五十五話 小休憩と襲撃事件
ネイウッドが本店のスイーツ店『ハロー・ホイップ』は、パルティータにも支店を構えている。
こういった本店と支店というのは、『扉』を挟んでくっついているものだ。
つまり、支店の戸を叩けば本店の店員に会えるということである。
「ホイップ! ちょっといい?」
少し大きめに声をかける。魔導具で『扉』の向こうまで届くはず。
カウンター越しに返事が来ると、ピンク色の少年がこちらの店へとやってきた。
「レイくん! こっちにいるの珍しいね? どうしたの?」
「実は今、噂の『死神』に遭遇したんだけど、そのことでメアちゃんとシアくんに聞きたいことがあるんだ」
「『死神』って……新聞に載ってた怖い事件の犯人? わかった。双子ちゃんたち、呼んでくる!」
神妙に頷いて、ホイップはネイウッドの店にいる双子を連れてきた。
「「……?」」
聞きたいことは何か、と首を傾げるメアとシア。
レイは事件についてざっと説明し、死の魔法を扱う人物に心当たりがないか尋ねた。
「……特にない。兄弟はシアだけだから」
『僕たち以外にも死を飴で表現する人がいるんだ』
メアとシアには関連がなさそうだ。ただ、シアの言う通り、同じ飴で表現しているのが気になる。
双子と同じ魔法を使う、双子が知らない人物。
そこまで考えて、レイはラストロの女性の話を思い出す。
『双子の父親は、悪魔だということです』
悪魔。『幸福の悪魔』。
メアとシアが使う死の魔法は、少なからず悪魔の魔法に似ているのだろう。だとすれば、『死神』の魔法も同じように悪魔のものということ。
そして、『死神』の姿は双子に似ている。パステルイエローの髪にピンクと水色の、カラフルな三色だった。
それなら、双子の父親と関わりがあると考えるのが自然だ。
「成長した姿だから年の離れた姉……いや、メアちゃんたちが四百年前なんだから、当てにならないか」
悪魔は人の欲や感情から生まれるのが普通だ。死を望む欲や感情があったとして、それを象徴する悪魔は一人であるはず。
そのため、メアとシアが『死神』と同じ魔法を持っているのは不自然に思えた。
「……今のところ、正体は掴めそうにないか。ありがとう、メアちゃん、シアくん」
「「……」」
正体不明となると、記録や記憶から探すことができない。これまで『死神』の姿を見かけた人はマジックショーの観客だけなので、次の襲撃まで追跡は難しいだろう。
「今回は箒に乗ってたから対応できなかったけど、次はキーがいるし、逃げられないようにしないと。あとは襲撃場所の予想だけど……『死神』の目的がわからない。悪い子がどうのって言ってたから、死の基準は罪の重さ? けど、それにしては無差別に魔法を使ってたような……基準が分かるのか、別の目的があるのか……」
フードに手をかけたレイ。思考に没頭し出した合図に、キーがやれやれとローブを引っ張って店を出る。
アリスがお礼とともにいくつかケーキを注文すると、ケーキ箱を準備したホイップがカナタに気づいて軽く挨拶した。
それから少々おしゃべりした後、アリスがケーキ箱を受け取り店をあとにした。
「レイくんたちは……あ、いた」
黒く丸まったレイとカラス姿のペドロを腕に乗せるキー。まだ考え中のレイを放置して、キーはペドロに魔法素材というご馳走をあげている。
「師匠! ペドロ先輩来てたんだ!」
「ああ。さっき着いたところだ」
ペドロが銃の姿ではないので、キーの性格もいつも通り。ペドロに向かってカナタが「ご無沙汰です!」と敬礼すると、ペドロは一声鳴いて応えた。
「レイさん。ケーキ、置いておきますね」
「うん……」
アリスが簡易テーブルを出して『ハロー・ホイップ』のケーキを出す。もちろん紅茶付きであり、皆で美味しくいただいた。
「……私も矢の準備をしないと」
ケーキを食べ終わると、準備万端のキーを見て、ミリアが残りの矢を数え始める。
いつもは『ハルフの森』で調達していたが、最近は魔法学校にいたので追加できていない。『死神』の事件が起こる前に増やしておかないと丸腰になってしまう。
素材屋なら手頃に作れるだろう。ミリアが素材屋に行くと伝えようとしたら、アリスがその必要はないと止めた。持っていた魔法鞄を開けて、その中身を矢筒に移すよう勧める。
「何が入って…………!」
ミリアが魔法鞄を覗き込むと、そこには無数の矢が入っていた。
それは、全てクリスタの水晶でできた矢。どれも輝く虹色が閉じ込められたものだ。
ミリアが驚いていると、アリスがきちんと説明してくれた。
「この矢はレイさんが用意されたものです。『夢氷』の魔法をあらかじめ込めた矢で、矢がなくなったら渡すように、とレイさんから預かっていたものです」
「もしかして、矢を使えば魔法の効果が……?」
「はい。そのまま使うことができますよ」
前の水晶を改良して、矢と『夢氷』による音の爆発を一緒にしたようだ。
確か『夢氷』による法則の書き換えは一度ずつのはずだが、こういう形なら無視できるのだろうか。
ますます自分の魔法のようになっていて、ミリアは嬉しさに頬が緩むのを感じた。
「でも、レイくんにはいつも助けられてばかり……」
「ミリア、前も言ったが気にしたら負けだ」
嬉しさの次に申し訳なさがやってくると、話を聞いていたキーが必要ないと止めた。
「あいつは百パー楽しんでやってる。だろ? アリス」
話を振られたアリスは、肯定も否定もためらうように曖昧な反応をした。
「えっと……それは……」
「今、あいつ聞いてねえし、これぐらい言ってもいいだろ」
「……」
それでも話さないアリス。どうするべきか分からず視線を逸らしたところで、カナタがキーの言動に対してツッコんだ。
「あー! 師匠、いけないんだ! アリスちゃん困らせてるってレイくんに言っちゃおー」
「おい、なんでだ」
「だって、こんな可愛い子を困らせるとか、師匠が鬼じゃん! あたし、カナタは猛烈に反対いたします!」
「いや、可愛いは関係ねえだろ」
師弟で仲良く口喧嘩している。それを横目に、ミリアは小さな疑問が浮かんでいた。
(アリスちゃんはレイくんの話になると、頑なに何も言わないのはなんでだろう……?)
今回の『楽しそうだったか』については、助手という立場だとしても、答えることに支障はない気がする。
それに、たとえ答えが違ってもレイなら怒ったりしないだろう。それでも口を閉ざすのはなぜなのか。
師弟の喧嘩を止めようとするアリスを、不思議そうに眺めるミリア。だが、その疑問も隣の呟きによって、すぐに忘れてしまった。
「今のところ『死神』は集団死だけを狙ってる……で、メイリの言ってた妖精の話からすると、過去に妖精が狙われたのが広まる発端なんだよね? となると、魔法使いの中でも魔力が多い人か、精霊と近しい人を狙ってるってこと……」
レイの意識が再び外に向いてきたのか、ぼそぼそと口にする思考が鮮明に聞き取れるようになってきた。
「そして、『悪い子』を見つけて刈るのは、欲や感情から生まれる悪魔ゆえの行動だとしたら、やっぱり魔力が多い人を狙うのは別の目的があるはず。なら、次の襲撃は……」
ガバッとフードを脱いで、レイは顔を上げた。
「パルティータの劇場。次の演目が始まる頃だ」
単に魔力の多い人を狙うなら、人の多い商店街の方が圧倒的に効率的である。
ただ、現在は魔法時で、相手は『悪い子』を刈る悪魔。
劇場には魔法がかかっているので、魔法時の都合上開演に時間がかかる。その間に『死神』は異界の魔物以外を見定め、暗転した後に標的から順にじわじわと死を広めるのだ。
そして、次の演目はカナタがさらっと言っていた、フララ・バレリーの『蝶遊び』。
この演目は裕福な客層に人気とのことなので、腹のうちを見せない貴族たちも来る。これが『死神』の狙う条件に合致するということだ。
「それに、貴族は魔法の名家が多いから、魔力の多さも文句なし。演目は……そっか、時計は使えない。今すぐ向かうしかないか」
とりあえず、暗転する前に劇場へ着いておきたい。
あの『死神』なら暗転など関係なく襲撃するかもしれないし、仲間がいたら対応が追いつかないかもしれない。
「ミリちゃん、カナちゃん、鍵とは関係ないけど力を貸してくれる? この事件は放っておいたらいけない気がするんだ」
「あたしはもちろんオーケー!」
「メアちゃんとシアくんとの関係も気になるしね……」
「ありがとう、二人とも。それじゃ、準備はいい?」
皆が頷いたのを確認して、レイは魔法で瞬間移動を試みる。
『ルツユ・ルツオ・ロニミ』
少し遠いが、気合いで広場まで跳んだ。
ただ、一瞬のうちに気力を持ってかれて、レイは船酔い中のようにヘロヘロになってしまった。
「うへ……これきっつい……」
アリスから気力回復の魔法薬をもらい、ごくごくと飲み干す。
「ぷは……今度からは複数人用に改良しないと」
回復したところで、劇場へ。
『蝶遊び』は一番大きいホールで公演がある。
ただ、一つ失念していたのはチケットが購入できるかどうか。
「すみません。チケットはすでに売り切れとなっております」
無情にも受付から入れないと報された。
「これは予想してなかった! 嘘でしょ、これで集団死実現は魔導師失格だって!」
こうなったら事情を説明して……、あとは権限という切り札だ。
「受付さん、『死神』の噂知ってるでしょ? 劇場で事件が起こるから、通してくれないとまずいんだ」
「……すみません。チケットはすでに売り切れとなって……」
「はい、これ! この紋章!」
「……?! わ、わかりました」
やはり、強い。魔導師の紋章。
人命救助なので許してください。そう心の中で謝罪しながら、急いで一番大きいホールへと入り込んだ。
「『蝶遊び』は何度見ても美しい。フララ・バレリーはいくらで応じるだろうか」
「それは、無理よ。彼女、この劇場でしか踊ったことがないんですって」
「ふむ。それなら、劇場の支配人に掛け合えばいい」
「ふふ、それは、どうかしら……?」
開演前にざわめく会場。まだ異変は起こってなさそうで安心するも、『死神』がホール内にいると警戒は忘れない。
『アーレ・ミ・オーティ』
『ミュトゥカ・ネフレム』
足元にうっすらと描かれた童話の絵。前よりも存在感が薄くなった、『夢想する世界《童話の国》』。
ロストンでも使用した制限の魔法だ。メアと同じ死の魔法なら即死は免れるはず。
「その魔法って、死を無効化できるんだっけ」
これなら死を止められる。そうミリアは安心したが、レイはそこまでは無理だと否定した。
「うん。けど、相手はメアちゃんよりも魔法の完成度が高かった。だから、例え即死でなくとも、衰弱させたり、気絶させたり、方法はいくらでも持ってるはず。そうなると、観客が死に触れるか、キーが『死神』を炙り出すのが先かの勝負だ。相手は奇襲も得意としてるから、油断すると気づかないうちに致死量を超えるかもしれない」
前のような一方的な攻撃はできないということ。ミリアとカナタは気を引き締めて、それぞれの武器に手をかけた。
「キーが『死神』を炙り出したあと、アリスは死の影響を受けた人に魔法薬を配って。それと、劇場の人に事情の説明もお願い」
「わかりました」
ここまで指示をしたら、バラバラな位置どりをするように伝える。
正直、ミリアとカナタを危険に晒したくはないが、魔法の制限によって死に達する確率は低い。その制限下で生命力を高める魔法薬を渡しておけば、固まるよりかえって安全になる。
その旨を説明したレイ。断ってくれてもいいとまで話したが、勇敢な二人はその選択をしなかった。
「ありがとう。でも、自分の命を最優先で動くように。あと危険に晒される人がいたら、まずはぼくに連絡してね」
「了解です! って言っても、あたしは死なないけど!」
「これでも《ソルウェナ》だから、大丈夫」
これで万全の対策はとれた。後は『死神』が来るのを待つだけだ。
レイは『夢氷』の魔法を用意しながら、会場のどこかにある死の気配を探る。
(来ない可能性も考えられたけど、死の魔法の気配はある。けど……やっぱり移り変わりが早過ぎて特定できない)
皆と別れて数分。薄暗い会場にアナウンスが入った。
開演前の注意や演目の紹介、踊り子の名前。そして、最後にもう一度演目名を読み上げる。
「それではフララ・バレリーの『蝶遊び』。どうぞ、お楽しみください」
司会が舞台を離れると、スポットライトが消えて会場が暗転した。
そして、静寂と暗闇が数秒続くと、スポットライトが再びついた。舞台上には金髪の踊り子が、ピンク色の薔薇となって眠っている。
可憐な蝶の少女は美しいピアノの音がして、目が覚める。宝石のような瞳が観客を見つめると、ピアノは一転して軽快な音へ。つられるように花は蝶となって羽ばたき、舞台上で舞い踊る。
──演目『蝶遊び』。
観客がうっとりと蝶の舞を観覧する中、観客席には飴細工の薔薇が着々と生命を蝕み始めていた。
キー「そういや、なんでペドロを先輩呼びなんだ?」
カナタ「師匠の師匠ってことは、師匠の先輩だから、先輩って呼んでる」
キー「先輩って、お前の先輩じゃないだろ」
カナタ「えっ! だって、師匠って言ったらかぶるし、師匠の先輩って長いし……じゃあ、師匠先輩にする? それとも師匠師匠?」
キー「あー……もういい、先輩にしとけ」




