五十二話 魔法服
「よし……デザインはこんな感じかしら? 気に入らないところはある?」
カナタの故郷の話をしているうちに、服のデザインが完成したようだ。
かなり短い時間だが、熟考するより直感で決めるのがメイリの得意分野。ミリアたちを一目見ただけでも、アイデアは浮かんでいたらしい。
「わっ、かわいい!! これ、あたしが着れるの!?」
「服に負けないかな……」
さすが有名店のオーナー。気に入らないところなど一つも見当たらない。
本人たちのイメージや特色を逃さず取り入れており、実物すらないのに似合うと確信する出来栄えである。
「良さそうね。じゃ、サクッと作っていきますか」
メイリは裁縫道具と素材を引き寄せると、いくつかの型紙の中から使うものを選ぶ。合わないものがあれば、複製して微調整をしていた。
『スナディア』
型紙を布に合わせて呪文を唱えると、スルスルと布が同じ形に断たれていく。
型紙に何か仕掛けがあるのだろうか。
ミリアが考えているので、レイは衝撃の事実を教えてあげた。
「ミリちゃん、実はあれ、メイリが全部自分で切ってるんだよ」
「………………はい?」
寸分の狂いもないのに、とミリアは自分の目を一瞬疑った。
だが、メイリは魔導師だ。出来てもおかしくはないと考えを改める。
「魔導師ってあり得ない技術がないとだめなんですか……?」
「あはは、別にあそこまでじゃなくていいよ」
「えっと、レイくんもね?」
布を裁断した後は縫合だ。
まち針で布を丁寧に固定してから、動かないように慎重に浮かせる。
『フォグオ』
用意した数本の針を通して、いろいろな方向から縫っていく。
いくつも針を操っているのに全く狂う様子はなく、あっという間に二着分の服が出来上がっていった。
「ふう……あとはディティールと魔法」
ボタンや刺繍などを施して、最後にかけられるだけの魔法をかける。
魔法の種類は、実用性を高めるものだ。
一番かかって嬉しいのは、汚れや傷がつかなくなる魔法と、神秘性を引き出す魔法。少々値段は張るが、大金を注ぎ込んでも買っておきたい魔法である。
「あれ? でも、魔法って呪文覚えればいいんだよね?」
「それがそうでもないんだよ。確かにやろうと思えばできなくもないけど、服についてよく理解してないと性能に差が出る。魔法だけで完成するものじゃないんだよね」
「へえ、なるほど!」
ちなみにこれは魔導具にも言える。
ただ、魔導具は仕組みが理解できればいいのに対し、服は素材の質から細部の装飾まで気をつけなければならない。
そのため、魔法服というのは思った以上に専門性が高いのである。
「よし、靴はこれにして……できたわ! いい仕上がりね! さっそく《変身》で試着してみて」
「《変身》?」
「あら、まだ知らない感じ? 《変身》の呪文は『ショー・ニスネー』。一瞬で着替えられるわよ」
メイリは出来立ての魔法服をトルソーにかける。
教えられた通り、ミリアとカナタは呪文を唱えた。
『ショー・ニスネー』
すると、トルソーにかかっていた服はたちまち姿を消して、ミリア達の服と入れ替わった。そして、着替えた魔法服はというと──
「待って! めっちゃ魔女っ子じゃない? 魔法使いっぽい!」
「に、似合ってるのかな……」
カナタは、スパンコールの散る黒ローブと翡翠の魔女っ子コーデ。ローブの裾はふんわり広がり、頭には小さな三角帽子が乗っている。試着前と似た形の上下服や大きく広がるローブの袖は、ネイラ特有のデザインにアレンジされていて、ささやかな異国感が独特な雰囲気を出していた。
ミリアは、不思議な輝きをした紫のワンピースに、幾何学模様の入った濃い紫のケープ。帽子は大きな魔女帽子で、服の裾と同じ金糸の刺繍が入っている。腕や脚などの装飾には、草木を編んだ紐や木の実が使われていて、魔法の森から見上げた星空を彷彿とさせた。
「デザイナーとしてのメイリの腕は認めざるをえないや。完璧に印象と合ってる」
元から着ていたように違和感がなく、個性の良さが際立っている。
試着前後をこの目で見ているレイは、素直に感心するのだった。
「ふふん、当然でしょ? この私が一から作ったんだから」
自身の才能を信じて疑わないメイリ。だが、この奇跡的なセンスなら、それも許されるだろう。
「二人とも、どう? サイズが合わなかったりはしないかしら?」
「ピッタリだから大丈夫!」
「私も問題ないです」
メイリの問いに答えた二人は、すでに魔法服に夢中になっている。くるりと回ったり、鏡で後ろを確認したり、互いに良いところを褒めたり。世界で一つの自分だけの魔法服は、思った以上に嬉しかったようだ。
贈り甲斐があるなあ、と二人のはしゃぐ姿にレイは満足するのであった。
「メイリ、次の予約はあるの?」
「もちろんあるわ。けど、しばらく時間はあるから……そうだ!」
「……なに?」
ニヤリと笑ったメイリ。嫌な予感にレイは一歩後ずさり、キーが陰の魔法を準備した。
「あの後輩ちゃん二人に、あんた達のおもしろ話、教えてあげないと!」
「やっぱりそんなことだと思った!」
レイは慌ててメイリを引き止める。キーが陰でメイリの口を塞ぎ、おもしろ話を強引に封じた。
「キー、ナイス!」
「ああ」
同期であるレイ、キー、メイリの三人は、魔導師の仕事でよく一緒に組まされるため、良くも悪くも互いを知り過ぎている。
それこそメイリの『おもしろ話』だってあるのだが、喋り上手の彼女に口で勝てる気がしない。ここは先手必勝で無かったことにするのが一番である。
「むー! ………………ぷはっ! ちょっと、何すんのよ! か弱い乙女にする仕打ちじゃないわ!」
ものの数十秒で陰は解かれてしまった。メイリは仕返しに、犯人であるキーへとニオイのきつい花の香りを送っている。
「うえっ……」
キーは香りに耐えられず、陰に避難していった。
「どうせ後輩にはカッコつけてんでしょ。ちょっとぐらい気の抜けるような話をしたって……って聞いてるの、ガキ一号?」
「……か弱い……魔導師だし、か弱くはないよね?」
「そこは本気で考えなくていいわよ!」
まったくもう、と愚痴をこぼしながら、メイリはもう一仕事に手をつける。
『ユィズ』
『ワルハ・ルドネラカ』
メイリは遠くの棚から小瓶を引き寄せ、色とりどりの花や草木をテーブルに並べた。
「ミリア、カナタ! この中で好きな香りはある? もし良かったら香水にするわよ」
ミリア達の魔法服は出来上がったが、『Calen May』ではもう一つサービスがある。
それが、この選べるオリジナルの香水だ。いい香りがするのはもちろん、魔除けの効果もある。
しばし悩んだ末、ミリアはラベンダー、カナタはオレンジの香りに決めた。その香りに他の香りをブレンドしていき、香水瓶に保護の魔法をかける。
「はい、これを身につけてくれれば効果が出るわ。ポケットに入れとくだけでも大丈夫よ」
「ありがとうございます」
なんというか至れり尽くせりである。
落ち着く香りに感謝しながら、ミリアは丁重に香水を内ポケットへしまっておいた。
「……で、やっぱりちょっとぐらい話しちゃダメ? 後輩ちゃんと話してみたいし。それか、あんたとアリスが着せ替え人形になってくれるなら勘弁してもいいわよ?」
「げ、それはやだ……」
まだ懲りていなかった。しかも、この着せ替え人形という単語。単にモデルになるだけなら良いが、実際は顔のあるマネキン扱いとそう変わらない。
それに、メイリの趣味の範疇なので、全く有意義な時間でもない。ただ遊びに付き合わされる退屈な時間ということだ。
「しょうがない。一つくらいなら……」
「ふふん、勝った」
「……」
妙に気に障る笑みである。勝ち誇ったメイリの様子に、レイは諦めて視線を逸らした。
「それじゃ、何を話そっかな〜?」
「あまり変なのはやめてね……」
せめて、魔物を倒す任務を忘れて、一ヶ月は研究してたことぐらいにして欲しい。
かっこよさを追求するあまり危うく自滅しかけたことや、ネタ用に作った魔法薬を依頼品と間違えて提出したことは、黒歴史なのだから。
「……あっ!」
「なに?」
またしても思いついた顔。すぐさまレイが警戒して尋ねると、メイリは『おもしろ話』とは関係ないことを口にした。
「そういえば任務の話で思い出したけど、少し前にパルティータの遊技場で原因不明の集団死があったのは知ってるかしら?」
「集団死……? いや、知らない」
物騒な単語にレイは眉をひそめる。呪いがあったばかりなのに、また事件を起こさないで欲しい。
「それに、原因不明って?」
「そのまんまよ。傷も呪いもないのに、気付いたらみんな息を引き取ってましたって話。当然犯人は不明だし怪事件になってるんだけど、その後の話がちょっと変なのよね」
そう言ってメイリは直近の新聞を開き、事件のキャッチコピーを指差した。
「ここの『パルティータに『死神』が現れた』の部分。別にこれだけなら犯人の呼び名としておかしくはないけど、変なのは時間軸。実は私、この事件が起きる前に任務がてら『調和の庭園』に戻っていたのだけど、そのとき妖精の間で話題になってたのが『死神』の話だったのよ」
妖精とは、精霊の意思に自我が宿った存在のことだ。
精霊がそのまま自我を持つ場合と、精霊が人に宿る場合がある。どちらにしろ妖精という存在はとても希少で、高い魔力を持つ優れた魔法使いなのだ。
「メイリさんって、妖精だったんですか?」
「そうよ。私は人に宿った方の妖精。生まれる前に春の精霊が自我を持ったらしいわ」
そして、『調和の庭園』というのは、妖精が棲み家にしている四季の丘だ。
妖精は噂話が好きなことが多いので、今回の話もいち早く伝わったようだ。メイリの言う通り、おかしな時系列にレイは考え込む。
「……集団死は一回しか起きてないんだよね? 事件が起きる前からすでに噂があったってこと?」
「そういうことよ。……やっぱりおかしいわよね? 絶対、事件解決への一歩って感じよね?」
「……一応グレータに伝えておくよ。ぼくも行き先が劇場だから調べてみる」
「オーケー、あんたが調べるなら安泰ね。けど、ちゃんと後輩ちゃん達は守りなさいよ? あんたとキーだと、どっかヘマしそうだし」
疑いの眼差しになるメイリ。なんとも失礼な評価だ。言われなくともミリア達の安全は第一条件なので、無用の心配である。
「……やっぱ心配だからついて行こうかしら」
「それはやめて欲しいです」
不穏な呟きが聞こえたのでキッパリ断った。これは心配してると言うより、ミリア達に先輩面したいだけだ。その証拠に目が爛々としている。
「即答とは良い度胸ねえ? それより、話すのにちょうど良い武勇伝を思いついたけど、赤裸々に話しちゃっても良いかしら?」
「よくないです! すいませんでした!」
レイが即座に謝ったものの、結局メイリは面倒だとついてくるのをやめた。
胸を撫で下ろしたレイは、そろそろ次の店へ向かうことを伝えた。
「もう行くの? ふうん……」
もちろん出て行く前に、レイの『おもしろ話』をしたメイリ。
その内容は、とんでもない勘違いにより、魔物のいる真反対に決め手の罠を張ったことだった。
◇◆◇
「大事な罠が……全く違うとこに……ぷぷっ、やっぱ面白すぎる! だって敵は真後ろにいたってことでしょ? レイくん、めっちゃ外してるじゃん!」
店を出たあと、レイの後ろではカナタが肩を震わせ笑い続けていた。
もちろん原因は、メイリの『おもしろ話』。暴露されたレイはというと、すっかり拗ねて口を尖らしていた。
「メイリ、ひどい……黒歴史は蒸し返さなくても良いじゃんか! しかも、これいろんな人に見られてたやつだし!」
しかも、なぜかキーの話はしなかったのだ。全くもって不公平である。
「いや、俺は後が怖いんだが……あいつが仕返ししないことなんてあったか?」
「…………ないね。そっか、あとで派手にやり返すってことかな? なら、ぼくは助かった方ってことだ! よかった!」
話だけで済んだことに胸を撫で下ろしたレイ。反対にキーは逃げる準備を入念にするのであった。
魔法服を無事に調達したところで、次は魔導具屋だ。もう少し先で待ち合わせをしているのだが──
「あ、いた! ウィル!」
そこそこ空いている店の脇に立つ黒髪黒目の人物。
魔法学校で知り合った、魔導具作りが趣味のウィルだ。
レイが案内と仲介を頼んだら、ちょうどウィルも店に用事があったようで、二つ返事で応じてくれた。
「それで、店はどこにあるの?」
「こっち。もっと離れたところにある」
ウィルが指差したのはメインストリートを逸れた横道の方。そこから離れたところとなると、パルティータの外れにあたる場所だ。
案内に従って迷路のような区画を進むと、だんだんとすれ違う人が減っていく。やがて、五回ほど角を曲がると先導していたウィルが立ち止まった。
「ついた」
『ネイルズ&ワーカー』と、木の看板に手書きで書かれた店名。飾りっ気のない外観が、魔導具店らしさでもある。
「俺は話を通すだけだから。あとは本人同士でどうぞ」
そう言って、ウィルは店へとレイたちを招き入れた。
店内には魔導具がひしめいており、一見ごちゃごちゃとして見える。だが、意外と棚の陳列などは綺麗に揃えられていて、無造作に置いたわけではないことが感じられた。
「アマンダさん、ちょっといい?」
「あら、その声はウィルね? どうしたの?」
奥からやってきたのは快活そうな女の人。ウィルは手短に事情を説明すると、レイたちの紹介をした。
「魔法学校での知り合い? ってことは、ついにあのウィルに友達ができたってこと!」
「友だっ……別にそういうんじゃないし」
にこにこと悪気ないアマンダに、ウィルは口を尖らせて否定する。それでも温かい目を向けられるため、さっさとウィルは話を進めた。
「それで、どうなの?」
「もちろん大丈夫。ジャレットにはなんとか話しておくから」
「だって。良いらしいよ」
どうやら快い返事をもらえたようだ。ウィルが振り返って簡潔に結果を伝えた。
「うん。ありがとう、ウィル」
「どうも。じゃ、俺はもう行くから」
魔導具に早く触りたいのか、ウィルは足早に仕事場へと向かっていった。
「それじゃ、皆さんはこちらへ」
アマンダに案内してもらう途中、レイは設計図をしっかり見直した。
職人はたいてい気難しくて根拠のないことが嫌いだ。逆に言えば、根拠さえあればノリがいいので、これなら断られることはないはず。
かれこれ三回目の確認を終えたら、いざ魔導具職人のもとへ。
カナタ「ミリちゃん、魔法服かわいい! きれい! 最高!」
ミリア「カナタちゃんも似合ってるよ……」
カナタ「えへへ、やった! ありがとう!」
キー「あいつら何回やるんだよ、あのやり取り」
レイ「しーっ! せっかく嬉しそうなんだから、水をさすようなこと言ったらダメだよ! たとえ五回くり返してたとしても!」




