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五十六話 踊る蝶と死神の影

 舞台だけに光が届く、暗がりの会場。

 『死神』の魔法が背後から忍び寄り、早くも死へのカウントダウンを刻み始めている。


「ん……? なんだ、寒気が……」

「眠い、とても眠いわ……」


 後方の観客が違和感に首を傾げた。レイの魔法によって即死を使えなくしたものの、相手も気づいて威力を抑えている。

 何より、先ほどの失敗を踏まえてか、姿を隠したまま会場全体に魔法を使っていた。

 こうなると相手の独壇場となってしまうが、こっちには暗闇と探し物が得意な人物がいる。


『イズネル・アイゼム』


 魔導師の紋章からキーの呪文が聞こえる。

 その魔法はペドロが持つ『射程計測』の魔法。

 視認できずとも、計測できる位置にいればマークすることができる。

 

「キー、特定はできた?」

《誰に聞いてんだ??》

「できたんだね」


 特定できたら、次は逃す前に捕まえないといけない。

 

『イズネル・ホルヴ』


 ペドロの二つ目の魔法を使って、キーが『死神』を追い始めた。

 常に銃弾が届く位置を取る魔法。相手が逃げ切るのは困難となる。


《オラ、出てこい! 『死神』! 場所は分かってんだよ!》

「ちょ、一応舞台やってるから声抑えて……!」


 状況ガン無視なキーを注意して、レイは『夢氷』で飴細工を少しずつ無効化していく。

 少し懸念していることは、『夢氷』が効くのは法則だけということ。

 飴細工自体は残ってしまうので、物理的に魔法が通じにくくなる。


「攻撃できない弊害って、こういうとこにもあるんだなあ」


 だいぶ床が飴細工で埋もれてきた。空中にいるので埋まる心配はないが、このままいけば山積みになって魔法が通らなくなりそうだ。


「まずい、ぼくのとこまで積まれてきた。っていうか、キーはまだなの? ……おーい、キーさん?」

《うっせえ! だったら、テメエでやれ!!》

「ん? あ、切られた! ……でも、キーが苦戦するなんて珍しい。相手が逃げに回ってるから? それとも、『死神』以外に人がいる……?」


 少し不安になってきた。舞台上を見れば、踊りは軽快なものから、羽休めの穏やかな舞に移っている。一度キーの方へ向かった方がいいかもしれない。


「でも、ここを離れたら悪化するし……」


 悩むレイが舞台と暗闇を見比べていると、紋章から指示が飛んだ。


『おい、切れ!』

「切……わかった」


 切れ。制限解除。つまり、最上位の魔法を使いたいということだ。

 一瞬だけなら、さして影響はない。レイが『夢想する世界』を解くと、ようやく朗報がデカデカと耳に入った。


 ──ドオオオオオン!


 大きなホールのおかげで、凄まじい反響音が鳴る。

 場所は会場の三階。観客は何事だと振り向き、踊り子は一瞬の動揺を瞬きで誤魔化した。

 

「あー……さては『太陽の陰』でふっ飛ばしたね? あとで劇場の人に謝らないと……」


 だが、これで死の魔法による攻撃は止まった。顔色が悪い人や眠ってしまった人はいるが、死者はいないはずだ。

 念のためアリスに確認するよう言ってから、ミリアたちの方へ合流する。


「二人とも、大丈夫? 気分悪かったりしない?」

「うん」

「だいじょーぶ!」


 まずは安否確認だ。二人とも体調に変わりはないようなので、二人を魔力で浮かばせながらレイは三階へと飛ぶ。


「よっ、と。『死神』は……」


 大鎌を持った小さな魔女は、破損した壁の前でうずくまっていた。吹き飛ばされた衝撃で打ち付けられたのだろう。

 キーが銃口を突きつけており、逃げ場を失わせている。


「間に合ってよかったよ。ありがと、う……って、キーさん?! 引き金引こうとしないで?!」

「あ? コイツ、逃げてれば勝てるっつーことわかって、散々手間取らせやがったんだ。オレが勝つ前提だってのに、無駄な足掻きをした。っつーことで、死刑確定だろ」

「いやいやいや! 今はオレ様理論は置いといてね!? 事件が解決するかもしれないんだから!」


 分かりやすい舌打ちをして、ペドロのメンテナンスに移るキー。『死神』にかなり苛立たされたようで、いつも以上に目つきが鋭くなり、ガラが悪くなっていた。


「うわ、これは後で大変だな……」


 どんな要求をされるか分かったもんじゃないが、今は集団死の調査をしないといけない。

 隠の魔法で捉えられた『死神』の前まで来て、レイは新たに魔法を展開する。


『アーレ・ミ・オーティ』

『ミュトゥカ・ロメミィ』


 蝶が辺りを舞うと、瑠璃色の舞台幕が開かれる。現れた本に浮かんだ景色は、星空の中の小さな草原。

 『夢想する世界《星屑の庭》』。

 記憶を想像した世界で、この夢の中にいる人の記憶を観ることができる魔法だ。ただし、記憶の中しか見えなくなるという制限もある。


「じゃあ、ちょっと失礼しまーす」


 溢れる記憶から事件についてのものだけ抜き取り、星空に向かって投影する。

 そうして観えてきたのは、『死神』と怪しげな魔女が話すシーン。それと、そばには『死神』に似た少年の姿もあった。


《……ねえ、魔女様。今度はどこで『悪い子』を狩るの?》

《そうねえ……次は、エルメラディのどこかにしようか。この中ならお前はどこがいい?》

《選んでいいの? なら、私はパルティータがいいわ。『悪い子』がたくさんいそうだもの》

《パルティータ……ああ、いいだろう。クリアはパルティータの遊技場を狙いなさい……》

 

(これは最近のものだろうけど……『死神』の事件は計画性があるってことか。あの魔女は……口調からして『死神』に命令している側だから、この子は実行する役だった。……けど、そうすると、もう一人の『死神』の存在が気になるな)


 もう一つの記憶を覗くと、今度は『死神』とよく似た少年が映っている。

 記憶の中で、二人は一緒に『悪い子』を刈っていた。今のように集団ではなく一人ずつ狙いを定めている。


(……ああ、そういうこと。これは三百年以上前の記憶……『死神』の呼び名が初めて付いた時なのかな? 今みたいな大きな事件じゃなくて、小さな町や村で話題になるくらいだったんだ。状況を見るに、さっきそばにいた魔女が魔力の強い魂を集めてるんだろうね)


 それなら、事件解決には命令を下している魔女に辿り着く必要がある。

 再び記憶から魔女の居場所を探し出していったが、予想外の結果が待っていた。


「ん? あれ? ……おかしい。魔女の居場所が記憶にない」


 景色はあっても、場所の特定できない暗い部屋。『死神』自身もどこにいるのか把握しておらず、辿ることは不可能だ。

 おまけに事件を起こす理由も『魔女がそう言ったから』と、『悪い子をなくすため』だ。分かるのは『死神』がなんの悪魔かだけである。

 今までの傾向からして、この少女は『純真』を司る悪魔だ。

 良いことは良い、悪いことは悪い。そうやって定められたことを、ただただ素直に受け入れている。

 だから、『悪い子』を消すのも、悪いからという理由があれば問題ない。


「ねえ、人を拘束するのは悪いことよ? あなたも悪い子になりたいの?」


 陰から抜け出そうとする『死神』。

 正しいことをしているつもりのようだが、正しさを語るのならば、徹底して自身を悪から切り離さなければならない。

 人が死ぬ、何かを奪うということは、誰かにとっては悪になるから。


「とりあえず、死の魔法は危険だから魔法を封じさせてもらうよ。そしたら、解放してあげる」

「へえ? 悪い子を刈らせないために? でも、あなたも同じところが見えるのに、どうして止めるの?」

「ぼくは違うよ。公正じゃない死は正しさにならないから」

「そう? ……それなら、私もついていくことができない」


 そう言って何かを引き寄せた『死神』。

 それは、先ほどまで乗っていた大鎌だ。

 それを魔力で操ると──そのまま自身の身体を引き裂いた。


「はっ……? 何をして……!」


 想定していない行動を止めようとしたレイは、そこで不可思議なものを見た。

 

 ぱっくり割れた布と、ほつれた糸からはみ出た綿。


 人の姿とはほど遠い、作られたような形をしている。

 人ではないなら何か。

 それを悟った頃には、すでに陰の拘束はもぬけの殻となっていた。


「しまった! 人形ってことは、誰かと契約してたんだ!」


 人形は自分から動けない。これは当然のことだが、魔法を使えば自律させることができる。

 たとえば、カイヤのような魔導人形は、レイが魔力と魔導具を合わせて一から作った人形だ。

 これは機械と魔法で人を作ったに近いが、たいていの人形は別の方法で動くことができる。

 

 その方法というのが、契約だ。

 

 魔法使いが魔力を貸して、その対価に人形へと命令を下す。ただ、『死神』のように人と変わらない人形なら、魔力だけでは足りない。

 それを補うとすれば、同格である人の魂。禁忌とされる、魂の契約で成り立っている。


「契約者は記憶の中の魔女だろうね。それか人に化けた悪魔の可能性もある。じゃあ、『死神』はどっち? 確かに人だったはずなのに、中身は違った。人形が人の皮を被ったような……いや、逆もあるのか……」


 今頃、『死神』は魔女の元へ戻っているはず。そして、魔法時が終わるまで、事件を起こし続けるだろう。今度は記憶の中の少年も連れてくるかもしれない。


「魔力を封じる雑貨も用意しておけばよかったあ……」


 後悔先に立たず。落胆して舞台を横目にすると、フララ・バレリーがちょうど演目を終えるところだった。

 あの騒ぎの中ずっと踊り続けたようで、観客は騒動に気付きつつも、踊り子へ惜しみない拍手を送っていた。


「これは踊り子さんに助けられたね。混乱して外に出たりしたら、《童話の国》じゃカバーしきれなかったし」

「……ってか、逃がすんじゃねえよ。間抜けが。次は容赦なく撃つぞ」


 銃を片手にキーは静かに宣告した。イラつかされた挙句の話なので、言葉通り今度は殺す気で戦うのだろう。

 本当は魔法会に任せたいが、今回ばかりはレイの落ち度だ。渋々レイはそれを認めて、どうにか瀕死で止められないか考える。


『ロダム・アメ・トティフ』

 

 傷んだ壁など破損した部分を細々と直してから、一階まで降りる。もう観客はほとんど残っておらず、スタッフが舞台の片付けや調整に入っている。

 舞台袖の方からは、事情を説明しに行ったアリスが戻ってきていた。その後ろには、『蝶遊び』を演じたフララ・バレリーの姿もあり、何か話に進展があったことが分かる。

 

「アリス、どうだった? スタッフさんはわかってくれた?」

「はい。事件に関しては問題ないとのことです。それと、劇場の支配人の方が事件に興味を持っているようです。どうされますか?」

「支配人が? ……騒ぎを起こしたわけだし、説明くらいはしないとね」


 レイが頷くと、フララ・バレリーが前に出て一礼した。どうやら案内は彼女がしてくれるようだ。フララは微笑んで、舞台袖の方へと軽やかに歩を進める。

 次いで、その背についていこうとしたレイ。すると、キーが一言残して陰へと消えた。


「潰すか」

「……え!? 待って……って、もういるわけないか」


 やはり、相当気に入らなかったようだ。『死神』を陰で探しに行ったようだ。

 キーは失敗した場合、二度目は同じ轍を踏まずに攻略してみせる。『死神』がキーに見つかってしまったら、高確率で捕まるはずだ。


「しかも、キーは陰で索敵できるし……仕方ない。こっちも探さないと追えなくなる」


 レイは急遽、呪いの調査を任せていたカイヤに連絡を入れる。

 キーと同じぐらい探し物が得意なので、いざとなれば止めてくれるだろう。


「それなら、『死神』も捕まえてきましょうかァ? 鴉の飼い主がいるので、そう時間はかかりませんよ?」

「余裕があればお願いするよ。ただ、『死神』は二人いるし、魔女にどのぐらいの力があるかもわからないから、ほどほどに調べてくれればいい」

「了解致しましたァ。……書類は跳ねっ返りに押し付け……コホン、任せておきましょう」


 最後の呟きにレイが目を細めると、カイヤが取り繕いながら糸の空間へと隠れた。まだお気に入りを手放していないらしい。事件を解決したら、問い詰めないといけない。


「はあ……やること多いなあ。遊びながら鍵探しどころじゃなくなったし」

「そういえば、鍵探しもあったね……」


 ミリアが思い出したように言った。『死神』の印象が強すぎたのか、本来の目的を忘れていたらしい。レイ自身も鍵のことは半ば思考の外にあったので、事件解決が目的だったように錯覚して苦笑した。

 舞台裏から劇場の三階に着くと、フララがドアの一つを勧める。どうやら支配人の部屋に着いたようだ。


「ありがとう、フララさん」


 優雅にカーテシーをしてみせると、フララはたちまちその場を離れた。


「なんだか独特な雰囲気の人だね。掴みどころがないというか、浮世離れしてるっていうか」

「でも、そのミステリアスさが人気のヒケツだからね!」


 本人に会えたおかげかカナタがハイテンションになっている。その直後に、サインと握手してもらえばよかった、と激しく落ち込んでいた。


「あとで聞いてみるね」


 レイはフォローしつつ、ドアをノックする。


「どうぞ、鍵は開いております」


 丁寧な言葉遣いで許可され、レイはドアを開ける。

 その先で待っていたのは、目の上だけの仮面──ドミノマスクをしたジェントルマン。

 

「お待ちしておりました、お客様。私は支配人のシィクレットと申します。この度は誘いに応じていただき、誠にありがとうございます」


 こちらを見つめる青い瞳。仮面越しにも深く冴えていて、それがさらに謎めいて見える。

 そして、何より気になるのは、仮面にかけられた魔法だ。

 遮るようにかけられた魔法が邪魔して、その人の本当の姿が隠れていた。


「では、こちらへ」


 正体不明の相手に少々警戒するレイ。それを知ってか知らずか、支配人は穏やかな声で部屋に招き入れた。

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