五十四話 魔法時
あるところに、悪い魔女に騙された少年と少女がいました。
魔法で記憶を奪われ、優しさを失った二人は、魔女に提案されました。
『人の姿にしてあげる。その代わり、私の僕になりなさい』
そうして魔女と契約した二人は、悪い人間を狩る人間となり、その魂を魔女へと捧げるようになりました。
これが、のちに『死神』という名で知られる、二対の哀れな人形の物語である。
◇◆◇
店に並ぶ花や素材が静かに光り、一人でに明かりが灯っていく。人の倍ある影が徘徊し、その傍では草や花が軽やかに歩いた。辺りには星の精が飛び回り、空には透明の綿毛がふよふよ漂う。遠くからは魔獣の遠吠えとともに、正体不明の咆哮が響き渡った。
──魔法時、あるいは、変刻。
『扉』の世界が重なったようだ。異界の魔物が続々と現れ始めている。
「魔法時って、いつ見ても不思議……」
ミリアは通り過ぎたクラゲの木目をぼんやりと眺める。
いつもとは違う非日常感と魔法のような雰囲気。それと、『扉』の空間が混ざった異界の魔物。
たいていの魔法使いは魔法時が好きだ。時が曖昧になり睡眠がいらないため、一日中遊んだり研究したりできる。それに、見知った素材や魔法が変異したり、精霊や魔力の神秘性が普段より上がったりするため、理論的にあり得ないはずの魔法が実現できるのも楽しみだ。
「今回はいつまでかな? 一ヶ月あると嬉しいけど」
魔法時は短くて一日、長くて約一ヶ月。素材集めをたくさんしたいレイは、できるだけ長いことを毎回願っている。
ただ、魔法時には気をつけないといけないことがある。皆も知っているだろうが、レイは念のため注意喚起をした。
「一応注意しておくけど、異界の魔物と仲良くしちゃいけないよ。それで行方不明になった人もいるから」
仲良くなったことがないのでなんとも言えないが、別世界に連れて行かれてしまうとの噂である。なので、異界の魔物と不必要に関わることは禁忌とされているのだ。
「了解です! それより、劇場までの『扉』ってこれ?」
「うん。けど、ちょっと待って」
魔法時になったので、『扉』もあちこちに繋がっているかもしれない。
「安定してるし……うん。大丈夫、通っていいよ」
行き先が劇場なことを確認して、レイは『扉』を開けた。
メインストリートを抜けた中央広場。一際大きな建物が立ち並び、イベントテントがところどころに張ってある。色とりどりの風船や紙吹雪が舞う中、カナタのお待ちかねである劇場に到着した。
「ここが、シャロルちゃんの……!!」
目をキラッキラにして、カナタは駆け込んでいった。
「待って、カナちゃん!」
はぐれてしまいそうになって、慌てて追いかける。魔法時には固まっていないと、思わぬ事故に遭うこともある。怪我をするわけではないが、行方不明の話にも繋がってくるので別行動は控えたい。
「あった! グッズ屋さん!」
全体的にパープルとワインレッドで染まった店についた。ここが歌姫シャロルのブースのようだ。
壁一面にはポスターが貼られ、あたり一面歌姫シャロルのグッズでいっぱいである。そして、店内にある投影書からは、舞台映像とともに、シルクのように美しい歌声が響いていた。
「綺麗な歌声……」
一聞しただけで、ミリアは音に引き寄せられた。ミステリアスな曲調と相まって、歌の世界観に一気に引き込まれる。そして、一フレーズ目が過ぎる頃には、立ち止まって耳を澄ましていた。
同じく歌に目を見張ったレイは、歌姫という呼び名はぴったりだと頷いた。
「なるほど……これは人気になるのも頷ける。素人でも分かるくらいの表現力だ」
「でしょ! でしょ! それだけじゃなくて、世界観を崩さないために舞台設定から制作まで自分でやってるんだよ!」
「舞台設定から制作も!? それは、すごいね!」
遠目でもわかる、完成度の高い舞台。配置や照明なども手がけているとなれば、プロデュース力が半端ではない。
こういった舞台は知らないので、カナタが買い物を終えるまで映像を楽しむことにした。
それから数十分。
「みんな、おまたせ!」
両手に買い物袋をさげたカナタが、満ち足りた笑顔で帰ってきた。
「すげえ量だな」
「これでもだいぶ減らしたんだよ? まだ半分も買いきれてないし!」
「これで半分以下かよ……」
とりあえず両手の荷物はどうにかしたいので、レイが大容量の魔法鞄を貸すことにした。これで、両手の大荷物は小さな手提げに早変わり。お役立ちのアイテムである。
ステージの方にも寄ると、カナタが劇場の隅々まで語り尽くしていた。
「ちなみに、シャロルちゃん以外にも、『蝶遊び』の演目で有名なフララ・バレリーっていう踊り子さんも良いんだ! けど、どちらかというと貴族向けで観に行きにくいのが残念……」
カナタの話が途切れるまで耳を傾けて、再び広場へ出たレイたち。
次はどこへ行こうかと辺りを見回すと、広場の中心にある特設ステージが目に留まった。
「何か演目があるのかな? だんだん人だかりができてる」
皆が引き寄せられる理由は何か。それは、耳をすませてみると良くわかった。
「ほーら、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 今日の特設ステージはとっても特別だよ! 何が特別だって? なんと、なんと! あの有名な奇術師、イルジオニスタが公演をするらしい! こんな機会は滅多にない! 見なきゃ損だよ! さあ、チケットは残りわずかだ! 悩む暇があるならサクッと買ってしまえ!」
タキシード姿のおどけた声が、演目の宣伝をしている。どうやら今からマジックショーをやるようだ。
「へえ、マジックショーかあ! 面白そうだし……すみませーん! チケット五枚ください!」
「マジックショー……?」
マジックとは、魔法をトリックのために使った奇術のことだ。魔法でもあり得ないはずのことを実現させるため、根強い人気のある演目である。
「魔法でもあり得ないって?」
「いや、実際はあり得ないわけじゃないけど、観客からはそう観えるってこと」
「ふーん……?」
イマイチわかっていなさそうなカナタ。聞くよりは目で観た方が早い。
特設ステージのライトが落ちて、「まもなく開演です」とアナウンスが入った。観客が期待を寄せる中、パッと舞台幕にスポットライトがつく。
アコーディオンを主旋律とするおどけた曲が始まると、スポットライトはさまようようにところどころを照らした。
やがて、曲のイントロが終わる頃、ある一点に留まる。
ステージの右手側。
そこには、さまざまな色を纏った魔女が、悪戯っぽい笑みを浮かべて手を振っていた。
本人のご登場。奇術師イルジオニスタである。
彼女は曲のテンポに合わせて歩き出す。そして、始まりの奇術をお披露目した。
「風船が増えてってる!」
「後ろむきなのに……」
何も声を発してないはずなのに。さっそく驚きの声が上がる。
風船はひとりでに観客席まで来ると、掴めと言わんばかりに紐を揺らした。
イルジオニスタは風船を配り終えると、舞台幕までやってくる。
その前には色々な大道具があり、一番右の大きな鏡の前に立って首を傾げた。
そして、鏡に向かって手を振ったり覗き込んだりしていると、鏡に映る彼女の姿が一気に上下反転した。
「どういうこと……?!」
盛大に拍手が送られる中、ミリアが驚愕する。
それも無理はない。
イルジオニスタの姿はそのままな上、鏡の中の彼女は全く別の動きをしているのだから。
「わあ、あれはすごい! 一種の幻覚みたいなものだよ! けど、鏡に水の魔法を合わせればできそうな気はする……動いてるのは、それで確定かな……?」
「仕掛けがわかるの?」
「うん、大まかにはね。ただ、あれを実現するには相当の技術が必要だし、仕掛けの考え方も奇想天外。タネがわかっても、それ以上に驚くよ」
「そうなんだ……」
最初の衝撃から感動し、さらに実現可能か考察する。
奇術のタネ明かしという野暮なことをしそうだが、真似はできっこない。レイは奇術師のことを称賛していた。
それから左の大道具に移り、魔法を通さない球に魔法の炎を灯したイルジオニスタ。再び歓声のおこる客席に一礼すると、次は自身の両手両足を切り取ってジャグリングを披露した。
そして、大道具のマジックを全て終えると、フレーズを繰り返していた曲がサビ前を奏でる。イルジオニスタは杖を大きくふり、ステージにキラキラと魔法をかけた。
──クライマックス。
イルジオニスタは宙返りして傍に飛び、舞台幕が開かれる。クラッカーが両側に破裂して、そのステージに現れたものはというと──
「舞台装置……?」
奥行きのある人形劇の世界。ステージ上の小さな世界は、徐々にこちらへ向かってきている。
まるで、人形劇の中へ入り込んだような錯覚。
観客達はあるはずのない世界に触ろうと思わず手を伸ばして、人形と握手ができたことに驚いた。
「ステージにあるのに目の前に……! レイくんの魔法みたい……」
まさに、幻覚。
イルジオニスタが一礼すると、拍手喝采。大盛況の中、奇術師イルジオニスタの公演は終わりを迎えた。
「すっごかった!! マジックってあんなだったんだね!!」
カナタが興奮の冷めぬうちに感動を口にする。
不可能に見える非現実。魔法時にぴったりな最高の公演であった。
「子供騙しじゃあなかったな。良いもん観た」
「かなり本格的だったもんね。奇術のイメージがガラッと変わったよ」
「最後の人形って、どうやって感触を出してたのかな……?」
「あれ人形だけじゃなくって、建物とかも触れたからびっくりした!」
そう話しながら、広場を離れようと引き返す。他の観客も大体似たようなもので、熱気を保ちつつ一度人混みから抜け出そうとした。
そうして、演目について振り返ろうとしたレイ。
だが、何か覚えのある寒気を感じた。
この熱気に似つかわしくない気配に、レイは咄嗟に呪文を唱えた。
「『ミ・ロードゥ』……っ!」
軽く折れる音がして、パラパラと透明なものが落ちた。
光を通す、飴色の欠片。
あの寒気と思い浮かんだ飴の単語に、魔法の正体に気がついた。
「死の魔法、だよね? メアちゃんとシアくんの魔法がなんで……?」
綿菓子でもない。水飴でもない。
同じ魔法ではあるが、双子のものとは似て非なるもの。
飴は飴でも、透明で繊細な……いわば、飴細工のようなものだった。
そこまで考えて、はたと周りを確かめる。他の人は無事だろうか。
「まさか、死者が……!」
焦ったものの、それは杞憂だった。レイと同じく魔法に気づいたキーが周辺の飴細工を撃ち落としていた。
さらに、ステージ近くの人たちは、あらゆる魔法で守られている。
「ショーを終えたばかりなのに、邪魔したどこかの誰かさんはいったい誰なのか」
背に紋章旗をなびかせ、杖をふるう。
魔法で守ったその人は、奇術師イルジオニスタ。
四種の魔法系を自由自在に遊撃させて、飴細工を片っ端から砕いていた。
最初は奇術師の再登場に喜んだ観客も、足元へと落ちた魔法に冷静さを取り戻した。
「あら? 失敗?」
ふと上から、あどけない声が降ってきた。
見上げた先には、月を背後に携え、楽しそうに笑う魔女の姿が。
「でも、あまり悪い子はいないようだし、失敗にはならないわ」
よく分からないことを口にする、犯人の魔女。
乗っているのは箒ではなく、切先の鋭い大鎌。裾がぼろぼろになったリボンとワンピースには、縫い付けられたワッペンが戯画的に並ぶ。
そんな、どこか退廃的で歪に見える姿をしていた。
「もちろん残りの子は刈っちゃうよ? 良い子だけの世界にしないと」
続けられたのは、極端な発言。
幼さの残る魔女は熱気を失った人々を見下ろし、にこりと笑った。
「だから、もう少しだけ遊びましょう?」
途端、飴細工がパキパキと荊のように降りてきた。
一見美味しそうな、寒気のする飴細工。
「し、『死神』だ! 逃げろ!」
「飛んでもいいよね?!」
それが何かまでは分からずとも、観客達は逃げなければいけないと悟った。
応戦するものもいるが、寒気を感じた途端に踵を返した。一度触れれば死ぬことになるので、皆の判断は的確なものであった。
「キー、ペドロ呼んでる?」
「今呼んだ」
とりあえず、『夢氷』での書き換えはしているが、双子と戦った時よりも手数が多くて厄介だ。
それに、相手は宙にいるので、カナタやキーは近寄ることができない。ペドロの到着までは耐えることになりそうだ。
「あ、ちょっと遅くなった。今のうちに、『ノークィエン』」
すかさずレイは『甘い夢』の魔法をかける。今回は虹。広い範囲に魔法を行き渡らせるためだ。
どうにか持ってくれるといいが。
時間稼ぎにかけた魔法だったが、ここで一人、予想以上に効果を発揮してくれる者がいた。
「おろ、これは……」
火で溶かし、風で吹き飛ばした奇術師が、レイの魔法に気づく。
手を軽く振って見つめると、その魔法が何を変えたか理解した。
「なるほど。これなら一つアンコールといこうか」
唇を舐める仕草をすると、意地悪そうに『死神』を見据えた。
「触れたら死ぬ。触れなければ死なない。凶悪ながらも単純。なら、こちらは小細工で難解さを演じることにしよう」
火、水、風、土。
箒に乗ったイルジオニスタは、全ての魔法系を混ぜ合わせ、それを空高くへと打ち上げた。
『ルカリム・ルカリム』
呪文とともに杖で天を指すと、魔法が雨のように降ってきた。
四種が混ざり合っているからか、無色透明になった魔法。
観客たちには浴びせることなく、『死神』のいるところだけに降っていた。
「雨? けど、盾は作れるわ」
『死神』が指を一振りすると、飴細工は傘の形を作り上げた。
「ほらね? お菓子の傘の出来上がり」
魔法の雨は飴細工に遮られる。当然、傘には魔法の雨が溜まっており、余裕そうに『死神』は傘を手をかけている。
だが、すでに勝敗が決したことに、奇術師はしたり顔で微笑んだ。
「ふふ、奇術師に見せかけを求めてはいけないよ。君はまだ術中に陥ったことに気づいてない」
イルジオニスタは再び杖をふる。そして、魔法の雨に呼びかけた。
「しかとご覧あれ。3……、2……、1……、GO!」
ショーの最中のようなカウントダウン。
それがゼロになった途端、魔法の雨は火になり、水になり、風となって、土となった。
──燃え続けて熱風を起こす、堅固に流れない水。
こちらに伸びていた飴細工は四種の魔法で散りじりに。
『死神』の持つ傘も当然溶けてなくなった。
「……!」
防ぐことのできなくなった『死神』は、四種の魔法をもろに被りそうになる。
「……危ない。それに、もう悪い子はいないのね」
ギリギリで急旋回した『死神』は分が悪いことを察して、そのままどこかへ飛び去っていった。
珍しく人のいなくなったパルティータ。
レイはショーの続きを演じた奇術師に、拍手とともに称賛を送る。
「とてもいい公演だったよ」
「ご覧いただき、ありがとうございます」
深く一礼したイルジオニスタ。
楽しかったマジックショーは終演となり、これから『死神』の章が開幕する。
レイは地面に残った飴細工を拾い、『死神』による集団死事件を解決するべく、双子の元へ訪ねることにした。




