五十一話 遊覧街パルティータ
とある日の休日、レイが研究に没頭する昼の時間。
書きかけの魔導書と睨めっこしていたレイは、一通の手紙に居ても立ってもいられなくなった。
「やっとだ! 頼んで正解だったよ!」
その手紙の内容はというと、魔法素材が見つかったというもの。
ミリアの魔導具に使う素材が全て揃ったのだ。
「これは明日行かないと! パルティータに!」
さっそく羽ペンの雑貨でミリアたちに連絡して、用意した設計図の見直しにかかるのだった。
◇◆◇
翌日。ポルタヴォーチェの壁にて。
「今日はパルティータの制覇を目指そう! 最初に魔法服を仕立ててもらって、次は魔導具屋、あとは自由に見て回ろう!」
やたらとテンションが高いのは、遊びに来たからである。
今までも遊覧街パルティータには来たことはあるが、きちんと遊びにいったことはなかった。
「ね、レイくん! あたし、劇場に行きたい!」
この間からパルティータを気にしているカナタ。真っ先に行き先の候補を挙げた。
「劇場かあ、何かお目当てがあるの?」
「うん! シャロルちゃんっていう、めっちゃ有名な歌姫ゆかりのとこなんだ!」
「へえ? カナちゃんはファンなの?」
「もっちろん! 絶賛追っかけ中です!」
詳しく聞いてみると、歌姫シャロルは投影書のイベントを担う一人で、歌手として絶大な人気を誇っているとのこと。
そこまでの歌手となると、世間に疎いレイも少し気になってくる。
「後で劇場に寄ってみよっか!」
「やった!」
カナタはガッツポーズで喜んでいた。
「ええと、パルティータは……」
魔導具を翳してたどり着いた『扉』は、明かりの灯った金色の『扉』へと変身する。
ショーウィンドウにも見える『扉』の取っ手を引いて、レイたちはパルティータへと足を踏み入れた。
◇◆◇
一日中不変の賑わいを見せるメインストリート。色とりどりのランタンとイルミネーションが目に映り、それだけでも気分が少し浮ついてくる。
そうして期待を膨らませながら見上げる、『ようこそ! 遊覧街パルティータへ!』と書かれたアーチ看板。
何かが始まる予感に、駆け出す誰かの靴音が聞こえた。
──遊覧街パルティータ。
街の端から端まで遊べる、まさに毎日が祝日の街。
広々とした道の先をずっと見れば、地面を埋め尽くす信じられないほどの人通りだ。
今からあの中に入ると思うと、すでにのぼせた気持ちになってしまう。
「相変わらずの賑わいだよ、パルティータは。この通りが空いてるとこなんて一回も見たことないし」
「え、今日が休日だからじゃないの?」
驚いて聞き返すミリア。てっきり休みだからだと思っていたが、関係ないらしい。毎日この人通りというのは、少し想像できなかった。
「このぐらいは序の口だよ。もっとひどいと行列みたいになっちゃうからね。進まなさ過ぎて、箒で空から移動する人もいたよ」
「そんなに? なら、今日は少ない方なんだ……」
そこまで客がいるのは、一日で到底制覇できない店の多さだろう。
食べ物や魔法関係はもちろん、服や杖、花やアクセサリー、家具、本、郵便、文具や雑貨などなど……これに映画館や劇場、遊技場、写真館などの娯楽まで入る。
その店の豊富さに加えて、定期的に品揃えが変わるとなると、客が途切れないのも納得である。
「私だと迷って終わりそう……というより、店員さんに捕まりそう……」
右からも左からも、ひっきりなしな客寄せの声。ミリアは一人ではないことに安心した。
パルティータの雰囲気に浸ったところで目当ての店へ。
のんびりしていると、すぐに一日が終わってしまう。
「まずは予約がある『Calen May』から。二人とも、どんな服がいいとか考えてきた?」
振り返ってレイが聞いてみると、ミリアとカナタは微妙な表情で顔を見合わせた。
「といわれても……あたし服わかんないし……あ、強いて言えば動きやすいの? 今みたいに短パンがいい!」
「私も服の好みはないから……」
二人の発言に、ふむ、とレイは思案する。
確かに二人の服装は、決しておしゃれを意識したものではなかった。
一方は紫のローブと無地の上下服によれたブーツ、もう一方は墨色の服に短パン黒靴下。
実用的ではあるが、イケてるかと言われると違うくらいだ。
「つまり、あんまり興味ないってことだね。なら、やっぱり本職にプロデュースしてもらおう」
そう話してる間に、黒とオレンジの大きな店の前に着いた。
「でっか……こんな店構えしてるとか初耳なんだが」
着いて早々キーが引き気味にそう言った。だが、その気持ちもレイはよく分かる。
なんせ、この店のオーナーは、レイたちと並んで問題児とされる魔導師なのだから。
さっそく混雑した店内に入る。
無難なものから個性的なもの。カジュアルから、フォーマルまで。
あらゆる服の着こなしで、アイデアを溢れさせる。あまりにもあり過ぎて迷った客は、マネキンを真似して服を選んでいた。
「こんなに、服ってあるんだ……」
邪魔にならない程度に見渡しながら、順番待ちのテーブルへ。
店内を眺めていたミリアは、ふとレイの方を振り向いた。
「そういえば、レイくんとキーさんもここのオーナーさんが作った服なんだっけ……」
以前話したことを覚えていたようだ。ミリアが改めて二人の服装を見る。
レイはフォーマルな感じで、上品な白いシャツに黒のハーフパンツ、それとストラップシューズという外見に寄せたスタイルになっている。
そうすると、黒いブカブカのローブだけ浮いてる気がするが、ミリアが聞いてみるとレイは微笑んで答えた。
「これは大事なものなんだ。ぼくの宝物」
何やら踏み込んではいけない気がしたミリアは、それ以上深掘りすることをやめた。
キーはというと、茶系に統一されたジャケット姿で、頭にはオレンジの柄物ターバンを巻いている。
ここで少し思ったのは、ターバンがあると帽子の方が被りにくそうと言うこと。
だが、キーは気になったことがないらしい。
「むしろ頭に何かねえと落ち着かん」
もう髪の一部になっていそうだ。帽子には謎の吸着力でもあるのかもしれない、とミリアは結論づけた。
「まあ、ぼくらの服もいいけど……個人的にはアリスのエプロンドレスは完璧だと思うんだ。だって赤いチェックだよ? 赤いチェックだよ? それにヘッドドレスでしょ? 厚手の黒いタイツでしょ? そこに編み上げのショートブーツ。完成された可愛さだよね!」
レイはアリスのことが絡むと、すぐベタ褒めする。助手というより、可愛がってる身内のようだ。
そして、やたらと服に詳しい。ものすごい力説している。
ちなみに、アリスの服が冬仕様なのはワケがある。アリスのイメージと言えば灯火なので、暖かい火の灯る冬がテーマとなったのだ。
まさに、雪降る街に舞い降りた天使。
これだけは、オーナーを拍手喝采で賞賛すべきことである。
「可愛いのに決して派手じゃない感じがアリスの印象とピッタリだし、エプロンが羽みたいだし。髪のくるくる感と合ってるんですよ。いや、ふわふわというべき? とにかく天使。天使だから」
真剣にキメ顔までして口にする。オーナーと何度も協議したのだと、誇らしげな顔をした。
「しかも、エプロンをケープにチェンジできるから、おでかけの時はよりガーリーな感じになるんだよねえ」
確かに、いつもと違ってエプロン付きではない。
代わりにリボンのついたケープを羽織っており、可愛さに足された上品さがアリスの雰囲気に合っていた。
「まさにアリスちゃんのために作られた服なんですね」
「あ、わかってくれた? わかってくれた?」
自分が褒められたように喜ぶレイ。それをアリスが困ったように、嬉しそうにしていた。
服の話をしている途中、魔導師の紋章から小さなベルの音がする。その音を運ぶ魔力は、オーナーのもの。紋章には魔力で会話する機能が備わっているので、それを利用して呼び出していた。
もう時間が空いたのだろうか。予約した時間より少し早いが、彼女のアトリエへ向かってみることにする。
「ここだっけ?」
ドアプレートにオーナーの文字がある。たぶん、合っているはずだ。
「メイリ、来たよ!」
ドアを開けて、到着を報せる。開けた先は、前と変わらず整っているようで散らかった部屋だった。
アトリエに入ってまず目にしたのは、部屋中の棚に積まれた布と糸。テーブルにはデザイン案やサンプルが広げてあって、ところどころ裁縫道具が散らばっていた。
そして、部屋の中央。たくさんのトルソーがある、その前。
考える仕草をした、スタイリッシュな魔法使いが服と睨めっこをしていた。
「んー……ちょっと待って」
目を向けずに魔法使いが返事をすると、たちまち邪魔をしていた物がどかされていった。
ついでに、ちょいちょいと机上も片付けをして、レイたちを招き入れる。
「あれ、悩み中だった?」
「悩みってほどじゃないけど……新作の合わせ方が、なーんかしっくりこないのよね」
「そうなの? かっこよくていいと思うけど」
「いーや、なんか足りないのよ……ま、いいわ。今はご予約に集中しないと」
持っていたデザイン案を置いて、魔法使いはミリアたちを歓迎した。
「ハーイ、初めましてお二人さん。私はメイリ・カレンデュラ。ここ『Calen May』のオーナーよ。今日はよろしくね」
亜麻色のポニーテールとベリー色の瞳。オレンジと黒でバッチリ決めた服装。瞳と同じ色に染めた毛先と、足元で艶やかに光るピンヒール。
魔導師メイリ・カレンデュラ。
レイとキーの同期であり、《香妖精》の称号を持つデザイナー。春の魔法系を持っており、調香師としても活躍している。
「すごい……本物のメイリさん……」
「あら? 私も有名になったわね。そこのガキ二人よりマシかしら」
大きい店を持つ有名ブランドだから、知名度は誰よりも高い。オーナーメイリは得意げにレイたちの方を見やった。
「ガキって……そんな年変わんないんだけど」
「ガキはガキ。あんた達より問題起こしてないでしょ?」
「え……?」
「は……?」
ちなみに称号はレイたちも持ってたりする。
レイは魔法好きが高じて《異彩の魔学者》という名を、キーは陰の魔法から《ハイダー》の名を、それぞれ持っている。
「何? その反応。あんた達と一緒にしないでよね」
「いや、でも、ぼくら似たもの同士……」
「報酬パクるのは変わんねえだろ」
大人っぽくできる人に見られがちな、魔導師兼デザイナーがメイリなのだが……中身は甘えたでずる賢いというのが本当のところ。
遠慮という言葉を知らないのかというぐらい、自分の役割を人に回してくる。
つまり、サボりの常習犯。
「パクってないわよ! 人聞き悪いわね! ちょっと拝借してるだけでしょうが」
「それを一般的にパクってるっていうんだけど」
「あー聞こえない知らない」
こういう感じなので、問題児なのである。
「とりあえず、あんた達は黙ってて。……それじゃあ二人にはちょっと質問させてもらうわね。まず、得意な魔法は?」
メイリは机の端に置いてあったメモを手に取り、ミリアたちに向き直った。
「あたし、炎! 翡翠の!」
「私は魔法じゃなくて矢が得意です」
「炎と……矢、ね。矢……面白いじゃない! いいわね、そういうの好きよ」
さらさらとアイデアを書き出し、イメージや雰囲気を足していく。他にも、好きなものや好きなことを軽く聞いていた。
「ふーん、なるほどね。大剣と翡翠の炎、弓矢とハープ……そういえば、カナタだっけ? その襟、ネイラ特有のものよね? もしかして出身地だったりするのかしら?」
「え、知ってるの?」
「一応ね。けど、実物は初めて見るわ」
珍しい襟や袖にメイリがまじまじと観察している。墨色という濃いグレーにも興味津々な様子だ。
ネイラというのは、クリアマーレの近くに位置する小さな島国だ。レイも名前しか聞いたことがなく、独自の文化を築いていることだけ知られている。
そんな謎に包まれた国が、カナタの出身地。もちろん驚いたレイだが、蘇生の魔法が使えた理由に納得するのだった。
「じゃあ、大剣もそこで見たんだ?」
「うん、そうだよ! けど、ネイラでも魔法を使う方が多いから、剣は武力の象徴って感じで帯剣するだけ。本当に剣術を身につけてる人は、あたしの周りでもほんのちょっとしかいなかったよ」
クリアマーレのように、剣が主流というわけではないようだ。
それでも剣の戦い方があるので、伝統的に継承されてはいるのだろう。
ただ、そうなるとカナタは何故剣術を習っていないのだろうか。レイが不思議に思って聞いてみると、カナタは少し視線を下に向けて答えた。
「実は剣を持つこと、みんなに反対されてたんだ。あたしは憧れだったから引かなかったんだけど、剣術はさすがに教えてくれなかった。代わりに体術っていう身体だけの戦い方は教えてもらったけど」
やはり、剣は危ないからだろうか。
蘇生の魔法を徹底的に教えてるあたり、カナタの両親はカナタの身の安全を何より気にかけている。
危険という面なら魔法の方が少ないだろうし、当然の反対といえばそうである。
「別にそんな心配しなくってもいいのに。蘇生あるからよっぽど大怪我になんないじゃん」
「それは確かに。けど、やっぱり親としては気が気でないんじゃない? それか、別の理由もあるのかもしれないし」
「うーそうだけどさ……」
まだ納得できないらしい。
好きなものを諦めろと言われるのは嫌だろうし、ここは独学で頑張って見返すのが一番だ。
「まずは蘇生しないくらいに剣を使えるようにしないとね」
「うん! 師匠、明日手合わせお願いします!」
最近は切り掛かってずっこけなくなった、とキーが言っていた。
順調に大剣の扱いに慣れているようなので、使いこなせる日は遠くないのかもしれない。
「それはいいが、振りかぶりすぎてひっくり返るのは直して来い」
「えー! そこは特訓してくれないですか、師匠!」
……まだ、先は長そうだ。




