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五十八話 死者、再び

 パルティータの南側、レストランなどの立ち並ぶエリアにて。

 初対面同士のカナタとシリマが、お互いを見失わないように気をつけながら見回りをしていた。

 

「わ、見てみて! シリマくん! あそこのお店、こんぺいとうがキラキラしてる!」

「あ、あれは星の精がこんぺいとうに集まってるんだよ。確か、好物のはずだから……」

「そうなの? こんぺいとうって美味しいもんね! あたしも買おうかなあ……」

「ま、待って! 今は『死神』を探さなきゃ……!」

「そ、そうだった! 『死神』!どこにいるかな?」


 ついつい注意散漫になってしまうカナタを、シリマが呼び戻してなんとか『死神』を探している。

 ただ、シリマは『死神』を知らないゆえに、漠然と不安を感じていた。凶悪な化け物を連想し、一人で震え上がった。


「あ、あの、『死神』って大丈夫なの……?」

「えっと、あたしは大丈夫! 死なないし! けど、一回でも魔法に触ると死ぬから、シリマくんは気をつけないとダメだよ!」

「や、やっぱ怖いやつ……」

「でも、安心して! あたしが絶対守るから」


 かっこいいことを言うカナタだが、目は美味しそうな店へと向いている。そのまま吸い寄せられそうになって、シリマに止められた。

 珍しいものが多いので仕方ないが、その分、頼もしさは半減している。


「ごめん、シリマくん。今度はしっかりするから!」

「う、うん、大丈夫だよ」


 そんなやりとりを懲りずに数回は繰り返すと、ようやくカナタが事件関連の話をした。


「『死神』ってどこにいるのかな? あたし、師匠とかレイくんみたいに見つけられないけど……」

「一応……今は近くにいなさそうだよ。でも、僕も正確に探るのは苦手だから、間違ってるかもしれない」

「すごい! シリマくん、魔力手繰れるの!?」

「れ、レイ様みたいに精密じゃないけどね……?」


 とりあえず周りに魔法の気配はしないが、自身の感覚にシリマは不安そうにする。

 反対に楽観的に捉えたカナタは、すでに別の話題へ意識がいっていた。

 

「あ! そういえば、シリマくんってどんな魔法使うの? あたしは炎使いだよ!」

「えっと……魔法、は……」

「ご、ごめん……! 聞いちゃいけなかった!?」

「ううん、そうじゃないけど……」


 表情の暗くなったシリマに、あわあわとカナタは心配する。

 なんとなく息の合わない二人が、お互いに距離感を測りかねていたら、突如上から水が降ってきた。


「あれ、雨かな?」


 手で水を受けたカナタは、紫色の水に首を傾げる。

 だが、シリマはそれが雨なんかでないと瞬時に悟った。

 

「違う……! 魔法時は雨なんて降らない……!」


 シリマが跳んで避けると、カナタは蘇生を始めた。


「あ、まさか!」

「うん、『死神』……!」


 シリマは最小限の魔法で周囲の死を消す。そのそばではカナタが、ぞろぞろ溢れ出した死者の軍団に刃の切先を向けていた。

 そして、現れた『死神』。箒に乗って見下ろす、戯画的で退廃的な少年。

 

「上手く避けたねえ。やあ、僕はカース。『死神』のカースだよ」


 少年は、ふふふ、と不気味に笑うと、放り投げた短剣を受け止めて狙いを定めた。


「僕と遊んでくれるのは君たちだよね? いつまでもってくれるかな?」


 逃げ出す人たちを横目に、『死神』少年は魂を寄越せと死者を進ませた。

 

◇◆◇


 広場で事件が起こったものの、人が途絶えることのない商店街の北側。

 レイたちがこちらに来るまでも、犯人が去ったと知って広場に戻ってくる人が大勢いた。魔法会から派遣された調査員が止めようとしていたが、あの様子だと聞く耳を持っていなさそうである。


「遊びたいのはわかるけど、死の魔法への対策はできてないよね……」

「立ち入り禁止のはずだけど、自己責任を理解した上で入ってきてる。もっと魔法会から厳しく言ってもらわないと」


 乱雑な魔力の跡を調べながら、レイは羽ペンでグレータに文句をしたためる。

 これでも魔法会が厳しく規制しているのは知っているが、何もしなければ死人が増える一方だ。特に、『死神』の魔法を見ていない人は、知らずに魔法に触れてしまう。


「もうどっかで事件が起こってたりしないよね?」

「どうかな……」


 こういう風に話をしていると、それが現実になったりする。

 ふと足元に異物の影が目に入り、レイは立ち止まる。その影がなんだったか、振り返って確かめる。


「……事件は起きてた」

「え……?」


 ミリアが聞き返すので、指で示す。振り返ったミリアは、あっ、と小さく声をあげた。

 死の魔法を纏う小さな影。それは、綺麗にラッピングされた死者の少年だった。

 その少年は、もつれた足取りをそのままに、ペロペロキャンディを配っている。


「魔力が古くないってことは、さっき死者にされたらしい。……近くに『死神』はいない。早く見つけないと……いや、その前にキャンディを書き換えないと」


 ペロペロキャンディの魔法を『夢氷』で書き換えて、他にキャンディを持つ人がいないかアリスに探してもらう。

 その間に、レイは伝書鳩を飛ばし、ミリアにソラ二を呼ぶよう伝えた。


「……? ソラニを……?」

「うん、魔力を辿ってもらうんだ。ぼくがやるより早い」

「あ、なるほど……『エッディーオ』。ソラニ、この魔力を追ってくれる?」


 ミリアが頼むと、ソラニはこくりと頷き、人混みの中を伝っていく。


「『ノークィエン』。少し速く走れる?」

「大丈夫です」


 ソラニを追いかけて、キャンディの書き換えや破壊をする。死者はキャンディを配る以外に害はなさそうなので、とりあえずそのまま彷徨ってもらうことにした。


「もうこの人たちは亡くなってるんですか?」

「……どうだろう。本来なら亡くなってるだろうけど、『死神』は魂を集めてるよね? やりようによっては生き返るかもしれない」

「生き返る……?!」

「いや、まだわからないよ。可能性があるってだけ」


 そう言いながらも、レイは生き返らせるつもりでいる。最初からパルティータで死者を出さないためには、この方法でないと不可能なのだ。

 なんせ、この広すぎて雑多なパルティータという場所で、相手は即死を使ってくる。さすがにカバーしきれない範囲であり、他に方法を考えるとすれば、パルティータを完全に閉鎖するしか思いつかない。

 

 その閉鎖も、今からでは間に合わないだろう。ここにいる人は魔法会の警告を無視している人達ばかりだ。大半の魔法使いが聞き耳を持っていないので、多少手荒な手段をとっても文句は言われないだろう。


「なんで平然としてるんですか? 死の魔法も伝わってるはずなのに……」

「根拠のない自信ってものがあるからね。それか、身の回りで起こるって思ってないのかも」


 これも、なまじパルティータが広いせいである。

 一部で殺傷事件が起ころうが、それが自分のいる場から離れてれば油断してしまうのだ。


「『ミ・ロードゥ』。ソラニは……まだ追いかけてるね」

 

 キャンディを十個以上書き換えて、だいぶ北寄りに進んだ。まだまだキャンディの数は少なくないようだ。少々もどかしさを感じながら書き換えをする。

 そんな時、緊急の連絡が入ってきた。


《れ、レイ様……! 『死神』が……! 『死神』が出ました……!》


 顔面蒼白にしているであろうシリマの声がする。どうやら反対側で事件が起きたようだ。


「『死神』は一人?」

《はい。箒に乗ってる人です。ただ、すごくたくさんのゾンビがいて、それ全部が触れると死んじゃうみたいです……!》

「ゾンビに、『死神』は箒に乗ってる……となると、記憶で見た方の『死神』かな。シリマ、そっちは大丈夫そう?」

《……ちょっと、大丈夫じゃないかもしれません……ゾンビが多すぎて守るので精一杯……》


 シリマの様子からして袋小路のようだ。ゾンビを相手にしていると、『死神』への手が足りなくなる。

 

「場所は? 広場からどのぐらいの距離?」

《え、えっと……たぶん、お店を三十ぐらい超えたところです》


 場所は聞いたものの、こちらもキャンディのせいで手が離せない。距離的にも駆けつけるのは難しい。

 ただ、それだけ派手な死者の行列なら、巡回をしているイルジオニスタがいずれ気がつくはずだ。


「とりあえず、シリマは加減しなくていい。カナちゃんは蘇生できるから」

《え、で、でも、僕は……》

「大丈夫だって。このためにカナちゃんと組ませたんだから」

《…………わ、わかりました》


 これであちらは持ち堪えることができるはずだ。

 励ましてから、シリマとの会話を終わらせる。そのすぐあと、今度は兄の方から連絡が入った。


《レイ様、現在『死神』と鴉の飼い主が交戦中です。場所はパルティータの北側。ゾンビがわんさか沸いておりますねェ》

「あ、先に見つけたんだ。で、キーはどう?」

《先ほど吹っ飛ばしそうになりましたが、今は死者のおかげで食い止まっていますよ。このまま『死神』は生け取りでよろしいでしょうか?》

「うん、できるならお願い」

《承知いたしましたァ》


 『死神』少女の方は、キーにカイヤまでついているので過剰戦力だ。レイたちはキャンディの書き換えをしてから、シリマたちの元へ行くのがいいだろう。

 

「アリス、キャンディはあとどれくらい?」

「あと十数人は持っているはずです。あっ、今、死者の方が……」


 これを全て壊したら、瞬間移動でひとっ飛びしよう。そう計画しながら、キャンディを『夢氷』で書き換えた。


 ◇◆◇


 レイがキャンディの書き換えで奔走している間。

 南側の襲撃場所では、カナタとシリマが必死にゾンビを食い止めていた。


「ほらほら、死者はまだいるよ? 呪ってあげるから、早くこっちにおいで?」

「うっさい! あんた腹立つから、あとでぶった斬るし!」


 何度も何度も蘇生を繰り返して、ゾンビを切り尽くすカナタ。

 大剣を使う姿はよろめいたり、ふらめいたりで、まだ安定して使えるようにはなっていない。それを補うように殴ったり蹴ったりして、半分格闘家のような動きをしていた。


「シリマくん、どうすればいい?! ゾンビ、止めれなさそう!」

「う、うん。まずい、まずいよね……どうしよう、レイ様はああやって言ったけど……」


 依然として魔法を使うことにためらいを感じるシリマ。

 使わないとピンチなことは知っているが、それよりも怖さが勝ってしまっていた。


「ぅぅ……なら、もっと頑張らないと! あたしは不屈! あたしは不死身!」


 気合いを入れ直し、カナタはゾンビを薙ぎ払う。いつもより炎が安定しているのは、メイリの魔法服のおかげだろう。勢いの増した炎のテリトリーでゾンビを燃やし、さらに踏み込んで、切り込んでいく。

 その迫真の闘志は、拙い魔法と剣術を磨き上げ、さらに研ぎ澄ましていく。この退路を絶たれた状況でも、一切諦めようとはしていなかった。


「シリマくん、安心してね! あたしが絶対守るから!」


 そう言って、カナタは魔法学校で組み合わせた魔法語を思い出す。

 レイに教えてもらいつつ、よくよく照らし合わせて気に入った、自分だけの呪文。

 まだ不完全だが、この場が使う時だと唱えた。


『ククニソハ』!

 

 叫んだ声に連なるように、翡翠の炎はいっそう燃え上がる。

 眩さは目を瞑りたくなるほど。温度を感じていない肌は、焦げているような錯覚に陥った。

 その中心でカナタが大剣を一振りすれば、炎がゾンビへと燃え移り、大火災を引き起こす。


「あれれ? 意外とやるね? 消化しないと大変だ」


 今までと違うことに気づいて、『死神』カースは手に持った短剣で燃えた死者を切り刻んでいく。

 死者は毒のような液体に姿を変えて、再び死者の姿へ戻っていった。


「ちょっと面倒だけど、死者は復活するよ? これ以上は意味がない──え?」


 カースは視界に入った自身の右腕に、衝撃を受けた。

 短剣を持っていた右腕。その指先から腕にかけて、翡翠の炎が燃え上っていたのだ。


「なんで? なんで? 僕は炎を消したはずだよ?」

「えっへん! あたしが不屈なように、炎も消えないようにしたんだ!」


 『抱薪救火』。薪を抱きて火を救う。

 火を消すものがいる限り、火は永遠に消えることがない。

 つまり、死者に着火した炎を消せば、消したカースに燃え移るという仕組みである。


「うわ、面倒くさ……死んでも死なないし、相手にするの嫌だよ」


 自身の腕を切り落として消火するカース。切り落とした腕を死者の腕と取り替えて、自身の腕へとくっつけた。


「でも、消さなかったらいいんでしょ? なら、それ以上に増やせばいい」


 少年は宣言通り、さらに死者を連れてくる。燃えても構わず侵攻するゾンビに、再び打開の兆しは途絶えてしまった。


「や、やっぱ数が多すぎる!」


 切っても切っても増える死者に、カナタが押され始める。

 後方で死者を数体だけ倒したシリマは、カナタという少女の後ろ姿にさらに迷いを強めた。


(な、なんで、あの子は挫けないんだろう……何もできない僕とは大違い……)


 あれだけの死者を相手に、なぜ果敢に挑めるのか。

 不思議で、不思議で、仕方がなかった。


「どうするの? もうおしまい? 死なない子は魔女様にいって人形にしてもらおうかなあ」

「に、人形?! やだ! あたし、動きたいもん!」

「……僕たち人形だよ? 動いてるよ?」

「あれ、そうなの?」


 止めを刺すためか、カースは短剣に魔法をかける。

 その短剣は死者を次々と刺していき、最後にカナタの方へ飛び、その真横を通り過ぎていった。


「あれ、どっか行って……じゃない! シリマくん、危ない!」

「……!」


 狙われたのは、不死身でないシリマの方。見るからに強い魔法が込められた短剣に、シリマは息を飲む。


「これくらいっ……! あたしの脚力なめんなっ!」


 寸前で短剣を防いだカナタ。再び蘇生するも、その顔色には疲れが見え始める。

 このまま防戦一方では、いずれカナタの魔力も尽きてしまう。そうすれば、蘇生の魔法を使うこともできなくなる。

 

「なんで、会ってまもない僕を守るの……?」

「え? そんなの決まってんじゃん! 守れる力を持ってるからだよ! なんたって、あたしは超お役立ちのオトリ兼盾だから!」


 なんてことのないように、エネルギッシュに笑ったカナタ。

 その姿に、シリマは一瞬表情を曇らせる。

 だが、守れる力という言葉を反芻して、覚悟を決めた。

 

「怖い、けど……あんなに頑張ってる子がいたら、怖いなんて言ってられない……」


 ここに来たのはレイの頼みだが、その人はシリマが守られる状況を望んではいない。

 守られるためではなく、守るために任されたのだ。

 シリマはポケットから懐中時計を取り出す。自身の身体と同じ、魔力を抑える魔導具。


「カナタさん、下がって! 僕が……僕が、ここを止める……!」


 その目に、すでに迷いはなかった。

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