五十三話 魔導具の依頼
アマンダの案内で魔導具屋『ネイルズ&ワーカー』の工房にお邪魔しているレイたち。
技術者相手に説得できたらと思っていたが、現在、それ以前の問題が立ちはだかっていた。
「……」
「……」
「……」
「……ジャレット、そろそろ何か言ったらどうなの?」
痺れを切らしたアマンダが、先に口を開いた。
「……」
やっと目線をチラッと上げた店主ジャレットは、無言で用を尋ねる。その間も手先は動いたまま。
そのふてぶてしい態度に、アマンダは小さくため息をついた。
「あなたにお客さんがいるの。話だけでも聞いてあげて」
「……」
「ちょっとだけ! どうせ今は新しく作っても置くところないでしょう?」
「…………」
しばし無言でいたジャレットだったが、納得はしたのか手を止めて頷いた。
「よかった……弟が融通効かずに、ごめんなさい。もう聞いてくれるはずだから」
「ありがとう、アマンダさん」
便宜を図ってもらったので、ここからはレイのアイデアに興味を持ってくれるか、だ。
レイは設計図を差し出すと、依頼の内容を簡潔に述べた。
「今日は素材の加工を依頼したくて来たんだけど、受けてもらえるかな?」
ここでアレコレ説得するのは無意味だ。設計図を見せれば有意義かどうか判別がつくため、まずは読み込んでもらうことの方が大事である。
「……」
「……」
じっと設計図だけを見つめるジャレット。無反応なので不安になってくるが、自信はあるので黙って待つ。
「………………この魔法」
初めて声を出したジャレットが指したのは、夢の魔法を使用する部分。レイは魔法を見せると、効果のほどを適当に証明した。
考え込むジャレット。黙考を済ませると、手を差し出して言った。
「素材」
「……! はい、これ!」
素材を渡すとたちまち工具を持って集中し出した。すでにレイの方を見向きもしないが、依頼は受け持ってくれた。
持って来た素材は貴重なものなので、加工してくれる技術者がいることにレイは一安心するのだった。
「素材はこれでよしとして……ミリちゃん、魔導具作りの進捗はどう? 慣れて来た?」
魔導具を作り続けてるミリアに尋ねる。
例の発表課題が終わった後、手の空いたウィルの指導のもと、ミリアは魔導具の勉強を続けていた。
まだ一ヶ月に満たないぐらいだが、どのぐらいの腕前に上がったのだろうか。
「えっと……時間をかければ中位の魔導具を作れるぐらい、かな?」
「わ、もうそこまでいったんだ?」
思ったより進歩が早い。やはりミリアには魔導具作りの才能があったようだ。
それに、あの素っ気ないウィルが素直に褒めたくらいだという。これからの成長が楽しみである。
「じゃあ、半年後ぐらいには弓が作れるようになってるかもね? まあ、あの設計図だと上位の魔導具まで作れるようにならないとだけど」
「そこまでが長いんだよね……」
弓自体は難しくないが、素材や精度のことを考えると保険はかけておきたい。特に『虹輪の弦糸』はいつ採れるか分からない希少素材なので、失敗したら当分作れないかもしれないのだ。
ちなみに素材の加工は繊細な作業なので、ベテランの魔導具師でないと大抵失敗してしまう。筋の良いミリアでも、何十年かは修行しないと難しいだろう。
「あ、素材の加工は時間がいるから、カナちゃんとキーは外まわって来る? 劇場は離れてるから、商店街の範囲内でだけど」
「そうだな。素材見てくるか」
「あたし、お腹すいた!」
お昼にメインストリートのレストランで落ち合う約束をして別行動にする。きっとキーが案内をするはずなので、カナタが人混みで迷子になることもないだろう。
『お腹すいた』を連呼する弟子を連れて、師匠は出店を探しに行った。
「なんか私もお腹すいて来た気がする……」
「カナちゃんがお腹すいたっていうから思い出しちゃったね」
こういう時は軽食が欲しくなる。
「アリス、なんかある?」
「スコーンなら今朝焼いたものがありますよ」
「やった! ジャムは……ブルーベリー……いや、アプリコットで!」
軽食と称しているが、もちろん甘系である。出てきたサクほろのスコーンを前に、レイは目を輝かせて頬張った。
「これだよ、これ! この出来たてのふわふわ感が最高! それに、ジャムの甘酸っぱさが加われば、もう無敵だよね!」
やはりアリスのお菓子は絶品だ。レイは改めて納得したのだった。
「ふふ……ミリアさんは、どうしますか?」
「じゃあ……私はマーマレードで」
「わかりました」
どうぞ、とトレイに乗ったクリームとジャムが差し出される。さっそくスコーンを割って、二種のトッピングをたっぷり塗る。
「お、美味しそう……」
このままだとお腹が鳴ってしまいそうなので、ミリアは思いっきりスコーンにかぶりついた。
「……! …………アリスちゃん」
「はい……?」
「天才、ですね……!」
「……! ふふ、ありがとうございます」
この素朴さが嬉しい。ミリアは残りのスコーンを大事に少しずつ食べるのだった。
「あー美味しかった! ……まだ時間ありそうだね。なら、魔導具の練習でもする? 設計図のクイズは出せるよ」
「あ、良いですね」
遊びに来てまで勉強か、と誰かさんに言われそうだが、レイとミリアは魔法を勉強だと認識していない。趣味や遊びと同じ類いだ。
「毎日水やりできるじょうろの仕組みは?」
「同じ時間間隔で魔力を流すから………………こうかな?」
「正解! 次いで呪文は?」
「呪文は……『ノィン・ユレガ・ユジム』」
「当たり。けど、『ユジム』はどちらかというと、『ユズィム』に近い発音だから気をつけてね」
「『ユズィム』……分かりました」
途中、アマンダに店の魔導具を見て良いか聞き、それを解説したりもした。
そうして昼過ぎまで魔導具の話をしていたら、アマンダから素材の加工が終わったことを伝えられた。
「激レア素材の加工はなかなか見られないし、ちょっとワクワクするね」
「どっちかっていうと緊張するかな……」
工房にいるジャレットのところに戻ると、机の上に加工した素材が並べられていた。
中でも目を引くのが、七色に煌めく白糸と泡を閉じ込めたガラス玉のような鉱石。
入手困難な『虹輪の弦糸』と『湖にたゆたう泡石』は、その貴重さに比例した美しさであった。
「激レア素材ゲット! ジャレットさん、ありがとう!」
「ん……」
これからこの魔導具店は覚えておこう。
完璧な仕上がりに大満足して、レイは素材を受け取った。
「扱いの難しい素材だっただろうし……このぐらいでいいかな?」
アマンダに硬貨をいくらか渡したら、とんでもない、と返された。
「普通の加工依頼にちょっと上乗せしたぐらいで良いよ!」
そう言われたので、レイは硬貨を減らして再び渡した。
その値段なら納得いったのか、アマンダは硬貨を受け取ってくれた。
「また来てくれると嬉しい。魔導具の依頼ならジャレットに、デザインの方なら私に任せて!」
少しの宣伝をして、またのご来店を、とアマンダは手を振った。
「依頼があればまた来るよ」
今度は魔導具も依頼しよう。
手を振り返して、レイたちは魔導具店をあとにした。
◇◆◇
ウィルに教えてもらった道を辿り、再び明るく騒がしいメインストリートへ。
「気になるお店があったら見てっても良いよ?」
「良いの? なら……あそこの魔法雑貨が見てみたいかも」
長居しない程度にウィンドウショッピングをしてから、メインストリート通り抜けていく。
たまにあるパルティータ内の『扉』も使い、ようやく目当てのレストランへと辿り着いた。
「遅かったな」
「お店回ってきたからね」
ガッツリとハンバーグで腹ごしらえをして、再び劇場へ向かって歩き出す。
同じようで違う店の景色に飽き始めた頃、カナタが耐えられなくなって文句を叫んだ。
「うぅ……ちょっとここデカすぎる! さっきも気になったお店に入ったりしたけど、何個みてもキリがないし! 歩いても歩いても店出現だし!」
「うん。その気持ちはよーくわかる。無駄に大きいんだよね」
逆に言えば、それがパルティータの良いところでもある。特にこだわりの強い人や買い物好きには需要はあった。
「魔法関連で種類が豊富なのはありがたいけどね。ここにしかないものもあるわけだし」
「でも、こんなにはいらないって!」
「それもそうなんだけど」
一番は店の多さより、距離の問題だ。『扉』を使っているのに、まだ劇場が見えてこない。果たして本当に徒歩圏内なのだろうか。箒で飛んだ方が絶対早いだろう。
「この中で鍵を……どうやって探すの?」
「それは、クリアマーレの鍵とヴィヴリオさんの情報頼みだね。あと、カイヤが集めた資料によると、用途不明の魔導具が商品に紛れることがあるらしい。そうすると用途不明の魔導具自体が怪しくなるから、商会や露天商から探すと良いだろうね。あとはオークションか……美術館とか博物館に意外とあったりするかも」
ちなみにヴィヴリオに用途不明の魔導具の話をしたら、紛れた魔導具が記録された帳簿を投げ渡された。どうやらパルティータにある帳簿という『本』を記録してくれたらしい。もちろん魔力は長時間読まれたものの、帳簿を持つ商会を参照していけば行方が分かるということだ。
「用途不明って、分からないままなの……?」
「動かし方はわかるけど、何に使うかわからないんだよ。今じゃ使われなかったりするのもあるけど、一番多いのは個人が趣味で作ったガラクタだね。過去に酷かったのは、卵に一つだけ亀裂を入れる魔導具とか、素材をみじん切りにして元に戻すカッターとか。何がしたいのか分からないものばかりだったよ」
それらを全て探すのも現実的ではない。ただ、用途不明の魔導具だけに絞られたので、鍵を見つけられる可能性はぐんと上がった。あとはひたすら魔導具を調べて、クリアマーレの鍵が反応するかを確かめていけば良い。
「どうせ今日見つけられるとは思ってないし、ゆっくり気楽に探していこう」
そう話していたら、覚えのある商会の看板を見つけたので、用途不明の魔導具について店員にも尋ねてみた。
「用途不明の魔導具、ですね。少々お待ちください」
本来は非売品だからか、あるだけ全部持ってきてくれた。
「まずは本にある魔導具かどうか選別して……」
分け終わったら、本に載っていなかった魔導具に銀の鍵を近づける。皆で手分けしてやったものの、銀色の鍵が反応することはなかった。
「一つ目の当ては外れ」
レイは帳簿の本を確認する。次は左奥の怪しげな骨董屋。
骨董屋なら昔作られた物もあるため、鍵があっても不思議ではない。
「ごめんくださーい」
「……はいよ」
店主に交渉してみると、奇怪な魔導具と引き換えだと提案された。
「奇怪な魔導具……奇怪な魔導具ねえ……」
別にコレクター気質ではないので、マニアックな魔導具は作ったことも買ったこともない。
先ほどの商会で買ってこようかと思っていたら、キーが無言で人形を机に置いた。
「ん? 何これ」
「どっかで拾った魔導具だ。確か、きっかり一分ずつまばたきするんだったか」
「どこで使うの、それ……」
確かめるために魔力を流すと、本当に時計の長針と同じ速度でまばたきをしていた。
店主は満足したらしく、魔導具を見せてくれることになった。
「ちょうど良かったな、処分できて。あんなんいらんし、売っても金になんねえ」
「助かったけど、捨てる選択はなかったの?」
「捨てると損した気になるからな。ギリギリまで持ってた方がいい」
「なるほど……?」
骨董品なだけに古いものが多かったが、残念ながら鍵らしきものはなかった。
「あんなにあったのに一個もないじゃん! あとどんぐらい探せばいいの!?」
二件でお腹いっぱいと、カナタは足取りが重くなっていた。
だが、もう一つ『扉』を越えれば目的地。カナタが嬉しそうに気合いを入れた。
「シャロルちゃんは別の公演があるからいないけど、グッズの確保とステージ見学はしないと!」
「グッズなんてあるんだ……ステージはなんで見学するの? 本人いないんだよね?」
「分かってないよ、レイくん! ファンなら歌手の本拠地はこの目で見ないと! それに、本人がいたって思うだけで嬉しいし!」
「へえ……」
目を輝かせて語るカナタだが、レイにはいまいちピンと来ない感覚だ。
魔法のついてなら、過去に大きな発見があった場所は気になったりする。それが一番近い感覚なのだろうか。
「まあ、それでも熱中はしないけど……劇場に着いたら、歌姫シャロルについて教えてもらおうかな」
「はい! 隅から隅まで布教します!」
「歌姫を布教……? またニュアンスを知らない単語──」
と、ここで異変に気づく。
「十二時ちょうど?」
ふと目に留まった店の時計。
今の時刻は四時あたりのはずが、短針、長針、秒針ともに十二をピタリと離れない。
「あ、空が……!」
ミリアの声に見上げると、急速に辺りの雰囲気が変わる。
他の魔法使いもざわめき出したが、誰もが冷静に事象の答えを出していた。
「魔法時……」
雰囲気を連れ添った、その先。
青空に太陽が出ていた快晴は、黄金の月の出るサファイアの空へと変貌を遂げていた。




