにこれ? 目隠し? でも、なんか触りたくないような……」


 そのカースの第六感は、非常に鋭いものだった。

 なんとなく眺めていた灰をよく観ると、死者の身体が端から消えていっている。

 それは、死に似た、死ではない災害。


『冬枯れ』


 あらゆる全てを消し去る、冬の魔法。これこそが、シリマの守る力であり、破滅をもたらす災いの魔法だった。


「シリマくん、すごい! で、でも、あたしも消えてる気が……」

「だ、ダメ! もっと離れて! 僕に近寄らないで!」


 何度も蘇生を繰り返すカナタに、半泣き状態で叫ぶシリマ。地面や建物にも侵蝕していって、表面が脆くぼろぼろになってしまう。

 

 この状況こそが、魔法を使いたくない理由。

 

 シリマは高い魔力と希少な魔法系を持ちながら、それを使いこなすことができなかった。下手というわけではなく、孤独になるべき魔法だったから。


「大丈夫?! 辛いなら無理しない方が──」

「お、お願いだから、来ないで!! あっち行ってて!!」

「わ、ごめん……」


 上手く使えない冬魔法は災いとなり、シリマ自身が災害そのものとなる。

 かつては辺りを焦土にするしかできなかった。今は、レイのお手製魔導具のおかげで制御が効いている。

 それでも、周りを枯らしてしまう。だから、シリマは魔法を使うのが怖かった。


「は、早く、死者は消えて! もう終わりたいから……!」


 もう魔法ではなかった。それは、まさしく現象。

 シリマの切実な叫びに、灰は一気に死者を消し去った。目の前に積まれていた壁が唐突になくなり、『死神』の手が止まる。

 

「ゾ、ゾンビが全部消えちゃった?! 死の魔法より強いじゃん!」

「か、カナタさん、怪我は……! 怪我はない……?!」


 開口一番に、シリマはカナタの身を案じる。

 その不安とは裏腹に、カナタはビシッと手を挙げるポーズをした。


「あたしは全っ然、平気! すぐ蘇生するし、なんなら全然痛くないから死ぬのが超楽だった!」

「よ、よかったあ……」


 心底安心したシリマ。巻き込んでないわけではないが、傷つけていないというのは初めてだった。

 

「ちょっと面白かったし、また消してね!」

「け、消してね……?」


 こんなにも死にポジティブな魔法使いはカナタぐらいだろう。首を傾げながらも、シリマはそっと小さく微笑んだ。

 そして、その上空で様子を窺っていたカースはというと。


「あ、危ない危ない……僕たちと似た魔法だ。クリアにも言っておかないと……」


 薄らとした笑みをこわばらせる。

 灰に触れないように高いところまで飛び、安全圏から死者を喚び起こす。灰の中でぼやけているが、やはり、すぐに砂になって消えていった。これは、死者で対抗しても意味がないことを表している。

 ただ、空を飛ぶカースが影響を受けることはない。魔法が通じないことを知ったカースは、ひとまず策を練り直すことにした。


「いくら相手にしても意味ないし……もう、やめよ」

「あー! 待て、『死神』!」


 箒を反転させて、さらに南側へ進もうとする。

 ここで止められなければ、また行方をくらましてしまうだろう。

 カナタが屋根によじ登り、遠ざかる背に大剣を投げる構えをとる。


「届くかわかんないけど……!」


 カナタは、そのまま力いっぱい大剣を投擲しようとする。

 だが、それより先に、空から飛んできた火が『死神』の箒を捕まえた。


「も、燃える……?!」

「おっと、逃げられたら何も披露できない。まだ観客でいておくれ」


 奇怪な言葉遣いとハスキーな声。

 遊撃隊員、奇術師イルジオニスタのお出ましだ。

 ステッキのような箒に直立し、王笏(おうしゃく)を模した杖を『死神』に向ける。その姿だけで磨かれた魔法(トリック)が垣間見えた。


「イルジオニスタさん!」

「やあ、お客の二方。応援にきたよ。……ああ、応援は参戦するという意味だよ。観戦ではない」

「ありがとう! 追いつけなかったし、助かったよ!」

「おお……一点の曇りなき素直な礼だ。まあ、休憩がてら見物しといてくれ」

 

 先ほど箒を燃やした火を、さらに爆ぜさせる。カースは驚いて、火を死なせようと躍起になった。

 ただ、この火はイルジオニスタお手製の魔法(マジック)。そう簡単に消えやしない。


「なんなの、これ! ちっとも死んでくれない?!」

「おやおや、そう慌てなさんな。ちょっと落っこちるだけだよ」

「嫌だよ! 箒がなくなる!」


 ここからは、イルジオニスタによる『死神』ショーが始まった。

 なんとか火消しを達成したカースが、さっそく呪いを使おうとしたら、消したはずの火から暴風が起きて転落しかける。

 そして、慌てて建て直そうとしたところに、ワンテンポ遅れて小石が投げられた。

 今度は消せる。カースが死の魔法で消し去ると、石は水となって降り注いだ。


「水? 水は痛くも何にも……」


 ここで油断したカースは、片割れと同じ顛末を迎えるのであった。


ルカリム・ルカリム(マジックトリック)


 四種の魔法を詰め込んだ、スペシャルブレンド。

 お味はいかが、と『死神』に問うたが、すでに気絶した後だった。


「おろ、残念。もう疲れてしまったらしい」


 落ちてきた人形を、どこからともなく出した等身大の箱に入れた。奇術の道具なので、魔力が通らないようにできている。拘束具としてかなり優秀な代物だ。


「これで、よし。それでは、広場にもどろうか」

「はーい!」


 こうして、街の南側はイルジオニスタの登場とともに、『死神』の捕獲完了。

 粘り勝ちしたカナタと、魔法で役立てたシリマによって、無事に守り切ることができたのだった。


 ◇◆◇


「ん? ……お、捕まえたんだね。……うん、よく頑張ったよ。じゃあ、また広場でね」


 『死神』捕獲の連絡が入り、レイは喜色を浮かべる。

 目的が達成されたことも嬉しいが、あのシリマが本気で魔法を使えたという。これほどの朗報はない。


「南側も大丈夫だったの?」

「うん。心配だったけど、カナちゃんとシリマが耐えてくれたみたい」

 

 今さっきシリマから連絡があったので、イルジオニスタが『死神』を捕まえたのがその時間だろう。それまでは二人で死者を相手していたということになる。

 やはり、任せてよかった。これからも時々タッグを組んでもらうといいかもしれない。


「それはめでたいことではあるんだけど……なんていうか、ぼくらのやることが少なかったね。キャンディ探ししてただけだし」

「で、でも、キャンディが広まったら『死神』がいなくても死者が増えるから……」

「まあ、そうなんだけど」


 地味だが重要な役割だ。死者が増えてしまったら、それこそ街が大混乱になってしまう。

 見せ場を取られた気はするが、よく考えたらいつものことだ。とても楽な仕事だったとポジティブに考えておく。


「カイヤとキーは……もう着いてるね。知ってたけど」


 広場には、『死神』を糸で操って遊ぶカイヤと、胡座をかいて銃を磨くキーの姿があった。

 双方とも移動手段に困らないので、一番乗りで集合していた。


「二人とも、ご苦労様」


 レイが声をかけると、まずはキーから手を差し出された。

 言葉がなくてもわかる。報酬を寄越せ、という手だ。

 何か出せるものはあったか、とレイが思い巡らそうとすると、待ったの声がかかった。

 

「鴉の飼い主。貴方、レイ様に褒美をせびるなど、何様のつもりですかァ? 分不相応もいいところですねェ?」


 レイの忠実な従者を自称するカイヤだ。胡散臭そうな笑みを常備したまま、殺気のこもってそうな目でキーを見下ろす。

  

「あ? イカれ人形は黙ってろ。ってか、テメエこそ何様だよ。オレに指図すんじゃねえ」

「ハァ……これだから、野蛮な鴉は嫌なんですよねェ。マトモに話すこともできませんから」

「野蛮な鴉……?? おい、表出ろや似非人形!!」

「……ホント、鴉は短気で困りますねェ?」


 陰と糸の応酬が飛び交った。今にもバトルが始まりそう……というか、始まっている。


「カイヤは半分楽しんじゃってるし……キーは思う壺だって気づいてないし……」


 よくこれで『死神』捕獲できたな、とレイは呆れ顔でため息をつく。

 とりあえず、収拾がつかなくなる前に止めなければならない。


「はい! 二人とも、そこまで! お礼の報酬はいると思ってたから、カイヤは止めなくていいよ」

「ハァイ……」


 糸を引っ込めたカイヤは、つまらなさそうな顔で下がる。案外素直に聞き入れてくれて助かった。

 あとはキーの方だが、『ハルフの森』で採れる良い報酬を思いついたので提案する。


「『カーバンクル』でいい? ちょうど魔法時だし」

「……ふん。まあ、良いだろう」


 カーバンクルとは端的に、熱を発して動く宝石だ。魔法時だけに現れる異界の魔物なのだが、とにかく神出鬼没な素材で、飛んでたり、走ってたり、捕まえるのが大変である。

 レイは魔法時で何度か採ったことがあるので、一つぐらいは収穫があるはず。希少価値も高いのでキーも満足していた。


「ふう、修復せずに済んでよかった……」


 破壊行動はほどほどに。レイは決闘を止めれたことに達成感を得るのだった。


「おや、残念。心熱くなるような決闘は見られないらしい」

「うわ……!」


 いきなり耳元から声がして、レイは思わず飛び退く。

 振り向くと、いつに間にか帰ってきたイルジオニスタが、背後からひょこっと顔を出していた。


「イルジオニスタさん、おかえり。けど、背後には現れないでくれるかな?」

「おっと、サプライズは苦手かい? 登場に味気を求めるのは控えておこう」

「味気があったつもりなんだ……」


 心臓に悪いので、あまり多用して欲しくないサプライズだ。

 奔放な奇術師に苦笑いしながら、同じく帰ってきたカナタとシリマに手を振る。二人は仲良くなったのか、楽しそうな雰囲気だ。


「シリマ、どうだった? カナちゃんと組んで良かったでしょ」

「うん……ありがとう、レイ様」


 なんだか晴れやかな顔つき。これがシリマのトラウマが癒える兆しなのかもしれない。

 この予兆に乗っかって、制御のための魔導具を改良しよう。研究の熱意が込み上げてきたレイだった。


「さて、『死神』は揃ったことだし、魔女との契約を破棄させようか」


 『死神』を捕まえたのは、これが理由だ。魔女と契約した人形となると、倒してしまったら魔女の元へと返されてしまう。

 つまり、契約を破棄させない限り、『死神』は永遠に事件を起こせるということだ。

 

「契約の破棄ってできるんですか?」


 契約は破れないこその契約。破棄の単語にミリアが首を傾げた。


「基本的には契約者同士しか介入できないけど、ぼくには『夢氷』があるからね。契約をしてないってことにすれば破棄したことになるよ」

「……それって、契約の意味がないんじゃ……」


 如何に『夢氷』による書き換えがおかしいか、改めてミリアは認識した。

 これなら、どんな苦境で契約しようが、後で勝手に契約書を捨てられる。

 たとえ謀略に引っかかって契約させられても全くの無意味という、策士泣かせの魔法ということだ。


「絶対に騙されないんだ……」

「まあ、そもそもそんな状況になったことないけどね」


 レイは『死神』の元まで来ると、『夢氷』を呼び出す。

 虹色の花は『死神』に触れると、すっと消えた。

 交代するように契約の魔法陣が空に溶けると、『死神』は綻びた小さな人形となっていた。


「これが『死神』の本来の姿……いや、違う。まだ何か魔法がかかって──」


 強固な魔法を解析しようと人形に近づいて、すぐに後退する。

 直後、『死神』の人形から恐ろしい気配が近づいてきた。


「危ない! 下がって!」

 

 不気味な、黒い魔力。

 人形から噴き出たソレは、急激に膨れ上がり、何かを生み出していった。


「な、なななんじゃこら!!」


 カナタが驚愕して叫ぶ。見上げる視線の先には、自我を失いそうなほどの死の気配。


 まるで、死の魔法そのもののような巨体が、立ちはだかっていた。

 

 巨人の骨に黒いもやの体躯、それと鎖のような飴細工。背より大きい大鎌を手にして、今にも振りかぶりそうな仕草をしている。

 おそらく死の魔法を体現した姿なのだろうが、その魔法を操る『死神』は気絶したまま。

 そこから導き出される答えは一つ。


「魔女が仕掛けていた。『死神』に不測の事態が起きた時、捨て駒にできるように」


 胸くそが悪い。手を握りしめて、怒りを堪える。

 人形にかけられた魔法は遠目でも分かった。あの魔法に込められた呪文は、変身と増幅、それと、忘却。

 つまり、『死神』人形の正体は、魔女に人形にされた元人間……いや、悪魔ということだ。

 そして、先ほど破棄した契約の内容は、人間にしてもらう代わりに(しもべ)となるもの。

 

 悪魔を人形だと思い込ませ、人間にしてあげると提案する。

 

 これほど馬鹿げた契約があるだろうか。

 さらには、人生まるまる騙された後、捨て駒として魔力を捻り出される。

 それも、『死神』は何も知らないまま。


「『死神』を助ける理由はこれで十分。死の魔法から引き上げないとね」


 死の魔法があって良かった。あの魂が底冷えするような気配のおかげで、どうしようもない憤りから目を逸らせるから。

 レイはしばし目を瞑ると、夢の魔法へと意識を飛ばす。現在は魔法時。魔法時は、理論的にあり得ない魔法も扱える。


『イード・エモティアナ』


 合図の後、再び開いた白銀の目に映る魔法は、虹ではなく、漆黒と闇色。

 周りには這い寄るような凶々しいオーラを背負っており、不吉で昏い物語を思い起こさせる。


『悪夢の日』


 魔法時だけに使える夢の魔法で、神秘性の真髄を引き出すための夢。

 それは、夢の魔法を凶悪に作り変えた、最上位の付与である。

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